【完】愛が重いNo.1ホストに追いかけられています

由汰のらん

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デート直前のフラグ

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〈今日の夜楽しみにしてるわ!〉

〈💪〉

私も。私もだよ旭陽あさひ。能面がゆるゆると綻びそうになるほど楽しみにしております。

総合病院での商談から2日後、夜中に入っていたラインを何度も見返す私。意味不明な絵文字にも幸せみを感じる。

もうお姉ちゃんは池駒旭陽のドラフトから外れている。

今度は、私が旭陽にドラフト指名される番。

ネイルは艶出し程度に、昨日帰りに美容院でトリートメントしてきたし、コーデはシンプルなAラインのアイボリースカートでナチュラルに攻める。  

ただしパンツスタイルが多い私は、当然のように野口さんにからかわれる運命にあるのだ。いえ知っていましたとも。

「成世ぇ。なになにデートぉ??」

チェック柄のナンセンスなハイセンスの絨毯が敷かれたエレベーターホール。野口さんにタップダンスのように間合いを詰められ、そしてつかまった。

やっと週末の朝がやってきた、よし、あと一息、頑張るかあ~と肩を回す社員たちの目は、すでに限界の白目を向き始めているというのに。

この人ったら目が爛々と輝いているからマシンガン乱射したくなる。
 
たまあにスカート履いて来たからって、すぐにデートだと疑う思考、昭和生まれにありがち。


朝の慌ただしく往復するエレベーターに乗り込めば、偶然にもコキンちゃんと遭遇する。

「おはようございます!」

 
「おはようございます。」
「おはようー」

天使の声、ハイトーンボイスが、エレベーター内の社員たちに一時の癒やしをもたらす。でもコキンちゃんが所属するサポートセンターは2階。階段を使った方が時短なのでは?

野口さんはきっとテンションだだ上がりなはず。でも野口さんは、特にコキンちゃんを気にする様子もなく。5階で降りてからも私にガイガンの説明をしてくる。

もしや照れ隠しなのだろうか。まさか野口英明30歳、本気の恋に発展してしまったというのではないだろうか。

元カノがいる取引先の担当が切れたのを機に、新しい恋に踏み出そうとでもいうのだろうか。なんだか武者震いがする。 

どうでもいいから、そのまま触れずに今日のコアタイムへと突入する。

今日は個人病院に挨拶周りで訪問しなければならない。私は正社員になってからというもの、教育機関と医療機関を任されているのだ。  

あまり大きな声ではいえないけれど、今日訪問する個人病院、『鵜之内科』は私の顧客の中でも一番の曲者だったりする。ワンマン経営で有名な院長先生は、日により大変機嫌が左右されるのだ。

夜の世界にとって、個人病院の医師は格好の餌だった。言い方は悪いけれど、本当にお酒の入った医師というのはお金に糸目をつけない。一晩で3ケタ落としていくのも珍しくなかった。 
     
だから、昼のお仕事でも私なら上手くやれる。そのはずだ。

「出てけ!このクソ忙しい時期に余計にイライラさせるな!!」

いつもの午前診療が終わった時間、私が自動ドアから一歩病院に足を踏み入れた矢先、怒鳴り声が聞こえてきた。

心臓が、あっという間にバクバクと音を鳴らし始める。でも私は冷静に、いつも通りに。肺で深呼吸をしながら受付の女性に頭を下げた。


奥にある診療室から聞こえてくる声。

どこかの会社の営業マンが、必死に院長に喰らいついている。

「メンテナンスのサポート費用を入れても、今のOA機器よりも年間でこれだけコストを削減することができます!」     

「そもそもサポート費用ってなんだ?!昔はそんなもんなかったじゃないか!」

「今は本体価格が安い分、サポート費用が年間更新でかかってくるんです。ですが当社でしたら、」

「うるさい!出てけ!あんまりしつこいと訴えるぞ!」  

 
新規開拓でやって来た営業マンかもしれない。

この病院は、先代の医師からうちの顧客だ。現状を重んじる院長先生の性格も考えると、新規に切り替えるのは相当難しいだろう。

むしろ、なかなか根性のある営業マンじゃないの。そもそも新規で病院に売り込むこと自体、取り合ってもらえないことが多いというのに。

ふう。このあとに私が院長先生と顔を合わせるのか。どう考えてもゴマすり案件だ。  

しばらく立ちつくして待っていれば、診療室のドアが閉まる音が聞こえて、スーツの男性が待合室に入ってきた。

小さな病院のため、院長先生の洗礼を受けた営業マンと嫌でも顔を合わせてしまう。

(あ、本浪ほんなみさん?!)

つい一昨日出会ったばかりの、フォーカスの本浪さんだ。声をかけようか迷ったけれど、さすがに怒鳴られた後には声をかけづらい。

気まずい空気の中、受付の人も、院長先生に私が来たことをなかなか伝えに行けないらしい。

でも私に気付いた本浪さんは、臆することなく私に話しかけてきた。

 
「ああ、ALISSの。成世さん。」      

「こんにちは、本浪さん。」


本浪さん、なかなかのメンタルの持ち主。表情は一昨日と変わらず硬いが、怒鳴られた後とは思えないほど堂々としている。こっちの方が気を遣ってしまいそうになる。


「この間の総合病院での件ですが、あれ、うちに決まりましたので。」

「え」

「では、失礼します。」  
  
はい?

なんだって?

何を言われたのか、咄嗟に判断が出来ない。彼が自動ドアから出ていき、社用車のエンジン音が聞こえた頃だった。

え、もしかして、フォーカスに負けたってこと?この、私が……?

総合病院からはまだうちに連絡はきていない。スマホを出して確認してみても、特に総合病院からの連絡は入っていなかった。

(なんでわたし、競合の会社から結果知らされてるの……。)

その後、鵜之内科の院長先生は機嫌を損ねてしまったそうで、結局会ってはもらえなかった。とりえあえず、受付の人に菓子折りだけ渡して帰った。

 
そして、オフィスに帰れば西條さんから現実のトドメを刺される。

「成世ぇ~、誠に遺憾ではありますが、総合病院からお断りの連絡があったわ~。」

「そうですか。」

「あれ、驚かねえの?」

「はい。今は驚くよりも、違う感情が渦巻いていますので。」

西條さんが、何も言わずPC画面に顔を戻す。 

私は心の中で絶望の淵に立たされていた。

し、信じられない。。私のプレゼンは完璧だったし、うちの方が付き合い長いはずなのに――なんで――。 

デスクに両拳をつき、項垂れるように顔をキーボードへと伏せる。

左端に寂しく居座る「Q」のキーが視界に入る。恐らく、世の中でも一番使われていないであろうキー。その丸っこくて可愛らしいローマ字を見つめる。

“QUON”の「Q」。あの時の思いが、私を奮い立たせる。

この会社で派遣で9時から17時まで働き、夜は19時から24時までQUONで働いていた日々。栄養剤と鎮痛剤で身体を誤魔化すのが当たり前となっていた。

その甲斐あってか、半年もかからず1000万円に到達し、でもいつも3位止まりなのが気に食わず。1位になるまで、がむしゃらに働き続けた。

よく自分の身体と精神が持ったと思う。土日はなるべく休みを入れていたとはいえ、日本沈没を切望しそうなほどの怒涛のような日々だった。

拳が震える。眼球の奥に力が入る。

悔しい。相手のプレゼンも熱が入っていただけに、余計に。 
  
そんな私を見てか、西條さんがそっと私にハンカチを差し出してきた。いつもわざとらしく私の目の前でバタンと扉を閉める西條さん。でも世話焼きな面もある、お兄ちゃんのような西條さん。

「返さなくていいから、使え。」

差し出された紺色のハンカチ。シワのない糊の張る綺麗なハンカチは、あまり使われていないのだろうか。

私はそのハンカチを、そっと受取り。そして、ゆっくりと顔を上げた。

「使えって、なににですか?」

「あら、泣いてないのね。」 
 
「はあ??」

「怒りに震えてたのね。」   

西條さんに渡されたハンカチ。西條さんに「いらないなら返して。」と手の中から取り上げられた。

「成世、1位にとらわれるのはいいけど独りよがりになるな。」
  
図星をつく言葉に、どこかの痛覚が貫かれた気がした。でも厳しい言葉とは裏腹に、西條さんは私の頭を軽く撫でた。 
 
本浪一斗。18リットル入りの一斗缶みたいな名前しやがって。

本浪が勝手に新規開拓していたせいで、鵜之内科の院長先生が機嫌を損ねたのだ。それで私が会ってもらえなかった。

総合病院だって、そもそも男版成世のような本浪がプレゼンをしていなければ、私が勝っていた可能性が高いのだ。(独りよがり)

本浪されいなければ本浪されいなければ何度でも言ってやる本浪さえこの世に存在しなければ……!   


今日の時点で、今月の営業成績は1位にはなれないというフラグがそびえ立ってしまった。

しかも西條さんが追い上げてきているせいで、月末には暫定2位から3位に降格してしまう現実が待っているのだ。こらあの野郎。

世の中上手くいかない。独りよがりは失敗する。でもいいの。よくないけれど。

だって今日は、旭陽と会う日だから。





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