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無自覚でいたかった自覚
しおりを挟むあれからキラ君、いや七三倉は、無事月曜出社した。
サイボーグ並の体力に恐れ入るし、なんなら前にも増して仕事に精が出ている。
「七三倉ー、来週の出張先関西だったよね?」
「うぃっす。間部工業の商談す。」
「ついでに蒼和産業への挨拶行って貰ってもいい?」
「いいですよ。」
「助かる~!代わりに関西の女の子紹介するからさ!」
「うわあ。西條さんて全国津々浦々に女がいるんすね~。そのうち彼女サンに刺されますよ?」
「だいじょぶだいじょぶ~!」
隣の席で、西條さんと七三倉が物騒な話に花を咲かせている。
私は商品の比較資料を作成しながらも、いつ西條さんに話しかけようかと機会を伺っていた。私にとっては大事な話なのだ。
「(七三倉とっととあっちいけ!)」
悶々としながら、心の中で七三倉の存在を追い払っていれば、真後ろから声が迫った。
「成世サーン、」
「わッ、なにっ」
「そこの統計出すんならツールよりピポット使った方がいいんじゃないですかねえ?」
私の肩を横切り、PC画面に身を乗り出す七三倉。突然の至近距離に、脈拍が激しくなるのを感じた。
私がキーボードに指を置いたまま固まっていれば、七三倉がマウスを動かし、勝手に操作していく。
「あれ?もしかして成世サン、ピポットテーブル知らなかった?」
私を挑発するような言葉はいつも通り。でもここ最近、やたらと浮足立っている七三倉は調子づいている。「見てみて。」と小声で囁いた。
「なに、」
「このシャツ、今俺にどハマりしてるキャバ嬢が買ってくれたの。」
「…………」
「俺頼んでもねえのに?切られたシャツとベルトの代わりとかなんとか言って?黒シャツと白シャツとベルト2本買ってくれちゃってさあ。もうそのキャバ嬢、俺にゾッコンって感じ?」
はあ。とデスクに肘をつき頭をもたげる。
ネットから注文したブランドもののシャツとベルト。黒光りするほどの黒シャツと、営業用に使えそうな白シャツをついでに買ってやったのだ。
50万円貰ったわけだし、スマホ画面からポチるぐらいの労力なのでなんとなく注文しただけ。
でも本人は大変嬉しい様子で、こうして何度も贈り主本人に見せびらかしてくるのだ。ちっちゃい子か。
「わかった、わかったから。イイねイイね。似合ってるねーヴァン君。」
「寝てる間に?ほっぺにチュウしてくるくらいヴァンのこと好きらしいからさ。」
「~~っ!」
そそそその話はもう二度と蒸し返さないで欲しいれす。
PC画面の中を見れば、いつの間にか綺麗に整列する表と数字が並んでいる。
「ま、せいぜい俺の成績と並べるくらいにがんばりたまへ。」
七三倉晩がヒラヒラと手を振り、事務室を出ていった。
ようやく行った。ふはあ。とため息を吐けば、隣の席からニヤついた顔で西條さんが見てきた。
「え?なになに?七三倉と成世って、ちょっとラブいの?」
「そう見えたのならそれは西條さんの視力が衰えているんだと思います。」
「はあー、いいなあラブラブかあ。俺にもそんな時代、あったかなあ~。。」
椅子にもたれかかり、足を私の方へと投げ出してくる西條さん。足で私の椅子を軽く蹴ってくるほど足グセが悪い。
「西條さんには長年連れ添ってる彼女さんがいるじゃないですか。」
「うん、今は遠恋中だけどねえ。」
「クズみたいなことばっかしてないで、彼女さんといちゃつけばいいでしょう。」
「え~?俺より彼女のがずっとクズだもんなあ。今さらいちゃいちゃなんて出来るかよ~。」
そうなの?
ずっと西條さんの方を見ないようにしていたのに。思わず見てしまった。どこか遠い目をしながらボールペンをカチカチと鳴らしている。
オフィスで突っ込んでいい話なのか。いやそれよりも。また誰かに邪魔される前に、自分の用事を済ませるべきだ。
「ええと、西條さん。ちょっと教えて欲しいことがあるんですけど、」
「んん?なに?ほうら、お兄さんに聞いてごらん?」
急にお兄さんづらする西條洋二が、私の肩に身を寄せてきた。肩で押す力が強くてうっとうしい。
「あの、フォーカスの本浪さんの名刺って持ってますか?」
「なに?名刺?」
「フォーカスの、本浪さんの名刺です。」
「は?なんで?」
「れ、連絡取りたいので。」
「ほ~ん、ほんなみ本浪、はひふへ本浪……」
西條さんが、引き出しから名刺を出して探し始める。
あの時、一緒に総合病院に行ったのがなぜ西條さんだったのか。絶対にからかわれるから頼りたくないのに。
西條さんがじっと、私の横顔を見つめる。そして思いついたように私の肩を叩いた。
「うんうん。そうか。成世は高濱さんより本浪さんのがタイプなのね。」
「は、はい?」
「いいのいいの。タイプなんて人それぞれなんやで。」
微妙な関西弁を話す西條さんの顔つきが気持ち悪い。
高濱さんの顔を必死に思い出そうとする。総合病院で本浪さんと同行していた男性。……本浪さんの印象が強すぎて、高濱さんが思い出せない。
「俺もフォーカスの高濱さんとはちょっと喋ってみたいと思ってたんだよね~。」
「はあ。」
「俺がセッティングしてやるからさ。今度、4人でぐびぐび飲み行くべ?」
「はいぃ?」
話が飛んだ。
西條さん、私の言葉は記憶にございませんか?私はただ、本浪さんの名刺を持っているかどうかを聞いただけなんですけど。
「大丈夫だって!本浪さんと上手くいくよう、お兄さんがいい感じに仲人してやるからさあ。」
からかわれることは予想済みだったものの、なぜ4人で飲みに行く話になっているのか。
私は本浪さんに、名刺入れの中身を返したいだけなのに。
七三倉が出張に向かう日の前日。
残業ルーティーンが終わり、時計が20時の針を差そうとする頃。気付けばフロアに残る女性社員は私だけ。
成世秋奈ハ社畜ジャナイと呪いを唱えながらロッカールームへと向かう。
暑くなってきた今日このごろ。外回りとオフィスの往復で汗がべとつく。念のため、キャミソールの着替えは常にストックしてあるため、着替えてから帰ろうかと思った。
ロッカールームの鍵をロックしようとすれば、ドアが開き、七三倉が入ってきた。こら。
「はい、犯罪です七三倉さん。音を立てずに女史更衣室に入ってくるなんて重罪です。」
しー。と人差し指を唇に当てる七三倉は、今日も頭がおかしい。中から鍵をロックするのは、どう考えても手順が間違っている。
「ちょっと!なんであんたが一緒に入ってからロックするの?!主にあんたを入れないためにロックがついてるのに!」
「明日から会えないじゃん?」
「そうですね、出張ですものね!」
「寂しいじゃん?」
「私は寂しくないし、自分都合で勝手に入ってこないで!」
七三倉が女史専用ロッカールームを見渡し、半開きになっている私のロッカーに向かう。この男、ほんと信じられない。
「アッキーナ、キャミ着替えんの?汗かいちゃった?」
「(無視無視)」
「ちょっと着替えシーン動画で撮らせて。」
「オカズにする気?!」
「自分で言うか。」
「こんな身体オカズにもなんないでしょ。」
「うん、なんない。」
「なら撮らないで。」
「うん、俺が悪かった。」
そう言いながらも、私の目の前でスマホを構え続ける七三倉。
今日はパンプスを履いている私。パンプスを脱ぎかけたところで、七三倉が「まあ待て待て。」と私を止めた。
「秋奈ちゃん、ライン教えて。」
「……は?」
「いいじゃん。散々アプリでメッセやり取りしてんだし。ラインくらい教えろって。」
「言い方がダメ。」
「可愛く?スマートに?それとも仰々しく?」
七三倉が、構えたスマホからひょっこり横に顔を出す。あざといホストが、スマホ画面で何かをタップしているのに気がついて、すぐに止めた。
「お金はいらないから。もっとさ、普通に頼めないの?」
「え?いらにゃいの?」
「あー……あざとい。」
「ライン教えて?ねえアッキーにゃ☆」
「(くっ。)」
ちょっとかわいく「ねえねえ。」と頭を振る七三倉に白旗を上げてしまった。仕方なくラインのQRコードを出して読み取らせた。
「どうしたの?なんでそんな普通にライン交換してくれんの?」
「う、うううるさいなあ。」
顔を覗き込もうとする七三倉。自分の顔が赤くなっているかもしれないので、腕で隠す。
すると七三倉が大きくタメ息を吐いた。
「あのさあ。その顔、他の男に見したらキレていい?」
「はあ??」
「俺がいない間に浮気しちゃ駄目だからね。」
言いたい放題の七三倉に、私がすでにキレかけている。思わず半開きのロッカーをバンっと閉めてしまった。
「あんただって関西の女の子たちとよろしくやるんでしょ?!なにが浮気??」
「え?怒ってんの?」
「怒ってませんけど??あなたは私にとってただの空気ですから?なにしようが勝手なんですけど?」
「なににキレてんの?」
あんたの全てにキレてるに決まってますけど?
こっちは残業で疲れてるってのに、なんで追い打ちをかけてくるの?
さっさと帰ろうと、トップスを脱いでキャミソールを着替える。七三倉がいようがいまいが関係ない。だって空気なんだもん。
「あ、俺のおっぱい金魚、顕在じゃん。」
「あんたの金魚じゃない。」
タピオカ色のブラから覗く金魚のタトゥーシールはまだ剥がれていない。
オカズにもならない身体なんだから、下着姿くらい見られたってなんともないもん。
急に静まり返るロッカールーム。自分の服が擦れる音が、やたら響いている気がした。
「横乳えっろ。」
そういう割に、全然こっちを見ていない。ロッカールームにあるベンチに腰掛けて、両手を上げて伸びをしている。
絶対、ちょっかいかけてくると思ったのに。結局普通に着替えて終わってしまった。いえ、まさかちょっかいかけて欲しいだなんてこれっぽっちも思ってませんけど?
自分で自分にツッコミを入れて、ロッカールームを出ようとする。
でもドアのロックを開ける瞬間、後ろから大きな腕が覆い被さってきた。ここでフラグ回収カヨ。
「ちょっ、」
後ろからぎゅうっと抱きしめられて、ドアにかけていた手が震える。服を着てからちょっかいかけてくるなんて、思いもしなかった。
耳元では七三倉の呼吸音が聞こえて、自分の鼓動が頑張って同調しようとしている。七三倉の呼吸が、風邪気味の音じゃない。
熱、下がって良かったね。
「10秒チャージ。」
階段を下りるように、一段一段丁寧に。心の中で大きいほうから数を数える。
10秒経ったら、2泊3日のお別れ。こういう余計な思い出を残されると、私だって寂しくなる。
七三倉が離れるのが分かって、私が咄嗟の嘘をつぶやいた。
「12秒だったよ。」
「じゃあ、2秒分お返しします。」
後ろから、また七三倉の体温を察知して。自分の頬に、音のないリップ温の感触を感じた。
後ろから私の頬にキスをした七三倉。
「またね。」
私の方を見ることなく、ただロックを外して静かに出て行った。
心音も、心温も、今にも止まりそう。震えているのは身体のどの部分?息苦しいのに辛くない。密室の空気が甘いせいかな。
わけもわからず、目頭に涙が溜まる。
相手は自分とはなにもかも違う世界の住人。理解できない行動の多いモンスターだ。
それなのに、この気持ちを素直に自覚してもいいの?
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