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私の愛しいモンスター
しおりを挟むその後、どうやって牧場を回ったのかはよく覚えていない。
ただそれは、あまりに突然のことだった。
「どうしたの、古今さん!」
帰り際、駐車場でコキンちゃんが倒れかけたのだ。
たまたま後ろにいた七三倉がコキンちゃんを支えて、木陰の段差に座らせた。
「すみません。ちょっと貧血気味かもしれないです。」
「熱は?」
「分かりませんけど、実は生理前で体調が不安定でして……」
「気持ち悪い?私、冷たい飲み物買ってきますね。」
もう17時になるのに、空は明るい。日が長くなってきた夏前。今日は気温が高かったから熱射病かもしれない。
冷たい水を買って皆の元まで戻れば、すでに七三倉がコキンちゃんをおんぶしていた。
「一斗、悪いけどコキンちゃん送っていってやって。早いとこ帰らした方がいいだろうし。」
「晩と成世さんはどうするの。」
「俺らは近くの駅から適当に帰る。」
「じゃあそこまで乗せてく。」
「ん。」
本浪さんのハリアーに乗り込んで、帰りやすい沿線のある駅で降ろしてもらった。
「じゃあ、成世さん。また連絡します。」
「はい。古今さんのこと、よろしくお願いします。」
本浪さんに、じっくり目を合わせられて。私は今日のことが恥ずかしくなり、伏目がちに車のドアを閉めた。
七三倉と2人で車を見送り、駅の構内へと入っていく。
コキンちゃん、大丈夫だろうか。今日1日のことを振り返っても、コキンちゃんの楽しそうな姿しか思い浮かばない。
むしろ七三倉に送っていってもらうべきじゃなかったのか。
改札を通ろうとすれば、七三倉に手首をつかまれ引き戻されてしまった。
「なに?」
「話があんだけど。」
「私はないんだけど。」
「なんでそんな拒否んの。」
拒否してるつもりはない。でもこれ以上七三倉に深入りしたくないし、七三倉のことを狙っているコキンちゃんにだって悪い。
「拒否ってないよ。ただちょっと疲れたから。早く帰りたいだけ。」
再び改札にICカードをかざして、改札を通過する。
乗り継ぎは何時の電車か。調べようとスマホを取り出せば、すぐに振動を感じた。
振動の短さに、嫌な予感がよぎって。
画面を見れば、電子決済アプリの通知だった。
“受取500000円”
キラ君とのチャットルームに送られてきた1日に送れる満額の電子マネー。今更もう、驚きもない。
これまでにやり取りしてきた金額がチャットルームに羅列していて、私に貢いだ合計額がいくらなのか、頭の中で計算していく。
全ての始まりは、私の305万だった。
“お金さえあれば処女を卒業できる”
七三倉のこれまでの人生と同じ思考だ。でも私にとっては人生一度きりの解決策。もう二度と会わないための手切れ金も含まれていた。
画面をスクロールしていれば、手の中で2度目の振動を感じた。
“受取500000円”
再び入ってきた通知に、目を疑う。
電子決済アプリじゃない。ライン画面だ。
ラインのウォレット機能が稼働しているのだ。
「(……うそ……)」
初めて見るウォレット画面。ラインIDさえあれば送金が可能ということなのか。
画面を触ろうとすれば、すぐにまた通知が来た。
“受取500000円”
「(いやだ。怖すぎる。)」
“受取500000円”
何のメッセージもなく、ただ立て続けに入ってきた大金。
電子決済アプリと合計して、今この数秒で200万円送金されたということになる。
送り主の方を振り返れば、改札の向こうには財布を後ろのポケットから取り出す七三倉が見えた。
「ねえ、いくらなら貰えんの。」
彼が手にする財布の柄を見つめれば、よく知るブランドものの長財布だ。
すでにアプリも、ラインウォレットも本日の送金限度額に達してしまったらしい。
キラ君が一夜で稼ぐ売上額。手取りではなく、あくまで売上金。私も処女喪失時は相当な覚悟だった。
それなのに、七三倉晩の佇まいには軽々しさしか存在しない。今日までずっとずっと。
黒いふわふわな髪から覗くメガネが反射して。その奥がみえない。ただ口角をゆるく上げる姿が異様に映る。
心臓が動いていないような静けさに襲われた。
「あといくら出せば、成世秋奈を貰えるんですかー。」
駅員さんもいない無人駅で。七三倉の声だけが響く。
私の足が、思うように動かない。
「ねー。聞ーてんのー?」
首を傾げて、ひらひらと財布を簡単に見せるその神経は、きっと私には一生理解できない。
震える。逃げたい。逃げてしまいたい。
このまま七三倉晩のいない世界に、行ってしまいたい、のに。
「俺を、置いてくの?」
長財布を持つ手を下ろして。反対の手だけで指の骨を鳴らすその姿は、どう見たって奇怪なのに―――
「なんか言ってよ。」
彼の寂しそうな言葉だけが、ひらひらと駅のホームからなだれこむ風に飛ばされていく。
警笛が聞こえて、意識を起こされた私は。気付けばもう後戻りは出来ない場所まで来ていた。
「七三倉。今日うち、来る?」
改札機で阻まれる中、ギリギリの場所まで七三倉に近付いて言った。
「行く。」
七三倉を誘うように、改札機へと手を伸ばす。
こちら側へと誘ってしまえば。目の前には私を見つめる孤独なモンスターがいた。
「いいの?俺、なにするか分かんないよ。」
「いつも、どこに居たって七三倉はなにするか分かんないじゃん。」
「ですよね。」
回送列車が速度を緩めず通り過ぎていく中、七三倉と互いに縋り付くような、深い深いキスをした。
必死に求め合って、息継ぎのために離した唇すらも奪われる。
頭の中が真っ白になって、全ての不安が取り払われるような浮遊感に襲われた。
ごめんなさい本浪さん。私、止められそうにない。
◇◇◆
「ん、待って、」
「無理。」
「ちょ、でもまだ私、2回め!」
電車では2人手を繋いで、寄り添うように席に座った。私は七三倉の長い睫毛に見惚れて。七三倉は私の手の甲を指で撫でたりしながら、割と大人しくしていたのに。
家にずかずかと上がるなり、速攻で押し倒してきた。
すでに時計は19時を回っている。
シャワーも浴びずにトップスを脱がされて、胸の先端に吸い付かれた。反対の胸は指で遊ばれ、もう一方は何度も甘噛みをされてしまう。
「あ、それ怖い」
「歯ぁ立てられんの気持ちいね?」
「ま、まだそこまでの域に達してない!」
白のジーンズが脱がされて、淡いピスタチオ色のショーツに手を掛けられる。阻止しようとすれば、余裕で取り払われた。
「いろんな感情、ぶちまけていい?」
「な、に、」
「秋奈のココに、俺の溜まってるもん一気に吐き出すから」
「んっ゙。や、おねがい、待って―――」
下腹部を指で撫でられて、羞恥と欲が煽られる。
でも2度目というのが怖くて、まだ心の準備が整わない。
黒いTシャツを無造作に脱ぎ捨てれば、息を荒げる獰猛なモンスターが現れる。気が動転しているような七三倉を落ち着かせるためにも、私は手を伸ばしキスとハグをせがんだ。
「ん、いっそさ。俺の心臓丸ごと呑み込んじゃってよ。」
キスの合間に上がる蒸気が、不意に電子タバコのフレーバーを思い出させる。
苦いと思って呑み込めば、その概念が180℃覆されるような甘いやつ。
湿った七三倉の素肌には、焦りと脆さと甘さが滲んで浮かび上がる。
「俺が今日1日、どんな気持ちでいたか分かってんの。」
私を上から見下ろす七三倉の顔。不貞腐れたヘーゼルイエローの瞳が小憎たらしい。
本当に、美麗王子というだけある。肌のキメも細かいし、目の下のクマが一層美麗さを引き立てている。
「――っわたしだって、今日初めて、コキンちゃんに妬いたもん。」
「“妬く”のはいいけど、逃げるのやめて。」
「しょうがないでしょ…。コキンちゃんに勝てる要素なんて、私にはないんだし、」
「なんか、だいぶ俺の誤算だったかも。」
「え?」
「普段勝ち気な癖に。こういう時だけ逃げ腰になるってどういうことよ。」
嫉妬とか、恋に臆病な人間には全然優しくないんだよ。むしろハードルが高いんだって。
というか、“誤算”ってなに?
「恋愛で、勝ちたいなんて思ったことないよ。」
「ならこれからはさ、俺のために勝って?」
「……む、ムリ。」
「俺のこと欲しくねえの?」
「あ、そこダメ」
「はい、答えられない子にはいっぱい喘いでもらいまーす。」
あれだけ頭の中を占めてた不安要素が、一つも出てこない。
「何も考えられなくなるね。」
「あっ」
「俺に気持ちよくされることだけ考えてればいいよ。」
愛撫されながら奥へ奥へと押し付けられる。わけがわからない。気持ちいいのか苦しいのか。今私が溺れているのはセックスなのか七三倉なのか―――
美麗王子の癖に、打ち付ける腰の強度は完全にモンスターだ。
生涯体験することのないと思っていた“絶頂”というものを、存分に味わわされた。
身体能力の低い私には、絶対に掴めない感覚だと思っていたのに。それくらい七三倉の執着糖度が高かった。
何度目かの絶頂で身体がどうにかなってしまいそうな中、七三倉が私を抱き潰し耳元で言った。
「もう一斗に会わないで。俺の心臓潰されそうになるから。」
シャワーを浴び終えて、再びベッドへと戻れば、七三倉が布団を肩まで被り寝息を立てている。女子か。
タオルを首にかけてベッドの端に座れば、七三倉が腰回りに抱きついてきた。
素直に甘えられることに慣れていないせいか、リアクションが取りづらい。
「俺、ホスト辞めようと思ってる。」
「えっ、辞めるの?」
「なんで自分がホスト続けてんのか分かんなくてさ。」
「生活水準を下げられないから?富裕層に負けたくないから?」
「別に。秋奈さえいればそれでいいし。」
私って今、告白されてるのかな。
ホストもキャバ嬢も、好きでもない相手に“好き”を囁くのが仕事だ。“好き”に信憑性を感じられないせいか、告白の境界線というものが分からない。
言葉でどう伝えていいか分からず。ただ七三倉の髪を撫でた。
「あんたがホスト辞めたらお客さんたち泣くよ?むしろ気い狂うかもしんないじゃん。」
「実は、こないだ茂道さんにホスト辞めたいって言ったんだよね。」
「そうなの?」
「でもミウさんもいなくなっちゃったし、今辞められたら困るって辞めさせてもらえなくってさ。」
「……茂道さんて裏社会の人間だよね。ここでバックれたら追ってきそう。」
「それな。」
そっか。辞めようと思ってるのか。
それについてはまともな思考で良かったと思う。
「コキンちゃん、あんたのこといいって言ってたんだけど。コキンちゃんじゃなくて今ここにいるのが私で良かったの?」
自信の無さがダダ漏れてしまう。
今更何言っているんだって言われそうだけど、しょうがないじゃん。コキンちゃんに勝てる要素などないのだから。
「……あれはまだ野口英明に入れ込んでるって。」
「でも、野口さんに見込みはなさそうじゃない?」
「てかコキンちゃん、好きでもねえ奴にべたべた触るのウゼえ。」
「………」
「その癖野口さんには奥手だし。天然系の魔性っていうの?俺がいっちゃん嫌いなタイプだわ。」
そこまで言う必要があるのだろうか。
体調悪そうにしていたし、ちょっとは気遣ってやれと思う反面、コキンちゃんにその気がないと知り安心している自分もいる。
その勢いで、つい本浪さんとのことを聞いてしまった。
「あのさ、本浪さんと、……取り合った女性がいるって、本当なの?」
自分があまりにも恋する女子のようでむず痒い。ずっと気になっていたみたいで、自分がだるい女のようになってしまった。
「……それをアッキーナが知ってどうすんの?過去とかどうでもよくない?」
「……」
「俺もシャワー浴びんね。」
私の首からタオルを取った七三倉。ベッドを降りて洗面所へと歩いていく。
なんか、躱された感がある。そこまで掘り返したくない過去なのだろうか?
「(これ以上蒸し返すのはよくないよね……。)」
少し小腹が空いてきた。まだクラムチャウダーの残りがあったはず。
キッチンへ行こうとすれば、ダイニングテーブルに置いていたスマホが振動する。
点灯させれば、茂道さんからメッセージが入ってきていた。
〈明日夜ヘルプよろしく~❤🔥by茂道〉
私、キャバ辞めたはずだよね?3連休だからいいものの、この先ずっとヘルプ求められても困るんですけど。
今のこのアパートは、一般的なOLからすればいい物件だと思う。1LDKだし、オートロック付きだし、キッチンもアイランド式。無論キャバで稼いできたお陰でここに住めている。
でも生活水準を落とすことになったとしても、夜の世界からは足を洗いたい。
ホストもキャバ嬢も癒やしを与える仕事といえば聞こえがいいかもしれない。でも他人の心を騙してお金をむしり取る悪魔ともいえてしまう。
「(きっと七三倉も、そういう稼ぎ方に嫌気がさしたんだろうな。)」
ホストを辞めてくれるなら、七三倉との未来も見えてくる気がする。
その日はうちに泊まっていった七三倉。私はいつの間にか寝てしまっていた。
次の日、私は料理をしながら襲われかけていた。
「ちょっと……!あぶないからヤメてッ!」
「俺のためにエプロンしてくれてんのかと思うと襲わずにはいられない。」
「なんであんたはそう常に自分軸で動いてんの?!っもうやだ!がっつきすぎ!」
短パンの中に手を入れられて、ショーツの裾から指が入り込む。こっちは包丁を持っているってのに、お構いなしに指を動かしてくる。
「ぐちゅぐちゅいってるね。俺の手首まで濡らしてやんの。」
「ごは、ん、つくれなァっんん゙」
脚を閉じようとすれば、逃さないぞと言わんばかりに七三倉の指が激しく動いた。反対の指先で核を摘まれて、早くもいきそうになる。
最近まで絶頂すら知らない処女だったのに。やっぱりコイツは相当なベテラン勢だ。
「いく?それかアイス食い行く?」
その軽い言い草にムカついて、後ろ足で膝を蹴ってやる。
「行かないわ!コキンちゃんとソフトクリーム楽しそうに食べてたんだからいらないでしょっ?!」
「は?今更何怒ってんの。怒んならその場で言やいいじゃん。」
「い、言えたら苦労しないわ!」
「もっとガツガツこいよ。」
「うるさいッあんたはジャムぱんでも食べて大人しくしてて!」
冷蔵庫から昨日持っていった手作りのジャムぱんを出し、七三倉に渡してやる。うるさい子供を黙らせるやり方に自分でも呆れる。
「なにこれ。作ったの?」
「そーだよ!あんたがジャムぱん好きかと思ってジャムから手作りしたんだよ!でもコキンちゃんとやたら楽しそうにしてるから渡せなかったんだよ!」
「……」
「わ、私は恋愛では自信持てないから!他の女と楽しそうな姿見せられると引いちゃうんだよ!」
「……」
「だるい女で悪い?!」
手に持たされたジャムパンをじっと見つめる七三倉。きっとガツガツ言い返してきて、私を馬鹿にするのだろうと思った。
でもゆっくりと息を吐いた七三倉は、思っていたよりも大人だった。
「ごめん。」
「な、なにそれ。普通すぎる。」
「俺が馬鹿だった。もう、他の女とキャッキャウフフしないから。」
「嘘だ、絶対お客さんとはにゃんにゃんするじゃん。」
「キャッキャウフフも、にゃんにゃんもしない。」
「……い、」
「イチャイチャもしないって。」
自分がこんなに嫉妬深い人間だとは知らなかった。
まな板に並ぶピーマンと人参の形が一定か、確認しながら調味料を手にする。
後ろから七三倉の匂いがして、彼の大きな腕に抱きしめられた。
「もう、秋奈としかしないから。だから秋奈も俺意外としないで。」
「ん⋯⋯」
「特に、㈱フォーカスの本浪一斗とは。」
こんな普通のカップルのような会話、まさか七三倉とするとは思わなかった。
これが非日常の出来事だったら嫌だな。
どうか、普通のカップルになれますように。
ホストと元キャバ嬢の私は、吐息を呑み込みながら互いの唇を貪りあった。
「俺ら、のびしろしかないね。」
あんたが言うな。
酢豚を作ってテーブルに並べれば、なぜか七三倉はスマホで写真を撮っていた。わざわざグラスの位置やお箸の位置までこだわって、角度を変えながら撮影している。女子かって。
「お客さんちに行って散々ご飯作ってもらってるんでしょ?こんなの撮ってどうするの。」
嬉しい癖に、可愛くない言葉でしか返せない自分が疎ましい。想像以上に自分の恋愛偏差値は低いようだ。
せめて合格ボーダーラインに到達したい。
「客が作ったもんなんて怖くて食べらんないって。出来合いのもんしか口にしなかったし。」
「そ、そうなんだ。」
「“ミウさん”は?客に作ったことある?」
「ないけど、頼まれてマフラーなら編んだことある。」
「は?マフラー??」
昔お客さんに頼まれて編んだ、スヌードのマフラー。確か画像に撮ってあったはずと、スマホを手に取る。
「これ。」
「パねえ。売りもんのレベルじゃん。」
「いつもドンペリ入れてくれるし。どうしても欲しいっていうから編んでみた。」
「こええって。それでストーカーされたらどうすんだよ。」
「私がされると思う?」
私が編んだマフラーには、まるで手編み感がないとお客さんに言われてしまったのだ。女子力がないと、いくら手作りができても愛情というものが籠もらないらしい。
「ミウさんも成世秋奈も、もっと危機感持って自覚して。」
酢豚の上にピーマンと人参を彩り箸でつかむ七三倉が、そのまま私の口へと持ってくる。されるがまま、私はそれをパクリと口にした。
「(危機感ならあんたの前でちゃんと持ってますけど?)」
口の横に酢豚のソースがついてしまったようで、七三倉に指で拭われた。その指を七三倉がチュッと自身の舌で舐め取る。
「(えろ。危機感ないのは七三倉も同じ。)」
このまま七三倉晩ののびしろを、私は正しい方向へ向かわせていけるのだろうか。
酢豚の咀嚼が終われば、私は七三倉の目を見て口にした。
「もう、私に電子マネー振り込むのやめて。」
「なんで?」
「なんでって。私は七三倉からお金が欲しいわけじゃないもん。昨日の分も返すから。」
「なら、今、なんで俺とこうして一緒にいてくれてんの。」
「……分からないの?」
「分かんねえよ。俺の“好き”に秋奈は何一つ答えてくれてないじゃん。」
「あんたに“好き”だなんてひと言も言われてませんけど?」
「ウッソ。なら言うわ。マジ好き。」
「(……とんでもなく軽いな。)」
七三倉ののびしろに期待はできそうにない。
でも未来のことなんて誰にも分からないから。今は、今を見て生きるしかないのかな。
「そういえば、今日の夜、茂道さんにヘルプ頼まれてさ。」
「嘘だろ……。あり得ないって。」
七三倉が、本気で驚いているような顔をする。
今更茂道さんにヘルプを頼まれたくらいで何を驚いているのか。
「行くの?まさか行く気?」
「こないだ色々お祝いしてもらったし。今日を最後に、行こうかなって。」
「マジか。」
頭を抱えるように顔を伏せる七三倉が、大きくため息を吐く。何をそんなに落ち込んでいるのだろう?
「俺も今日ホストあるけど。秋奈が一緒に頭下げてくれんなら辞めさせてもらえるかな。」
「私はお母さんか。」
結局七三倉には、お客さんへの対応について意味不明な注意を受けた。極力喋らず、見つめず、そして絶対に触れさせてはならないと。
最悪七三倉がヘルプで私の席につくからと、奇想天外なことを言われた。
「あ。あと胸出し肩出し脚出しNGな。てかちょっとクローゼット漁らして。」
「ちょ、っ勝手に開けないでよ!」
「はあ?なにこの長いドレス。両側にスリット入ってんじゃん!」
クローゼットから次々とドレス出す七三倉。勝手にベッドに放っていく。制止させようと手首をつかんでやれば。
すぐにつかみ返されて、またしてもベッドに押し倒されてしまった。
「ご飯食べたしさっきの続きしよ。」
「ね、ちょ!昨日も散々したじゃん!」
「いっとっけど俺普段こんな性欲ねえよ?」
「なら鎮めて!」
「そうやって両手で押し返してくるのもかわいくって鎮めらんない。」
落ち着きがないアラサー同士。思えばキラ君に処女を渡した日からこうして物理的に戦ってばかりな気がする。
結局七三倉に負けた私は、ベッドで気が狂いそうなほど抱かれていた。
「っは、すでにイキそ」
男の息づかいがこんなにエロくてかわいいだなんて思いもしなかった。
腰に打ちつけられるリズムが狂い始め、ビートも刻めないスピードで加速していく。
「うあ、でる――」
発せられる七三倉の吐息に愛しさが込み上がる。
昨日から箱が空きっぱなしの避妊具はすでに底をついてしまった。
0
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