謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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3-4.古本と魔法薬

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そっと息を零すようにして、セレストが続ける。ふわふわの尻尾を僅かに揺らした後、セレストは「この絵本の物語は、おおよそ君が言ったとおりの物語だ」と囁くように続けた。

「そうなんですか? じゃあ、――今から、答え合わせ、ですね!」

 そのままぱたりと閉じられそうな絵本、その一ページ目に指を差し込み、ネリーは開く。子どもが鞄に物を詰め込むシーンだ。

「教えてください、騎士様。この物語が、どういう物語で、どういう結末を迎えるのか。私、知りたいんです」

 言葉を口にして、不意に、前世のロゼもこのようにしてセレストに物語をねだられたことがあったな、と思い出す。救民院で椅子に腰掛け、集まってきた子ども達に本を読む時も、はやくはやく、と続きをねだられた。
 ねだる側が、今はネリーということだけが、当時と違う。ふ、と息を零しながら、ネリーはセレストを見上げる。

 露草色の瞳と目が合う。ああ、綺麗な色だな、と、目が合う度にネリーは思う。青色と緑色が混じったような、そんな不思議な色合いをしている。同じように見返しながら、ネリーはふいにあ、と声を上げた。そうして、絵本をセレストに押しつけつつ、籠を引き寄せて、それから小さな瓶を取りだした。

「そうだ、騎士様。これ、絵本読んで貰うお礼です」
「お礼? まだ読んでも無いのに」
「先取りお礼です」
「先取りお礼……」

 ネリーの言葉を繰り返すように、セレストが言葉を紡ぐ。ネリーは何度も大きく頷くと、そのまま瓶をセレストの方に手渡した。

「魔物が――今、元気になって、沢山出ているとお母さんから聞きました」
「ああ……。そうか、もうそんなに市井に広がっているのか。情報統制を敷いたはずなのに……」

 軽く眉根を寄せて、セレストは小さく息を吐く。少しばかり煩わしそうな声だった。

「情報統制? ですか?」
「闇雲に市民を脅かすような情報は、出来る限り伏せるようにという伝えが出ている。どこから漏れたかはわからないが……」

 セレストは言いながら、苦い物をかみつぶすような顔をした。恐らくは、情報を漏洩した相手になんとなく心当たりがあるのだろう。そして多分、その相手は、セレストにとって、唾棄すべきような相手らしい、ということが、なんとなく表情から見て取れる。

(私の前世の護衛騎士、顔に出すぎでは?)

 ネリーは思わず小さく笑う。普段は、幸せから一歩退いてます、儚げで今にも死にそうです、みたいな顔をしているのに、嫌悪感だけはとんでもなく顔に表すとか、それはちょっと危ない。具体的に言うと、上から目をつけられる可能性がある。特に、そう、王太子とか。

 ぼんやりと考えながら、ネリーはセレストの頬にぺたりと手で触れた。セレストの尻尾が一瞬びくん、と逆立つようにぼわっと膨らんで、すぐに元の形に戻る。
 ぺちぺちと頬を叩いた後、ネリーはセレストの唇を親指でぐいっと持ち上げた。セレストはなすがままにされている。そうして、ネリーが手を離すと同時に「……何を?」とだけ、簡潔に疑問を投げて寄越してきた。

「騎士様が怖いお顔をしていたので。笑ってほしいなあって」
「……」

 セレストが一瞬、呆けたような顔をする。ネリーは小さく笑った。

「この薬、私が作ったんです。回復薬で……騎士様がもしお怪我をされた時に、どうか使ってください」
「これを、君が?」
「はい! 魔物が出てきたという話を聞いてから、一番に騎士様のことを思い出して。持っていかなくちゃ、って、お母さんにお願いして作りました。あっ、もちろん、その、効果はきちんとあります! 確認しました!」

 慌てて言葉を続けながら、ネリーはセレストに小さな瓶を渡す。青色のそれは、瓶の中でぱちゃり、ぱちゃりとゆっくり揺れている。

「騎士様、お怪我にはお気をつけください」
「君は」

 どうして。セレストが僅かに息を詰まらせるように、言葉を口にする。そこには様々な感情が含まれていた。
 セレストからしたら、こんなにも幼い子どもが自分のことを心配する理由がわからないのだろう。
 セレストの考えていることがなんとなく理解出来て、ネリーは軽く肩をすくめるようにして笑った。

「……騎士様が怪我をすると、この場所が放置されちゃって、大変なことになっちゃいますから!」

 ほとんど冗談めいた言葉だ。セレストもそう受け取ったのだろう。呆けたような顔をした後、僅かに眼差しを柔らかくする。

「それは、……そうか。そうだね。俺が……怪我をすると、君が穴に落ちる可能性が高くなるのか」
「そうですよ! もう少ししたら補修するんでしょう? 屋根の補修が先ですよね。私、今からどういう形にするのかずっと考えていて。ここだと石を細工したものを並べて作るのが一般的ですけれど、そうじゃない素材に挑戦するのも楽しそうだなあって。でも、そうすると予算と相談になりますよね。それに、騎士様がどういう風にしたいのかが一番なので、騎士様の要望を一番に聞かないと……」

 矢継ぎ早に言葉を続け、ネリーは微笑む。水を流すように滔々と紡がれた言葉にセレストは瞬きを以て返し、そうしてから「君は」と囁くように口にした。

「なんというか、本当に……子ども、なのか?」
「子どもですよ、どこからどうみても!」

 ネリーはその場で軽く腕を動かす。セレストはじっとその様子を眺め、そうしてから、ふ、と息を零すようにして「確かに」と囁く。

「どこからどう見ても子どもだ」
「ふふん。育ち盛りの伸び盛りと言ってください。騎士様、ほら、早く! 読んでください!」

 言いながら、ネリーは本に書かれた文字を指さす。セレストが僅かに目を細めて、それから「――うん」と静かに頷いた。

「先取りしてお礼も渡されたからな」

 少しばかりの苦みを溶いたような、そんな風に笑みを浮かべて、セレストは文字を指差す。
 そうして、ネリーに少しずつ読み聞かせるようにして、穏やかな声で物語を口にする。
 その様子を眺めながら、ネリーは僅かに息を零す。この場所が補修されたら、きっと文字を学びたい子ども達が、またやってくるだろう。

 そういった子ども達を、セレストは受け入れるだろうか。そう考えて、きっと受け入れるだろうな、と直ぐに思う。そしてその答えは、ネリーの心の中にすとんと心地良く収まるのだ。
 セレストは優しい子だから。だから、もっと、沢山笑顔を見せて欲しいものである。
 幸せになって、と、心の中で何度も呟いた言葉を、再度紡ぎながら、ネリーはセレストの声に耳を澄ませた。
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