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6-5.床の補修と本集め
しおりを挟むネリーは手を伸ばし、本棚に収納していた本を手に取る。
そうしてから、中身をあらため、これはまだ読んでいないことを確認してから、肩にかけていた鞄にしまい込んだ。
今日は朗読の日である。
子どもに対して、ネリーが本の朗読をしている所をセレストに見られてから、少し経つ。
ネリーはあの日から、出来る限り本を手に、広場で読むことにした。ありがたいことに暇な時間は大いにある。誰かを待つようにして本を手に持ち、そうして子ども達が興味深そうに近づいてきたら、朗読を開始する。
そういう日を重ねていく内に、朗読の日、というものがネリーと子ども達の間に出来上がっていった。デイラシアの曜日感覚は七日周期で、それぞれに呼び名が存在するのだが、ネリーはなじみ深い前前世の呼び方で一週間を数えている。
前前世で言うところの水曜日と金曜日が朗読の日にあたり、今日は水曜日だ。
ネリーの母親は、ネリーが最近ずっと王都に居ることに関して、あまり何も言わない。ただ、何かをするなら最後までやりきるんだよ、という言葉を貰っているから、ぼんやりとではあるがネリーが王都でしていることは母の耳にも伝わっているのかもしれない。
もちろん、ネリーは最後までやりきるつもりだ。つまりは救民院を、子どもや大人で一杯にする。
そして、セレストが幸せになるのを見守って、ようやく、ネリーは肩の荷を下ろすことが出来るのだから。
鞄を抱え直し、ネリーはその足で広場に向かう。人通りの少ない路地を抜けると、程なくして広場に到着する。広場は今日も人の数が多い。周辺に存在するベンチに陣取るようにして座っていた少女が、ネリーの名前を呼んだ。
「お姉ちゃん、おはよう」
ネリーよりも幾分年下に見える少女は、朗読会に欠かさず来てくれている。名前はシェンナと言って、果物を売る家族の手伝いをしながら日々を過ごしているのだと、つい先日教えてくれた。
他にも、ネリーが朗読をする度に近づいてくる子ども達の顔は、ほとんど全員覚えている。名前もだ。前世――ロゼの頃から、人の名前と顔を覚えるのは得意だった。貴族と過ごす内に着いた処世術、とも言えるかもしれない。
「おはよう、シェンナ。それに――」
訪れてきた子ども達の名前を口にする。そうしてから、ネリーは鞄の中から一冊の本を取り出した。
今回はデイラシアに伝わる寓話を元にした絵本だ。恐らく、子ども達も一度は親から聞いたことがあるかもしれない。絵を見て、ベンチの傍に集まってきた数人の子ども達が、それぞれに目を輝かせる。
「今日は何のお話?」
「今日はね、きっと皆が知っているお話だよ。――もしかしたら、知っている終わり方とは、違う終わり方をするかもしれないけど!」
「皆が知ってるお話? なんだろう」
シェンナが考え込むように眉根を寄せる。その横で、少年が「フォッグの話だ!」と手を上げて口にする。
フォッグとはデイラシアの建国における英雄と呼ばれる存在だ。昔から親しまれている題材でもある。テールベルト劇団が、ロゼの悪行を知らしめるような劇をする前は、こういった英雄の劇が何度も上演されていたはずだ。
「ふふふ。さてなんでしょう」
ネリーは小さく笑みを零し、そうしてからベンチの上で絵本を広げる。子ども達に見せるように膝の上に本を立て、そうして斜め上から文字を辿るように目を動かした。
ネリーの唇が、ゆっくりと物語を口にしはじめる。指先で文字を指さし、これを読んでいるということを示す。
拙い言葉だし、子どもなのでどうしても舌足らずに響く。だが、それでも、ネリーの朗読は広場に居る人々には受け入れられるようになってきた。
時折、大人も足を止めてネリーの朗読を聞いてくれることがある。これが続けば、いつかは救民院に人々を誘うことも出来る――ようになるかもしれない。
なんて、考えながら文字を指先で辿る。そうしていると、不意にネリーの体に影が差した。
見ると、ネリーを覆い隠そうとするような、男性が立っている。
目が合う。その一瞬、不意に既視感のようなものが滲む。その既視感を辿って、一瞬、息が浅くなるのがわかった。
この男は。――この人は。
「この朗読は許可を取ってやっているのか?」
紡がれた言葉に一瞬だけ、反応が遅れる。ネリーの傍に座っていたシェンナが、怯えたようにネリーの手を握った。
それほどの威圧感を、男性は出していた。おおよそ、子どもに向けるものではない。
ネリーは僅かに瞬いて、それから「いいえ」と首を振った。そうしてから、「本を読むのに許可が必要なのですか?」と言葉を続けた。男性は僅かに唇をひくつかせた。まさか子どもが言い返してくるとは思ってもみなかった、というような顔でネリーを見つめる。
「――集会を行う場合は、事前に王家へ届け出を行い、許可を取る必要があるとされている。これは集会に当たるだろう」
「集会……?」
子どもの集まりだろう。これを集会として言うのなら、広場の隅で主婦が集まって会話することや、商人同士で何が売れただのと話すことだって集会と呼ぶのではないだろうか。
ネリーは僅かに息を飲む。そうしてから、男性をじっと見つめた。
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