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18-2.ロゼ・デイラシアの生涯
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バッ、と幕が落ちた。いつのまにか、舞台を隠すようにして天幕が浮遊している。いつのまに、と思うと同時に、ネリーは信じられないような気持ちで舞台を見つめる。
何が起こっているのだろう。――悪役としての生涯を描いた演目、ではないのか。
思わず体がこわばる。セレストがネリーの体の緊張に気付いたのか、そっと背中に触れてきた。思わず視線を向けると、直ぐに瞳が交わる。お互いに、信じられないものを見ているような、そんな表情を浮かべていた。
幕が上がる。室内なのだろう。テーブルと椅子、そして小さな棚のようなものが鎮座した舞台で、ロゼ役の女性――いや、『ロゼ』は、片手で軽く眉根を揉むようにして首を振った。
「どういうこと? なんでこんなに支出が多いの?」
「恐れながら」
ロゼの傍に控えていた侍従が、静かに言葉を続ける。「浪費……されているのでしょうね」と囁くように続ける。
「浪費って誰が? ルセット殿下は先日士官学校からお戻りになられたばかりでしょ、王様は……確かに豪華な食べ物が好きだけれど、それだけ。王妃様が先日ドレスを購入していたけれど、それだけでこんなに負債が膨らむことってあるの? 待って、私じゃないわよ! 持参金だって沢山持って来たはずなのに、いつのまにかぜーんぶ無くなっていたんだから!」
「ロゼ様のせいとは言っていません。ただ、まあ、誰かが浪費しているからこそ、目の前の帳簿が赤くなっているのでしょうね。ほら、ここによくわからない支出があるでしょう」
「えっと……? ギルバート子爵に……ま、待って、桁がおかしい。なんで?」
「なんででございましょうねえ」
まったくもって新しい劇だった。『ロゼ』は国庫が大変なことになっていることに頭を抱えながら、解決策を必死に口にしては、侍従がそれに「恐れながら」と言いながら無理であることを告げる。そうしている内に、『ロゼ』はここまで浪費を重ねている相手に直談判へ向かうようになった。つまりは――。
――自身の夫である、王太子、サルファに。
サルファとの侃々諤々とした会話の末、『ロゼ』は自分の私財を売り払い、負担をどうにかする方法を考える。最初は豪奢なドレスを身につけていたのに、少しずつ生地が薄くなり、宝石で飾られることが無くなっていく。ロゼは市井の人々がどのように暮らしているかを見つめ、そうして、小さく息を吐く。文字の識字率向上のために打ち立てた救民院が、王家に買い取られた後、少しずつボロになっていくところを眺め、涙を零す。その後、室内に入り、破れた絵本に子どもの落書きを見つけて、小さく笑う。
シリアスな場面を挟みながらも、終始軽快に話が進み、見る目を飽きさせない。
水を打ったように、人々は静かだ。驚きが隠せないのだろう。だって、これではまるで、『ロゼ』が――大衆から忌み嫌われるべき存在であるロゼが、善良な存在のように見える。
今までのテールベルト劇団が上演していたものとは、全く違うストーリーライン、そして、悪役と主役が入れ替わったような配役。今までは、横暴の限りを尽くすロゼが、サルファと聖女に倒され、自死を選び、毒の入った杯を口にするまでが、痛快な英雄劇のように描かれていた。
――それなのに。目の前のロゼは、沈痛な面持ちで、毒の入った杯を見つめている。茫洋とした視線は、彼女の精神がすり減ってしまっていることを示すかのようだ。
指先が杯を取る。ロゼは小さく笑った。
「デイラシア。私の大好きな故国。私が死ぬことで、デイラシアの人々が健やかに生きられるなら、そうするわ。けれど、そうでないのなら」
そうでないのなら。静かに言葉を続け、ロゼは杯を呷る。苦しむ姿を見せることがないように、幕が下りた。
終幕。――なのだろうか。客席に座る人々が、少しばかり戸惑ったように視線を揺らす。そうしていると、不意に幕が下りた舞台に、扉が現れた。ノブが回る。がちゃ、と軽い音を立てて、中から人が出てきた。
ルセットだ。
思わぬ登場人物に、漣のように動揺が広がる。ルセットはばたん、と扉を閉めた後、小さく笑った。
「――ロゼ・デイラシア。彼女は長い間、悪役のように扱われてきました。赤の魔女、傾国の悪女。それが指す人物は、デイラシアの歴史が長いとは言え、ただ一人だけを示すでしょう。彼女さえ居なくなれば。誰もがそう想い、彼女の死を願いました」
何が起こっているのだろう。――悪役としての生涯を描いた演目、ではないのか。
思わず体がこわばる。セレストがネリーの体の緊張に気付いたのか、そっと背中に触れてきた。思わず視線を向けると、直ぐに瞳が交わる。お互いに、信じられないものを見ているような、そんな表情を浮かべていた。
幕が上がる。室内なのだろう。テーブルと椅子、そして小さな棚のようなものが鎮座した舞台で、ロゼ役の女性――いや、『ロゼ』は、片手で軽く眉根を揉むようにして首を振った。
「どういうこと? なんでこんなに支出が多いの?」
「恐れながら」
ロゼの傍に控えていた侍従が、静かに言葉を続ける。「浪費……されているのでしょうね」と囁くように続ける。
「浪費って誰が? ルセット殿下は先日士官学校からお戻りになられたばかりでしょ、王様は……確かに豪華な食べ物が好きだけれど、それだけ。王妃様が先日ドレスを購入していたけれど、それだけでこんなに負債が膨らむことってあるの? 待って、私じゃないわよ! 持参金だって沢山持って来たはずなのに、いつのまにかぜーんぶ無くなっていたんだから!」
「ロゼ様のせいとは言っていません。ただ、まあ、誰かが浪費しているからこそ、目の前の帳簿が赤くなっているのでしょうね。ほら、ここによくわからない支出があるでしょう」
「えっと……? ギルバート子爵に……ま、待って、桁がおかしい。なんで?」
「なんででございましょうねえ」
まったくもって新しい劇だった。『ロゼ』は国庫が大変なことになっていることに頭を抱えながら、解決策を必死に口にしては、侍従がそれに「恐れながら」と言いながら無理であることを告げる。そうしている内に、『ロゼ』はここまで浪費を重ねている相手に直談判へ向かうようになった。つまりは――。
――自身の夫である、王太子、サルファに。
サルファとの侃々諤々とした会話の末、『ロゼ』は自分の私財を売り払い、負担をどうにかする方法を考える。最初は豪奢なドレスを身につけていたのに、少しずつ生地が薄くなり、宝石で飾られることが無くなっていく。ロゼは市井の人々がどのように暮らしているかを見つめ、そうして、小さく息を吐く。文字の識字率向上のために打ち立てた救民院が、王家に買い取られた後、少しずつボロになっていくところを眺め、涙を零す。その後、室内に入り、破れた絵本に子どもの落書きを見つけて、小さく笑う。
シリアスな場面を挟みながらも、終始軽快に話が進み、見る目を飽きさせない。
水を打ったように、人々は静かだ。驚きが隠せないのだろう。だって、これではまるで、『ロゼ』が――大衆から忌み嫌われるべき存在であるロゼが、善良な存在のように見える。
今までのテールベルト劇団が上演していたものとは、全く違うストーリーライン、そして、悪役と主役が入れ替わったような配役。今までは、横暴の限りを尽くすロゼが、サルファと聖女に倒され、自死を選び、毒の入った杯を口にするまでが、痛快な英雄劇のように描かれていた。
――それなのに。目の前のロゼは、沈痛な面持ちで、毒の入った杯を見つめている。茫洋とした視線は、彼女の精神がすり減ってしまっていることを示すかのようだ。
指先が杯を取る。ロゼは小さく笑った。
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そうでないのなら。静かに言葉を続け、ロゼは杯を呷る。苦しむ姿を見せることがないように、幕が下りた。
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