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花冠祭

27.想いを運ぶ

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 カイネを助けることの出来る一文も手に入れたので、折角だから花冠祭で賑わう王都を散策しよう、という話になった。
 そこかしこに立ち並ぶ店先が、花々で彩られているところを眺めていると、なんとも言えず心が浮き立ってくる。リュジの手を引いて、教会から程遠く、街の中心部とも言える広場に向かう。

 以前もユリウスと共に王都は見たのだが、その時は王都から見える精霊の森を観察することで忙しく、あまりしっかりとは遊べなかった。だから――というわけではないけれど、折角、肩の荷が下りたところだし、少しくらい散策をしても、問題は無いだろう。
 推しとともに遊べる機会を逃す道理は一切無い。

 広場に立ち並ぶ露店は、花冠祭で渡すための花を売り物にしているところが多い。一輪だけのものもあれば、小さなブーケのようなものになっていたり、花冠祭という名の通り、花冠のようになっているものもあったり。

「凄いね。花冠祭って、本当、花ならなんでも渡して良いんだ」
「一応、花冠を渡すのが一番、とは言われているけどな。それに花の種類や色にも意味があって……」
「そうなの?」
「そうだよ。どうして、俺よりメルの方が花冠祭を楽しみにしてるはずなのに、知らないんだ」

 リュジは少しだけ呆れたような顔をする。今まで花冠祭で関わるのは父母だけだったし、メルはそこまで恋愛に興味を持っていたわけではない。貴族である以上、見知らぬ誰かと婚姻することになるのが常であるからこそ、あまりそういった色恋沙汰に興味を持たないようにしていたのかもしれない。

「あんまり興味無かったからなぁ」
「ならどうして、今年だけそんなにやる気なんだ」
「それはもう。リュジとカイネ、それにユリウスが傍に居るから。渡す人が沢山居るから、やる気も溢れるっていうか」
「訳のわからない理屈だな」

 リュジは小さく息を零すように笑う。そうして、彼はとある露店の前で足を止めた。様々な花が飾られている露店には、ひっきりなしに女性や男性が訪れては、花を買っていく。

「――銀色と青。この二つが、渡すのに一番至上とされていて……、どちらかというと、恋慕より尊敬の情を抱いた人に渡すことが多いかもしれない。自分より身分が高い人に渡すものというか」
「青色はともかく、銀色の花……?」

 見たことが無い。思わず目を瞬かせると、リュジは微かに指先でとある花を指さした。
 エトルリリーと書かれたそれは、どちらかというと白色に薄く灰色がかかったような、そんな色味をしていた。花弁に光沢感があり、陽光が触れる度に艶やかに揺れている。

 確かに見ようによっては銀色に見える。綺麗な花だった。――ちなみに値段は凄く高い。神様の名前を冠しているから、それはそうだろうと思うのだけれど。一本でも購入すれば、今日持って来た財布の中身が大半無くなってしまう。
 ただ、高価ではあるものの、人気もあるらしい。見ている間に飛ぶように売れていく。既に売り切れてしまっている所もあるようだった。

「エトルリリーは、イストリア帝国の特産で、イストリア帝国でしか咲かない」
「そうなんだ?」
「そうだよ。ミュートス領ではエトルリリーの生産が盛んで、花冠祭の時期は田園部が忙しくなるんだ」
「そうなんだ……知らなかった」

 思わず息を飲む。「昔は薬にも使われていたんだ」と、リュジは言葉を続けた。

「エトルリリーに治せない病は無い、っていうくらいで――花弁の部分を病人に食べさせるだけでも、次の日には良くなっていると言われていたくらいだ。今は、エトルリリー自体が高価なのもあって、安価な薬の方が流通してるけど」
「凄い花なんだね……」
「そう。凄い花なんだ――今度、ミュートス領の田園部に、メルも連れて行ってやるよ。一面に咲き誇るエトルリリーが、本当に綺麗なんだ」

 僅かに思い出を想起するような、そんな間を置いて、リュジは小さく息を吐く。きっと、本当に――とても、とても綺麗な風景なのだろう。
 うん、と私は頷く。そうして、リュジと繋がった手の平に力を込めた。

「絶対、連れて行ってね」
「約束する。エトルの名にかけて」
「楽しみにしてるからね!」

 小さく笑って返すと、リュジも目を細めて笑う。それから、彼はいくつかの花の説明を続けざまに行った。
 青色の花の話。基本的に青は禁色とされていて、皇帝陛下、殿下しか使用してはいけない色となっているらしい。だが、花冠祭の時だけは、それが一時的に許される。だから、青色の花は人気らしい。

 他にもオレンジ色や、赤色、それとピンク色の花にも意味合いがあるのだとか。

「オレンジは生涯を約束する、赤色はずっと共に居る、ピンクはあなただけを愛する、――だった、はず」
「凄く素敵だね」
「これらの花を花冠にしたものを、結婚式で被る花嫁もいるらしい」

 それはきっと素敵なんだろうな、なんて思う。そっと花弁に指先で触れようとして、売り物だから、と直ぐに手を下ろす。これらの花は、誰かを幸せにするために咲いてきたものだ。なら、私がそれらに勝手に触れて良い道理は、きっとどこにもない。

「私はどの花をあげようかなあ。悩んじゃうね」
「……白色は家族に渡す花、らしいけど」
「白色かあ。白色も綺麗だけど、折角だし、赤色が良いなあ」

 赤色――ずっと共に居る、という意味の込められた花。私はリュジを見つめる。視線が合うと、リュジは僅かに首を傾げて見せた。

「リュジの目も綺麗な赤色だし。髪も綺麗な黒色だから、きっと赤色が似合うと思うんだよね。花冠でも作ろうかなぁ」
「……唐突すぎるだろ、急に」
「リュジに渡すなら、リュジに喜んで貰える花にしないとね!」

 何色が良い、と語尾を持ち上げて問いかける。リュジはほっそりとした眉を少しだけ寄せて、僅かにため息を零した。そうして、「赤色で良い」と、ぽつりと呟く。

「どうせ、何を言っても変わらないだろうし。メルが赤色で良いなら、それで良いよ」
「やったぁ。絶対に貰ってね。当日にやっぱり要らないっていうのは無しだよ」
「言うわけない。メルこそ、やっぱり作るの面倒臭いから、って言い出すなよ」

 少しだけ意地悪そうにリュジは言葉を続ける。私は笑って、リュジの肩に軽く自分の肩をぶつけた。

「兄様にはどんな色にしようかな」
「兄上に渡すなら、青と銀色は避けた方が良いと思う。それ以外なら、多分、何でも喜ぶよ。初めて貰うだろうし」
「そう? そうかな。なら、兄様のは当日まで悩もうかな。ユリウスのも……何色にしよう」

 お世話になっているし、尊敬している兄弟子だし。うんうん、と頷きながら私は花を見つめる。
 誰かの思いを乗せて、誰かに渡されるであろう花は、柔らかな風に揺られてさわさわと揺れていた。陽光に照らされたそれらが、美しく彩りを滲ませるのを眺めていると――不意に、動物か何かが、ぎゃん、と喚くような声が聞こえてきた。
 穏やかで、柔らかな祭の雰囲気に似つかわしくない声だ。リュジも気付いたようで、音の出所を探るように赤い目が僅かに揺れているのが見える。

「今さっき……」
「――あっちから聞こえてきた」

 人々の喧噪の合間を縫うように聞こえてくる声。リュジが指さした方向をちら、と見る。路地だった。そこだけ光が入っていないのかと思うほどに薄暗い。

「動物、……犬か何かの声だったよね」
「多分。メルにも聞こえたんだな」

 私は頷いて返す。路地裏から聞こえてくる、動物の喚くような声。――どう考えても、普通では無い。
 私とリュジ以外には、聞いて居る人は居ないのか――それとも聞こえていて無視しているのか、哀れな響きを伴う泣き声に、気を止めている人は居なかった。

 ――少し、気になる。私は僅かに逡巡をしてから、音のする方向へそっと足を向けた。リュジが「おい」と静かにけん制するような声を上げる。

「何が起こっているか分からない。危ないから、行くのはやめておくべきだ」
「……確かにそうだけど。でも、凄く……凄く気になる」

 どうしてだろう。わからない。けれど、その犬の声が、助けを求めて居るようにも聞こえたのだ。
 心臓が急くように響く。「リュジはここで待ってて」と言って手を離そうとする。――瞬間、離した手を、直ぐにぐ、と握られた。
 もちろん、リュジによって、である。

「……メルの頑固。メルが行くなら、俺も行く」
「危ないかもしれないよ」
「それでも。ううん、むしろ、それなら、尚更行く。メルだけ行かせるわけ、無いだろ」

 リュジはそれだけ言うと、私をじっと見つめた。決意を込めた赤い目は、私が何を言おうとも、私に着いてくるのだと、それを如実に語っている。
 ――僅かに逡巡をしてから、すぐ、私は頷いた。少し遠くには居るけれど、騎士も着いてきてくれている。大変な目に遭う可能性は、低いと言えるだろう。

 ごめんなさい、タリオンおじさま。約束を一つだけ破ります……!
 心の中で謝罪をしながら、私とリュジは、声のする方向へと小走りで向かった。
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