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4.古茶詩文2:青山空と

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古茶詩文 ホームルーム

「遅れてごめんねぇ!担任の植村だよ!こっちは副担任の古茶先生!仲良くしてあげてね!はいじゃあ皆んなの自己紹介スタートぉ!」
さっき考えた自己紹介文の出番は訪れなかった。ちょっとだけ悲しい。
「出席番号順はつまらないからくじを用意してきたよー。はい、古茶先生引いて。」
『自己紹介くじ』と書かれた派手な箱を向けられ言われるままに紙を1枚取り出す。
……乱雑な字で『副担任』と書かれていた。
なんだ、あるじゃないか出番。
「副担任。僕ですね。古茶詩文と言います。今年度から赴任して2年1組の副担任を務めさせて頂くこととなりました。担当教科は国語科目全般になります。進路相談や悩み事はもちろん、皆さんの好きなことや頑張ってること、気軽にお話しして下さい。卒業まで2年間よろしくお願いします。」
綺麗にまとめたつもりでいても話してみるとつまらない感じになるのが自己紹介というものである…。
高校生ともなると元気な反応をしてくれる生徒は少数派であり内容の聞き取れない会話が極小のコミュニティ内で繰り広げられているが、生徒たちの表情を見る限り悪い反応ではなさそうだ。…よかった。ほんとに。
「では次の方は…出席番号1番の相沢くんですね。」
実質の1番手を選ぶくじで幸運にも出席番号1番を引き当てた事で教室内に笑いが溢れ、その後の自己紹介は明るく楽しい雰囲気で進んだ。ごめん相沢くん。

「皆んなありがとね!じゃあ連絡事項です!春休みの宿題は各教科の最初の授業で…」
今日は授業がないためホームルームが終われば放課となる。進学クラスのため真面目な生徒が多いと聞いているが今日ばかりは浮き足立った様子が目立つ空間になっていた。
各生徒の雰囲気を掴むため教室を見渡す。目立つ生徒と言えば山村くんだろうか。デカい。あれは2mあるんじゃないかな…
見た目にも仕草にも個性豊かな生徒が揃っていて、楽しいクラスになる事が容易に想像できる。それでいて皆んな真面目に勉学に取り組んでいるというのだからひとまずは安心だ。
「…期限は来週金曜までね!志望校なり就きたい職業なり夢なり野望やり何でも書いて出すこと!面談担当はー、デケデケデケデケデン!…古茶先生です!以上、今日は終わり!さよーなら!はい!」
「「さよーなら!」」
唐突に大役を任される事が伝えられホームルームは終了した。僕が生徒と親睦を深めるための計らいだろうが事前に教えて欲しい。
…ところでこの短時間で皆んな元気に仲良くなり過ぎじゃないかな?全員ではないけども。


古茶詩文 放課後

教室に残る生徒の数がまばらになってきた頃を見計らい彼/彼女に声をかける。
「青山さん、少しだけいいですか?先生のためだけの話になってしまいますが、少し。」
新年度初日に彼/彼女に声をかけるかは判断が難しいところだったが、彼/彼女の自己紹介を聴いて話しかけずにはいられなかった。後になって思えばこの選択は間違いなく正解だと胸を張って言えるが。
「あ、古茶先生は優しい人ですね!言葉選びが!空の事心配してくれてるなら大丈夫だよ?」
「いえ、朝までは心配してましたが今は本当に僕のためだけにお話しさせてもらいたくて。今後青山さんに相談に乗ってもらいたいことが出来るかもしれないのでお願いの挨拶に。」
青山空は戸籍上男性であるが精神面は女性である。トランスジェンダーであることによる悩みや周囲の反応を心配していたが、彼/彼女の自己紹介を聴く限り問題はないように見えた。自身の身体・精神の在り方や周囲への振る舞い方に十分な理解と覚悟が出来ているばかりか、誰よりも熱心にクラスメイトの話を聴く姿勢には周りからの好感が寄せられ友達も多いようだ。
「相談ですか?まぁ空より心配してあげるべき子も空と似たようなからだの子もいますもんねー。」
「青山さんと似たような…」
「あ、でもそれは空の口から言うことじゃないよ?」
「えぇ、わかってるつもりです。必要以上の詮索をするつもりはないですし、スパイ活動をしろなんて事を言うつもりもありません。ただ、僕が目を向けるべきところに迷った時なんかに相談できたらと思いまして。教師として不甲斐ないですが、青山さんは僕を含めた誰よりもこのクラスの皆んなをよく見ていましたから。」
「自分を知ってもらうには相手のこと知らなきゃね!そう言う事なら良いですけど皆んなに対してお互い余計なお節介はしないようにですねー。」
「青山さんは素敵な方ですね。もちろん、ありがとうございます。制服もよく似合ってますよ。」
「へへーん。先生も大変だろうけど頑張って下さいねー!」
節々に気になる言葉と明るい笑顔の残像を残して青山さんは友達グループに戻って行った。

(青山さんと似たような…)
考えるべきであろう事を考えているふりをしながら教務室へと足を進める。
生徒の事に目を向けるべきだとわかっていてもそれを頭に浮かべていても、僕の脳は別のことに囚われていた。
『先生も大変だろうけど』
そう言った時の彼/彼女の表情や仕草はまるで僕の事を知っているような雰囲気を放っていた。僕の秘密を知っているような。
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