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伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!
アリシア(2)
しおりを挟むヴァレンティーナとエミーリアとは中庭でわかれ、アリシアとマーガレットはその足で図書室へ向かった。
気になった本を抱え、ソファーへ腰を下ろす。
「まさかとは思っていたけど、あの様子だと本当に断罪なんてことになりかねないわね。そうなったら、アリシアはどうするの?」
「わたしは……お父様にお任せするわ。……破棄となると、次のお相手探しが難しくなるから申し訳ないけれど」
「そもそもそこよ、なんであっちの浮気で正当な婚約者である令嬢ばかり立場が悪くなるのよ? あの程度の理由、しかも身に覚えのないことで婚約破棄とか実際にあり得る?」
「……あり得ないと、思いたいけど」
アリシアはため息をついた。
ここ最近、断罪シーンを回避する強かな悪役令嬢の話が出はじめた。
逆襲小説と呼ばれている。
婚約破棄小説の流れを汲みつつ、婚約破棄までの流れの矛盾点を突き、断罪を回避し、自己の価値を高め、もっと条件のいい人と結婚したり、心移りなどなかったかのように反省した元の婚約者に溺愛されたりする。
悪役令嬢だけでなく、その家族や周りの人物まで救われる事が多く、アリシアとしても感情移入しやすかった。傷つく人が少ないところも好感が持てた。自分で人生を切り開いていく様は、心が躍り応援してしまう。
長い間待ち焦がれた、違う切り口の小説が現れたことに歓喜した。
もう少し早く出てきて浸透していたら、今の流行りは違うものになっていたかも——
小説にそこまですがるのもどうかと思うけれど。
「わたしはヒースと婚約破棄してもいいけど」
「そうなの?てっきりマーガレットはヒース様のことが好きなんだと思っていたわ」
マーガレットは騎士の出てくる物語が好きで、彼女自身も剣やら乗馬を得意としているぐらいなので、騎士団長子息のヒースとは気が合うのだと思っていた。
マーガレットはニヤリと笑って、アリシアに小声で囁く。
「わたしね、小さい頃から憧れてる人がいるの」
「そうなの?」
知らなかった。
マーガレットとはお互い伯爵令嬢ということもあり、四人の中でも特に仲が良く、それなりに秘密も打ち明けていると思っていた。
「だからその人以外は誰と結婚しても同じよ」
ある意味清々しい。
「アリシアこそ、リアム様のこと好きなの?」
マーガレットは、頬の横に垂らした赤い髪を指先にクルクル巻き付けながらニヤリと笑った。
「……わからないわ」
わからないのだ、本当に。
嫌いではない、決して。
さらりとした黒髪は緩く結って肩へと流し、琥珀色の瞳に、流れるように通った鼻筋の下に形のよい薄い唇。
絶妙なバランスの顔の造形に加えて所作は優美、次期侯爵で、次期宰相と呼ばれる秀才で社交界では常に人気ーーそれがリアムだ。
忙しい時は手紙を、余裕があれば会って他愛のない会話をし、誕生日には花とプレゼントをもらった。
それを喜ばしく思わないはずはない。
婚約者として及第点どころか、アリシアが婚約者であることに疑問すら感じるほど完璧だった。
貴族の結婚は家が取り決めるもの。
愛や恋ではなく信頼でつながっていくもの。
そう教えられ、厳しく育てられたアリシアは、今まで政略結婚そのものに疑問すら持たなかった。
それが当たり前だった。
リアムのことを、好きか嫌いかという視点で考えたことがなかった。
「わたしから見たら、貴方たちとてもお似合いだけど」
「そうかしら……」
リアム様とわたしが?
政略でなければ、わたしが選ばれることはなかったのに?
「まぁ、私たちは伯爵令嬢だからまだいいわね……。ヴァレンティーナ様たちは、相手の数も少なくなるし、大変よね」
マーガレットの呟きに言葉を失う。
公爵家や侯爵家の令嬢となると、釣り合いのとれる年齢の高位貴族の子息の数自体が少ない上に、いたとしても皆、婚約済みである。その上破棄後ともなれば、婚約者探しはさらに難しくなる。
感情を顔に出さないよう、アリシアよりもさらに厳しく躾けられたであろう二人の令嬢のことを思うと、鉛を飲み込んだような気持ちになった。王家や公爵家に嫁ぐために躾けられた彼女達の苦労は計り知れない。
マリアの肩を抱くジークハルトの顔が過ぎる。
あれがもし、リアムだったらーー
痛むような気がした胸を押さえ、アリシアは本に目を落とした。
文字はただ滑るように流れ、零れ落ちてしまった。
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