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サファスレート王国の婚約事情(1)
ブレイデン(2)
しおりを挟む「国境の守護神だの英雄だのと呼ばれているのに情けないよな。婚約者一人護れず、何が神だ。俺は——君に憧れてもらえるような人間じゃない」
「わたしは」
「剣術大会で優勝したのを見てくれたんだっけ」
「はい」
「戦場は、あんなお綺麗なものじゃない。ただの殺し合いだ」
黙ってしまったマーガレットの手をそっと撫でた。
この子の気持ちが俺に向かなくても、この手を離すわけにはいかない。
「こんな俺で申し訳ない」
「謝ってばかりですわね。聞いているように見せかけて、わたしの気持ちなんて全然聞いて下さらないし」
マーガレットはそう言って頬を膨らませた。
その顔は、ちょっと……かなり可愛いが。
「君の気持ちを知ると挫けそうでな。俺は一度失敗しているし」
「まぁ、ずるい言い方ですこと」
「そう、大人はズルいんだよ」
「大人って、たかが三十歳じゃないですか」
「え?」
「お爺様は六十歳です」
「いや、将軍と比べられてもだな」
「まだ半分ですわ」
流石のブレイデンも黙るしかない。
その切り返しはなかなかだな、と感心したが、得意げに顎を上げてる姿は可愛らしいとしか言いようがない。
どこか冷めたような態度を見せながらも、本質的な部分での素直さは育ちゆえか。
「それに君ってなんですの? わたしは妻になるのでしょう?」
「あぁ、もちろん」
「それでしたらマーガレットでもメグでもお好きに呼んで下さいませ」
「メグは将軍しか呼ばぬ愛称では」
「ですから特別に呼んでもいいと言ってるんです」
可愛い孫娘を娶らないなど二度も言うのであれば私は腹を切るぞ、という手紙がマーガレットの祖父から届いて天を仰いだのだが——なるほど、目に入れても痛くないのはこれが理由か。
その真っ直ぐさは、この国では生き辛いだろう。
けれども、俺たちのような者には眩しく、それゆえ愛おしい。
「君……、メグが、愛される理由がわかった」
「今度は急になんですの」
「実に愛らしい」
「はっ!?」
「ヒースが惚れるのもわかる」
「えっ!?」
「これから全力で口説くことにする」
「何をおっしゃってますの!?」
あぁ、色恋の駆け引きは苦手なのか。
それでは堅物息子も自覚するのが遅くなるはずだ。
手を伸ばし頬を撫でれば、びくりと肩を震わせた。
ニッコリほほ笑んでみせると、今度は後ずさった。
逃がさないよう手を掴んで、その指先に口づけた。
「メグの気持ちが俺に向くまで待つ」
「向かなかったらどうしますの?」
「さて、どうしようか」
あぁ、嫌だな、頬が緩む。
本当は別れの辛さを吐露させ、胸に抱いて泣かせて終わりにするはずだったのだが。
怒らせたり、喜ばせたり、笑わせたりしてみたくなってしまった。我ながら随分幼稚なことを思っているとは思うのだが、仕方がない。多分これが――
「なぜそんな嬉しそうですの!?」
「メグが何を言っても可愛くて仕方がなくなってしまった」
「ですから! どうして急にそうなるのかお聞きしているんです!!」
「わからない。俺も初めてだ」
――恋か。
落ちるとはよく言ったものだ。
これを十代で知ったレオンハルトはさぞ振り回されたことだろう。
銀の髪とアイスブルーの精悍な顔を思い出していた。
「キスしていいか?」
「先ほど待つと!!」
「待てないかもなぁ」
そう言ったら、顔を真っ赤にしてうろたえている。
——キスもまだか。
こんな幼稚な意地悪をしたくなる自分が馬鹿らしくて笑えてくる。
「また笑って! もう、嫌いですわ」
「そうか」
馬鹿らしいのに、それを嬉しく思ってしまう。
怒って横を向いてしまったマーガレットの赤い髪をそっと撫でた。
馬に乗って風に吹かれたら、さぞ綺麗だろう。
「今度、一緒に遠乗りに出かけよう」
「えっ!?」
怒っていたはずなのに振り返った。
馬が好きなのは知っていたが、そこまでとは。
期待で瞳が輝いて可愛いし、素直さはやはり、どうしたって愛おしい。
「馬に乗ってもいいんですの?」
「もちろん。馬を贈ろう」
「!!」
思ってもいなかったのか目を見開いている。
乗馬すら否定されていたのか。さほど珍しい趣味とも思えないが、ライドン伯爵夫人は厳しい方だから。
「ガルブレイス領ではしたいことをするといい。剣の稽古にも付き合おう」
「キ……」
「ん? したくなったか?」
「なってません!!」
「そうか、それは残念だ。何が、とは言ってないが」
ニヤニヤ笑うと、また怒られた。
手を引き寄せ、抱きしめる。
耳元で可愛いなぁと呟いたら、真っ赤な顔で胸を叩かれた。
「メグ」
「今度はなんですの!!」
「柔らかいなぁ」
「ばっ、馬鹿!! スケベ!! エロジジイ!!」
マーガレットの痛烈な批判に、とうとう堪えきれなくなって爆笑してしまった。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
「離せなくなりそうだ」
「信じられないっ!! もう大っ嫌いですわっ!!」
可愛らしく怒っているマーガレットの頬を撫でながら、泣いているよりずっと彼女らしくていいと思った。
「ガルブレイス領で、メグを幸せにすると誓うよ」
小さな声で囁いたら、胸の中で縮こまっていたマーガレットがコクンと頷いた。
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