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7.アイス
しおりを挟む「自分で食べられます」
「駄目だ」
「食べられます!!」
「私は今日、マイナの体調を気にしながら、これだけを楽しみに仕事をしていたというのに、マイナはその楽しみを奪うというの?」
「……わかりました」
レイの執念に根負けして口を開けると、アイスの乗ったスプーンが口に差し込まれた。
(恥ずかしい!!)
口に入ったアイスよりもとろけた顔をしたレイは、マイナの頭を撫でてご機嫌になった。
(食べて撫でられるなんて、幼児みたい)
「美味しくないの?」
「もちろん美味しいですよ。野薔薇のアイスは絶品ですし、わたくしがサクラ味が好きだとご存知なのも嬉しいです」
なんと、野薔薇にはサクラ味のアイスがあるのだ。
和食素材がたくさん存在していることから、マイナのように日本の記憶を持つ人がいるのだろう。
このアイスを作ったのも、そういう人のような気がする。
(お妙さんがよく桜餅を作ってくれたっけ。美味しかったなぁ)
桜の葉の香りが大好きだった。
このアイスは懐かしい香りをもたらしてくれる。
とても美味しいアイスだ。
「マイナのことをずっと見てきたからね?」
ウインクしたレイに思わず見惚れてしまった。
(こんな気障な仕草が似合っちゃう顔って凄いな)
レイの高すぎる鼻筋と絶妙な配置の顔のパーツを食い入るように見つめた。
そんなマイナを嬉しそうに見つめ返すレイ。
恐ろしいほどの美貌に、グッと喉を鳴らしてしまった。
(なんか誤魔化さないと……気まずいっ)
「は、初めてお会いしたのが五歳ですから十一年?……あれ? 意外と短い?」
「え、短いかな!?」
「短く感じません? もう二十年くらい経ったような気分です」
「あぁ、確かに。濃厚ってことかな? 殿下とちょくちょく遊びに行ってたしね」
「そうですね……お二人には昔からよく遊んでもらってましたね……」
マイナがまだ殿下の婚約者候補と騒がれていたころ、王城には言い知れない怖さがあった。
多種多様な視線を感じながら、父に手を引かれて王宮内を歩くのが苦痛だった。
父に腕を見込まれてマイナ専属の護衛として雇われたヨアンも、いつも怖い顔をしていた。
(ヨアンのあんな顔、久しぶりに見た。やっぱり王宮は怖いなぁ)
父は前世の記憶を持つマイナを常に尊重してくれたから、婚約者選びを急かされることもなくのんびりと育った。
殿下の婚約者候補と呼ばれなくなっても、殿下はお忍びでべイエレン公爵家に遊びに来てくれた。
そうしているうちに、マイナの手作りお菓子で殿下とレイをもてなすという習慣ができてしまった。
(前世のプリンアラモードが懐かしくなって作ったのが始まりだったっけ)
殿下は毒見を通さなければ何も口にできない。
前世の記憶があるマイナにとって、それは異常なことだった。
マイナは毒見から渡された殿下の崩れたプリンアラモードを見て泣いてしまったのだ。
どうしてマイナが泣くのか殿下もレイもわからず、右往左往していた。
それからはプリンだけにしようとして、殿下に「毒見には慣れているからそんな気遣いは要らない」と言われた。
王宮ではわざと盛り忘れたかのように振舞って誤魔化したけれど、殿下のプリンに生クリームとフルーツをのせなかったのは、毒見でぐちゃぐちゃになってしまったものを食べさせたくなかったからだった。
殿下もレイもそれをわかっていて、マイナが悲しまないように楽しい会話に変えてくれている。
(二人にまた気を遣わせちゃったなぁ)
そもそも手作りなど渡さなければいいのだと何度も思った。
マイナが作った物だから余計に厳重に毒見が必要になるのだ。
マイナを守るためである。
けれど遠慮して間を開けていると殿下のほうから「そろそろプリンが食べたいから持ってきてくれ」などと言われてしまうのだ。
せめてもの抵抗で生キャラメルだけはシェフの物を渡したけれど、どうすれば正解だったのだろう。
そして困ったことに。
今までと変わらずにいてくれる殿下を思うと、なぜかとても切なくなるのだ。
(三人でずっと友達でいたかった? もしも私が男だったらずっと友達でいられた? それとも、殿下が婚約者不在なことを気にかけているだけ? 私が殿下でもなくレイさまでもない人と結婚すればよかった? そうしたら三人で友達のまま……違う、そうじゃなくて、手作りの物を渡すべきなのか、やめるべきなのかを考えていた気がするのに……)
最後のアイスを口に含んで、胸を押さえた。
(どうしてこんなに胸が苦しいの)
「どうしたの? もう熱はなさそうだけど、どこか辛い?」
レイの長くて少し冷んやりとした指がオデコを掠めた。
「……大丈夫。熱の後でちょっとぼーっとしてるみたい」
「今日は……一緒に寝ようか?」
「だめです! 風邪がうつっちゃう」
「今さらだよ。朝だって、オデコとはいえキスしたし」
「アーー!!!!」
(熱でぼうっとしてたから忘れてた!!)
あまりの恥ずかしさに、布団に潜ると顔を隠した。
心臓がバクバクする。
「こら、寝る前に水分とって、歯を磨いて」
「分かってますぅ。ちゃんとしますからニコを呼んでください!!」
「……ちゃんと呼んであげるから、出ておいで」
甘やかすような声が降ってきたので、布団から顔を半分だけ出した。
細められた琥珀の瞳が弧を描いている。
「おやすみ、マイナ」
「……おやすみなさい」
また頭を撫でられた。
もう一度オデコにキスされるかもと警戒していたのだが、それはさすがに自意識過剰だったようだ。
(餌付けに頭ナデナデって、レイさまにとって、私って猫なのでは!?)
いい香りだけ残して去っていくレイの後ろ姿を『もう少しそばに居て欲しかった』と思いながら見送る。
そんな自分の気持ちに首を傾げるマイナであった。
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