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9.お茶会
しおりを挟む好きなことばかりしていられないのが世の常である。
異世界においてもだ。
「そもそも異世界の定義とは?」
移動が馬車であったり、魔法使いがいると噂されている世界なのでそう呼んでいるが、マイナが元いた世界のほうが異世界という可能性はないだろうか?
(おじいちゃんの書道は魔法みたいだった)
鳥は羽ばたき、草木は生い茂り、音は時に轟音と静寂を表現する。
奥深い書の世界の中にいた祖父を尊敬していた。
祖父の家は広い日本家屋で、夏には全ての窓を開け放っていた。
風が通り、真夏でも涼しさを感じ、外には竹が生い茂る、そんな風景だった。
虫が多かったから、大きな蚊帳の中で寝ていた。
「蚊帳ってすごく便利だったな」
(でも蚊帳の中に蚊がいたら、台無しなんだけどね)
今でもあの家の、世界とは違う時間軸が流れていそうな空気をはっきりと思い出す。
(もしかして、この世界とあの家が繋がってたとか?)
「マイナさま、そろそろ現実逃避のほうは終わりにしていただけますか?」
「やっぱり?」
とりとめのないことを、つらつら考えていたけれど、今日はめんどくさいお茶会なのである。
「行きたくないなぁ。今日、熱が出ればよかったのに」
「アーレ夫人のお茶会ですから断れませんね」
「はぁ~。どうせみんな、レイさまのことが聞きたいだけのくせに」
(アーレ夫人なんて、前世なら噂好きのただの井戸端おばちゃんなのに)
「いかがですか?」
ニコが結い上げてくれた髪を確認して頷いた。
今日はレイから贈られた桜の花を模した髪飾りをつけ、ピンク色のドレスを纏った。
この世界にも桜がある。
祖父の家にも桜の木があった……。
「そうか、あの桜の木とこの世界が繋がってるのね?」
「マイナさま、お時間です」
「……はぁ」
* * *
今日もバッチリメイクのアーレ夫人は、藤色のドレスを着ていた。
女性しか集まらないときは胸が控え目に見えるドレスを着ている。
(TPOってやつ? それとも、ヘイトが集まらないようにしてるのかな?)
どちらにせよ、元庶民にはめんどくさくて仕方がないお茶会だ。
けれど、結婚したからにはこの会だけは欠席できないのだ。
(町内会の会合、女性バージョンみたいな。でも話の内容はただの下世話な噂話よね)
「アーレ夫人、ごきげんよう」
「タルコット夫人、ようこそお越しくださいました」
メリンダ・アーレ伯爵夫人は優雅なお辞儀を披露したあと、マイナを席に案内した。
公爵夫人なので上座なのはわかるが、年齢的には一番乗りが好ましいところだろう。
参加者全員が既に揃っていた。
(わざと遅い時間に呼んだわね?)
吐きだしそうになる悪態を呑み込んで、優雅に見えるであろう仕草で座った。
「皆さま。本日はお集まりいただきまして誠にありがとうございます」
(夜会の次は、婦人会で針の筵か)
メンバーはアーレ夫人の取り巻きである、ベッカー子爵夫人とバーデン子爵夫人。
それと、生贄のように連れて来られているグートハイル侯爵夫人……。
グートハイル夫人は男爵家出身で、グートハイル侯爵から熱烈に求婚されて結婚し、昨年の社交界を賑わせた方だ。
彼女は誰もが振り返るほどの美貌である。
ビスクドールのような艶々の白い肌にパッチリ二重の翡翠の瞳。
プラチナブロンドは緩やかなカーブを描いており、日に当たるとさらに美しい。
ライムイエローのドレスが、パラソルの下で彼女をさらに美しく見せている。
(絵画だわ、素敵。グートハイル夫人をディスりたいなら、ガーデンパーティーは失敗って感じね)
「まだお若いですのに、夫人てお呼びするのは忍びないですわ」
(キター!! ベッカー夫人、思ったより直球だなぁ)
「わたくしも呼ばれて慣れておりませんので、失礼がございましたらどうかご容赦を。本日は淑女の鏡である皆さまに、女主人としての教えを乞いたいと思い、はせ参じました」
ニッコリ。
(うへー。夫人たちの満足そうな顔キモーい)
そう言わせたかったんであろうことを言ってやらねば、次々行われる茶会の度に、そういえばタルコット夫人が……などと、薄ら笑いを浮かべながら延々語り継がれてしまう。
(ここからは教えという名のマウントかまされるんだろうなぁ)
「グートハイル夫人はもう呼ばれ慣れまして?」
バーデン夫人はふくよかな頬を扇で隠しながら流し目で聞いている。
「はい。さすがに一年経ちましたので」
グートハイル夫人は臆することなく答えて、ゆっくりと瞬きをした。
睫毛の先まで完成された美。
その堂々たる姿は、もうすっかり侯爵夫人としての自分を確立していた。
(格上過ぎる人との結婚って大変なのに、凄いなぁ)
彼女も結婚が早く、確か今は十九歳のはずだ。
ベツォ国の夫人たちには年功序列の概念がある。
特に婦人会でのことで、結婚したばかりの夫人を呼び出しては根ほり葉ほり聞き出すというわけだ。
若ければ若いほど針の筵になるし、行き遅れてようやく結婚みたいな人も針の筵になる。
(お母さまの話だと、元々は急に高位貴族に嫁いで困っていた令嬢を、皆で助けたというのが始まりだったらしいんだけど。今じゃただの後輩イビリみたいなもんだよねぇ。アーレ夫人は特に酷いらしいし)
予想通りというかなんというか。
「タルコット卿がご結婚されて泣いているご令嬢、ご婦人は多いとか。いえ、わたくしが聞いた話ではないのですけれど」
(じゃあ言うなよ、この歩く女性週刊誌め)
アーレ夫人の濁った茶色い瞳に向かってすました顔で答えた。
「まぁ。それはどこのどなたでしょう。わたくしは祝賀をいただいてばかりで気付きませんでした」
「いえいえ。わたくしも誰とは存じ上げず」
「左様でございますか。申し訳ないことにございます」
伏し目がちで言えば、井戸端おばさんたち三人は嬉しそうにほくそ笑んだ。
グートハイル夫人は心底馬鹿らしいという顔をしていた。
(決めた。今日は帰ったら『うどん』を踏む、絶対踏む。井戸端マウントおばさんだと思って絶対踏む!! レイさまがモテるなんて百も承知だっつーの!!)
心の中で悪態をつくマイナであった。
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