【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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10.うどん

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「やけに賑やかだな」

マイナと結婚してから、屋敷が明るくなったとは思ってはいたが。
今日は一段と盛り上がりを見せている。

「奥さまが『うどん』というものをお作りになられていまして」

執事のシモンが鞄を受け取りながら答えた。

「うどんか!」

「旦那さまはご存知で?」

「ベイエレン公爵家で食べさせてもらったことがあるよ」

マイナは結婚してから、料理を作ることに対して遠慮がちだった。
それはレイにとって歓迎すべきことではない。

自由に楽しく振舞ってくれるのが一番嬉しいのだ。

「厨房ではないようだな?」

声は食堂の方から聞こえてくる。

「旦那さま、お願いがございます。どうか奥さまのお姿を見ても、お叱りにならないで下さい」

「私がマイナを?」

「……はい」

「そんなことするわけないだろう」

「……」

黙ってしまったシモンを置いて食堂へ向かった。
廊下ではヨアンとバアルがウロウロしていた。

「何をやっている」

「旦那さまっ!!」

「おかえりなさ~い」

焦るバアルと、間の抜けたヨアン。
対照的な二人は、それぞれ食堂内を気にしているようだった。

「マイナはそこに?」

「はい」

「うどん踏んでます!」

「踏む? うどんは踏むのか?」

「踏みます! ドレスの裾をたくしあげて、素足でギュッギュッてやります。コシが強くなります!」

ヨアンは嬉しそうに笑っている。

(犬っぽいな)

おしりの辺りの尻尾がブンブンしているのが見える。

「ドレスをたくしあげてるところを見たのか?」

「見てません。ニコに追い出されました」

「あぁ、なるほど?」

そう答えた時には扉をノックしていた。

「はい」

少し開けた扉から顔を出したニコは、彼女にしては珍しく驚いた顔をしてから頭を下げた。

「おかえりなさいませ、旦那さま」

「マイナがいると聞いた」

「はい。ですが」

「マイナには自由に過ごして欲しいと言っている私が、叱ると思うか?」

だから入れろと視線で訴えると、逡巡しながらも扉を開けて入れてくれた。
後ろ手に扉を素早く閉めて凝視してしまった。

ドレスの裾を持って、テーブルの上に乗っているマイナを。

「ギャーーーー!! なんでー!?」

すぐにしゃがんだマイナは、顔を真っ赤にして蹲った。

「今日は仕事が早く片付いたから」

嘘だ。
アーレ夫人の茶会の評判が悪いことは有名だ。
今日は心配したヴィヴィアン殿下だけでなく、宰相にも早く帰れと言われた。
宰相の場合は、マイナに何かあるとレイの執務に支障が出るからというのが理由だが。

「うどんを作ってると聞いたから、作ってるところを見てみたくて来てしまったのだけれど、マイナが嫌なら外で待つよ」

なかなか刺激的な格好だし、とは言わないでおく。

(私はマイナを自由にさせると決めている)

それがどんなにこの世界ではしたないと言われる格好であろうとも。
彼女の前世にあった文化なら見てみたいし、食べ物であるなら食べてみたいのだ。

(私は人よりちょっと好奇心が旺盛なものでね)

「嫌ではないけど、恥ずかしいっ」

「そうか。では後ろを向いていようか?」

「それなら……」

おずおずと立ち上がる気配がして、ふみふみする度に捏ねられる音が聞こえた。

「今日の茶会はどうだった?」

「あーーーー」

(やっぱりか)

あの茶会の難点は、あそこを通過しないと貴婦人として社交界で認められないという風潮があるのに、内容がくだらないという点だろう。
最近は特に評判が悪く、アーレ夫人は男性からも嫌われている。

「結局、レイさまと結婚したのが面白くないんだろうなーって感じだったよ」

「……へえ?」

(では誰と結婚すれば『面白かった』のだろうな?)

レイは意識し始めてからは、結婚するならマイナと決めていた。
マイナ以外の女性に、結婚をほのめかしたことすらない。

「あんまりにも茶会がつまらなかったんで、うどんを踏んでスッキリしようと!」

「ん?」

「嫌なことがあったら、うどんを踏むといいの!」

「うん?」

「こうして、こうして、こうやって! 夫人のバーカ!!」

「ぶっ」

(バーカって、そんなの笑うだろう?)

「あぁ、私も宰相のバーカと言いながら踏んでみたいな」

「えっ!? ぶりざーど宰相にまたなんか押し付けられた!?」

「しょっちゅうだよ」

「なんてこと……一緒に踏みますか?」

「いいの? 私に足を見られたくないんじゃないの?」

「だ、だいじょうぶ、そのぐらい、ダイジョブ、だって結婚、結婚してるんだし、前世だったら全然オッケーなぐらいしか出してないし」

「さっきは叫んでたのに?」

「さっきは突然だから驚いただけだから、だいじょうぶ」

その言葉を信じて後ろを向くと、まっ先に目に入ったのはやっぱり足だった。

(うん。やっぱり刺激的だな)

顔には一切出ていないだろう。

すぐにニコが置いてくれた桶で足を洗い、テーブルに乗った。

「足に打ち粉してから乗ってください。ラップが無いのが不便かな。汚いって思う?」

ラップというのは以前マイナに教えてもらったので知っている。
マイナの前世には便利な物が多い。

「茹でるよね?」

「うん。茹でるよ」

「それなら大丈夫」

足に打ち粉をしてから、かなりの量になりそうな『うどん』に足をのせた。

「ひんやりしてて、気持ちいいな」

「ふふふ……レイさまもこの楽しさを知ったら、ついつい踏みたくなる呪いがかかりますよ」

「それは興味深いな」

マイナと向い合せになり、ドレスを持っていない方の手を繋いで『うどん』を踏んだ。

「こうやって、こうやって、踏んづけるの。イラっとしたことをやっつけるように」

「なるほど。こうやって、宰相のバーカ!」

「そうです、そうです! そんな感じです!」

キャッキャとはしゃぎながらマイナと踊るように『うどん』を踏んだ。
髪が揺れ、額に汗が滲む。
よろけたマイナを抱きしめながら、二人で踏んだ。





湯豆腐を食べたあの日。
マイナは気まずそうに「子どもはどうしますか?」と聞いてきた。

「マイナは若いから、まだやりたいこととかたくさんあるでしょ? 急がないよ」

「えっ?」

(えって?)

「あっ、なるほど? では後継はわたくしが生むということで?」

「もちろん」

(他に誰が?)

「そ、そっかぁ」

マイナは二度三度と頷いて勝手に納得しているようだけれど、まさか他の女をあてがうなどと突拍子もないことを考えていたのではないかと勘ぐってしまう。

(病み上がりに無理はさせられないから問い詰めないけどね)





――と、後日に持ち越したわけだが。

「マイナ」

「はい?」

「夜、マイナの部屋に行くよ」

「えっ、今日!? 今日ですか!?」

「そんなに焦らなくても、ちょっと話をするだけだから大丈夫だよ」

「それは大丈夫なのかなぁ」

不安そうな顔をするマイナを抱きしめ、耳元で『まだ、今は何もしないよ』と囁いた。

不安要素は早めに潰したいレイであった。




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