10 / 125
10.うどん
しおりを挟む「やけに賑やかだな」
マイナと結婚してから、屋敷が明るくなったとは思ってはいたが。
今日は一段と盛り上がりを見せている。
「奥さまが『うどん』というものをお作りになられていまして」
執事のシモンが鞄を受け取りながら答えた。
「うどんか!」
「旦那さまはご存知で?」
「ベイエレン公爵家で食べさせてもらったことがあるよ」
マイナは結婚してから、料理を作ることに対して遠慮がちだった。
それはレイにとって歓迎すべきことではない。
自由に楽しく振舞ってくれるのが一番嬉しいのだ。
「厨房ではないようだな?」
声は食堂の方から聞こえてくる。
「旦那さま、お願いがございます。どうか奥さまのお姿を見ても、お叱りにならないで下さい」
「私がマイナを?」
「……はい」
「そんなことするわけないだろう」
「……」
黙ってしまったシモンを置いて食堂へ向かった。
廊下ではヨアンとバアルがウロウロしていた。
「何をやっている」
「旦那さまっ!!」
「おかえりなさ~い」
焦るバアルと、間の抜けたヨアン。
対照的な二人は、それぞれ食堂内を気にしているようだった。
「マイナはそこに?」
「はい」
「うどん踏んでます!」
「踏む? うどんは踏むのか?」
「踏みます! ドレスの裾をたくしあげて、素足でギュッギュッてやります。コシが強くなります!」
ヨアンは嬉しそうに笑っている。
(犬っぽいな)
おしりの辺りの尻尾がブンブンしているのが見える。
「ドレスをたくしあげてるところを見たのか?」
「見てません。ニコに追い出されました」
「あぁ、なるほど?」
そう答えた時には扉をノックしていた。
「はい」
少し開けた扉から顔を出したニコは、彼女にしては珍しく驚いた顔をしてから頭を下げた。
「おかえりなさいませ、旦那さま」
「マイナがいると聞いた」
「はい。ですが」
「マイナには自由に過ごして欲しいと言っている私が、叱ると思うか?」
だから入れろと視線で訴えると、逡巡しながらも扉を開けて入れてくれた。
後ろ手に扉を素早く閉めて凝視してしまった。
ドレスの裾を持って、テーブルの上に乗っているマイナを。
「ギャーーーー!! なんでー!?」
すぐにしゃがんだマイナは、顔を真っ赤にして蹲った。
「今日は仕事が早く片付いたから」
嘘だ。
アーレ夫人の茶会の評判が悪いことは有名だ。
今日は心配したヴィヴィアン殿下だけでなく、宰相にも早く帰れと言われた。
宰相の場合は、マイナに何かあるとレイの執務に支障が出るからというのが理由だが。
「うどんを作ってると聞いたから、作ってるところを見てみたくて来てしまったのだけれど、マイナが嫌なら外で待つよ」
なかなか刺激的な格好だし、とは言わないでおく。
(私はマイナを自由にさせると決めている)
それがどんなにこの世界ではしたないと言われる格好であろうとも。
彼女の前世にあった文化なら見てみたいし、食べ物であるなら食べてみたいのだ。
(私は人よりちょっと好奇心が旺盛なものでね)
「嫌ではないけど、恥ずかしいっ」
「そうか。では後ろを向いていようか?」
「それなら……」
おずおずと立ち上がる気配がして、ふみふみする度に捏ねられる音が聞こえた。
「今日の茶会はどうだった?」
「あーーーー」
(やっぱりか)
あの茶会の難点は、あそこを通過しないと貴婦人として社交界で認められないという風潮があるのに、内容がくだらないという点だろう。
最近は特に評判が悪く、アーレ夫人は男性からも嫌われている。
「結局、レイさまと結婚したのが面白くないんだろうなーって感じだったよ」
「……へえ?」
(では誰と結婚すれば『面白かった』のだろうな?)
レイは意識し始めてからは、結婚するならマイナと決めていた。
マイナ以外の女性に、結婚をほのめかしたことすらない。
「あんまりにも茶会がつまらなかったんで、うどんを踏んでスッキリしようと!」
「ん?」
「嫌なことがあったら、うどんを踏むといいの!」
「うん?」
「こうして、こうして、こうやって! 夫人のバーカ!!」
「ぶっ」
(バーカって、そんなの笑うだろう?)
「あぁ、私も宰相のバーカと言いながら踏んでみたいな」
「えっ!? ぶりざーど宰相にまたなんか押し付けられた!?」
「しょっちゅうだよ」
「なんてこと……一緒に踏みますか?」
「いいの? 私に足を見られたくないんじゃないの?」
「だ、だいじょうぶ、そのぐらい、ダイジョブ、だって結婚、結婚してるんだし、前世だったら全然オッケーなぐらいしか出してないし」
「さっきは叫んでたのに?」
「さっきは突然だから驚いただけだから、だいじょうぶ」
その言葉を信じて後ろを向くと、まっ先に目に入ったのはやっぱり足だった。
(うん。やっぱり刺激的だな)
顔には一切出ていないだろう。
すぐにニコが置いてくれた桶で足を洗い、テーブルに乗った。
「足に打ち粉してから乗ってください。ラップが無いのが不便かな。汚いって思う?」
ラップというのは以前マイナに教えてもらったので知っている。
マイナの前世には便利な物が多い。
「茹でるよね?」
「うん。茹でるよ」
「それなら大丈夫」
足に打ち粉をしてから、かなりの量になりそうな『うどん』に足をのせた。
「ひんやりしてて、気持ちいいな」
「ふふふ……レイさまもこの楽しさを知ったら、ついつい踏みたくなる呪いがかかりますよ」
「それは興味深いな」
マイナと向い合せになり、ドレスを持っていない方の手を繋いで『うどん』を踏んだ。
「こうやって、こうやって、踏んづけるの。イラっとしたことをやっつけるように」
「なるほど。こうやって、宰相のバーカ!」
「そうです、そうです! そんな感じです!」
キャッキャとはしゃぎながらマイナと踊るように『うどん』を踏んだ。
髪が揺れ、額に汗が滲む。
よろけたマイナを抱きしめながら、二人で踏んだ。
*
湯豆腐を食べたあの日。
マイナは気まずそうに「子どもはどうしますか?」と聞いてきた。
「マイナは若いから、まだやりたいこととかたくさんあるでしょ? 急がないよ」
「えっ?」
(えって?)
「あっ、なるほど? では後継はわたくしが生むということで?」
「もちろん」
(他に誰が?)
「そ、そっかぁ」
マイナは二度三度と頷いて勝手に納得しているようだけれど、まさか他の女をあてがうなどと突拍子もないことを考えていたのではないかと勘ぐってしまう。
(病み上がりに無理はさせられないから今は問い詰めないけどね)
*
――と、後日に持ち越したわけだが。
「マイナ」
「はい?」
「夜、マイナの部屋に行くよ」
「えっ、今日!? 今日ですか!?」
「そんなに焦らなくても、ちょっと話をするだけだから大丈夫だよ」
「それは大丈夫なのかなぁ」
不安そうな顔をするマイナを抱きしめ、耳元で『まだ、今は何もしないよ』と囁いた。
不安要素は早めに潰したいレイであった。
7
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる