30 / 125
30.天蓋
しおりを挟む「本日のマイナさまについては、私よりも旦那さまのほうがよくご存知なのではないでしょうか?」
ニコは執務室に入ってくるなり、開口一番そう告げた。
机の上に片肘を突いて、顎をのせていたレイは堪えきれなくなり、下を向いて肩を震わせた。
「レイさま」
「あぁ」
エラルドに注意されたが、なかなか顔を上げられなかった。
ニコは、セラフィーナから降りたあと、足が震えて歩けなくなり、ヨアンに抱えられたまま屋敷に入る羽目になった。
しっかり者のニコが怯える様子は珍しく、使用人たちは皆ヨアンに抱えられるニコを見て立ち止まった。
「ニコのお陰で、同じく私に抱えられたままのマイナが目立たず、騒がれなかったから色々上手くいったよ。ありがとう」
マイナもニコに夢中だったから、降ろしてと言われずに済んだ。
その後も、膝に乗せたり抱きしめたりを繰り返したが、夕方までのそれほど長くはない時間でもかなり慣れたように思える。
(まずは私に触れられることに慣れてもらわないとね。閨はマイナの想像を超える行為だろうし)
シモンはその一連の様子にあからさまにホッとした顔をしていた。
屋敷を出たときのレイはよほど酷い顔をしていたのだろう。
「それはようごさいました」
温度の下がったニコの表情にまた吹き出しそうになった。
(ダメだと思えば思うほど可笑しくなってしまうな)
父が周りを振り回すのも、こういう出来事が発端だったのかもしれない。
かといって、わざとやるのはやはり下衆としか言いようがないが。
(私が父似であることを嫌というほど思い知らされる一日になってしまったな)
似ているならなおさら。
マイナに乱暴なことはしたくない。
あの無垢な可愛らしさに癒されておきながら、自分で汚すなど外道のやることだ。
「それでは本日はこれで。私はマイナさまの準備がありますので」
ニコは閨の準備があるからさっさと終わりにしろと言わんばかりの顔でレイを睨んだ。
「いや、閨についての準備なら必要ない。しばらく先になる」
「はぁ!?」
「ぶっ」
(ダメだ、面白すぎる)
申し訳ないと思えば思うほどこみ上げてくるものがある。
ヨアンのだらしない顔がセットで迫ってくる。
「レイさま、私からお伝えしても?」
見るに見かねたエラルドが声をかけてきた。
下を向いたまま頷く。
エラルドに事情を説明しておいてよかった。
レイの尻拭いとばかりに、しばらく王宮に留まったエラルドは、遅れて戻った屋敷でシモンにレイの様子を聞き、かなり気を揉んだのだという。
先ほど矢継ぎ早に質問を受けた。
「奥さまがレイさまを兄のように慕っている様子が感じられるため、まずは奥さまとの触れ合いを重視し、徐々に男性として受け入れてもらいつつ、閨を進めたいとレイさまはお考えです」
「はぁ、左様でございますか。承知いたしました」
こっそりニコを見れば、このヘタレが!!とでも言いそうなほどの顔をしていた。
(いかん、またツボに入る)
「レイさま、今日は以上でよろしいですか?」
エラルドのフォローが頼もしい。
「うむ」
「それでは失礼いたします!!」
ニコは不快感を隠さず部屋を後にした。
扉の前にいたヨアンが、心配そうな顔をしていた。
(ヨアンのやつ。ヘンリクが帰っても、この時間はニコの傍にいることにしたんだなぁ)
ヨアンなりに頑張っているのに、今日はやりすぎてしまった。
このやり方ではニコは頑なになってしまうだろう。
ヨアンだけではなく、侍女としてのプライドを傷つけてしまったニコのためにも、何か埋め合わせをしなくては。
マイナと二人きりになりたかったし、結果的にレイとマイナの関係は、レイからのスキンシップを受け入れるという意味で少し進化したので、ヨアンとニコには感謝してしているのだが。
(二人が恋仲になろうと、なんの不都合もないからな。邪魔したいわけでもないし。むしろ、二人が力を合わせてマイナを守ってくれるのなら都合がいい)
「レイさま」
「わかってる。ニコとの関係を拗らせたくはない。今日のところはフォローを頼むよ」
「……かしこまりました」
まずはエラルドに託そう。
頭が切れるので上手くやってくれるだろう。
明日からエラルドには五日間の休暇を出している。
申し訳ないが、その前にひと働きしてもらおう。
「面倒かけるな」
「いえ。レイさまが闇堕ちしなくて済んだのです。このくらいはお安い御用です」
「闇堕ちか。あれは嫌なものだな。大切な人を壊してしまいそうだ」
「心中お察しいたします。大旦那さまのようにはなりたくないと、レイさまが抗った結果かと。踏みとどまったレイさまを尊敬いたします。私にできることは何なりとお申しつけください」
「それはマイナのお陰だよ。彼女と結婚できた私は幸せだな。でも、ありがとう。頼りにしてるよ」
立ち上がり、エラルドの肩を叩いて執務室を後にした。
(冷えてきたな)
明日行く場所は、まだそれほど寒くはないだろうが下着を厚手のものにしたほうがいいだろう。
言わなくてもニコなら準備するだろうが。
マイナの部屋のドアをノックすると返事がなかった。
まだ湯あみだろうか。
扉前の護衛も中の様子まではわからないようで、首を振っていた。
仕方なく、自室で湯あみをして軽く酒を飲んでいたら扉がノックされた。
しかも、夫婦の寝室側の扉からだった。
慌てて扉を開けると、薄いナイトドレスを纏ったマイナがもじもじしながら立っていた。
布地の面積は広いし、用途を考えると大人しいナイトドレスではあるが、前リボンひとつ解けばすぐに肌が見えるだろう。
淡いピンクがマイナの白い肌に映えている。
(ニコのやつ……!! 絶対に嫌がらせだろ!!)
『妻の侍女とは仲良くしろ』
どこぞの誰かが言っていた台詞だ。
それが夫婦円満の秘訣と言っても過言ではないと。
あの父ですら守っている。
(私自身、父を見ていて痛感しているし、ニコを侮っていたわけじゃないんだが)
「あの、今日からわたくしの部屋ではなく、こちらの寝室で休むとレイさまが仰ってたとニコから聞いたので」
「あぁそうだね。でも今晩は少し冷えるよ? その格好で寒くない?」
「やっぱり変!? だから嫌だって言ったのに!!」
「変じゃないよ。似合い過ぎていて困るぐらいだよ。可愛いよ、マイナ」
口説きつつ、さっと横抱きにして大股でベッドまで歩くと、天蓋のカーテンをすり抜けた。
こういう時、少しでももたつくと全てが台無しになるからだ。
滑らかな手触りのナイトドレスは肌滑りがよく、マイナの綺麗な足を丸見えにした。
理性との長い戦いの始まりに、自業自得と思いつつも、ニコの勝ち誇った顔がチラつくレイであった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる