【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

文字の大きさ
45 / 125

45.現世

しおりを挟む
「旦那さまぁ、ヨアンでーす」

「入れ」

 王城のレイの執務室に、ヨアンがよれた首元を一生懸命直しながら入ってきた。

「ニコに見られたら怒られるぞ? 城には整えてから来なさい」

「はぁーい」

 のんびり返事をしながらも、しきりに気配をうかがっている。

「誰もいません。ここに来るまでも大丈夫です。僕を尾行するのは難しいと思いまーす」

「そうか。休日にすまない」

「いいえー。お休みありがとうございましたぁ」

「どうだった?」

「とっても楽しかったんですけど、少しばかり追っ手を巻きました」

「へぇ」

 おそらくそんなことをするのは王太子殿下だろう。
 無駄なことを。

「あれ? そうえいば、結構跳んだけど怖がってなかったような?」

「ニコが?」

「はい。屋根までのぼったんですけど」

「それは……すごいな」

(もしかすると脈ありかもしれないぞ? 二人で出かけることが増えて、馬に乗るときもヨアンの首に掴まってるからなぁ。一緒なら大丈夫という刷り込みにもなったか?)

 なんてことは思ったところで言ってやらん。
 ヨアンにだらしなくなられても困るからだ。


「あ、べイエレン公爵の足音がしますー」

「お招きして」

「はーい」

 扉が叩かれる前に開けたヨアンは、べイエレン公爵を見ると嬉しそうな顔をした。
 静かに入室したべイエレン公爵は、ヨアンに片手を上げたあとレイに頷いてからソファーに腰かけた。
 レイも向かい側に腰かける。
 控えていたエラルドはお茶を配ると、べイエレン公爵の侍従と共に扉脇に控えた。

「こんな最中にすまないね」

「いえ」

 話があると言われ、あまりの忙しさに執務室での会話となった。
 聞かれてはまずい話をするのでヨアンに見張りを頼んだ。
 ヨアンは真顔で部屋の中央に立った。
 その位置が一番全方向の気配を探れるらしい。
 問題ないとヨアンが頷いた。

「マイナのことなんだが」

「……はい」

「三歳のときに前世を思い出した話は以前したと思うが、今は封印されている。問題はその前世の記憶なのだ……マイナの前世は実は――」

 べイエレン公爵の話は衝撃的だった。

 マイナの記憶については予測を立ててはいたのだが……。
 もう少し、平和な話だと思っていたというのが正直なところだった。
 よくぞ前世の話を口外しないようにとマイナに言い含めなかったなと、まずはそこに感心してしまった。

「私はマイナに前世の記憶を後ろめたく思いながら暮らして欲しくなかったのだよ。私ならマイナを自由にさせる力があるという自負もあった。どれだけ令嬢らしからぬ行動をしようとも、ある意味では公爵令嬢であるがゆえに匿えた。そして、レイ殿であれば私以上だろうとも。私の中では早い段階でマイナを託すならレイ殿だと、そう思っていたよ」

「……光栄です」

 べイエレン公爵は、レイの反応に満足したかのように頷いた。

「もう一度、封印されている記憶の扉が開くのか、それとも開かないのか。それは私にもわからない。多くの場合は夢に現れ、マイナらしからぬ暗い顔で部屋に閉じこもるようになる。そのときは気を付けて欲しい」

「承知いたしました」

「父親には限界があるが、夫であればマイナを現世に留める方法はいくらでもあるだろう?」

 ニヤリと笑ったべイエレン公爵は音もなく立ち上がった。

「……そう、ですね」

 いまだ閨にいたらない事情を思えば何とも苦い話ではある。
 けれども出来ないとは言えなかった。

 べイエレン公爵を見送りながら、小さく息を吐きだす。

 マイナを失いたくないと、そう強く思った。





 * * *




 今日はニコの定期連絡がないため、自室に戻り着替えをしていると、控えめなノックの音が響いた。

「誰だ」

「ミリアです」

「入れ」

「失礼いたします」

 控えめな容姿をしたミリアは、たった二週間でこの屋敷に馴染んだ。
 べイエレン公爵家にいたときは目立たなかったが、我が家には合っていたようだ。
 メイド長に「真面目な仕事ぶりが実によろしい。さすがはべイエレン公爵家」と言わせた。
 少しでもレイに色目をつかうようなメイドは避けたかったので、いい人選だったと思う。

「旦那さまのお耳にいれておきたいことがございます」

「どうした?」

「マイナさまが夕食をおとりになられた後から部屋にこもり、人払いをなさいました。こういった状態になった際は必ず旦那さまにお伝えするよう、べイエレン公爵閣下から申しつけられております」

「わかった。私が様子を見てくる。ミリアは下がっていいよ」

 ミリアが頭を下げて去った後、一呼吸おいてからマイナの部屋を訪ねた。

 結果から言えば、ショドウと言う名の絵画――あれは絵画ではないとは思うが、絵画に見えなくもない――に集中していただけで何ともなかったのだが。

 不思議そうな顔をしたマイナの顔見た瞬間、レイの心のほうが先に限界を迎えた。


 マイナを失いたくない。

 マイナの心を、この世界に留めたい。

 ただその一心で抱きしめ、溢れ出る感情に身を委ねた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...