【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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10.エピローグ


 戴冠式を無事に終え、ロジェの休みは以前より増えたものの、即位したばかりの陛下を支えるため、日々の帰宅時間は遅い。
 起きて待っていたら「先に寝てなさい」と叱られる。
 ならば、と。
 横に潜り込まれた感覚に目を覚まして声をかけても、抱きこまれて頭を撫でられてしまえば、クリスティーヌの瞼は自然と落ちてしまう。

(夫婦らしく会話をしたいのに……)

 クリスティーヌにそんな欲望が生まれた。

 だからせめて、朝食は一緒に食べようと早起きをしてみたら、それも叱られてしまい、とうとうクリスティーヌはロジェに直談判することとなる。

 たかが朝食で――と、思わないで欲しい。

 切実だった。

「私の一度目の人生は修道女だったんですよ? 早起きが堪えると思いますか?」
「それはわかっているが」
「ロジェ様と一緒にご飯が食べたいんです。三食全部一人じゃ寂しいんです」

 ロジェが渋るようなお願いも、お祈りするように胸の前で手を組んで、首を傾げながら見上げれば、ロジェは低く呻いてから必ず許してくれる。

 幼少期に、カリナや父にお願いがあるとき必ずとっていたポーズは、カリナいわく『あざといポーズ』という名前らしい。
 しかもクリスティーヌはあざといポーズが効果的に使える見た目をしているらしい。
 それなら使わない手はない。

(ロジェ様と少しでも長く一緒にいるためなら、なんでもするわ!)

 何度もうんうん唸ったあと、根負けしたロジェが早起きを許してくれるようになったのは先月のこと。


 戴冠式ではカヌレ三兄弟はそれぞれ役目があり、エスコートができないことから、ミシェルとエディットはカヌレ伯爵が、クリスティーヌとレナータのことはルーカスがエスコートをしてくれた。
 一人で二人を、というのは異例のことだが、カヌレ家の事情から許された。カヌレ伯爵は両手に花と言いながら喜んでいた。

 朝食のスープをすくいながら、クリスティーヌは口をひらく。

「ルーカス様の個展、こんなに早く決まるなんて、すごいですね」

 ロジェとクリスティーヌは、食事中の会話が増えた。
 ずっと喋るのが苦手だと思っていたクリスティーヌは、ロジェから過剰な愛を注がれ、すっかり満たされてしまい、思いを口にすることに抵抗がなくなった。
 そうすれば自然と口数が増え、クリスティーヌの紡ぐ言葉を決して蔑ろにしないロジェもまた口数が増えていった。

「手習いも受けずにあれだけ描けるのだから、天才なんだろう」
「一度見た景色も造形も忘れないなんて、なんだか大変ですね」

 自分に起きた辛い出来事を忘れようとしながら生きてきたクリスティーヌは、そんな風にも思う。
 ルーカスの絵はそのぐらい写実的だ。

「ルーカスが継がなくともカヌレ家は問題がなかったというのにな……結論が遅すぎたようにも思うが……いや、過ぎたことか」

 カヌレ伯爵家は元から実力主義だったらしく、当主の嫡男が継がないのは普通にあることだったらしい。
 先日、ラッセルが伯爵位を継ぐことが決定し、その次の代は、レイモンドかロジェの子どもの中から、頭角を現した者が継げばいいという結論が出たのは戴冠式前のこと。
 結論が出る前はレナータが離婚すると騒ぎ、ラッセルはルーカスよりもレナータの説得に骨が折れたようだった。

 その後、ルーカスからの正式な謝罪を受け、エスコートをお願いすることで平和的な解決となった。

 暴言に対するお咎めは無しというわけにもいかず、ルーカスは平民が住まう地区で画家をしている人物の元に弟子入りすることになった。
 なんだそれだけかと言う人もいるかもしれないが、クリスティーヌはそれを聞いたとき、大変なことだな、と思った。
 彼は着替えすら自分一人ではできないほどの生粋のお坊ちゃまだ。

 そのルーカスが、自分のことを全て自分で行い、下働きもする。
 芸術家は気まぐれなので、筆で殴られるようなこともあるのだとか。
 それでも、絵の才能を見込まれていて、これまでに描きあげた作品だけでも個展は開けると、画廊に交渉したのは師匠だったらしい。

 師匠の元で学んでいるのは、絵ではなく、自分の心との向き合い方だとロジェは言っていた。


「今日はタルコット公爵家で茶会だったな?」
「はい。グートハイル侯爵夫人もいらっしゃいます」
「そうか」

 ロジェは眩しそうに目を細めてクリスティーヌを見た。

 グートハイル侯爵夫人であるエレオノーラは、二周目の人生のとき、学園生活の中で知り合った。見た目の可憐さとは裏腹に、とても芯のある女性で、自分の目で見たことを信じる人でもある。
 エレオノーラは、レイと結婚して悪女と評判になったクリスティーヌのことを最後まで信じてくれた人で、かけがえのない親友だった。

 今世で知り合いになるのは難しいと思っていたら、出産後のマイナがクリスティーヌをタルコット公爵家の私的な茶会に招いてくれたことで、エレオノーラとの再会を果たすことができた。

(マイナ様ともエレオノーラ様とも友人になれるなんて……)


 虐げられたり断罪されたり修道女になったり、悪女と囁かれて偽装結婚したり、愛妾という名の人形になったり。
 忙しない人生を何度も送ったけれど、クリスティーヌはいま、とても幸せを感じている。


 二十歳を迎えることができないという不安は、日を追うごとに薄れている。


 マノロ殿下に切られたサイドの髪は、結うのに困らない長さまで伸びた。
 アブト橋の橋桁の修復工事も始まった。
 ロジェにお願いして、愛妾時代の給金をすべてジョルダンに寄付した。
 父は義母と睦まじく、義兄はもうすぐ結婚し、義弟も元気に暮らしている。
 必要ないと断っているのに、父からは化粧水と香水の売り上げの一部が送られてくる。
 それをまた、ジョルダンに寄付をして――

 マイナとエレオノーラの子どもを抱かせてもらうたびに、自分の身に子が宿る未来を想像する。

 少しずつ、淡い夢を描くように、この先の未来を思い描けるようになってきた。


 恐れるより、今を大切に生きようとも――


「ロジェ様のお陰で私、とても幸せです」

 玄関ホールで夫から宰相の顔に切り替わっているロジェの腕を引っ張り、三十代とは思えない若々しいロジェの頬に口づけをする。

「はぁ……こんなに仕事に行きたくなくなる日がくるとは。結婚とは修行だな」
「ふふふ。皆が待ってますよ。お仕事へ行ってくださいな、愛しい旦那様」
「ん……」

 ロジェがクリスティーヌの額に唇を寄せ、ついでに眉間にも皺を寄せて踵を返した。

 額に残るロジェの温もりが消えないよう、クリスティーヌはそっと手のひらで覆いながら馬車を見送った。


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