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「もしかして本当に臭いんじゃないの……?」

 そう言いだしたのは、噂を流した張本人のヨアンだった。
 そのぐらい、噂は静かに途切れることなく流れた。

 貴族令嬢・夫人の間で公然の秘密のように流れるゴットロープのゴットロープが臭い説。

 酔いしれたように女性を振り続け、女性からはその腹いせに誇張した噂を流され、とうとう火だるまになってしまったのではないかとカールは思う。

(それだって、あのときアルヤさんが死んだり売られたりしていたらって考えると、すっごく甘いザマァなんだけどね)

「どうしたの?」

 アルヤの肩に唇を寄せ、ドレスを中途半端に脱がせたところで手が止まっていた。

(あんな男のことを考えてる場合じゃなかった)

「アルヤさんの小説のネタになりそうな脱がし方を考えていたんだけど」
「いつも言ってるけど、私はそういう場面は朝チュンでごまかすから」
「んー。でも、デビューしたことだし……もうちょっと……書いてもいいんじゃないの?」
「嫌なのよ、カール君との……そういうの、知られたくないもん」

 馬車でのファーストキスのあとから、アルヤはカールのことを『カール君』と呼ぶようになった。心の中ではずっと『カール君』と呼びながら小説を書いてくれていたらしい。

「何それ可愛すぎなんだけど!!」と叫び、興奮したカールがもう一度キスしようとしたら、めちゃくちゃ抵抗された。ちょっとショックだったけど、今ではいい思い出だ。

 カールは、そんなアルヤを結婚後も変わらず『アルヤさん』と呼んでいる。
 綺麗なアルヤを呼び捨てになどしたくないからだ。

 タルコット公爵邸の人たちが『アルヤ先生』と呼ぶのが羨ましくて、『アルヤ先生』って呼びたいとお願いしたらすごく嫌がられてしまったので諦めた。

「えーー創作じゃん。本当にしたことを書くわけじゃないし」
「ちょっとでも想像されたくないの。この時間のカール君は私だけのものなんだから」
「……………………そういう殺し文句を言うのはやめたほうがいいよ……自分の身の安全のために……」

 思わず低い声で唸ってしまった。
 アルヤはきょとんとした顔でカールを見上げてくるだけだった。

 そのほっぺたにかぶりつきながら、後ろから胸を鷲掴みにする。ちょっと興奮しすぎて荒っぽい手つきになってしまった。

 頬と胸がむっちりしてて……本当に『にくまん』みたいで可愛い……。


「なんか今、最低なこと考えたでしょう!?」
「考えてないよ、可愛いとしか」
「嘘!! 絶対嘘!!」
「嘘じゃないよ?」

 カールが贈ったガーネットのネックレスを残し、ドレスを脱がせていく。
 アルヤは今日、ねっとりとした男の視線をたくさん浴びていた。

「見て、アルヤさん……僕たちの瞳の色……お揃いだね」

 カールの言葉に、視線を彷徨わせたアルヤは鏡を見て息をのんだ。

 普段とは違う景色の中で見る薄茶色の双眸は情欲の色をはらんで艶めかしく輝く。

 嚥下するアルヤの喉元を見ながら、カールは見せつけるようにアルヤのコルセットを外していく。
 まろびでた美しい双丘にかぶりつく。
 傷つけないように歯は立てず、口を大きく開いて頬張ると至福だった。


(女性は愛されると綺麗になるんだよねぇ……)


 年頃だから綺麗になるのではない。
 問題は寵愛なのだ。

 そう思うカールは今日もアルヤを大切に腕の中に囲む。


 準備しておいた瓶の蓋を開け、中身の液体を口に含むと、口づけながらアルヤに飲ませた。

 カールはアルヤとの間に子どもを作る気がない。
 アルヤも避妊薬を受け入れている。

 互いになにも言わなくとも、尊重し合っている二人は理解していた。

 どちらかが欲しいと言うまで、きっと、ずっとこのまま。

 アルヤに執筆を続けて欲しいカールと、執筆を続けたいアルヤ。
 使用人としての立場では貴族のように全ての世話を人に任せるというわけにはいかない。
 子を育てながら今の生活を続けるのは難しいだろう。

 だが、それでもいつか、欲しくなってしまうかもしれない。

 だから言わないのだ。
 欲しいとも、欲しくないとも。


 「アルヤさん……、これから僕が何をするか……想像して?」


 耳に息を吹き込みながら、妄想を促す。
 ホテルではタルコット公爵家の使用人部屋ではできない、少しだけ刺激的な交わり方をする

 パーティの興奮と緊張から冷めることのできないアルヤを発散させ、心地いい眠りに導くのは、カールにしかできないことだ。

 誰にも取られないように抱きしめながら頬に優しくキスをすると、アルヤは嬉しそうに笑った。



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