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「殿下?どうかされました?」
「え、いや」
「そんなに強く握らなくても、私は逃げていきませんよ」
「あ…すまない」
ぱっと手を離したジャスティンの顔が一瞬悲しげに見えたのは気のせいかしら。
結婚式…最悪な思い出しかないけどね、私達は特に。
「聖女殿は、結婚式には憧れがあるのか?」
「え?そりゃあ、まぁ…」
「ふぅん…。どんな式が理想なんだ?女性は色々と要望があるんだろう?」
「そうですね…みんなに祝福してもらえて、みんなが笑顔な式が良いです」
「君は…いつも人の事ばかり優先させるな」
呆れたみたいに笑われた。
でもね。
自分だけが幸せなのは、何か違うから。
「どうせなら、自分も周りの人も楽しい方がいいでしょ?」
「ふっ…まぁ、そうだな」
「あなたも幸せ、私も幸せ!な精神でみんな幸せです!」
「確かにな」
ジャスティンが優しい笑みを見せる。
必殺技になりそうな顔面攻撃に悶絶しそうになった。
ずるいわ!この顔!!
「どうした?あまりに可愛い過ぎて見惚れたか?」
「くっ…!わかってやってるなら犯罪ですよ!」
「とうとう罪人呼ばわりか」
「それくらい素敵過ぎて困るって事ですわ」
「ははっ!聖女殿を籠絡出来るように頑張るよ」
「…籠絡は困りますわね」
籠絡したいのはこちらの方だ。
籠絡されそうだから危ないわ。
触れるな、危険!って貼り紙して欲しいわね。
「さぁ、祈りに行くんだろう?暗くなる前に行こう」
「あ、はい」
すっと繋がれた手は、今度は最初から恋人繋ぎで。
不意打ちにドキドキと跳ねる私の心臓に気付かないでねと願うばかりだ。
この人は、自然とこういう行動が出来てしまうから。
勘違いしそうになるのが怖い。
「俺は神殿内を見てくるから、ゆっくり祈れ」
「はい、ありがとうございます」
ジャスティンは神殿内部に入っていった。
私は小さな祈祷室で、女神様に祈りを捧げる。
すぐさま空気が変わり、女神様の興奮した声が聞こえた。
「ちょっと、いい雰囲気じゃないの!恋で愛は生まれたの!?」
「生まれてませんよ、ぜんっぜん。落としてやるなんて、無謀な事だったかも知れません。難攻不落な高い壁ですね」
「やだ!弱気になっちゃダメよ!あんな笑顔、ミリオネア以外は引き出せないのよ!?」
「いやでも…相変わらず名前を呼ばないし…好意があるなら名前を呼びたいものでしょう?」
名を呼び、名を呼ばれたい。
恋愛中の人はそうじゃないのだろうか。
愛称を付け合う人もいるとご令嬢達が言っているのを聞いたもの。
「それがねぇ…あの子が無意識に名を呼ばないようにしてるのよね…。記憶が残ってるはずは無いんだけどね」
「名を呼べば辛くなるんでしょうか?」
「そこまではわからないわね。深層心理の奥の方まではわからないから」
「辛くなるなら…私はいない方がいいのかな…」
「はいはい、弱気ダメ!二人が幸せになるために時の神様にお酒を貢いだんだから!」
「は!?お酒!?」
「そうよ!熟成七万年の年代物よ!」
何という事だ。
時の神って誰!?
衝撃の事実を聞いてしまった!
「辛い事はあると思うの、思い出したとしたら。でも、今…目の前にミリオネアが生きていたら、そっちの方が嬉しいと思うのよね」
「でも…もう関わりたくないと思ってたりしたら、ただの迷惑じゃないですか?」
「そんな陳腐な想いで自分を呪ったり出来ないわよ?」
「そうなんですかね…」
呪いといえば、アネシャ様の指輪が呪われていた事を思い出した。
あれから聖魔法を習得するうちに、呪われてる人や物はわかるようになったけど。
ジャスティンが呪われた形跡はない。
結局あれは誰の呪いなのか。
「女神様、ジャスティンのお母様の指輪が呪われていたでしょう?」
「そうね、かなりドロドロしてたわね」
「あれって…王妃様が掛けた物でしょうか…。今更ですけど、聞く機会がなくて…」
「あれは王妃じゃないわよ。あれはアネシャが無意識に掛けたの。国王にね」
「は!?」
「要は浮気したらしいのよ、国王が。今の王妃とね」
「……っ!」
私は目を見開いた。
陛下が浮気!?王妃様と!?
でも大切な指輪だって…?
「国王はアネシャを愛してたのよ。アネシャも国王を愛してた。でも、王妃の誘惑に負けたのよ。お酒の勢いでね。まぁ…私は見てないんだけどね…」
「うわぁ…」
ダメだわ、それ。
本当にダメ、それ。
陛下最低!!!
「見事にバレてアネシャが怒って。ジャスティンが2歳の時に離婚騒動に発展したんだけど……あら、ジャスティンが来るわ。この話はここで終わりね」
「嘘ぉ…気になるぅ…」
「またね、ミリオネア」
ふっと女神様の気配が無くなり、がちゃりと祈祷室の扉が開く。
「聖女殿、女神への祈りは終わったか?」
「はい、つつがなく終わりました」
祈りというか、恋愛話というか…。
無意識に名を呼ばないようにしてる…それはやっぱり私のせいよね…。
「どうかしたか?」
「あぁ、殿下があまりに素敵過ぎて見惚れておりましたの」
「そうか、聖女殿は俺の顔が好きなんだな」
「そうですわね、好きですね」
「…そうか。顔だけか?」
「うーん…可愛い所も好きですね。撫で回したくなりますわ」
「犬や猫じゃないぞ」
「あら、彼らの可愛さには勝てませんわ。いくら殿下と言えども」
「俺は三番手か」
拗ねたように言うのも計算だとしたら、とんでもない手練れだわ。
恐ろしい人…!!
「人の中では一番ですよ、おめでとうございます」
「ふん…まぁいい」
「まぁまぁ!拗ねたお顔も可愛らしい事!撫でて差し上げましょうか?」
「そうだな、お願いしようか」
「え!?」
私はぽかんと口を開けた。
ジャスティンは、肩を揺らして笑っている。
やられた。
完璧に揶揄って遊んでいる。
悔しいわ…!!
「何だ、聖女殿が言ったんだろう?ほら、どこを撫でてくれるのかな?」
ニヤリとした笑みでそう聞いてくるジャスティンに、このままやり込められるのは嫌だ。
私は、ソファにそっと座りぽんぽんと膝を手で叩いた。
「どうぞ、殿下」
「え…」
「おまけで膝枕もお付けしますわ。ほら、どうぞ」
にこりと笑うとジャスティンが固まっている。
どうだ!!無理でしょ?
膝枕は流石に恥ずかしいでしょう?
私だって恥ずかしいんだから、ジャスティンはもっとでしょう?
ほらほら、「やっぱりやめとく」と負けを認めなさい!
「そうか、じゃあ遠慮なく」
「!!?」
「聖女殿が折角言ってくれてるんだからな」
「え、えぇ、そうですわね」
嘘ぉ!!?するの!?
膝枕!?ジャスティンあなたどうしたの!?
そこは照れて断る所じゃなくって!?
「では失礼する」
「あ、はい」
ぽすり、とジャスティンの頭が太ももに乗る。
柔らかな金髪が、私のドレスにさらりと散った。
ふと目が合う。
あぁ、懐かしい重み。
大好きだった、ジャスティンの髪を撫でるのが。
思わず微笑んで、さら…と優しく手で髪を梳くとジャスティンは気持ち良さげに目を閉じる。
「…寝てしまいそうだ」
「良いですよ、仮眠するなら20分で起こします」
「…じゃあ…頼む……」
すぅ…とジャスティンは眠ってしまった。
昔から、ジャスティンはよくこうして仮眠を取っていた。
寝顔を見るのが大好きで…目を覚ました時のぼんやりした表情も大好きで。
私は昔のように、そっと彼の頬をなぞる。
少しだけ緩んだように見える空気が、心地良かった。
すぅすぅと規則正しい寝息も、無防備な顔も、お腹に置かれた大きな手も…ソファからはみ出る長い脚も。
全部全部、大好きだった。
「…ごめんね…ありがとう…ジャスティン…」
小さく囁くように告げた5年越しの思い。
変わらず眠るジャスティンの寝顔を存分に目に焼き付け、きっちり20分で起こす。
「殿下、起きて下さい」
「………う……」
「ほら、目を開けて?」
「…あぁ…」
ゆっくりと開いていく瞼から見える濃紺の瞳。
ぼーっと私の顔を見て、彼ははっとしたように目を開けた。
「すまない…寝てしまった…」
「良いですよ、忙しいですものね」
さらさらと髪を撫でる。
ジャスティンも抵抗もなくそれを受け入れている。
膝の上で丸くなる猫のように、触り心地は抜群にいい。
「聖女殿の手は気持ちいいな。温かくて、柔らかい」
「ふふ…気に入りましたか?」
「あぁ…時々お願いしたいくらいだ」
「時間が合えばいつでもどうぞ」
「そう言われると、時間を合わせたくなるな」
「無理のない程度に調整して下さいね」
ジャスティンは目を閉じたまま、ただ大人しく撫でられている。
もうこれで落ちてくれないかしら、と思わずにはいられなかった。
「…聖女殿、討伐…怪我しないでくれ」
「殿下こそ、怪我をしたらダメですよ」
「しないように努力する。聖女殿も、出来るなら後方にいて欲しいが…」
「無理ですわね。私は魔獣を殲滅させる為に最前にいるでしょうから」
「そうだな…その為に訓練をして来たんだからな…」
「そうですわ。それに、もし私が危ない時は…今度こそ殿下の防御壁で守って下さいませ」
「…必ず」
頷きあって、私達は祈祷室を後にした。
穏やかな時間は終わりだ。
明日からは討伐の為の準備で忙しくなるのだから。
お兄様も参加するし、特に戦力不足ではない。
私は魔獣を殲滅、穢れた場所を浄化する為に存在する。
お飾り婚約者とは、もう言わせないわ。
「では、出発の日に会おう」
「はい、殿下」
ゆっくりと私の乗った馬車が動き出す。
思いがけずに甘い時間を過ごせた事に驚きつつ、小さな一歩を踏み出せた気がして嬉しかった。
「え、いや」
「そんなに強く握らなくても、私は逃げていきませんよ」
「あ…すまない」
ぱっと手を離したジャスティンの顔が一瞬悲しげに見えたのは気のせいかしら。
結婚式…最悪な思い出しかないけどね、私達は特に。
「聖女殿は、結婚式には憧れがあるのか?」
「え?そりゃあ、まぁ…」
「ふぅん…。どんな式が理想なんだ?女性は色々と要望があるんだろう?」
「そうですね…みんなに祝福してもらえて、みんなが笑顔な式が良いです」
「君は…いつも人の事ばかり優先させるな」
呆れたみたいに笑われた。
でもね。
自分だけが幸せなのは、何か違うから。
「どうせなら、自分も周りの人も楽しい方がいいでしょ?」
「ふっ…まぁ、そうだな」
「あなたも幸せ、私も幸せ!な精神でみんな幸せです!」
「確かにな」
ジャスティンが優しい笑みを見せる。
必殺技になりそうな顔面攻撃に悶絶しそうになった。
ずるいわ!この顔!!
「どうした?あまりに可愛い過ぎて見惚れたか?」
「くっ…!わかってやってるなら犯罪ですよ!」
「とうとう罪人呼ばわりか」
「それくらい素敵過ぎて困るって事ですわ」
「ははっ!聖女殿を籠絡出来るように頑張るよ」
「…籠絡は困りますわね」
籠絡したいのはこちらの方だ。
籠絡されそうだから危ないわ。
触れるな、危険!って貼り紙して欲しいわね。
「さぁ、祈りに行くんだろう?暗くなる前に行こう」
「あ、はい」
すっと繋がれた手は、今度は最初から恋人繋ぎで。
不意打ちにドキドキと跳ねる私の心臓に気付かないでねと願うばかりだ。
この人は、自然とこういう行動が出来てしまうから。
勘違いしそうになるのが怖い。
「俺は神殿内を見てくるから、ゆっくり祈れ」
「はい、ありがとうございます」
ジャスティンは神殿内部に入っていった。
私は小さな祈祷室で、女神様に祈りを捧げる。
すぐさま空気が変わり、女神様の興奮した声が聞こえた。
「ちょっと、いい雰囲気じゃないの!恋で愛は生まれたの!?」
「生まれてませんよ、ぜんっぜん。落としてやるなんて、無謀な事だったかも知れません。難攻不落な高い壁ですね」
「やだ!弱気になっちゃダメよ!あんな笑顔、ミリオネア以外は引き出せないのよ!?」
「いやでも…相変わらず名前を呼ばないし…好意があるなら名前を呼びたいものでしょう?」
名を呼び、名を呼ばれたい。
恋愛中の人はそうじゃないのだろうか。
愛称を付け合う人もいるとご令嬢達が言っているのを聞いたもの。
「それがねぇ…あの子が無意識に名を呼ばないようにしてるのよね…。記憶が残ってるはずは無いんだけどね」
「名を呼べば辛くなるんでしょうか?」
「そこまではわからないわね。深層心理の奥の方まではわからないから」
「辛くなるなら…私はいない方がいいのかな…」
「はいはい、弱気ダメ!二人が幸せになるために時の神様にお酒を貢いだんだから!」
「は!?お酒!?」
「そうよ!熟成七万年の年代物よ!」
何という事だ。
時の神って誰!?
衝撃の事実を聞いてしまった!
「辛い事はあると思うの、思い出したとしたら。でも、今…目の前にミリオネアが生きていたら、そっちの方が嬉しいと思うのよね」
「でも…もう関わりたくないと思ってたりしたら、ただの迷惑じゃないですか?」
「そんな陳腐な想いで自分を呪ったり出来ないわよ?」
「そうなんですかね…」
呪いといえば、アネシャ様の指輪が呪われていた事を思い出した。
あれから聖魔法を習得するうちに、呪われてる人や物はわかるようになったけど。
ジャスティンが呪われた形跡はない。
結局あれは誰の呪いなのか。
「女神様、ジャスティンのお母様の指輪が呪われていたでしょう?」
「そうね、かなりドロドロしてたわね」
「あれって…王妃様が掛けた物でしょうか…。今更ですけど、聞く機会がなくて…」
「あれは王妃じゃないわよ。あれはアネシャが無意識に掛けたの。国王にね」
「は!?」
「要は浮気したらしいのよ、国王が。今の王妃とね」
「……っ!」
私は目を見開いた。
陛下が浮気!?王妃様と!?
でも大切な指輪だって…?
「国王はアネシャを愛してたのよ。アネシャも国王を愛してた。でも、王妃の誘惑に負けたのよ。お酒の勢いでね。まぁ…私は見てないんだけどね…」
「うわぁ…」
ダメだわ、それ。
本当にダメ、それ。
陛下最低!!!
「見事にバレてアネシャが怒って。ジャスティンが2歳の時に離婚騒動に発展したんだけど……あら、ジャスティンが来るわ。この話はここで終わりね」
「嘘ぉ…気になるぅ…」
「またね、ミリオネア」
ふっと女神様の気配が無くなり、がちゃりと祈祷室の扉が開く。
「聖女殿、女神への祈りは終わったか?」
「はい、つつがなく終わりました」
祈りというか、恋愛話というか…。
無意識に名を呼ばないようにしてる…それはやっぱり私のせいよね…。
「どうかしたか?」
「あぁ、殿下があまりに素敵過ぎて見惚れておりましたの」
「そうか、聖女殿は俺の顔が好きなんだな」
「そうですわね、好きですね」
「…そうか。顔だけか?」
「うーん…可愛い所も好きですね。撫で回したくなりますわ」
「犬や猫じゃないぞ」
「あら、彼らの可愛さには勝てませんわ。いくら殿下と言えども」
「俺は三番手か」
拗ねたように言うのも計算だとしたら、とんでもない手練れだわ。
恐ろしい人…!!
「人の中では一番ですよ、おめでとうございます」
「ふん…まぁいい」
「まぁまぁ!拗ねたお顔も可愛らしい事!撫でて差し上げましょうか?」
「そうだな、お願いしようか」
「え!?」
私はぽかんと口を開けた。
ジャスティンは、肩を揺らして笑っている。
やられた。
完璧に揶揄って遊んでいる。
悔しいわ…!!
「何だ、聖女殿が言ったんだろう?ほら、どこを撫でてくれるのかな?」
ニヤリとした笑みでそう聞いてくるジャスティンに、このままやり込められるのは嫌だ。
私は、ソファにそっと座りぽんぽんと膝を手で叩いた。
「どうぞ、殿下」
「え…」
「おまけで膝枕もお付けしますわ。ほら、どうぞ」
にこりと笑うとジャスティンが固まっている。
どうだ!!無理でしょ?
膝枕は流石に恥ずかしいでしょう?
私だって恥ずかしいんだから、ジャスティンはもっとでしょう?
ほらほら、「やっぱりやめとく」と負けを認めなさい!
「そうか、じゃあ遠慮なく」
「!!?」
「聖女殿が折角言ってくれてるんだからな」
「え、えぇ、そうですわね」
嘘ぉ!!?するの!?
膝枕!?ジャスティンあなたどうしたの!?
そこは照れて断る所じゃなくって!?
「では失礼する」
「あ、はい」
ぽすり、とジャスティンの頭が太ももに乗る。
柔らかな金髪が、私のドレスにさらりと散った。
ふと目が合う。
あぁ、懐かしい重み。
大好きだった、ジャスティンの髪を撫でるのが。
思わず微笑んで、さら…と優しく手で髪を梳くとジャスティンは気持ち良さげに目を閉じる。
「…寝てしまいそうだ」
「良いですよ、仮眠するなら20分で起こします」
「…じゃあ…頼む……」
すぅ…とジャスティンは眠ってしまった。
昔から、ジャスティンはよくこうして仮眠を取っていた。
寝顔を見るのが大好きで…目を覚ました時のぼんやりした表情も大好きで。
私は昔のように、そっと彼の頬をなぞる。
少しだけ緩んだように見える空気が、心地良かった。
すぅすぅと規則正しい寝息も、無防備な顔も、お腹に置かれた大きな手も…ソファからはみ出る長い脚も。
全部全部、大好きだった。
「…ごめんね…ありがとう…ジャスティン…」
小さく囁くように告げた5年越しの思い。
変わらず眠るジャスティンの寝顔を存分に目に焼き付け、きっちり20分で起こす。
「殿下、起きて下さい」
「………う……」
「ほら、目を開けて?」
「…あぁ…」
ゆっくりと開いていく瞼から見える濃紺の瞳。
ぼーっと私の顔を見て、彼ははっとしたように目を開けた。
「すまない…寝てしまった…」
「良いですよ、忙しいですものね」
さらさらと髪を撫でる。
ジャスティンも抵抗もなくそれを受け入れている。
膝の上で丸くなる猫のように、触り心地は抜群にいい。
「聖女殿の手は気持ちいいな。温かくて、柔らかい」
「ふふ…気に入りましたか?」
「あぁ…時々お願いしたいくらいだ」
「時間が合えばいつでもどうぞ」
「そう言われると、時間を合わせたくなるな」
「無理のない程度に調整して下さいね」
ジャスティンは目を閉じたまま、ただ大人しく撫でられている。
もうこれで落ちてくれないかしら、と思わずにはいられなかった。
「…聖女殿、討伐…怪我しないでくれ」
「殿下こそ、怪我をしたらダメですよ」
「しないように努力する。聖女殿も、出来るなら後方にいて欲しいが…」
「無理ですわね。私は魔獣を殲滅させる為に最前にいるでしょうから」
「そうだな…その為に訓練をして来たんだからな…」
「そうですわ。それに、もし私が危ない時は…今度こそ殿下の防御壁で守って下さいませ」
「…必ず」
頷きあって、私達は祈祷室を後にした。
穏やかな時間は終わりだ。
明日からは討伐の為の準備で忙しくなるのだから。
お兄様も参加するし、特に戦力不足ではない。
私は魔獣を殲滅、穢れた場所を浄化する為に存在する。
お飾り婚約者とは、もう言わせないわ。
「では、出発の日に会おう」
「はい、殿下」
ゆっくりと私の乗った馬車が動き出す。
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