死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

王冠

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あれからジャスティンとカタギリ様の話をする事はなく、相変わらず彼はカタギリ様と調べ物をしている。
学園で会えば日常会話はするものの、少しの余所余所しさが小さな溝となり。
挙式の打ち合わせにも身が入らない。
ジャスティンはそれを敏感に察知しているようだ。
私は少しだけ、この結婚に不安を抱くようになっていた。
こんな気持ちのまま結婚をしたとしても、誓約があるから肉体的な浮気が出来ないだけだと彼を疑ってしまいそうで。
話を聞いて欲しくて、数回女神様に会いに行ったが応答が無かったから、きっと飛び回っているのだろう。


「………」


午前授業の終了を知らせる鐘が鳴り、ランチタイムに入る。
ジャスティンが気遣わしげに視線を送ってくるが、二人の中に入って行きたいとはどうしても思えずにユーリス様とランチを取ったりしていたのだが。
ここ最近、状況はガラリと変わっていた。


「お義姉さん、これ美味しい?」
「え?えぇ、美味しいわよ」
「一口頂戴?」
「えっ?いいわよ」


ぱかりと雛鳥のように口を開ける一年生のジュエル殿下が、何故か私の前にいて。
食堂の隅にあるVIPスペースで私達はここ数日時間を共にしていた。
ジャスティンが教室を去った後に、ジュエル殿下が迎えに来るのがお決まりのパターンとなりつつある。
ジュエル殿下は一体何がしたいのだろうか。


「ほら、切り分けてあげるから自分で食べてね」
「えー、あーんってして欲しいな。お義姉さんから食べさせてもらった方が美味しいと思うんだよね」
「ダメよ、人目もあるし。妙な噂が立ったらどうするの?」


そう、すでに私とジャスティンの噂は広まっている。
噂によれば、私達は婚約破棄をするらしいし。
いっそそうした方がスッキリするのかなぁ、なんて投げやりにもなったりして。
どうにも出来ない事をうだうだと考えるのにも体力は必要なんだな、と改めて実感した。


「ちぇっ!ざーんねん!」


にこっと笑いながらジュエル殿下は、私のお皿からステーキを一切れフォークに刺して口に運んだ。
マナー云々を指摘するべきか悩む所だが、仔犬のようでジャッジは常に甘くなるのが困った所だ。
義弟になる予定のジュエル殿下と、食事をするのは構わないけれどこのまま続けるとなるとマズイ気もするのだ。


「ジュエル殿下、あの…」
「ねぇ、その殿下って止めようよー。俺のお義姉さんになるんだから!俺はジュエルって呼んで欲しいし、本当の弟みたいに接して欲しいな」
「でも…」
「良いじゃない、俺も姉様って呼んで良い?」
「それは構わないけど…」


良いのかしら?そんな軽い感じで。
不思議な事に、私達が並んで歩いても食事を共にしようともみんな口を揃えて「仲良しね、あんな弟がいたら仕方ないわね」と、微笑ましく見守られるのだ。
ジャスティンとカタギリ様は「何なのあの二人!!距離が近すぎない!?」と大ブーイングだったというのに。
それだけジュエル殿下の見た目が天使のように可愛いという所だろうか。
陛下譲りの金髪に、王妃様譲りのエメラルドみたいな瞳。
笑顔の可愛さは令嬢以上。


「ミリオネア姉様…うーん、しっくりこないな。ミリオネア…リオ…リオ姉様…あ!コレいい!リオ姉様って呼んでもいい?」


キラキラと「いい事思いついちゃった!」という顔でお願いしてくるのは反則に近い。
いいよ、と言うしか無いじゃないの。
昔からジュエル殿下が甘えん坊な所は変わらない。
私の中で彼は会った時の8歳のままだ。


「ダメ…?姉様…?」


くぅん…と聞こえてくるのは幻聴かしら!?
あぁ、可哀想だわ!!
大きな瞳から涙が溢れてしまわないかしら!?


「いいわよ、ジュエル殿下」
「あっ!また殿下って!ちゃんと名前で呼んでよ!」
「はいはい、ジュエル。これでいい?」
「ありがとう!リオ姉様!!」


さっきまで泣きそうだったのに、もう笑顔になってる。
本当に、純粋で心配になるわ。
変な大人に騙されたりしないかしら。
ジャスティンは大人びた子供だったから、余計にそう思ってしまう。


「あら、もう昼休みが終わってしまうわね。もう行きましょうか」
「リオ姉様と離れるの寂しいなぁ。俺も同じ学年なら良かったのに」
「まぁ、ジュエルったら」


ふふふ、と笑って頭を撫でる。
可愛い弟…私も弟がいれば良かったなぁ。
お兄様じゃ撫で撫で出来ないもんなぁ。


「俺…リオ姉様に頭撫でられるの、昔から好き…」


目を細めて気持ちよさそうにする姿が仔猫。
何この子、連れて帰りたい!!可愛い!!
あぁ、その猫っ毛な髪を撫でくりまわしたい。


「俺……」
「何をしている、ミリオネア」


ジュエルが何かを言いかけた時、背後から凍りつくような声が刺さった。


「…兄上…」


ジュエルが呟いた名に、一瞬ぎくりとしたが特に疚しい訳ではない。
ずっと前からそうしているのだから。
カタギリ様と共に過ごすあなたと、義弟の頭を撫でる私。
どちらが様子がおかしいかしら?
くるりと振り返り、にこりと笑う。
今の感情を隠すのは容易い。


「どうしたの?そんな怖い声を出して?」


ジャスティンの隣にはカタギリ様が立っている。
過去の女達のような距離感ではない事がせめてもの救い。
あんな事があれば、今度は私が狂う番。


「ジュエル、ここは学園だ。ミリオネアに甘えるのはやめろ」


冷たく言い放つジャスティンに、ジュエルは怯える訳でもなく。
ははっ!っと笑って私の隣に立つ。
すっかり追い抜かれた身長に今更驚いた。


「いいじゃん、リオ姉様と仲良くしたって。兄上こそ、堂々と浮気?」
「浮気じゃない。それより、いつからミリオネアを愛称で呼んでいる?外ではお義姉さんと呼べ。妙な噂が立つぞ」


周りが凍りつきそうなほど鋭い眼光だけれど、あなたが言えた義理じゃないわね。
むしろ噂があるのはあなたよ。


「噂があるのは兄上だよ、もしかして知らない?噂じゃ、近々リオ姉様と婚約破棄するらしいよ。あ!そうだ!リオ姉様、兄上と婚約破棄したら俺と婚約しようよ!」
「ジュエル!いい加減にしろ!」
「…いい加減にするのは兄上じゃない?リオ姉様をほっといて。俺ならリオ姉様を大事にするけど」
「それは…」


ジュエルの雰囲気が、がらりと変わった。
ジャスティンに負けない程の冷たい声色で淡々と話している。
長い事ジュエルを見ているけど、こんな一面は初めて見た。


「ね、リオ姉様。もう俺にしなよ!こんな不誠実な人よりよっぽどいいと思うよ?」
「ジュエル、ここは学園よ?あなたの一言は多くの憶測を呼ぶわ。撤回しなさい」
「…ちぇっ。リオ姉様に言われたら仕方ないかぁ。はいはい、冗談です。でも、兄上が不誠実なのは取り消さないから。じゃあ、俺はもう行くよ。リオ姉様、明日からもずっと一緒にランチしようね!」


ひらひらと手を振りながら、場を凍り付かせた本人だけが春を纏ってその場を後にした。
ちょっとこの空気が嫌すぎるわ。


「あの…ハーヴェスト様…」
「え、はい。何でしょうか?カタギリ様」


申し訳無さそうなカタギリ様の顔が、余計に胸に重い鉛を打ち込む。
顔は笑っていても、内心は暴風雨が吹き荒れている。


「すみません…殿下に私の事でご迷惑をお掛けしていて…あんな噂まで出てしまって…。ハーヴェスト様が不安になるような事は、本当に絶対にないので…」
「お気になさらないで下さい、カタギリ様。私は大丈夫ですから。それに、万が一…噂が本当になったとしてもそれは私と殿下の問題ですから、カタギリ様は関係がありません」
「でも…」
「うふふ、冗談ですわ。カタギリ様の抱えている事が、早く解決するようにお祈りしておりますわね」
「ハーヴェスト様…ありがとうございます…」


カタギリ様は複雑な表情をしていた。
嫌味と捉えられたかしら?
本当に祈ってるわよ、さっさともやもやするのを消し去りたいもの。
カタギリ様の胸には今日もあの人形が行儀良く存在していた。
何故かあの人形が気になって仕方ない。


「ミリオネア…後で話をしよう」
「……結構ですわ、殿下」


何の話があるのかしらね?
弁明?お叱り?どちらかしら?
まぁ、どちらでもいいけれど…。
どうせ知りたいことは深い森の中にあって、私には見つからないようにしているんでしょうしね。
ならば聞いても仕方ない。


「それでは、私は失礼致しますわ」


お辞儀をして、私は二人に背を向ける。
見たらイラつくから、視界から消してやる。
それが一番。
私にできるのは、ただ、それくらいしかないもの。


「……話…ねぇ…」


ジャスティンと婚約破棄したら、王妃様が嬉々としてジュエルとの婚約を纏め上げるでしょうね。
自分の価値は知っているつもりだ。
それも一つの道かしら、と思いつつ…式まであと数ヶ月なのに何を言ってるんだと嗜めてみたり。


「私の約束想いは変わらない。あなたはどう…?」


さわさわと流れる風に小さな問いは奪われていく。
ゆっくりと教室に戻ると、手前の廊下に彼がいた。


「公務だと授業の欠席する届けは出した。ゆっくり話をしよう」
「そんな公務ないでしょ…」


ジャスティンに手を引かれてまた生徒会長の部屋へと通されて。
私達の話し合いの部屋みたいになっている事に笑う。
結局、前にここで話した時から何も変わっておらず、今から始まる話とやらもそこ止まりだろう。
私は盛大に吐きたい溜息を、かなりの縮小版にした息を吐いてソファに座った。
今から話す内容を知っていながら、何食わぬ顔をして隣に陣取るこの男の考えている事は現在の私には到底理解が出来なかった。
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