小話シリーズ

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働くなんて馬鹿らしい。
働く、その概念自体が人間の上の方のやつが作ったということを大方の人間は理解していない。
寝場所があり、食に困らなければ生きていける。至極真っ当、当たり前の事実なのだが、この事実を大抵の人間は受け入れない。
人間らしい生活だのなんだのとのたうちまわり、楽して生きんがする者を非難する、多くの人間はそのような邪推な行為を正当だと信じている。宗教の如く、だ。
なんて馬鹿らしい奴らなんだ。
働かずに生きようとすればそれが十分に可能な世の中だというのに。

煙草を蒸す。煙草といえど、電子タバコだ。白煙は水蒸気でニコチンの成分は欠片もない。煙草を吸ったことがないので、吸うやつの気持ちは分からんが、口を窄め、ふぅっと息を吐くと煙が立ち込めるのが何となく愉快に感じ、吸い続けている。
餓鬼が不思議そうにこちらを見るのもこれまた一興。大人になり、過去を振り返る際、俺のことを餓鬼が思い出したのならきっと、電子タバコではなくニコチン入りの普通の煙草を吸っていたと思い返すのだろう。
もっともその頃には煙草もだいぶ規制されているだろうが。

秋も深まり、銀杏の匂いがするようになると、この公園は徐々に人気がなくなっていく。
完全にいない、ではなく、いないに近いが微かに人がいる、その状態である今現在の状態が好ましい。
深く物事を考えるのにうってつけな場所だ。先の話ででた餓鬼は親子で公園に来たようだ。母親は餓鬼の挙動に対し、慌てているような、楽しんでいるようなそんな様子であり、何となくだが餓鬼が長男であることが予想出来る。
餓鬼にとって初めての出来事は親にとっての初めてのこととイコールではないが、餓鬼にとっての初めてに、親として関わる機会は初めてなのだろう。
人間誰しもが初めての行為にはぎこちなく、だがぎこちないが故に新鮮な表情をする。
その様子が微笑ましい。
仕事のようにやりたくもないことをやる際の初めてではなく、幼い頃のように興味を持ったことに対する初めてには価値がある。
後者の意味合いで沢山の初めてを経験した者が幸せなるであろうことを俺は信じて疑わない。
揺ら揺らと煙が宙に舞う。薄い雲が青空にぼんやりと浮かんでいる。穏やかな陽気。秋晴れだ。
暫く電子タバコを吸いながら親子を横目に公園のベンチに左手をつきぼーっとする。
ブブッとポケットのスマホが震えた。
「ちっ。」
舌打ちをし、スマホの画面を覗き込むと見慣れた名前 吉村 幸太郎の文字が表示された。
受話器マークのボタンをタッチし、スマホを耳に近づける。
「1年ぶりだな」
「11ヶ月ぶりだ」
「今どこにいる」
「どこだっていいだろ」
「仕事だ。そろそろしっかり働いてもらう。」
「うるせぇ」
「14時に会社のロビーで」
「うるせぇ」
「じゃあまた後でな」
ぶっきらぼうだが落ち着いた声で話す吉村。俺とは真逆の仕事人間だ。やつとは付き合いが長いが、やつの生き方に俺は一度たりとて共感はしない。

もう一度煙草を咥え、パッと息を吐く。白煙は円を作りゆっくりと広がっていく。
先ほどの餓鬼が「ママ、あのおじさん凄いよ」と俺を指差す。
母親も「凄いわねぇ」と餓鬼とともに俺を見つめる。
少し冷たい風が吹いた。
円になった煙が跡形もなく消える。
「さて、行くかな。」
ベンチにかけていたマフラーを首に巻き、公園を後にする。
11ヶ月ぶりの仕事だ。面倒極まりない。
次の仕事が終わる頃までまた暫くは外食が続きそうだな。
ポケットの財布を軽く指で撫でながら俺は、吉村の勤める会社へと向かった。

働かない人間は馬鹿だ。そもそも人間は働くという行為を自覚し、実行することで生き残り、繁栄してきた。
1人では生きていけないという言葉に反論を唱える者がいる。そういう者に限ってまともな仕事をせず、誰かに迷惑をかけて生きている。飽食の時代だからだの、働かなくても生きていけるだののたうちまわっているうちは不幸と常に隣り合わせだ。
誰かの支援がなくなったら即効でゲームオーバー。
仕事で金を稼ぐことが重要なのではない。仕事をすることで社会に貢献し、生き場を確保することが重要なのだ。
群れをなす動物を見れば一目瞭然だ。
使えない者から淘汰され死に絶える。
平和ボケしてそれを自覚しない者が多い。
いくら金を持っていてもそんなものいつ価値のないものになるか分からない現状に胡座をかくのはなんて愚かな人間だろうか。

電話の鳴り響く社内。クレームに次ぐクレーム。今日は新人が偽造記事をあげたために社内全体が慌ただしい。
しかしこれもまた教訓。クレームを受けることはマイナスではなくプラスである。たとえタチの悪いクレームだとしても、そのクレーマーに対する耐性を今後構築していくと思えば完全なるマイナスにはならない。
新人を擁護するつもりはない。偽造などと愚かな行為をし、社会の規律を乱すことをどうして擁護出来ようか。
だが、新人を責めるつもりもない。偽造をしたのにはそれなりの理由があるのだろう。その理由が全て新人のせいだと帰結するのはあまりに安易な発想だ。新人にとっても我々にとっても今回の事態を真摯に受け止め、次回にこのような事態がおこらないよう対策を練れば良いのだ。
結局のところこれも進化の過程の一つ。このような困難に合うことなくぼーっと時を過ごしていればいずれ淘汰される未来が来ることが目に見えている。
オフィスを出て煙草に火をつける。くらっと視界が一瞬舞い、再び安定する。ゆらゆらと漂う煙が最近になって吹きはじめた北風に煽られ消えていく。いつ迄もゆらゆらと煙が立ち込めるのではなく、だ。
都会の喧騒に薄く乾いた空気。常に変化していくその空気が俺には好ましい。変化しなければ生まれてこなかったのとなんら変わりはないと感じるからだ。
ポケットのスマホを指ですっとなぞった後すっと取り出し、番号を入力する。
コール音が2回なり、相手が応答する。応答すると言っても声はなく、応答ボタンをただ押しこちらの第一声を待つといったものだが。
「1年ぶりだな」
「11ヶ月ぶりだ」
「今どこにいる」
「どこだっていいだろ」
「仕事だ。そろそろしっかり働いてもらう。」
「うるせぇ」
「14時に会社のロビーで」
「うるせぇ」
「じゃあまた後でな」
こちらが切る前に電話が切れた音がする。
瀬尾騎龍。面倒な男だ。働かないをこれほどまでに実践している男もそうはいない。付き合いは長いが価値観は全く相容れない。
だが、やつ自体の価値は非常に高い。稀に見る鬼才だ。毎年毎年やつと働くことになると一筋縄にはいかないのだが、これもまた進化の過程。望むところである。

二度目の木枯らしが吹き、向かいの道にいた女2人が寒そうに身を縮めている。
さて、仕事に戻るか。未だコール音が鳴り止まない社内に戻り、俺は瀬尾が会社に着くのを待つ。
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