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最終話・あの日の言葉をもういちど(前編)

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「マリンさーん、機嫌なおしてくださいよぅ!」
「……」
 奴隷ギルドへ向かう馬車の中、憮然とした表情で窓の外を見やりシトリンと目を合わせないマリン。そして頑なにその態度を崩さないマリンに、シトリンは困り果てていた。
 結局、『シトリンを奴隷にし直す』というとんでもない結論になり、今こうして二人は奴隷ギルドに向かっているのだ。
「四〇億リーブラかかったんよ」
 ボソッとマリンがこぼす。もちろんマリンにとってシトリンを奴隷解放するために使ったのだ、別に金が惜しいわけじゃない。
(人の気もしらんで)
 だがそれは口にできない。なぜならば、マリンもまたシトリンに無許可で勝手に奴隷解放をしたからだ。
 そしてそれは、マリンも十分に理解している。
「あ、着いたみたいです」
 馬車が止まり、シトリンが降りる。だがマリンは、てこでも動くものかとばかりに椅子に座ったまま微動だにしなかった。
「マリンさん?」
「……イヤじゃ、降りとうない」
「わがままを言わないでください」
「シトリンに言われたくないけ!」
 取り付く島もないとはこのことだろう。一人先に降りてしまったシトリンは、困り果てる。
「もう心を決めていただけませんか? ていうより納得したから、馬車に乗ったんですよね?」
「ほうじゃったっけ?」
 一度はマリンもそう決断したのだが、ここにきてマリンはすっとぼてみせた。さすがにシトリンのこめかみに、青筋が浮かぶ。
「わがままはいい加減にしてくれませんか⁉」
「わ、わがままて」
 シトリンの剣幕に、マリンがたじろいだ。だがすぐに名案が浮かんだとばかりに、パーッと明るい表情になって。
「ほうじゃ! いいこと考えたけん!」
「……は?」
 どうせろくでもないことなのだろうと、シトリンの反応はあまりよろしくない。
「却下します」
「まだなんも言うとらんのじゃけど⁉」
 そして渋々とばかりに、シトリンは次の言葉を待った。
「私がシトリンの奴隷になるっちゅうのはどうじゃろ?」
「バカですか、あなたは」
 実はマリン、たったいま思いついたのは確かだが本気である。どうしてこれを早く思いつかなかったのだろうと、自己嫌悪に陥りそうなほどに。
「だってちょうどええじゃろ? 夜は私のほうが奴隷なんじゃし」
「昼日中の往来で言う内容じゃないですね」
 少し顔を赤くして、シトリンがツッコむ。二人の口論を遠巻きに見ていたギャラリーの一部にそれが聴こえて察したのだろう、耳まで赤くしながら見ざる聞かざる言わざるを決め込む人たちもいて。
「だってほうじゃろ? 私はいつもシトリンの愛撫でなんども」
「黙っててくれませんか⁉」
「でも」
「黙れ」
 シトリンはマリンがせっかく奴隷にし直してくれると機嫌を直したというのに、再び怒りがぶり返してきた。
「マリンさんはいいんですか? こんな不遜な態度を取ってるのにこの奴隷環から罰がくだらないんですよ、私に」
「なに、その価値観」
 マリンとしては、そういうのがイヤで奴隷解放したのだ。二人の考え方の間には、大きくて深い溝がある。
「お客さん、早く降りてくれませんかね?」
 これは二人が貸し切りで借りた馬車だ、お金は支払い済みとはいえど目的地に着いた以上は御者としても解放してもらわないと次の仕事に差し障る。
「あ、すいません。でもシトリン、本気で考えてみて? 私の奴隷になったら、私の身体を好きなだけもて遊べるんよ⁉」
 そんな変態チックなことを言いながら、マリンが馬車を降りる。
「そんなん毎晩やってるじゃないですか。今じゃ私好みに性感帯も調教されているし、これ以上やることなんてお尻の穴ぐらいしか残ってません」
「いやシトリン、声が大きい……」
 つい先ほどまでの自分を棚に上げて、マリンが諫める。そして周囲はもう大困惑で、子ども連れの親子なぞ我が子の耳をふさいでいた。
「うーん、でも本気で考えてみて?」
「まぁ確かに、それも魅力的ではあるんですが……」
「ほうじゃろ⁉」
「でも私は、奴隷のがいいです」
 シトリンも頑固である。そして二人、奴隷ギルドに足を踏み入れて。
 ギルド内は、あちこちに奴隷を引きつ入れている主人が目立つ。ハンターギルドと同じようにレストランが併設されているが、その奴隷の誰もが食事中の主人の横で正座して待機だ。
 奴隷の主人は、奴隷の食事を『最低限』保証する『努力義務』が法で定められている。だが『最低限』そして『努力義務』というのが、奴隷の地位の低さを明確に表していた。
 つまり粗末な食事が三日に一度だけという扱いであっても、主人側の生活に余裕がなければ罪に問われないのだ。
 また、入浴に関してはなんら義務を負わない。現にこの奴隷ギルド内には、なんともいえぬ酸っぱい異臭が漂っていた。
(一様に、ひどい扱いじゃね)
 シトリンのように、一日三食が保証されて主人と一緒に卓を囲む。毎日好きなだけ風呂に入れて清潔な服を支給されるというのは、例外中の例外といってもよかった。
 周囲、とりわけ職員たちがマリンの姿を認めてザワつく。かつて四〇億リーブラという大金で奴隷を解放したマリンは、その界隈では有名人になっていた。
「あ、マリンとシトリンちゃん。こっちこっち!」
 奴隷ギルドのカウンターに受付嬢……の席に、なぜかソラがいる。そのソラがマリンとシトリンに気づいて立ち上がり、二人を手招く。
「あ、ソラ様!」
 シトリンがマリンの手を強引に引きながら、ソラの待つカウンターへ急いだ。
「こんにちは、マリンとシトリンちゃん」
「今日はお世話になります」
 奴隷環は特殊な呪法を込めるので、呪術師がその役割を担う。いわく、
『自身の意思で自殺できない』
『ご主人様から逃亡しない』
『命令には絶対服従とし、反抗すれば罰がくだる』
 などなど。いわゆる『奴隷商』というのはそういう呪術を学んでいるのだ。
「それじゃ手続きを始めましょうか。案内するわ、ついてきてちょうだい」
「天璣の塔ですよね?」
「ううん? ここの応接室を借りるわ」
 マリンは首をかしげる。
「ソラ姉、『うちでもできる』って言ってませんでした? 天璣の塔のことですよね?」
「ここも『うち』よ? だって私、奴隷ギルドのギルドマスターなんですもの」
「初耳なんですが⁉」
「まぁほとんど顔は出さないけどね。今日は特別」
「はぁ」
 そして案内された応接室。二人がソファに座ると、トレーにお茶を乗せてやってきたのはリトルスノウだ。
「どうぞ」
「ありがとう、リトルスノウちゃん」
「いえ」
「コユキもここで働いてるんだ?」
「ソラ様が……ギルドマスターが出勤なさるときだけね、それじゃごゆっくり!」
 二人の前に、ソラが着席する。そしていろいろな書類を広げながら、
「まず私との面接ね。『志願奴隷』について説明いるかしら?」
「お願いします」
 それを受けて、マリンとシトリンにソラが書類を手渡した。
「詳しくはそこにも書いてあるんだけど、まず『志願奴隷』。これは奴隷になりたい者が自分の意思で奴隷になろうとするのを認める制度。要は三食屋根付きの保護を求める代償として奴隷になるのね」
「使用人に近くないですか?」
「そうとも言えるけど微妙に違うわね。使用人は自らの意思で働いているから、転職も引っ越しも可能。だけど志願奴隷というだけあって奴隷には間違いないから、転職も引っ越しの自由もないの」
 シトリンはマリンの横で、両手で書類を持って無言で中身を精査していた。
「それにお給料も払わなくていいしね。ただ、志願する理由次第によってはギルドとしてはお断りすることもある」
「と言いますと?」
 ソラは書類を読むのに集中しているシトリンをチラと見やると、
「そこらへん、マリンとシトリンちゃんはまずいかもしれない」
「え?」
 ちゃんと聴いていたのだろう、シトリンが狼狽えながら顔を上げた。
「つまりね、『そういうプレイ』の延長というか行き過ぎたアレでやってくる人も一定数いるの」
 ソラはせっかく言い方をぼかしたのに、
「SMプレイのつもりで奴隷になる方がいらっしゃると?」
 シトリンは身も蓋もない言葉を返す。
「えぇ。あとで賢者モードになって後悔して、契約解除を申し出てくる人もいるのね。でも志願奴隷て十年契約だから、契約が締結された以上は十年経過しないと奴隷解放は成らないのよ」
「逆に言うと、十年経てば無条件で解放できる?」
 怪訝そうにマリンが問うが、奴隷にとって現実は甘くないようで。
「まぁそうね? ただし主人と奴隷、双方の同意が必要だけど」
 つまりこういうことである。十年が経過して、主人と奴隷の双方が奴隷解放を望んだ場合のみ奴隷契約を解除できる。
「じゃあ私が望まなかったら、ずっとマリンさんの奴隷でいられるんですね⁉」
「シトリンちゃん、言い方! まぁ、あながち間違いではないわね。その場合、言葉は悪いけど『下取り』『転売』されることが多いわ」
「それは困るけん……」
 シトリンの斜め上な考え方に、マリンは頭を抱えた。
「ソラ姉、逆だとどうなるんです?」
「逆って?」
「つまり奴隷が解放を望んでも、主人が望まない場合」
「それはもちろん、契約続行よ」
 現状では、そちらのが多いというかほとんどだ。契約が切れたからといって奴隷を従わせる生活に慣れた人間は、そうじゃない生活にはなかなか戻れない。
「つまりシトリンに契約期間を終えたら解放してほしいと言わせれば、奴隷解放できるんですね?」
 そう言ってチラとシトリンを横目で見やるマリンと、
「私は望みませんよ?」
 あくまで抵抗の姿勢を見せるシトリン。その視線がぶつかり、二人の間でバチバチと火花を鳴らす。
「まぁ、そこらへんは二人で将来話し合っていただくとして。確認だけど、そういうその……エッチなアレでシトリンちゃんは奴隷になりたいんじゃないのよね?」
「もちろんです。むしろ夜の生活ではマリンさんのほうが奴隷なんです」
「シトリン、言わんでええけ!」
 顔を真っ赤にして、マリンは慌ててシトリンの口をふさぐ。
「マリンのそういう話、聞きたくなかったわね」
 ソラはなんとも複雑そうな表情だ。
「じゃあマリンもシトリンちゃんも、内容に納得したってことでいい?」
「よくないです」
「いいです」
 二人の意見が割れ、ソラの表情もピキーンと凍る。
「どっちよ?」
 少しめんどくさそうに、頭をガリガリと掻いて。
「私も暇じゃないから、マリンを説得なんてことに時間を費やしてはいられないの」
 シトリンが期待を込めて拝むような視線をよこしてくるものだから、ソラは先んじてそれを制した。とたんにシトリンが、ガックリとうなだれる。
「マリンはなにが不服?」
「……私が奴隷になる、というのをシトリンに打診したんですが」
「断られたの? まぁそうか。でもシトリンちゃんが同意してもそれは無理ね」
「へ?」
「考えてもみなさい」
 マリンはこの大陸で二人しかいないSSランクハンターで、ここフェクダ王国ではかつては勇者夫婦として身分や性別を問わず慕われたカーネリアンとラピスラズリの忘れ形見だ。
 くわえてマリン自身が救国の錬金術師でもあり、フェクダの王家とも懇意。くわえてもう一人のSSランクハンターであるクラリス・カリスト皇女は旧知の仲であるうえに、次期の帝国皇帝の座が約束されている皇太子で。
「そんな存在が奴隷落ちしました、なんて帝国中がひっくり返るでしょ。フェクダの王家なんて、帝都からにらまれちゃう。シトリンちゃんの周囲も、悪い意味で慌ただしくなるの」
「あうぅ……」
 マリンは、ぐうの音もでない。ましてやシトリンに迷惑がかかるとあっては、それ以上の我をとおすこともはばかられる。
「マリンさん、覚悟を決めるしかないですよ?」
「シトリンはちょっと黙っちょっとくれん⁉」
 我が意を得たりとばかりにドヤるシトリンに、マリンは頭を抱えて大混乱だ。
「マリン、決断なさい」
「マリンさん、お願いします!」
 もはや、マリンの逃げ道はなくなってしまった。


「では始めるわね。その前に……」
 ソラが、チラとシトリンの奴隷環を見やる。
「それ、まだハマってるてことは旧式よね? 現在普及しているタイプは、奴隷解放手続き時に遠隔操作で解錠するから」
「はい、鍵は私が持っています」
 そう言って、マリンがポーチから奴隷環の鍵を取り出した。いつも肌身離さず、持ち歩いているものだ。
「シトリン、外すけ」
「あ、はい」
 マリンの前に、おずおずとシトリンが歩みよる。そして意を決して、両手で自分の髪を喉元からかき上げてつま先立ちして。
 二人の身長差はゆうに三十センチ近いのもあるとはいえ、解錠される側がシトリンなのでその必要はない。なかったが、シトリンの気分的なものだ。
「ど、どうぞ?」
 そう言って、シトリンは目をつぶった。
 シトリンにとって『契約し直し』という側面はあるものの、マリンに奴隷環を外してもらうというのはえもいわれぬ高揚感が沸々と胸の奥から湧き上がってくる。そしてそれは、『マリンの奴隷をやめたくない』というのとは別次元での話で。
「このあと別の奴隷環を装着するんじゃなかったら、感動的なシーンなんじゃけどねぇ」
 嘆息しながらマリンがぼやく。だがシトリンは目をつぶったまま笑って、
「充分、感動的ですよ」
 と、けんもほろろだ。実際、シトリンのつぶった目のまつ毛に滲み出た涙が落ちずにプルプルとたまっていく。
『カチャリ』
 乾いた金属音がして、奴隷環が外れた。シトリンが奴隷として生まれ育った村から『出荷』されて以来の、シトリンの首肌があらわになる。
 長年装着していただけあって、奴隷環のあった位置だけが日焼けをしていなくて白い。
「首がないシトリンっちゅーのも新鮮じゃね」
「ないのは奴隷環ね、マリン。それだとホラーだわ」
 ソラに恥ずかしい言い間違えを指摘されたマリンではあったが、さほど気にする素振りもみせずシトリンに微笑みかけた。
「ねぇ、このままで過ごさん?」
「奴隷環なしで、ですか?」
「そう」
「お断りいたします」
「……」
 マリンは諦めきれないし、シトリンはかたくなだ。ソラはプッと噴き出した。
「折衷案というわけじゃないけどね、マリン。新しく装着する奴隷環は私お手製のを譲るわ。リトルスノウたちが装着してるのと同じタイプね」
「‼ それじゃ⁉」
「うん!」
 なにかに気づいて、マリンの顔がパアッと華やぐ。だがシトリンは、ソラとマリン二人がかわすその会話の意味がわからなくてキョトンとしていた。
「あの、どういう?」
 さっぱりわけがわからないといった風のシトリンに、親友のリトルスノウが助け船を出す。
「シトリン、つまりはこういうことよ」
 そう言ってリトルスノウは自らの奴隷環に埋め込まれた魔石に指をかけると、自分で奴隷環を外してみせた。白猫の獣人だったその姿が、真の姿である黒髪黒瞳の人間体に立ち戻る。
「コユキ、えっと?」
 だがまだシトリンにはピンときていないようで。
「つまりね、外そうと思ったら自分の意思でいつでも外せるってこと。まぁシトリンは外さないだろうし、私も普段は外さないけどね」
「そうね、獣人や奴隷の入場が禁止されているお店へのお買い物はリト……コユキに行ってもらってるもの。彼女が外すのはそのときぐらいじゃないかな」
「なるほど」
 だが、ちょっとシトリンは納得いかない。それだと真の意味の奴隷ではないのじゃないかと。
「お風呂とかで、首を洗うときは外せると便利よ?」
 シトリンの心中を察したコユキがフォローを入れるも、シトリンは釈然としない面持ちだ。だがそこへ、ソラがたたみかけた。
「大丈夫よ、シトリンちゃん。奴隷環を装着してるときにもしマリンの言いつけにさからったりして『罰』がくだったとき、ちゃんとビビビッてくるわよ?」
 奴隷環を装着した状態で主人の命令に背いたりした場合は、奴隷環に込められた呪法により全身に耐え難い激痛と不快感が走る。そしてこれこそが、奴隷を奴隷たらしめる絶対服従の枷なのだ。
「もちろん、その最中は自分で解錠できないからお風呂のときだけ外せばいいんじゃないのかな」
「そういうことですか!」
 やっと納得いったように、シトリンが安堵の表情を見せた。
「それにシトリン、エッチのときは外してもらってキスマークがついても奴隷環で隠せるんよ!」
 ここぞとばかりに、斜め上から見当はずれな追撃をマリンが発射する。マリンとしてはシトリンに納得してもらいたいから、必死なんである。
(マリン様、違う。そういうことじゃない)
(まったくこの二人は!)
 ソラとコユキが心の中でツッコむも、
「なるほど、それは便利ですね!」
 そう言ってシトリンはさらに目を輝かせた。
「シトリンもあかん子だった」
「ね?」
 ソラとコユキ、互いに視線を合わせて出てくるのはため息しかない。だが納得のいったシトリンと、納得してくれてホッとしているマリンは意に介した様子もなく。
「まぁいいわ。で、新しく装着する奴隷環はコレね」
 ソラのバッグからコユキがそれを取り出し、ソラに手渡す。アクアマリンのように透き通ったそれは室内の照明を浴びて煌めいており、奴隷環というよりは宝石でできたチョーカーだ。
 宝石でできた首輪ともいえるそれは、決してお値段を訊いてはいけなさそうな神秘的で高価な雰囲気をかもしだす。
「マリンの瞳の色に合わせたシトリンちゃん専用の奴隷環よ。奴隷罰の呪が作用しているとき以外は、自分の意思でいつでも外せるからなくさないようにね?」
 シトリンにそう注意を喚起して、ソラはマリンに手渡した。
「じゃあまずマリン、自身の血を一滴その奴隷環に塗り込んでちょうだい」
「わかりました」
 そう言ってマリンは、シトリンの口に自身の左手人さし指を突っ込んだ。
「ふごっ⁉」
「え?」
「なに⁉」
 シトリンはいきなり口に指を突っ込まれて、わけがわからず戸惑う。そしてそれは見ているソラとコユキも同様で。
 だがシトリンの反応はお構いなしとばかりに、マリンは指を引き抜いた。その際に指先がシトリンの牙に触れて、まるで刃物を使ったかのように皮膚がスパッと切れる。
「こうですか?」
 そう言いながら指先の血を奴隷環になじませるマリンに、
「いや、方法!」
 思わずツッコむソラだ。
「なるほど、頭いいですね!」
 なぜか感心しているシトリンに、
「あの、コレ……⁉」
 コユキの手にはミニナイフが握られていて、本来ならばそれをマリンに貸すつもりだったのがお役御免になってしまう。だが、
「愛ですねぇ」
 そう言いながら苦笑いを浮かべ、コユキは使われなかったそれをバッグに戻した。
「じゃあ、シトリン」
「はいっ!」
 奴隷環を手に、シトリンに向き合うマリン。そして今日一番の大きな返事でシトリンが正面に立つ。
 最初に奴隷環を外してもらったときと同様に、両手で髪をかき上げてかかとをあげてつま先立つ。
「お願いします!」
 そう言って目をつぶるシトリンだったが、
「私はイヤなんじゃけどね?」
 もうマリンは、苦笑いしか出てこなかった。そしてシトリンの首に新しい奴隷環をかぶせると、皮膚をはさまないように細心の注意を払いながら施錠ロックする。
『カシャッ』
 部屋に響いたのは、シトリンが外してもらった旧式の武骨な奴隷環と違って宝石同士が擦れる音。自身をマリンに縛りつけるためのその契約を示す音に、シトリンの涙腺も崩壊してしまった。
「ありが、ありっ……。ありがとうごじゃいま……ふえっ、ふええぇっ‼」
 感極まって、まるで幼子のようにシトリンが泣きじゃくり始めた。それをマリンが、優しく抱きしめる。
「今日からまた、改めてよろしくね。私の奴隷さん?」
「はい! 精一杯、命の限りお仕えいたします!」
 そしてマリンはゆっくりと、シトリンの唇に自分の唇を重ねた。
「あのぅ、ソラ様?」
「言わないで、コユキ。わかってるから」
 マリンとシトリンは完全に二人の世界、すっかり蚊帳の外に追いやられたソラとコユキはため息しか出ない。
「あ、血が……」
 契約の際に切ったマリンの指先の血が、シトリンの衣服を汚した。
「ごっ、ごめんねシトリン!」
 だが慌てて手を引くマリンにシトリンは愉悦の笑みを浮かべて、両手でマリンのその手を取り血のにじむ指先を自らの口の中に入れる。
「あ……汚いけ」
 先ほどは自分から突っ込んでおいてこの言い草だ。少しひるんだマリンだが、上目遣いでこちらを見上げるシトリンの琥珀色の瞳を見てキュッと結んだ自らの唇が波打つ。
「シトリン♡」
マリンさんふぁふぃんふぁん♡」
 もうソラもコユキも、もうツッコむ気力もないようで。二人着席してティーカップを手に取り、我関せずとばかりにひたすら無言だ。
「あれ、いつになったら終わるんですかね?」
「さぁ……。まぁ百合の間に入ったらろくなことにならないから、ほっときましょ」
 なおもマリンの指をしゃぶり続けるシトリンの頭頂部に、キスの雨を降らせ続けるマリン。ラブラブな二人がこの場にソラとコユキがまだいることに気づくのには、これから実に小一時間を要した。
 のちにこの日を振り返った二人にとって笑い話となるのは、もうちょっと先の未来である。


 不幸は幸福のうえに立ち、幸福は不幸のうえに横たわるものだという。禍福は糾える縄の如し、光と闇がそうであるように幸福と不幸は常に表裏一体だ。
 ではいま、誰のもとに幸福もしくは不幸がやってきたのだろうか。
「マリンさん? おーい?」
 二人で食卓を囲むのは久しぶりだった。つい先日まで、一週間ほどマリンが自宅を留守にしていたのである。
 留守をあずかっていたシトリンとしては、一週間ぶりとなるマリンとの夕食だ。だがマリンは心ここにあらずというか、殺気立ってるかと思うと悩んでたりと一人で百面相をしているかのようで。
 それはかれこれ一週間前にさかのぼる。
「ねぇ、マリンさんお願いがあるの」
 パールことギルドマスターのプラティナが珍しくハンターギルドの制服を着て所長室で山と積まれた書類仕事を処理している修羅場に、マリンが突如として呼び出された。
「なんでしょうか、ギルマス」
「うん、実はね。帝都にあるハンターギルドで百日風邪の集団感染クラスターが発生したらしくて」
「それは大変ですね!」
「うん。職員の七割が感染しちゃってね、業務が回らなくなったらしくて」
 パールは頭を抱えながら、複数の書類にかわるがわる目を落とす。いずれも、ここのハンターギルド職員一人ひとりの詳細な経歴書だ。
 顔写真画、名前に住所そして学歴に病歴など詳細なパーソナルデータだ。その一番手前に、マリンのそれがあった。
「マリンさんは子どものころ、百日風邪に罹患しているよね?」
「ですね。両親が薬草を採りに行ってくれなかったら、手遅れだったといわれてます」
 百日風邪は、文字どおり風邪のような症状が何十日も続く伝染病だ。死亡率は高くないものの、肺炎を併発したり治療を怠ったりした場合はその限りではない。
 ただ特定の薬草で寛解はするものの、感染大爆発パンデミックが起これば需要と供給のバランスが崩れて一気にそれが入手困難になる。
 幼いころにマリンが罹患したときがまさにそうで、どこの薬師でも品切れが続いた。どれだけ医師が優秀であっても肝心の薬草がなければ手の施しようがなく、その薬草を入手できなかったら死が隣り合わせといってもいい。
 そして常にその割を食うのは貧困層だ。幸いにしてマリンの両親はどちらも国が認定した勇者であり、家も裕福だった。
 だが薬はどこもかしこも売り切れで薬師の数も足らず、母・ラピスラズリ自ら魔獣が多く潜む山奥の秘境から薬草を採取してきた。それを父・カーネリアンが錬金術で薬草に精製し、マリンは九死に一生を得たのだ。
 その父と母がブラッドに騙されて殺し合いをさせられたのは、それからほどなくしてのことだった。
「マリンも知ってのとおり、百日風邪は一度罹患したら二度とかからないといわれてるわ。帝都から緊急の要請がきててね、うちからも可能なだけ出さなければいけないの」
臨時派遣ヘルプです?」
「うん。幸いにして薬草入手の伝手が確保できたんだけど、どうしても一週間はかかるらしくて。お願いできるかしら?」
「ギルマスなんだから、命令口調でいいですよ。となると、シトリンは連れていけないですね」
「まぁそうね? そこは心苦しいのだけど」
「大丈夫です、かしこまりました」
 そんなやり取りがあって、マリンは一週間もの留守をしていたのだ。そして夕刻に帰還したマリンに、シトリンお手製の夕食をふるまっていたのだが……。
「マリンさん? マリンさーん?」
 マリンのスプーンを持った手が、口の手前で止まっている。考え事に没頭しているようで、マリンはシトリンの呼びかける声が聴こえないかのようだ。
「うーん、様子がヘンだな⁉」
 しかたないので、シトリンは席を立つ。そしてマリンの横に歩みよると、その肩をポンとたたいた。
「うひゃあっ⁉」
 いきなり正気に返り、マリンが手に持ったスプーンを飛ばしてしまう。スプーンに乗っていたスープがすべて、シトリンの顔にかかってしまった。
「熱~いっ‼」
「ごっ、ごめんなさいシトリン!」
 しばし食事は中断。スープがかかった頬が軽く火傷してしまったので、軟膏を塗ってペタッと絆創膏を貼ってあげるマリン。
「シトリン、大丈夫? 沁みる?」
「いえ、もう痛くないです」
 マリンが皿からスープをすくい上げてボーッとしていたのもあって、そのぶん少し冷めていたのが不幸中の幸いだった。
「それよりマリンさん、どうしたんですか? 帰ってきてから様子がおかしいです。なにか悩みごとでしょうか」
「……」
「マリンさん」
「心配せんでええよ、シトリン。なんでもないけ……」
 弱々しく、それでもシトリンを安心させようと無理に笑って見せるマリン。シトリンはムッとした顔を隠そうともせずに、
「どこが大丈夫なんですか! そういう顔じゃないですよ」
 そうぼやいて、黙りこくってしまったマリンに代わりに救急箱を片付ける。
「帝都でなにかありました?」
 不意に突かれたシトリンのその発言に、マリンの肩がビクッと震えた。
「あったんですね?」
「な、なんのことなん⁉」
「あ・っ・た・ん・で・す・ね?」
 見た目はにこやかに微笑んでいるようで、それでも目が笑っていないシトリンがズズイッとマリンに顔を近づける。気まずそうに思わずサッと目をそらしてしまったマリンは、冷や汗をたらしながら目が泳いでいて。
 あからさまにバレバレなマリンの反応に、シトリンは一つ大きなため息をついた。
「私に相談できないことですか?」
「ほうじゃね……じゃなくて、なんでもないけん!」
(らしくないなぁ)
 シトリンは困り果ててしまった。普段は常に隙を見せず口八丁手八丁なマリンとは別人のようで、次々とシトリンのさぐりに対して挙動不審に陥っている。
「なんか私に関係があることみたいですね?」
「違うけ……」
 目は口ほどにものを言うという。マリンの反応はシトリンでもわかるほどに、それは『肯定』を示していた。
 結局その日は、それ以上の追求を諦めるシトリンである。マリンがさっぱり要領を得ないのもあって、一緒に風呂に入るのも触れ合うのニャンニャンも血涙を流しながら諦めざるをえなかった。
 そして次の日、朝食はマリンの当番だ。だが食卓に並べられたのは、どう見ても人の食べ物ではなかった。
「この黒い円盤みたいなのは……目玉焼き?」
「ごめんなさい」
「えっと、この石炭みたいなのは?」
「あ、ご飯なんよ。水加減を間違えちゃったみたいで」
「じゃあこの黒い紙切れみたいなのは⁉」
「それは海苔。失敗しちょらん」
 封を切って出すだけだから、海苔は失敗しようがない。だがキッチンとリビングに、今もただよう焦げ臭い煙の残り香。
 シトリンが臭いを気にしてるのが目に入り、
「あ、ごめんね!」
 そう言ってマリンが窓際に駆け寄り、窓を開ける。室内の空気を強引に窓外に出そうと、両手で扇ぐ。
「うーん、やっぱマリンさんおかしい……。あ、でもこのトマトジュースは美味しそう」
 そう言ってシトリンがコップに口をつけた。
「え、トマトジュース……作った覚えが?」
 不穏な言葉を口にするマリンだったが、不幸にもシトリンはそれを聴き逃してしまう。
「くぁwせdrftgyふじこlp⁉」
 シトリンの顔色が急に変わり、慌ててキッチンのシンクへ走っていく。蛇口から水をジャージャー出しながら直接口の中に水を流入させ、涙目で口内を洗い始めて。
「あ、それ『女郎鬼じょろうき』の……」
 大陸最凶最悪と云われる唐辛子『女郎鬼』の粉末パウダーに、粘膜に張り付いたら痛覚を十倍増し増しにする『ビンカンダケ』というキノコの胞子をマリン独自のレシピでブレンドしたものだった。
 普段は戦闘時の武器もとい拷問用に使用するアイテムなのだが、辛党のマリンは料理にも使用することがある。ただし小さじ一杯で巨象一頭を軽く戦闘不能に陥らせるほどの辛さを誇るので、使用には注意が必要な(ほぼ)毒薬だ。
 それをなぜ水に溶かしてグラスに注いだのか、それはマリンにもわかっていなかった。
「私、なに作ろうとしたんじゃろ……ごめんね、シトリン」
「いや、私を毒殺しようとしたって言われたほうが合点がいってスッキリするんですけどね⁉」
 真っ赤に腫れあがった舌を出しながら、涙目でシトリンが呻く。
「はぁ……」
 心ここにあらずとばかりに一人ため息をつくマリンに、シトリンは恨みがましい視線をいつまでも送っていた。


「ブラッドが?」
「はい。私が知っているブラッドからはもう二十年近い歳月が経っていますが、間違いありません」
「そう、あの男が……」
 ソラの住まう天璣の塔に、相談にやってきたマリンである。
「『生死を問わず』の賞金首がまさか、帝都のど真ん中にいるとはね」
「灯台下暗しです」
 先日、一週間限定でマリンは帝都ことドゥーベ市国のハンターギルドへ応援派遣のために出張ったことがあった。そのときにマリンが帝国の首都国家ともいえるドゥーベ市国の、皇城があるアルファの街……そこでかの仇敵、ブラッドストーン・オブシディアンを見つけたのである。
 この帝国ではナンバー2を誇る呪術師で、マリンの両親を卑劣な罠にはめて殺し合いをさせた外道。違法奴隷を買い集め、奴隷同士を殺し合いさせる賭博ショーでシトリンとリトルスノウに殺し合いをさせたのもブラッドだ。
 ちなみにだが、そのブラッドの上を行くナンバー1の呪術師がソラである。
 ちょうど二人の前に、淹れたてのお茶が入ったティーカップを置こうとしたリトルスノウの手が止まった。
「ブラッド……っ⁉」
「リトルスノウちゃん……」
「リトルスノウ、あなたもここに座って一緒に話を聞きなさい」
「……ありがとうございます」
 リトルスノウにとって、他人事ではない。彼女にとってもまたブラッドは仇敵なのだ。
 実際に手を下したのは奴隷環の呪に抗えなかったシトリンであるとはいえど、その親友のシトリンと殺し合いをさせられた挙げ句に敗れて。そしてリトルスノウことコユキは一度は落命したのである。
「なんで、その場で?」
「……」
 ソラが問うているのはなぜその場で拘束しなかったのか、討たなかったということだろう。実際ハンターギルド職員というのは、いわゆる衛兵に準ずる立ち位置の公務員であるのだ。
 くわえて、生死を問わず確保という賞金首だ。その場で殺してもマリンが罪に問われることはない。
「むしろ、帝国から報奨金が出るわね? ハンターギルド内でも昇進があるかもって話になると思うわよ」
「私はそんなもの、いりません」
「そういう話をしているんじゃないの。それを望まないからといって、スルーしていい奴じゃないでしょう」
 ソラが問いたいのは、両親の仇ともいえるブラッドを発見してなぜ放置しているかという一点だ。仮にマリン自身に仇を討たなくてもいいという意思があったとしても、ハンターギルドの職員としては見て見ぬ振りは許されない。
「放置はしてません。『影』を雇って、見張らせています」
 マリンの言う『影』とは、非公認の隠密組織だ。別名を『暗殺ギルド』というそれは、金さえ出せばなんでもやってくれる闇の仕事人たち。
「なんのために? 泳がせる必要ないわよね、すでに明らかになっている罪状を全部合わせたら何十何百回と処刑しなければいけない悪党だわ」
「わかっています」
「じゃあなぜ?」
 ソラのその問いに、マリンからの返答はない。
「質問を変えるわ。マリンは私に、なにを相談にきたの?」
「それは……それは、もしソラ姉もリトルスノウちゃんもブラッドを追っているのであれば」
「うん」
「私に、任せてほしいなと」
「なにを? 捕まえるのを、じゃないわよね。それはマリン自身がそうしなかったんだから」
「……しれたことです。あいつのせいで、私の父と母は抗えない命令を受けて殺し合ったんですから」
「殺る、のね?」
 マリンが無言でうなずいた。だがそれでも、ソラの側に疑問は残る。
「堂々めぐりになっちゃうけど、なんでその場で殺らなかったの? わざわざ見張りの影を立てて、フェクダに帰ってきちゃってさ。ご丁寧に、私に発見報告に来るし」
 そう言って、ソラはチラとリトルスノウを見やる。だがリトルスノウの表情は、ソラの予想を反して穏やかで。
 むしろソラと同じように、本心を明かさないマリンに対して心配そうな表情を投げかけている。
「私からも質問、いいですか?」
 リトルスノウが、小さく挙手してソラにうかがう。
「いいわよ。なにかしら?」
「マリン様は、このことをシトリンには? というか本題は、シトリンに言うべきかどうかを悩んでいるということでしょうか」
「鋭いわね、リトルスノウちゃん」
 見透かされて、それでも動じることなくマリンが苦笑いを浮かべる。
「確かに、シトリンに話すべきかどうか悩んでます」
 そう漏らすマリンに、ソラが問う。
「リトルスノウにとってもだけど、シトリンちゃんにとってもブラッドは仇敵よね。シトリンちゃんに話すのをためらうのはなぜ?」
「ブラッドに……」
「うん」
「妻と子がいるんです」
「だからなに、って言ったら私は冷たい女なのかしら」
「いえ、私のほうが冷たいんですよ。だって――」
 その後にマリンが続けた言葉に、その場が凍りついた。そしてソラは、マリンが今日なにを相談しにきたかを察するのだ。
(相談? ううん、違うわね)
 それはむしろ、決意表明。犯行予告にも近いものだ。
「マリンは……『それ』を止めてほしいの?」
「いえ?」
 即答するマリンに、ソラとリトルスノウが息を呑む。
「シトリンには、内緒にしておいてくれますか?」
「……わかったわ」
 塔から去っていくマリンの小さな後ろ姿を見送りながら、リトルスノウがソラに向かって。
「なぜマリン様は、『それ』をソラ様に報告に来たんでしょうか?」
「迷っているんでしょうね」
「迷って?」
「えぇ。だってもし『そうした』ならば、マリンとシトリンちゃんは……」
 ソラの顔に浮かぶは、憐憫の表情だ。そして多分マリンは、すでに覚悟を決めている。
「それよりリトルスノウ、あなたは仇討ちをマリンさんに譲る形になってしまうのは了解しているのかしら?」
「……私は両親というものを知りません。両親からの愛というのを知らないんです」
「うん」
「それを教えてくれたのが、ご主人様――ソラ様なんです。いま私は幸せで、それを手放してまで修羅の道を歩みたいかっていうと、そうではなくて」
「リトルスノウ……」
「私はソラ様の奴隷ではありますが、おこがましいですけど娘であるとも思っています。返しきれない恩があって、いまはそれをどうにかしようってのが日々を生きる糧なんです」
「重いなぁ」
 そう言いつつも、ソラは苦笑いだ。
「すいませんね?」
 そしてリトルスノウも、ちょっと意地悪そうな笑みで返す。
「シトリンも多分、私と同じでしょう。そしてマリン様は、シトリンとのその生活を……壊そうとしている」
「うん」
「誰かに聞いてもらわないと、やってられなかったのかなぁと」
「そんなところでしょうね。でも今のマリンは、止めても無駄なんだと思う」
「わかっています。マリン様がブラッドにされたこと、私やシトリンは『当事者』でしたが……マリンさんは『遺された』側なんですから」
 シトリンもリトルスノウも、抗えない奴隷環の呪によって殺し合いをさせられた。マリンの両親もまた、同様に。
 だがその殺し合いで破れたリトルスノウは、一度は落命しながらもソラによって息を吹き返すことができ、こうしてソラの元で元気に働けている。親友のシトリンにも、再会を果たせたのだ。
 シトリンもまた同様に、愛されないのが当たり前の人生を送ってきた中で初めてできた親友のリトルスノウを我が手にかけた。
 リトルスノウが一度は死んだものの息を吹き返したのは、あくまで結果論だ。だがそうして荒んだシトリンの心を慰めてくれたのは、愛を教えてくれたのはマリンで――。
 だがマリンは違う。両親が殺し合いをさせられて、父・カーネリアンは母・ラピスラズリの命を奪った。
 そしてそのカーネリアンも、『ブラッドを討て』という呪詛にも似た血叫を遺して、幼きマリンの前で病に倒れて帰らぬ人となったのだ。
 今のマリンはもう、誰にも止められなかった。
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