海の向こうの永遠の夏

文月みつか

文字の大きさ
28 / 56
第2章 永遠の夏

21.部活動の時間

しおりを挟む
 地学実験室は、あたしが知っている地学実験室とあまり変わらなかった。机や椅子が11年分新しくて、あたしが机の裏側にこっそり書いた落書きはなくて、天文部が華々しく活動している痕跡もなかった。この頃から細々と活動していたか、もしくは存在していなかったのか。

「うーん、やっぱ落ち着く」

 背もたれのない椅子にまたがり、ひんやり冷たい長机にべたーっと上半身を預ける。夏はこれに限る。

「真夏の動物園のホッキョクグマみたいだな」
「なんとでも言ってよー」

 そこで「あっ」と思い出して、クーラーバッグを開ける。たっぷりと保冷剤を入れたからちゃんと形を保っている。

「チョコとバニラ、どっちがいい?」
「じゃあ、バニラで」

 甘くて冷たいアイスをしゃくしゃくとほおばる。んー……おいしいけど冷たすぎるという贅沢な問題に直面する。

「放課後にアイスを食べるのが、天文部の活動内容なわけ?」
「うん。あと、マンガ読んだり、オセロしたり、たまに宿題終わらせたり。まあ、基本的にはだらだらしゃべってることが多いけど」
「………」

 海が怪訝けげんな顔でこっちを見ている。
 あたし、なんか変なこと言ったかな?

「ねえ、海はもし部活をするなら何部がよかった?」
「ん……」と海はちょっと考えたけれど、すぐには思いつかなったらしく、
「俺、高校通ってないし、中学すら行ってないから」とごまかした。
「もしもの話だってば。ちゃんと考えてみてよ」

 あたしは海のことが知りたい。

「そもそも、どんな部活があるのか知らない」
「何でもいいんだよ。自分でつくることもできるんだから」
「うーん……」と海は本当に考えこんでしまった。

 バニラアイスのしずくがぽたりと机に落ちる。それを指でぬぐいながら、小さな声でささやくように「写真部」と答えた。

「へえ、写真部かあ。文化部かなぁとは思ったけど。なんで?」
「いろんな瞬間を切り取れるから。すごくきれいな景色とか、忘れたくない思い出とか」
「ほうほう、素敵な志望動機じゃありませんか」

 ふざけてあごをなでてみせる。

「今の千夏のむかつく顔とか」
「ひどっ! 本当にいいと思ったのに」
「そういうの全部写真にしてとっておくんだ。思い出したくなったらいつでも再生できるように」
「再生? 心の中で?」
「あ、言ってなかったっけ。俺、写真の中の景色に入ることができるんだ」
「き、聞いてない……」

 絶句。
 ま、まあ、こんな世界をつくっちゃう海のことだから、なくはないか。なくは……ないない。

「信じてないだろ、その顔は。まあ、どんな写真でもいいわけじゃないんだけどさ。強い思い入れがあるとか、体感として知ってるものじゃないとだめなんだ。むかし試したけど、行ったことない観光名所とか、芸能人の写真とかはだめだった」

 今度はあたしのチョコアイスが溶けて腕をつたってきた。慌てて残りを平らげる。

「ここがわりと正確に再現できているのも、地方紙やネットの写真なんかで見てたおかげなんだ」

 小さな頃の海が、図書館の閲覧スペースでいろんな本や雑誌を広げている様子が頭に浮かんだ。その目は、静かに興奮して輝いている。

「あれ、ちょっと待って。写真の中で見たものはここで再現できるって言った?」
「うん、まあ。条件次第では」
「それってその……人間でもできるの?」
「試したことはあるけど、たいてい失敗する」
「たいていってことは、ちょっとは何とかなったってこと?」
「うん。千夏を再現できるかと思ってやってみたらできた。黙ってて悪かったけど、君は本物じゃなくて俺のつくった幻想で……」
「バカなこと言わないでよ。あたしは、向こうから、自分の意志でここに来たんだから!」
「でも、その記憶すらも再現されたものだったとしたら? どうやって自分はコピーじゃないって判断できる?」
「ぎゃー!! やめて、おかしくなりそう!!」
「……っていうのは冗談だよ。人間みたいに複雑なものは、写真の中に入ったときは本物らしく見えるけど、再現するのはたぶん不可能に近い。千夏がどんなことを考えてどう行動するかなんて、俺には予測できないし。それにほら、倫理的になんかまずいだろ。コピーとはいえ人間を出したり消したりするのは」

 海はアイスを食べきった。棒には「あたり」の文字。まあ、そんなもの出なくたって、どうせただでもらってくるんだけど。

「本当だね? あたしは海がつくった幻じゃなくて、本物の千夏なんだね?」
「ああ、おどかして悪かったよ。まさかそこまで動揺するとは思わなかった」
「まったく、海がそういうこと言うと冗談なのか本当なのか区別つかないんだから、やめてよね」

 あたしのアイスは「はずれ」だった。
 ふいに、教室のスピーカーから音楽が流れだした。

「あ、下校時刻の曲だ」

 この曲聞くと、なんか帰りたくなるんだよなぁ。タイトルは知らないけど……

「そろそろ帰るか」
「うん……」

 あんまり部活やった感じはしなかったけど。

「あれ、帰るって、どこに??」
「俺んち。来る?」
「えっ、海って家あったの!?」
「あのさあ」

 海は思いっきり眉をひそめる。

「俺のこと犬かなんかだと思ってんの? 家ぐらいある」
「うーん、どっちかっていうと猫かなあ」
「どっちでもねえよ」

 わーい、海の家だって。たしか昔は、行ってみたいって言ったらすごく嫌がられたんだよね。楽しみだなぁ。どんなことかなぁ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

処理中です...