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第2章 永遠の夏
22.海の宿
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「ここが今日の俺の家」
外看板には『海の宿』とある。海岸まで歩いて3分のステキな立地。和風のこぢんまりとした建物。きっと部屋の窓からは素晴らしいオーシャンビューが一望できて……
「いやこれ、旅館じゃん。民家じゃないじゃん」
「すごいだろ。全部屋貸し切りだ」
バスに乗って海岸が見えてきた時点でおかしいとは思ったけど。
ガラガラと引き戸を開け、まさしく我が家のように上がりこむ海。
「スリッパはそこ」と下駄箱を指さし、でも自分は裸足で板の間に上がる。
「1階は食堂とか風呂場で、2階が客室なんだ」
階段をのぼるとぎしぎしときしんだ。ボロくはないけど、そこそこ年季が入っているみたい。
部屋は全部で4つ。ほかにはトイレと小さめの洗面台があるくらい。旅館というより、下宿みたい。
せっかくなので海が見える側の部屋に泊まることにした。海が使っているのは隣の部屋で、こっちも海側だ。
六畳くらいの部屋には卓袱台と座布団と小さな金庫くらいしか置いていなかった。押し入れには布団と浴衣が一式。
大きめの窓があって、障子を開けたら海岸と海が一望できる。
「オーシャンビューだー!!」
ちょうど夕焼けが海に沈んでいくところで、部屋中が真っ赤な光で満たされた。
いい眺めだなぁ……とあたしはしばらく見とれていたんだけど、ふと海岸に人影があることに気がついた。うんうん、こんなにきれいな夕日には見入っちゃうよね。
「……って、えっ、人!?」
なんで海の世界に人が!? 海はこっちに人間は存在しないって言ってたし、海は今隣の部屋にいるはずだし、じゃああれはいったい誰!?
混乱しつつも浜のほうに目を凝らすと、男の人らしいということがわかった。じっとたたずんで、海を、夕日を、波を見ている。大声で呼びかけたら気づくかもしれないと思って窓を開けたら、ふわりと風が吹いて、その人はすーっと消えてしまった。幻のように。
嘘でしょ!?
見間違いだと思って確認しようにも、あたりは暗くなっていくばかりでよく見えない。急に背筋が寒くなって、慌てて窓と障子を閉めた。
「違う。いや違う。幽霊なんか見てないって……」
そういえば、紫陽花屋敷でも人の気配を感じたような……
「わーもう、やめてよ! 眠れなくなっちゃう!!」
「……ひとりでもうるさいんだな」
ハッとして振り返ると、戸口に海があきれ顔で立っていた。
「どうしよう、あたし、幽霊見ちゃったかも……」
「へえ、そりゃすごいな」
「感心してる場合じゃないってば! どうしてくれるのこの恐怖感……」
あたしはさっき見た人影について説明する。
「すーって消えたの。すーって。ねえ、海はあの人、見たことある?」
海は顔をしかめた。
「幽霊なんか知らねえよ。見間違いじゃねえの?」
「そんな……どうしてくれるの!? 怖くてひとりで寝られないよ!! せっかく修学旅行みたいで楽しいなってテンション上がってたのに」
「まあ落ち着けよ。飯食おうぜ、な?」
そう言って海は1階へ下りていく。とても食欲がわくような心境じゃないんだけど、ひとりはいやなので仕方なくついていった。
食堂には8人ぐらいがかけられそうな大きめのダイニングテーブルと、冷蔵庫や調理器具もおいてあった。きっと小さくてもおいしい家庭料理が出てくる旅館なんだろうなと思った。
海は食器などのありかも完全に把握しているみたいで、ショッピングモールから持ってきた冷やし中華やサラダを器に盛ったり、冷凍餃子をレンジでチンしたりしてかいがいしく動いた。あたしがむっつりしているから気を遣ったんだと思う。
グラスに麦茶を注いで「ほら」と渡してくれる。
「いただきます」
「い、いただきます……」
冷やし中華はおいしかった。賞味期限が11年前のものであることを気にしなければ、もっとおしかっただろうけど。
冷やし中華でお腹が満たされたあたしは、むっつりするのをやめることにした。
「海は、いつもここに寝泊まりしてるの?」
海は三色そぼろ丼を食べていた手を止めた。
「毎日ってわけじゃないけど、よく来てる。別にその辺のアパートとか一軒家でも文句は言われないけど、誰かの布団で寝るってのは抵抗あるだろ?」
「たしかに……ここ以外にはどういうところがあるの?」
「ショッピングモールの寝具売り場はたまに使うな。ふかふかだし、広くて解放感がある」
「へえぇ……」
「海岸にテント張ってたこともあるけど、それよりは野ざらしで茣蓙でも引いてたほうが、星空見ながら寝られていいんだ」
「なるほど」
やっぱり野良猫みたい。
「本当の家は、つまり海が現実世界で暮らしていた家は、こっちにもあるの?」
おそるおそる、聞いていみる。
「……さあな。昔のことだから、どんなとこだったか忘れた」
「そっか、忘れたんだ……」
忘れたいっていうことかな……。
そのあと、花火を海岸に持っていって遊んだ。もしかしたらさっきの男の人がまた出るんじゃないかと思って初めはびくびくしていたけど、海が一気に5個も放ったねずみ花火のせいでそれどころじゃなくなって、仕返しにロケット花火なんかをお見舞いしているうちに、どうでもよくなった。
両手に4本ずつ花火を持って火花の滝をつくったり、砂の上に花火で絵が描けないか試したりしていたら、あっという間に品切れになった。家で用意したぶんだけじゃなくてショッピングモールでも調達してくればよかったなあ。
最後に線香花火で勝負。先に燃え尽きたほうは罰として、明日の朝食を用意しなければならないってことにした。途中まで絶対にあたしのほうが勝てそうな雰囲気だったのに、突然強い風がびゅーっとこっちのほうにだけ吹いてきて、あたしの線香花火は無残に散った。
「この風、海が起こしたんでしょ」と問い詰めたけど、海は「さあね」と言ってビーチサンダルで花火の燃えカスに砂をかけ、とうとうしらを切りとおした。
外看板には『海の宿』とある。海岸まで歩いて3分のステキな立地。和風のこぢんまりとした建物。きっと部屋の窓からは素晴らしいオーシャンビューが一望できて……
「いやこれ、旅館じゃん。民家じゃないじゃん」
「すごいだろ。全部屋貸し切りだ」
バスに乗って海岸が見えてきた時点でおかしいとは思ったけど。
ガラガラと引き戸を開け、まさしく我が家のように上がりこむ海。
「スリッパはそこ」と下駄箱を指さし、でも自分は裸足で板の間に上がる。
「1階は食堂とか風呂場で、2階が客室なんだ」
階段をのぼるとぎしぎしときしんだ。ボロくはないけど、そこそこ年季が入っているみたい。
部屋は全部で4つ。ほかにはトイレと小さめの洗面台があるくらい。旅館というより、下宿みたい。
せっかくなので海が見える側の部屋に泊まることにした。海が使っているのは隣の部屋で、こっちも海側だ。
六畳くらいの部屋には卓袱台と座布団と小さな金庫くらいしか置いていなかった。押し入れには布団と浴衣が一式。
大きめの窓があって、障子を開けたら海岸と海が一望できる。
「オーシャンビューだー!!」
ちょうど夕焼けが海に沈んでいくところで、部屋中が真っ赤な光で満たされた。
いい眺めだなぁ……とあたしはしばらく見とれていたんだけど、ふと海岸に人影があることに気がついた。うんうん、こんなにきれいな夕日には見入っちゃうよね。
「……って、えっ、人!?」
なんで海の世界に人が!? 海はこっちに人間は存在しないって言ってたし、海は今隣の部屋にいるはずだし、じゃああれはいったい誰!?
混乱しつつも浜のほうに目を凝らすと、男の人らしいということがわかった。じっとたたずんで、海を、夕日を、波を見ている。大声で呼びかけたら気づくかもしれないと思って窓を開けたら、ふわりと風が吹いて、その人はすーっと消えてしまった。幻のように。
嘘でしょ!?
見間違いだと思って確認しようにも、あたりは暗くなっていくばかりでよく見えない。急に背筋が寒くなって、慌てて窓と障子を閉めた。
「違う。いや違う。幽霊なんか見てないって……」
そういえば、紫陽花屋敷でも人の気配を感じたような……
「わーもう、やめてよ! 眠れなくなっちゃう!!」
「……ひとりでもうるさいんだな」
ハッとして振り返ると、戸口に海があきれ顔で立っていた。
「どうしよう、あたし、幽霊見ちゃったかも……」
「へえ、そりゃすごいな」
「感心してる場合じゃないってば! どうしてくれるのこの恐怖感……」
あたしはさっき見た人影について説明する。
「すーって消えたの。すーって。ねえ、海はあの人、見たことある?」
海は顔をしかめた。
「幽霊なんか知らねえよ。見間違いじゃねえの?」
「そんな……どうしてくれるの!? 怖くてひとりで寝られないよ!! せっかく修学旅行みたいで楽しいなってテンション上がってたのに」
「まあ落ち着けよ。飯食おうぜ、な?」
そう言って海は1階へ下りていく。とても食欲がわくような心境じゃないんだけど、ひとりはいやなので仕方なくついていった。
食堂には8人ぐらいがかけられそうな大きめのダイニングテーブルと、冷蔵庫や調理器具もおいてあった。きっと小さくてもおいしい家庭料理が出てくる旅館なんだろうなと思った。
海は食器などのありかも完全に把握しているみたいで、ショッピングモールから持ってきた冷やし中華やサラダを器に盛ったり、冷凍餃子をレンジでチンしたりしてかいがいしく動いた。あたしがむっつりしているから気を遣ったんだと思う。
グラスに麦茶を注いで「ほら」と渡してくれる。
「いただきます」
「い、いただきます……」
冷やし中華はおいしかった。賞味期限が11年前のものであることを気にしなければ、もっとおしかっただろうけど。
冷やし中華でお腹が満たされたあたしは、むっつりするのをやめることにした。
「海は、いつもここに寝泊まりしてるの?」
海は三色そぼろ丼を食べていた手を止めた。
「毎日ってわけじゃないけど、よく来てる。別にその辺のアパートとか一軒家でも文句は言われないけど、誰かの布団で寝るってのは抵抗あるだろ?」
「たしかに……ここ以外にはどういうところがあるの?」
「ショッピングモールの寝具売り場はたまに使うな。ふかふかだし、広くて解放感がある」
「へえぇ……」
「海岸にテント張ってたこともあるけど、それよりは野ざらしで茣蓙でも引いてたほうが、星空見ながら寝られていいんだ」
「なるほど」
やっぱり野良猫みたい。
「本当の家は、つまり海が現実世界で暮らしていた家は、こっちにもあるの?」
おそるおそる、聞いていみる。
「……さあな。昔のことだから、どんなとこだったか忘れた」
「そっか、忘れたんだ……」
忘れたいっていうことかな……。
そのあと、花火を海岸に持っていって遊んだ。もしかしたらさっきの男の人がまた出るんじゃないかと思って初めはびくびくしていたけど、海が一気に5個も放ったねずみ花火のせいでそれどころじゃなくなって、仕返しにロケット花火なんかをお見舞いしているうちに、どうでもよくなった。
両手に4本ずつ花火を持って火花の滝をつくったり、砂の上に花火で絵が描けないか試したりしていたら、あっという間に品切れになった。家で用意したぶんだけじゃなくてショッピングモールでも調達してくればよかったなあ。
最後に線香花火で勝負。先に燃え尽きたほうは罰として、明日の朝食を用意しなければならないってことにした。途中まで絶対にあたしのほうが勝てそうな雰囲気だったのに、突然強い風がびゅーっとこっちのほうにだけ吹いてきて、あたしの線香花火は無残に散った。
「この風、海が起こしたんでしょ」と問い詰めたけど、海は「さあね」と言ってビーチサンダルで花火の燃えカスに砂をかけ、とうとうしらを切りとおした。
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