53 / 56
第2章 永遠の夏
33.バスが来ない
しおりを挟む
どうしたんだろう。いくら待ってもバスが来ない。いつもなら足を止めた瞬間に迎えに来てくれるのに。
バスだけじゃない。風もまったく吹いていなかった。太陽の位置はずっと高いままで、海は凪いでいる。
仕方なく自転車で道路を走る。
とても静かだ。もともとあたししかいなかったけど、孤独がより強調されているように感じる。
信号機が止まっていた。回転寿司も動いていない。学校の時計は止まり、チャイムも鳴らない。明らかに異変が起きていた。それが何を意味するのか、考えるのが怖い。
太陽がじりじりと照りつけて肌を焦がす。暑さで頭がぼんやりしている。汗が滴り、アスファルトに落ちてジュッと音を立てた。
どうしよう、この世界がもう終わってしまったのだとしたら。海がひとりで、あたしの手の届かないところへ行ってしまったのだとしたら。
もう二度と、会えないのだとしたら……
そのとき、突然スマホの電子音が鳴りだして、びっくりして飛び上がった。晴夏の誕生日を知らせるアラームだった。もうそんな時期なんだ。早く行かないと……
「千夏ちゃん、顔色悪いんじゃない?」
千代子さんが心配そうに聞いてくる。
「ちょっと夏バテしただけです」と言うと、「帰ったらちゃんと休んだほうがいいわよ」と気遣ってくれた。
「大丈夫です。ほんと、大したことないんで……」
ふらふらになりながら晴夏のいるアパートに着いた。1年前大学生になった妹は一人暮らしをしている。あたしの時間が止まっているあいだに、一足先に大人になってしまった。
前回みたいに留守だったらどうしようと思ったけど、ピンポンを鳴らしたらすぐにドアが開いた。
「お姉ちゃん、待ってたよ。おかえり!!」
疲れを吹き飛ばすような笑顔で晴夏が言う。あたしは久しぶりに笑った。
「おかえりは変でしょ。ここ、あたしの家じゃないし」
「ああ、そっか」と照れ笑いをする晴夏。
「なんかお姉ちゃん、疲れてない?」
「大丈夫。ちょっと夏バテしただけだから」
「もしかして熱中症じゃない? ほら、こっち来て。まずは水分補給」
晴夏に促されるまま、帽子をとって荷物を降ろし、ベッドの端に腰かける。それから、コップになみなみと注がれたオレンジジュースを渡してくれた。
「うう……生き返るぅ……」
「大げさだよ。本当はお酒とかも用意してあったんだけど、今はやめておいたほうがよさそうだね」
「すみません……あっ!!」
「どうしたの?」
「プレゼント買ってくるの忘れた」
「なんだ、そんなことか。別にいいよ、来てくれるだけで」
わが妹ながら、なんていい子なんだ。抱きしめたい。
「だってお姉ちゃんのプレゼントのセンス、よくわからないし」
前言撤回。そんなふうに思われてたのか。
ジュースをおかわりしようと座卓に手を伸ばしたら、何枚ものルーズリーフが広げられているのが目に入った。
「宿題やってたの?」
「ああ、これ? 違うよ。小説書いてるんだ。ほら、文芸サークルの」
「へえ。どんな話?」
「お姉ちゃんの話」
「えー?」
「読んでみる?」
「いいの?」
「怒らないって約束するなら」
「何それ。変なこと書いてないでしょうね」
「それは読んでのお楽しみ」
ふーん。どれどれ。
『スーパーバックパッカー千夏の自転車紀行 in宇宙』
「な、なんだこれ!?」
タイトルを読んだだけで笑いが止まらなくなってしまった。
「……そんなにおかしいかな?」
「in宇宙って何? 自転車でどうやって行くの」
「いや、もう国内も世界もいろいろ書いちゃったからさあ。次は異世界編も書こうと思ってるんだよね」
「大長編すぎる」
「お姉ちゃんが帰ってこないせいだよ。こんなに長く出かけたっきりなんだもん。そりゃあ想像も膨らむよ」
「はは、ごめんごめん」
「だからさ、本当はどんなことがあったのか、教えてよ」
「えー?」
「でないと、もっととんでも展開になっていくよ、私の小説」
「いいじゃん。もっと書きなよ」
「教えてよー」
たくさん笑って、元気が出てきた。あたしはまだ頑張れる。もう一度、海の向こうに行く勇気を持てる。
バスだけじゃない。風もまったく吹いていなかった。太陽の位置はずっと高いままで、海は凪いでいる。
仕方なく自転車で道路を走る。
とても静かだ。もともとあたししかいなかったけど、孤独がより強調されているように感じる。
信号機が止まっていた。回転寿司も動いていない。学校の時計は止まり、チャイムも鳴らない。明らかに異変が起きていた。それが何を意味するのか、考えるのが怖い。
太陽がじりじりと照りつけて肌を焦がす。暑さで頭がぼんやりしている。汗が滴り、アスファルトに落ちてジュッと音を立てた。
どうしよう、この世界がもう終わってしまったのだとしたら。海がひとりで、あたしの手の届かないところへ行ってしまったのだとしたら。
もう二度と、会えないのだとしたら……
そのとき、突然スマホの電子音が鳴りだして、びっくりして飛び上がった。晴夏の誕生日を知らせるアラームだった。もうそんな時期なんだ。早く行かないと……
「千夏ちゃん、顔色悪いんじゃない?」
千代子さんが心配そうに聞いてくる。
「ちょっと夏バテしただけです」と言うと、「帰ったらちゃんと休んだほうがいいわよ」と気遣ってくれた。
「大丈夫です。ほんと、大したことないんで……」
ふらふらになりながら晴夏のいるアパートに着いた。1年前大学生になった妹は一人暮らしをしている。あたしの時間が止まっているあいだに、一足先に大人になってしまった。
前回みたいに留守だったらどうしようと思ったけど、ピンポンを鳴らしたらすぐにドアが開いた。
「お姉ちゃん、待ってたよ。おかえり!!」
疲れを吹き飛ばすような笑顔で晴夏が言う。あたしは久しぶりに笑った。
「おかえりは変でしょ。ここ、あたしの家じゃないし」
「ああ、そっか」と照れ笑いをする晴夏。
「なんかお姉ちゃん、疲れてない?」
「大丈夫。ちょっと夏バテしただけだから」
「もしかして熱中症じゃない? ほら、こっち来て。まずは水分補給」
晴夏に促されるまま、帽子をとって荷物を降ろし、ベッドの端に腰かける。それから、コップになみなみと注がれたオレンジジュースを渡してくれた。
「うう……生き返るぅ……」
「大げさだよ。本当はお酒とかも用意してあったんだけど、今はやめておいたほうがよさそうだね」
「すみません……あっ!!」
「どうしたの?」
「プレゼント買ってくるの忘れた」
「なんだ、そんなことか。別にいいよ、来てくれるだけで」
わが妹ながら、なんていい子なんだ。抱きしめたい。
「だってお姉ちゃんのプレゼントのセンス、よくわからないし」
前言撤回。そんなふうに思われてたのか。
ジュースをおかわりしようと座卓に手を伸ばしたら、何枚ものルーズリーフが広げられているのが目に入った。
「宿題やってたの?」
「ああ、これ? 違うよ。小説書いてるんだ。ほら、文芸サークルの」
「へえ。どんな話?」
「お姉ちゃんの話」
「えー?」
「読んでみる?」
「いいの?」
「怒らないって約束するなら」
「何それ。変なこと書いてないでしょうね」
「それは読んでのお楽しみ」
ふーん。どれどれ。
『スーパーバックパッカー千夏の自転車紀行 in宇宙』
「な、なんだこれ!?」
タイトルを読んだだけで笑いが止まらなくなってしまった。
「……そんなにおかしいかな?」
「in宇宙って何? 自転車でどうやって行くの」
「いや、もう国内も世界もいろいろ書いちゃったからさあ。次は異世界編も書こうと思ってるんだよね」
「大長編すぎる」
「お姉ちゃんが帰ってこないせいだよ。こんなに長く出かけたっきりなんだもん。そりゃあ想像も膨らむよ」
「はは、ごめんごめん」
「だからさ、本当はどんなことがあったのか、教えてよ」
「えー?」
「でないと、もっととんでも展開になっていくよ、私の小説」
「いいじゃん。もっと書きなよ」
「教えてよー」
たくさん笑って、元気が出てきた。あたしはまだ頑張れる。もう一度、海の向こうに行く勇気を持てる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる