海の向こうの永遠の夏

文月みつか

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第2章 永遠の夏

33.バスが来ない

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 どうしたんだろう。いくら待ってもバスが来ない。いつもなら足を止めた瞬間に迎えに来てくれるのに。
 バスだけじゃない。風もまったく吹いていなかった。太陽の位置はずっと高いままで、海は凪いでいる。
 仕方なく自転車で道路を走る。
 とても静かだ。もともとあたししかいなかったけど、孤独がより強調されているように感じる。
 信号機が止まっていた。回転寿司も動いていない。学校の時計は止まり、チャイムも鳴らない。明らかに異変が起きていた。それが何を意味するのか、考えるのが怖い。
 太陽がじりじりと照りつけて肌を焦がす。暑さで頭がぼんやりしている。汗が滴り、アスファルトに落ちてジュッと音を立てた。

 どうしよう、この世界がもう終わってしまったのだとしたら。海がひとりで、あたしの手の届かないところへ行ってしまったのだとしたら。

 もう二度と、会えないのだとしたら……

 そのとき、突然スマホの電子音が鳴りだして、びっくりして飛び上がった。晴夏の誕生日を知らせるアラームだった。もうそんな時期なんだ。早く行かないと……


「千夏ちゃん、顔色悪いんじゃない?」

 千代子さんが心配そうに聞いてくる。

「ちょっと夏バテしただけです」と言うと、「帰ったらちゃんと休んだほうがいいわよ」と気遣ってくれた。
「大丈夫です。ほんと、大したことないんで……」


 ふらふらになりながら晴夏のいるアパートに着いた。1年前大学生になった妹は一人暮らしをしている。あたしの時間が止まっているあいだに、一足先に大人になってしまった。
 前回みたいに留守だったらどうしようと思ったけど、ピンポンを鳴らしたらすぐにドアが開いた。

「お姉ちゃん、待ってたよ。おかえり!!」

 疲れを吹き飛ばすような笑顔で晴夏が言う。あたしは久しぶりに笑った。

「おかえりは変でしょ。ここ、あたしの家じゃないし」
「ああ、そっか」と照れ笑いをする晴夏。
「なんかお姉ちゃん、疲れてない?」
「大丈夫。ちょっと夏バテしただけだから」
「もしかして熱中症じゃない? ほら、こっち来て。まずは水分補給」

 晴夏に促されるまま、帽子をとって荷物を降ろし、ベッドの端に腰かける。それから、コップになみなみと注がれたオレンジジュースを渡してくれた。

「うう……生き返るぅ……」
「大げさだよ。本当はお酒とかも用意してあったんだけど、今はやめておいたほうがよさそうだね」
「すみません……あっ!!」
「どうしたの?」
「プレゼント買ってくるの忘れた」
「なんだ、そんなことか。別にいいよ、来てくれるだけで」

 わが妹ながら、なんていい子なんだ。抱きしめたい。

「だってお姉ちゃんのプレゼントのセンス、よくわからないし」

 前言撤回。そんなふうに思われてたのか。

 ジュースをおかわりしようと座卓に手を伸ばしたら、何枚ものルーズリーフが広げられているのが目に入った。

「宿題やってたの?」
「ああ、これ? 違うよ。小説書いてるんだ。ほら、文芸サークルの」
「へえ。どんな話?」
「お姉ちゃんの話」
「えー?」
「読んでみる?」
「いいの?」
「怒らないって約束するなら」
「何それ。変なこと書いてないでしょうね」
「それは読んでのお楽しみ」

 ふーん。どれどれ。

『スーパーバックパッカー千夏の自転車紀行 in宇宙』

「な、なんだこれ!?」

 タイトルを読んだだけで笑いが止まらなくなってしまった。

「……そんなにおかしいかな?」
「in宇宙って何? 自転車でどうやって行くの」
「いや、もう国内も世界もいろいろ書いちゃったからさあ。次は異世界編も書こうと思ってるんだよね」
「大長編すぎる」
「お姉ちゃんが帰ってこないせいだよ。こんなに長く出かけたっきりなんだもん。そりゃあ想像も膨らむよ」
「はは、ごめんごめん」
「だからさ、本当はどんなことがあったのか、教えてよ」
「えー?」
「でないと、もっととんでも展開になっていくよ、私の小説」
「いいじゃん。もっと書きなよ」
「教えてよー」

 たくさん笑って、元気が出てきた。あたしはまだ頑張れる。もう一度、海の向こうに行く勇気を持てる。
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