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第一章
二人寄り添って
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透の両親は二人とも男で、二人ともオメガだった。どちらもアルファの番がいたけれど、どちらも一方的に番を解消されていた。両親は互いの傷心を慰めるように結ばれて、そして、透が生まれた。
幻想だと笑われることだと自覚もしているが、透には母親の胎内で過ごしていた時からの記憶がある。だから透は、両親が自分の存在を喜ばしいものだと思っていたことをよく知っている。お腹の中にいた時と世界の色がまだよく見えない時に、両親の嬉しそうな声が聞こえてきたから。そんな記憶が確かにあった。
しかし、透が生まれて一年が経つ頃には、両親のヒートも再発して、それからは地獄のような毎日となった。番を解消されたオメガのヒートは酷く重い。そしてまた、精神をも蝕んでゆく。夜泣きが酷かった透はいつも母(自分を産んだ男)から手をあげられるようになっていった。
生まれてから18歳になるまでの記憶を占領していた感情は「痛み」、ただそれだけだった。
「透、ごめんね。おまえを傷つけて。俺たちは親失格だ。ごめん、ごめんね・・・・」
透に暴力を振るうのはいつも母だった。その日は学校から帰ってきて、ランドセルを六畳一間しかない部屋の隅にそっと置いた後、突然母に首根っこを掴まれて押し倒された。自分に馬乗りになった母から頬に平手打ちを食らった。そんな時間が無限に続いているように感じ始めた時に、父が帰ってきた。父は慌てて母から透を引き離し、いつものように謝った。それをぼんやりと聞き流しながら、父の腕の中で眠るのが日課となっていた。狭くなる視界の隅で、窓の外をぼうっと見遣る母の姿を映しながら。
◇◇◇
「透、起きて。」
空気を求めて水面から顔を出すように意識は浮上した。大好きな人の声が聞こえた。
「たかふみ、さん・・・・」
大好きな人の名前を呼んで手を伸ばせば、ぎゅっと抱きしめられた。
「怖い夢、見たのか?」
端正だけど男前な顔が心配そうに自分を見ている。
「ううん。怖くはなかったかな、懐かしい夢。」
「そうか」
「でも、痛かった。」
「どこが痛い?」
「うーん、全身?でも、ここが、一番痛い。」
そう言って左胸をトントン叩いた。
懐かしいものは、いつも痛い。
隆文は「そうか」と小さく呟くと、透の左胸にそっとキスを落として手を置いた。
「これなあに?」
隆文の手をちょんちょん指でつつくと、ふわりと笑われた。
「手当てだよ。」
「手当て?」
「ああ、これで痛くなくなる。」
「ん、たしかに。もう痛くないかも。」
隆文の体温がじんわりと染みて、傷口を塞いでくれている心地がした。
自分がこんなに懐かしい夢を久しぶりに見たのは、昨日隆文の親友である佐伯の家でアオと言うオメガの青年を診たからだと思う。透は、番を解消されてぼろぼろになったアオに、両親の姿を重ねてしまった。正直、アオを見捨てたアルファが許せなかった。そして透自身も、自分の両親を見捨てたアルファたちを許せないでいた。
それで気持ちが荒んでしまった透を、昨夜の隆文は大切に抱いてくれた。透がわんわん声をあげて泣き続けても、隆文は穏やかな声音で「大丈夫だ」と言って背中を撫でてくれた。そして、今朝も手当てをしてくれた。
まだぼんやりしている透を見て、起こすことを諦めたのか、隆文も透の横に寝そべった。そして、寝かしつけるように透の背中をトントンしてくれた。広いベッドが少しだけ賑やかになる。
「今日はお互い休みだし、のんびりしようか。」
「うん」
「今日は朝と昼一緒に食べちゃおうか。」
「うん」
「透」
「なあに?」
「大丈夫だ。」
透はぎゅっと隆文に引っ付いて「あのね」と声を振り絞る。
「僕、お父さんとお母さんが好きだったよ。」
「ああ、知ってるよ。だから透は、ご両親を酷い目に合わせたアルファに怒っているんだろう?」
「・・・・うん」
「透は何も間違っていないよ。自分の気持ちを押し殺してまで、許さなくていいんだ。それに、同じようにご両親が好きだという気持ちもちゃんと持っていていいんだよ。」
両親も被害者なのだ。深く傷ついていたであろう両親を想えば、透に残った気持ちは両親への愛しかなかった。けれども世間は、透を傷つけたオメガの両親を人で無しと叩いた。その乖離が、透を苦しめていた。
けれども、隆文はいつだって、そうして揺らいでしまう自分を受け止めてくれる。
日々、二人寄り添って。
幻想だと笑われることだと自覚もしているが、透には母親の胎内で過ごしていた時からの記憶がある。だから透は、両親が自分の存在を喜ばしいものだと思っていたことをよく知っている。お腹の中にいた時と世界の色がまだよく見えない時に、両親の嬉しそうな声が聞こえてきたから。そんな記憶が確かにあった。
しかし、透が生まれて一年が経つ頃には、両親のヒートも再発して、それからは地獄のような毎日となった。番を解消されたオメガのヒートは酷く重い。そしてまた、精神をも蝕んでゆく。夜泣きが酷かった透はいつも母(自分を産んだ男)から手をあげられるようになっていった。
生まれてから18歳になるまでの記憶を占領していた感情は「痛み」、ただそれだけだった。
「透、ごめんね。おまえを傷つけて。俺たちは親失格だ。ごめん、ごめんね・・・・」
透に暴力を振るうのはいつも母だった。その日は学校から帰ってきて、ランドセルを六畳一間しかない部屋の隅にそっと置いた後、突然母に首根っこを掴まれて押し倒された。自分に馬乗りになった母から頬に平手打ちを食らった。そんな時間が無限に続いているように感じ始めた時に、父が帰ってきた。父は慌てて母から透を引き離し、いつものように謝った。それをぼんやりと聞き流しながら、父の腕の中で眠るのが日課となっていた。狭くなる視界の隅で、窓の外をぼうっと見遣る母の姿を映しながら。
◇◇◇
「透、起きて。」
空気を求めて水面から顔を出すように意識は浮上した。大好きな人の声が聞こえた。
「たかふみ、さん・・・・」
大好きな人の名前を呼んで手を伸ばせば、ぎゅっと抱きしめられた。
「怖い夢、見たのか?」
端正だけど男前な顔が心配そうに自分を見ている。
「ううん。怖くはなかったかな、懐かしい夢。」
「そうか」
「でも、痛かった。」
「どこが痛い?」
「うーん、全身?でも、ここが、一番痛い。」
そう言って左胸をトントン叩いた。
懐かしいものは、いつも痛い。
隆文は「そうか」と小さく呟くと、透の左胸にそっとキスを落として手を置いた。
「これなあに?」
隆文の手をちょんちょん指でつつくと、ふわりと笑われた。
「手当てだよ。」
「手当て?」
「ああ、これで痛くなくなる。」
「ん、たしかに。もう痛くないかも。」
隆文の体温がじんわりと染みて、傷口を塞いでくれている心地がした。
自分がこんなに懐かしい夢を久しぶりに見たのは、昨日隆文の親友である佐伯の家でアオと言うオメガの青年を診たからだと思う。透は、番を解消されてぼろぼろになったアオに、両親の姿を重ねてしまった。正直、アオを見捨てたアルファが許せなかった。そして透自身も、自分の両親を見捨てたアルファたちを許せないでいた。
それで気持ちが荒んでしまった透を、昨夜の隆文は大切に抱いてくれた。透がわんわん声をあげて泣き続けても、隆文は穏やかな声音で「大丈夫だ」と言って背中を撫でてくれた。そして、今朝も手当てをしてくれた。
まだぼんやりしている透を見て、起こすことを諦めたのか、隆文も透の横に寝そべった。そして、寝かしつけるように透の背中をトントンしてくれた。広いベッドが少しだけ賑やかになる。
「今日はお互い休みだし、のんびりしようか。」
「うん」
「今日は朝と昼一緒に食べちゃおうか。」
「うん」
「透」
「なあに?」
「大丈夫だ。」
透はぎゅっと隆文に引っ付いて「あのね」と声を振り絞る。
「僕、お父さんとお母さんが好きだったよ。」
「ああ、知ってるよ。だから透は、ご両親を酷い目に合わせたアルファに怒っているんだろう?」
「・・・・うん」
「透は何も間違っていないよ。自分の気持ちを押し殺してまで、許さなくていいんだ。それに、同じようにご両親が好きだという気持ちもちゃんと持っていていいんだよ。」
両親も被害者なのだ。深く傷ついていたであろう両親を想えば、透に残った気持ちは両親への愛しかなかった。けれども世間は、透を傷つけたオメガの両親を人で無しと叩いた。その乖離が、透を苦しめていた。
けれども、隆文はいつだって、そうして揺らいでしまう自分を受け止めてくれる。
日々、二人寄り添って。
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