戦闘員の日常

和平 心受

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勝敗

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「ギギ……」

 咄嗟に両腕で防御したとは言え猛烈な熱量に曝され、ヘレクレスはほぼ上半身全てのを失っていた。焼け消え、あるいは焦げ残る皮膚の下からは鋼鉄のボディが覗き、しかし無事とはいかなかったようで、穴を穿たれた部分からは定期的なスパークを起こしていた。

 最早完全に人為らざる機械の兵士の姿を晒し、ヘラクレスの動作は鈍い。

「何をしている! 早くそいつを殺せ!」

 何処かに傷を負ったのだろう、鮮血を滴り落とす少女を抱えフレイは柄にも無く喚き散らすばかりで、それはまるで諦めているようであった。

 倒れたフリを止め俺はフレイの元に駆け寄り下から少女を覗き込む。
 目も口も半端に開かれたままで、口元からも吐血の後がある。だが僅かに口元から呼吸が漏れ聞こえるのを確認出来た。
 
 まだ生きている。
『……揚羽、』

 俺は専門家では無い。人がどれくらいで死ぬかなんて解らない。多分、だから、死ぬだろうなとは感じた。それでも、

『付いてきた少女が戦闘に巻き込まれて負傷。大量に出血して意識は無いけれど呼吸がまだあります、急いで戻りましょうっ』

 無駄だとは解っていた。何せ基地に戻るには高速を使っても二時間は掛かる。速度違反を犯しても一時間以上は確実だ。
 だから態と通信した。何かと秘密の多い組織に、あるいは打てる裏の手が無いかと。誰かがそれを教えてくれるんじゃないかと、淡い期待を抱いて。

『……何にしても撤収だな。標的は片付いた、すぐ合流するから。
 トラックは無事か?』

『無事です』

 俺達が足に使ったトラックはSAの一番外側の道路に乗り捨てるように置き去りのままで、此処からでもその姿は確認出来た。

『ん、そこで合流だ。俺は荷台に乗るから、お前運転する心の準備だけしておけ』

『……え?』

『運転出来るのはお前だけだ。聞いてる限りだとヘラクレスも大分ダメージ食らってるだろ』

 揚羽の予測は正しい。全身にダメージを負い、首もひしゃげて、何故動けているのかがむしろ不思議である。

 振り返り見たヘラクレスは自ら己の頭部を掴み回し、首の方向を無理やり戻した。
 同じく肩で息を付き満身創痍のブレイブジャッジと相対し、重い動作、大きな一歩を踏み出す。

「……」
 ジャッジが右手の銃をヘラクレスへと構える。

『フレイ! 急いで撤収しましょう! 急げば助かるかもしれません!』

 この場に居てはまた巻き込まれる。危機感を覚えてフレイに訴える。

「……助かるものか」

 作り物の顔の下が、どんな表情をしているのかが非常に気になる程、その声は憔悴しきっていた。
 これではどちらが依存していたのか解らない程だ。

 何にせよ、ここでうだっていても巻き込まれるだけだ。ヘラクレスにあれほどのダメージを追わせる威力に巻き込まれ、俺が無事である保障もない。

『基地まで持てば可能性があるでしょう!? 俺みたくすれば良い!』

 半ばヤケクソで放った一言だった。
 正直言えば考えないようにしていた、俺の人生に止めを刺した出来事。

『半怪人なら、あるいは俺みたく生きられるんでしょう!?』

 戦闘員としてバイト感覚で参加していた日々。とある作戦の折、想定を越えた事態に瀕死の重症を負い、俺は半怪人として一命を取り留めた。
 二度と病院にかかれない、異質な身体でありながら、しかし俺は俺という自我を残したまま今も生きている。

 人間としては死んだ。だが俺としては生きている。
 組織の中でしか生きられなくなった、だが少女はどのみちそうだ。

「……くそっ」

 何に対する悪態なのか、フレイは忌々しげに呟き踵を返した。

「そいつは殺せ! 絶対だ!」

「ワがッテイル! 許ずがよおぉ!」

 壊れた機械のようにブツリブツリとノイズの混ざる声。

 ジャッジの銃を弾き飛ばし、ヘルメットを鷲掴む。そのまま軽々しく掲げ、地面に打ち付けた。何度も。何度も。

「……行くぞ」

 背後に幾度も響く強烈な打撃音を聞き、俺はフレイの後に続いた。

 これからが、俺にとっての正念場となる。不安に高鳴る心臓の鼓動が、耳に響いて取れなかった。



『……さて、これで持つかだ』

 結果から言えばトラックの発進は俺が恐れていた程の難易度ではなく、教習所で運転したMT車よりも繋がりやすいクラッチに面食らった程であった。
 発進の時だけ数度エンストを起こし揚羽に罵倒をくらいはしたが、走り出してからは好調そのもので、高速というノンストップ環境は無駄なギアチェンジが必要なく有り難い。

 一度インターを降り、現在は帰路を真っ直ぐ走る。親切な事にこのトラックにはETCもナビも備わっており、不慣れな土地での運転ではあるが何とかこなせていた。

『言っても俺の腕のコイツは医療用じゃないから、応急処置程度だ』

 揚羽が運転を俺に任せた理由がそれだった。
 揚羽の左腕は変幻自在に兵器へと姿を変えるナノマシン群体の義手である。ある程度は応用が効き、現在ナノマシンによって少女の傷口は仮に塞がれているという。

『兎に角出血だな。ショック症状も怖いトコだが』

 揚羽に遅れて場に合流したヘラクレスは現在荷台でスリープモードに入っている。
 そのヘラクレスによって、恐らくブレイブ・ジャッジは葬られたのだろう。今のところ追手の姿は確認出来ていない。

 とは言え撤収の時には既にSAには消防も救急も駆けつけていた。無論そこに警察が遅れている道理は無いだろう。まだまだ事態は予断を許さない状況であった。

「そう言えば」

 運転席に座るという事で、俺はマスクを外している。首から下は戦闘員スーツのままだったが、外套と言う事で悪目立ちする事はないだろう。

「ヒーロに勝ったの始めてだな……」

 勝利と呼んでいいのか、ほとほと疑問の残るものであった。俺たち日本支部の意にそぐわぬ形でもある。

 ボロボロで満身創痍。予期せぬ被害に戦意も朽ち果てている。

 だが何故だろう、少しだけ、興奮冷めやらぬ自分が居た。
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