戦闘員の日常

和平 心受

文字の大きさ
17 / 38

抵抗

しおりを挟む

 ――ただ暴れるだけ。

 簡単な話だった。いつもの様に解き放たれた怪人に先立ち人を蹴散らし、かつ自分たちは怪人の視界からは逃げる。襲われない様に。

 眠りから放たれ目覚めた怪人は凡そが破壊衝動に従うだけの暴力だ。人でもなく、かといって変異元となった獣とも違う。人の様に快楽的欲求を持つ訳でもなく、かといって原始的欲求があるのでもなく。

「ビィイイイイイッ」

 侵入した部署の一つ。杖を振り回し卓上を薙ぎ払い、突いてパソコンのディスプレイを破壊する。僅かに抵抗を試みる者には電圧を与え、即座に興味を失った体で離れれば救出されていく。
 問題は兎角人数が多い事と、室内である点だった。

 展開し三階に上がった時点で既に俺は飽きがきていた。暴れ、逃す一連の繰り返しがゲシュタルト崩壊をおこしかけている。
 三箇所有る階段の東から現在怪人は追ってきており、先行する俺と揚羽は反対方向へと進行中だ。たまに起こるアクシデントも逃げる社員が転んだとかその程度で、こちらも必死こいて追いかける事もないので程なく救助される。

「ウオオオオオオオオオオン!」

 昇ってきた怪人が三階に到着したようだ。遠吠えは近かった。

 今回の実験に投入された怪人は犬を模した姿をしている。さしずめ人狼だ。以前も創られた型で、単純な攻撃力は劣るものの機動力に特色が見られたタイプである。原型となった犬は知性の高い種族だ。攻撃方法も特徴は群れでの行動にある。

 せめてこれが犬程にでも知性を持った存在であるなら、主従関係を刻み込むことで行動の支配が可能となり、俺たちが茶番に精を出す必要もなくなるのであるが現実そうもいかない。

 通路に響く破壊音。コンクリ壁を砕き、消火栓設備を破壊する。食す為の行動ではなく、ただの破壊。手当たり次第だ。

『粗方追い払えたかな。そっちはどうだ?』

『頑張ってます』

『今の所順調だね。社員たちは順調に避難していっている』

 フレイと追加の戦闘員五名は建物からやや距離を取って待機中だ。フレイの技で操られ動く五名は、この限定された空間内ではひょんな事から怪人の標的になりかねない。敵味方の識別がない怪人のサポートに彼らを用いるには状況は限定されるのだ。

 例えば、混戦であるとか。

 遅まきながら非常ベルが鳴り響く。これで多少は追い散らすのも楽になるだろう。それでも万が一を考えると、一部屋一部屋を確認して回らねばならぬ事には違いはないのだが。

『恨みを買ってるハゲは?』

『確認出来ていない』

 今回の目標は建物の破壊と特定の人物への報復代行。恐らくパワハラか何かで恨まれているのだろう、会社での立ち位置も中途半端な部長職をボコって完了だ。

 問題はいつも通り、撤収時のみかと思われた。

「ゴホッ」

 端の部署の事だった。既に連鎖的に避難が始まって室内には殆ど人が残って居ない。そこでは四名程の人間が避難し遅れており、咳をしたのはその内の一人、ノートパソコンを大事そうに抱いていた若い男であった。

「ビィィ」

 遠目にも、男がマスクを着けているのが解った。
 風邪を引いてまで出社、御苦労様です。
 思いながらデスクの上を杖で払い退ける。

 怪人は既に三階を進行中であり、視界に入れば最後、犬の脚部構造とリミットの外れた怪人の脚力であっというまに補足され引き裂かれる事だろう。一刻も早く追い出す必要があった。

 適当に周囲を打払いながら連中に詰めていき、室内から追い出す。そうしたら追って廊下へ、怪人の状況を確認する。怪人が襲ってきた場合は身を張ってそれを妨害しなければならない。

『こっち側終了』

『おう、先に上行ってるぜ』

 階下では今しがた逃した連中のものだろう足音が確認出来た。三階はこれでクリアだ。気になるのは標的の部長なる人物の行方だ。第三営業室というからにはそれほど重要な部署とは考えにくい。外回りに出る仕事である事からも、下手に上階に部署を構えるとも思えない。だとすると知らず、当該部署を通り過ぎてしまっている可能性も考えられる。

『フレイ、今のところ標的は発見出来ません』

『いや、居たね。補足した。アイツはこっちでやっておこう』

『あちゃ、見逃してたか』

『まぁ、君たちは引き続き侵攻していってくれ』

 気を抜いた訳ではなかったが、旨いこと標的を外に逃がしてしまっていたらしい。トイレにでも隠れていたのか、それとも我先に逃げ出したのか、兎に角となれば後の行動は至極単純なものとなるだろう。

「ゴフッ」

 三階へ登る階段に足をかけた時だった。

「ゴフゥ! ガァッフ! ガフッガフッガフッ!」

 怪人の鳴き声が明らかな異常を示していた。

『フレイ、何かコイツおかしな鳴き方をしてます』

『……おかしな?』

『短く、そう、咽る感じです』

 意を決して通路を覗き込む。人狼の怪人は上半身を振り、繰り返し、そう咳き込んでいる。

『咳き込んでますね』

 見たまま感じたままに伝える。人間に近くなった前足で鼻っ面の上面を抱えるように抑え、吐き出すように唸る。
 かつて実家で飼っていた犬もあんな感じだった気がする。もう結構昔の事で朧げではあるが、風邪のように見えた。

『ふむ。……解った。とりあえずもう暫く様子見だ』

『解りました』

 

 










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

処理中です...