まれぼし菓子店

夕雪えい

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詰め合わせマカロン

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 週末のティータイムにはまれぼし菓子店を訪れるのが、最近のわたしの習慣だ。
 あんまり習慣といえるものがなかったわたしだから、ちょっと新鮮な気持ちになる。
 とはいえ、たっぷり甘いものを食べるわけだから、運動の習慣もつけないとまずい気がするけど……。ホットヨガにでも通おうかしらん。

 今日はあいにくの小雨の日。店の中はピークタイムをすぎて落ち着いている。ある人は星原店長の淹れる香り高いコーヒーを楽しみながら読書をし、ある人はうぐいす餅とほうじ茶のセットを楽しんでいる。一人でも二人でも、皆リラックスした過ごし方をしている。
 店長はショーケースの前で雑務。
 わたしは、今日はフィナンシェと紅茶を食べている。フィナンシェはさくふわ。バターの香りが香ばしくて、まったく重くなく、いくらでも食べられてしまいそう。紅茶も今度は以前と違う茶葉にしてもらっている。楽しくおいしい。
 気づけば、わたしもこの店でリラックスする客の一人というわけだ。お客さんの作り出す空気込みでこの店のことが気に入ってしまった。木目調の小さなソファに深く腰掛けながら、背伸びする。

 静寂。

 ――が、その時不意に破られた。

 バン!
 と音を立てて、バックヤードの扉が開いたのだ。全員の視線がそっちに釘付けになった。
 出てきたのは、背が高くて強面な感じの……正直ちょっと近寄り難い雰囲気の男の人だった。パティシエさんだろうか。
 店内の固まった空気に少し申し訳なさそうな気配を帯びるけど、険しい顔もそのまま店から走って出てってしまう。

 木森くんだ……木森くんだ……とまわりの常連さんがざわついている。
「木森!」 
 星原さんも慌てて彼の名前を呼ぶ、も、返事はなく。すぐにカフェスペースのほうに彼女が謝罪にくる。
「申し訳ございません……お騒がせ致しまして」
「いいよいいよ。彼にゃよくあることだし、ははは」
「木森くんがいい子なのは知ってるから」
「ありがとうございます。申し訳ございません」
 どうもあの長身のちょっと怖い彼の名前は木森というらしい。たぶん、どうやら本当はそんなに怖くも悪くもないらしい、ということもわかった。
 ……情緒不安定なのだろうか。

「ごめんなさいね、騒がしくして」
 星原さんは紅茶のお代わりを持ってわたしの席にも回ってきてくれた。
「いえいえ、全然ですよ」
 どうもまれにあることのようで、今回も何か悩んでいるのではないか、ということだった。真面目だけど激しい人だなあという感想を抱く。
 店から帰る時に、星原さんはお詫びにとマカロン三個の詰め合わせをくれた。
「木森はうちのパティシエなの。大体、いつもは帰ってきて皆さんに謝るんですけど……。今日は長いな。本当に申し訳ございません」
 結局わたしが店を出る時になっても、木森さんはかえってこなかったのだ。
「大丈夫です。木森さん、ちょっと心配ですね」
「そうですね……。何を悩んでるのかなあ」

 雨は昼間より少し強くなっていた。

 店を出てどのくらい歩いたろうか。ぼーっと歩いていたわたしは、ぼーっと立ち尽くしていたらしい大きな人にぶつかっていた。
「わわわ、すみません!」
「あ……こっちこそ。すんません……」
 木森さんだ。何となく覇気がない顔と声で、見下ろしてくる。雨なのに傘もさしていない。
「木森さんですよね?」
「ああ……ええと……お客さんだった? まれぼしの」
 顔は覚えてくれていたらしい。なので、わたしは畳み掛けるように告げた。
「そうです。とりあえずこのままじゃ風邪ひいちゃいますから、あ、そこのチェーンのコーヒー屋に入っちゃいましょう」
「あっ、ちょっと……」
 有無を言わさず彼の袖を引いて、チェーン店へ入り、ホットコーヒーを二つ頼む。
 奥まった席を選ぶと、彼を座らせて私も座り、コーヒーを渡した。

 冷静になった今気づいたのだが、わたしはこれからどうする気だったんだろう。説教でもするつもりだったのか? いやいや、ノープランだ……なお悪い!
 思わず見かねて喫茶店に連れ込んでしまったものの、まだほとんど会ったことすらない男の人と向かいあわせ。彼はかなり厳しく怖そうだし年上みたいだし……という状況。
 ……。
 ……。……。
 ちょーっと失敗したかなーなんて……。

「あの、あんた」
 向こうから口を開いてくれたので、正直ほっとした。
「さっきからすごい百面相してるけど、大丈夫か……?」
 コーヒー吹くところだった。なんでわたしが心配されてるのだ。
「わたしが心配してるがわですよ? 木森さん」
「お、おう……」
 頭をかいたり慌てたりと仕草を見ていると、割りと幼い印象になる。きいてみると、見た目に反して木森さんはわたしとほとんど同じくらいの歳だった。

 本筋に戻る。ずばり、尋ねてみた。
「木森さんの今回の悩み事はなんなんですか?」
 再び渋い顔になった木森さんは、無骨な両手で持ったカップのコーヒーを一口すする。
「マカロン」
「マカロン?」
 お土産に貰ったものを思い出して小さなビニールの袋に自然目がいく。彼の目もそれを追った。
「マカロンの出来がうまくないんだ」
 そうして、深い深いため息をついた。
 コーヒーの湯気を見つめながら、木森さんは言葉を継いでいく。
「マカロンは星原さんの好物なんだ。しかし、これだけ一度もおいしいといってもらったことがない」
「星原さんてそんな意地悪そうな人には見えないけど……」
「当たり前だ。だから、これならお店に出して大丈夫。とかそういう表現でだな」
「だよね。星原さん言いたいことあったらはっきりいいそうだし」
「他の菓子では、『うん、おいしい』っていってもらってる。マカロンだけなんだ。それが気になる」
「お店には出せるレベルなんでしょ。じゃ、大好物だからちょっと見る目が厳しくなってるのかな……」
「かもしれない」
 木森さんもマカロンに対しては苦手意識こそないが、得意という感じもないらしい。だからずっと思い悩んでいたそうで、今日ついにそれが噴出したらしい。
 ちなみに手嶌さんからもらった名前は〝変幻自在の色とりどり〟マカロンだという。
 色とりどりはともかく変幻自在ってなんだろう?

 少し長めの沈黙が流れる。
 不意に影がさす。木森さんが立ち上がっていた。
「悪かったな、ありがとう。厨房で続きをやる。コーヒー代は……」
 慌ててる。彼は無一文で出てきたらしい。
「そんなの私のおごりでいいですよ」
 そういうわけにはと押し問答になったので、一つ要求をすることにした。
「じゃあ、わたしにマカロンの味見させてくださいよ」
「そんなことでいいのか?」
「だって、頂いたマカロンとってもおいしそうでしたもん。明日も休みですしね」
 ならば、と。そういうことになった。


 お菓子屋さんの厨房に入れてもらうのは初めてだった。といっても、邪魔になってはいけないので隅にある、木森さんの勉強スペースとなっている机と椅子を居場所にする。
 木森さんがメレンゲを立てている脇で、さきほどもらったマカロンを食べる。
 うん、美味しいと思う。スタンダードというか、ちゃんと基本に忠実でそれが良い。それでふと思ったのだが……。

「どうだ?」
「木森さん、もう少し肩の力を抜いて作ってもいいんじゃないですか? マカロンって、楽しい感じじゃないですか」
「楽しいマカロンか……」
「なんか無責任にすみません」
「いや、いい、そういうのが助かる」
 その言葉にというより、わたしの顔を見て、彼はなにか得てくれたらしい。結局マカロン作りは一晩中続くことになった。わたしは……正直帰るタイミングを逃しただけなんだけど、この際朝まで付き合うことにして隅っこでレシピ本などを読んでいた。
 しかしいつの間にか睡魔がよってきていたらしい。
 マカロンを作っている台のほうに机の引き出しから小人たちが歩いていくのが見えたのだ。
(童話みたいだな……? ん? 小人?)
 木森さんは気づいていない。しかし寝落ち寸前の意識はそんな出来事を伝えることも、確認することなどもなく、ぷっつり途切れたのであった。

 朝。
 朝日と肌寒さにふと目が覚めると、私も木森さんも机と作業台に突っ伏して寝ていた。
 いつの間にか雨は病んでいたようで、外から差し込む光が眩しい。
「木森さーん」
 彼を起こしに作業台までいったわたしは奇妙なものを見つける。いつのまにかくまの形のマカロンやうさぎの形のマカロン……などなど可愛らしいものができている。 
 起き上がった木森さんにも覚えはないものまであるらしくて、不思議がっていた。
 前からこうしたことはたまにあるようだ。私は昨日夢うつつに見た小人たちのことを思い出したが、話がややこしくなりそうなので、ひとまず胸の内にしまっておくことにした。
「さて……ともあれ、なんとか完成した」
「あとは星原さんですね!」
「おう」
 お皿を持つ木森さんの手は、緊張からか少しだけ震えていた。



「星原、食ってみてくれ」
「どうどう、木森、そんな鼻息荒く近づかなくても食べるから」
「……」
 ジリジリ近づく木森さんに星原さんも私も苦笑である。この人は本当にお菓子に一生懸命なのだ。
 わたしも一緒にいただきます。

 お皿に乗っているのは三つのマカロンだ。ひとつはスタンダードなバニラ味、バニーユ。もうひとつは、強面の木森さんからは想像つきにくいくまちゃんの形のマカロン、ショコラ。もうひとつは、アイシングで虹模様を描いた綺麗なマカロン。
「ん、おいしい」
 初めにそう言ったのは星原さんだった。わたしもひとつを口にいれてみて、うんうんと何度もうなずく。間違いなく美味しい。  
 星原さんは木森さんと専門的な部分の話をしているが、わたしはわたしでこの味そのものを楽しんでいた。
 サフっとした歯ごたえからもっちりとした歯ごたえへの推移。口いっぱいに広がるバニラの香りが好ましい。挟まれたクリームの力によって小さなマカロン一つなのに、ケーキに匹敵する存在感をかもしてくる。
 くまのマカロンは形も可愛い。食べてしまうのがもったいないくらい。中に入っているのはガナッシュで、濃厚な甘味を口の中に送り込んでくれる。もったいないといいつつ、ぺろりと食べてしまった。
 最後は虹のマカロン。中に何か果物のコンフィチュールが入ってるようなのだが、
「それは、秘密だ」
 木森さんが得意げに笑っていた。このマカロン、わたしはいままでにどこでも食べたことがない味だと感じた。そしていっとう気に入ってしまったのだった。さふ、ねち、さふ、さふ、もち。ああ、なくなってしまう。
 納得顔の星原さんが笑っている。
「木森、おいしいわ。〝変幻自在の色とりどり〟うまくできてる」
 木森さんは――照れくさそうに鼻の頭をかいていた。


 こうしてわたしとまれぼし菓子店三人目の店員さんのちょっと激しい出会いは終わった。
 なお帰りにはマカロン六個入りの箱をお土産にもらいました。
 ほぼ徹夜はちょっとつらかったけど、朝のマカロンは本当に美味しくて、長めの不思議な一日を追体験した気持ちになった。

 おみやげのマカロンの詰め合わせの箱の中でも、可愛いくまがわらっている。
 きみたちは、そう、素敵なお夜食になる予定。
 わたしもくまと同じく、いい笑顔をしていることだろう。
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