まれぼし菓子店

夕雪えい

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どらやき論争

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「つぶあん!」
「いや、こしあんっス」
「つぶあんだよ」
「いや、こしあんっス」
 どちらもいっぽも引かない睨み合い。
 喧嘩って訳じゃない。でもこれは真剣な、いわゆる論争!
「つぶあんだよ~!」
「こしあんっスよ」
 つぶあんとこしあん、あんこ、どちら派か?という話である。
 わたしと木森さん、二人の間で一歩も譲らぬ激論が交わされている。
 この両派の溝はなかなかに深いのだ。

 ことのはじまりはふたつのどら焼きだった。
 手嶌さんが焼き上げて、店頭に並べているどら焼きは何故か2種類あったのだ。なんだろうと思って見ていると、
「これはこしあんのどら焼きと、つぶあんのどら焼きなんですよ」
 という。
「やったー! じゃあつぶあんのどら焼きと煎茶をお願いします」
 あんこは断然つぶあん派のわたしは、その配慮にちょっと感動しながら、今日のイートインにつぶあんのどら焼きを注文することにした。

 そこにやってきたのが木森さんだ。休憩時間らしく、おやつを求めに来たらしい。手嶌さんの並べたどら焼きを一瞥したあとこう言ったのだ。
「やっぱりあんこはこしあんだよな。こしあんのどら焼き一つ、くれ」

 その時の手嶌さんの「あっ」という顔はなかなか忘れられない。
 そしてそこから二人の間であんこ議論が始まったのだった。

「つぶあんの、しっかり豆の食感がある所が、あんこ食べてる! って感じでいいんじゃないですか!」
「こしあんの、滑らかさがあんこと他の部分をマッチさせるのがいいんだろ」
「まあまあ二人とも……」
「手嶌さんはどっちなんですか!」
「手嶌はこしあん派だよな?」
 矛先が向いた手嶌さんは、苦笑しながら頭をかく。
 少し時間を置いてこう言った。
「僕は両方好きですよ」
「両方~?」
 それで納得しないふたりを前に、さらに言葉を続ける。
「どっちにもどっちの良さがあるじゃないですか。気分によっても変わる。だから両方作ってるんです。」
 だから、と噛みつきそうな顔を(恐らく)しているわたしと木森さんをなだめて席を勧める。

「半分ずつにしてみました」
 半分に切られた2種類のどら焼きと、煎茶が、2人がけの席に置かれる。
 わたしたちはしぶしぶと席にかけて、手嶌さんの話の続きを待つ。
「ぜひ食べ比べてみてください。僕の言ったことが分かると思いますから。」
「手嶌さんがそう言うなら……」
「そうだな、そこまで用意してくれたなら」
 木森さんとわたしは顔を見合せ、どちらともなく手を合わせて食前の挨拶をする。
『いただきます』

 まずはわたしの大好きなつぶあんのどら焼きからだ。
 あんこ議論に夢中になってしまっていたが、どらやきの魅力はなんと言っても皮にもあると思う。
「んー! このきつね色の皮のおいしさったら!」
「手嶌の仕事は丁寧だからなあ」 
 何でか木森さんが喜んでいる。手嶌さんはというと、少し照れた顔でありがとうと言った。
 こんがりとしたきつね色のどら焼きの皮は、軽すぎず重すぎない。この香ばしさは食べる度に嬉しくなってしまう。この皮あってのどら焼きというのは間違いない。

 そして問題のあんこである。きつね色の皮に挟まれたつぶあん。あずきの形が少し残っていて、食べました! って満足出来る感じがする。その歯ごたえと食感が好きなのだ。手嶌さんの作ったどらやきのあんこは甘すぎず、皮に馴染んでちょうどよい。一口二口食べて煎茶をすする。その繰り返し、ああ、最高!
「……つぶあんも悪くない」
「良いでしょう」
 木森さんが頷くのに、わたしは多分ドヤ顔をしていたと思う。
 二人してあっという間につぶあんのどら焼き半分を食べ終わっていた。

 今度はこしあんの方である。皮との相性はそのままに、こちらはとても滑らかな舌触り。いくらでも食べれてしまう気がする。なるほどこの滑らかさが魅力なんだ。するりと口の中に滑り込み、あんこそのものの味を口いっぱいに滑らかに広げていく。
 う、これはこしあんも捨て難い……!
 というわたしの表情を見ていたのか、向かいの席で木森さんがニヤニヤしている。
「こしあんも悪くないですね……!」
「そうだろ?」
 こちらもやはりあっという間に食べ終わり、締めの濃いめの煎茶が美味しい……。

「いかがでした?〝双子の美味の〟どらやき」
 手嶌さんがしれっと尋ねてくる。
 こんなに美味しい思いをしたのは、他ならぬこの人のお菓子作りの腕によるものなのだ。どちらにも自信があるからこそ、両方作ってお店に出してるに違いない。だから手嶌さんにしてみたら、どらやきについてる名前の通り、答えは最初からわかっていたのだろう。
「どっちもうまい。相変わらず良い腕だ」
 と、率直な木森さん。
「どっちも美味しかったです。こんなに美味しいこしあんってあんまり食べたことないかも……」
 わたしも素直なところを述べる。

「そうでしょう。ですから、二人とも仲良く……」
「でも俺はこしあん派だな、やっぱり。つぶあんも悪くはないけどな」
「わたしはつぶあん派ですね。こしあんも美味しかったけど」
「……やれやれ」

 呆れ顔で手嶌さんが笑っている。
 どらやき論争、結局決着はつきそうにない。
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