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30.エリーゼのパーティ
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「ようこそ、お越しくださいました。今日のパーティは、我が領が友好関係にある、タマロ王国流です。お楽しみください」
私は、エリーゼの主催するパーティに来ていた。主賓の王太子ーーオーウェンとミア、そして私は、ブランドン侯爵家のホールの、奥まったところへ集まっている。エリーゼが招いたのは同世代の者ばかりのようで、どこを見ても若い貴族の姿がある。
会場は立食形式で、それぞれのテーブルに、見慣れない料理が載っている。これがタマロ王国流の料理なのだろう。料理は見慣れないが、香りは良く、食欲をそそる。
「あら、美味しいわ、これ」
「珍しい味付けね。私、好きかも」
取り分けてもらった食事を口にし、互いに好意的な感想を述べる。タマロ王国の料理は、独特な香辛料を使っていて、何とも言えない香りが鼻を突き抜ける。癖があるが、好きな人はたまらないだろうな、という味だ。
「ふむ……たしかに、新鮮な味わいだな」
オーウェンの感想だけ遅いのは、彼は専用の毒見役が確認した後で、食べ物を口にするからだ。現在、彼の次期国王としての地位は揺るがないものである。それでも、というかだからこそ、王太子という立場は、気を抜けないらしい。
「タマロ王国は、薬に長けているのだと思っていたが。食事も、独特の文化があるのだな。……うむ、美味い」
フォークで持ち上げたひとくち分の食事を、その黒い目でまじまじと観察し、口に含む。じっくりと咀嚼する姿が、それだけで様になるのがオーウェンだ。オーウェンは黒髪黒目。紫の髪と目で王似のベイルに対し、王妃の血がその容姿に色濃く出ている。振る舞いにも、話し方にも品がある。どこに出しても恥ずかしくない、我が国の王太子だ。
残念ながら容姿に関してだけは、ベイルの方が優れていることは認めざるを得ない。どうやらオーウェンは攻略対象ではないようで、その容姿も現実的なものに留まっていた。無論、王家の血を引いているだけあって、整った容姿をしてはいる。現実離れした外見の、ベイルが段違いなのだ。
ただし、容姿を除いた全ての部分において、オーウェンの方が優れていると私は思う。幼い頃から次期国王としての自覚を持ち、よそ見をせずに勉学や鍛錬に励んできたオーウェンは、よそ見ばかりしていたベイルとは違う。ベイルは学園の勉強はできたけれど、恋愛にかまけ、オーウェンのように豊かな精神性を育むことはできなかった。
「ねえ、キャサリン、こんなところに来て大丈夫だったの?」
そう話しかけてくるミアと並ぶと、まさに美男美女。目の保養になる。私の表情を伺うように、上目遣いになるミア。そういう目つきをすると、睫毛の長さが強調され、男性がぐっとくる気持ちがよくわかる。
「大丈夫よ。お父様も言っていたの。オルコット家と、ベイル様とはもう無関係だから、気にしていないのよ」
父に言われたことを、そのまま伝える。きっと、自分の中で完全に腑に落ちていないからだろう。予め考えていた言い訳のように、淡々と喋ってしまった。自分でも今の言い方は感情がこもっていなくて、嘘臭かったな、と反省した。
「弟については、……済まなかったな、心労をかけて」
案の定その不本意さが伝わったようで、オーウェンに改めて謝られる。
「お気になさらず、あの一件に、殿下は何も関与していないではありませんか」
「そうだが……」
もし婚約が破棄されなければ、オルコットは、私の義兄になっていた人。現在も、親友のミアの素晴らしい婚約者である。彼を、恨もうとは思わない。
「でも、ベイル様やエリーゼを見ていると、嫌な気持ちになるでしょう? こんな場に、来なくても良かったのに」
こんな場、とは、これだけ美味しいタマロ王国の料理をたっぷり用意したエリーゼに向かって、あんまりな言い草だ。でも、ミアの言う通り。ベイルやエリーゼを見ていると、無かったものにされているヒロインのアレクシアが思い浮かんで、もやもやする。エリーゼの振る舞いも、鼻に付く。ミアが予想している理由とは違うが、嫌な気持ちになるのは確かだ。
ミアも同じかもしれない。婚約破棄された挙句、エリーゼに蔑ろにされている私を見るのは、もやもやするだろう。ミア自身も、エリーゼに既に義理の家族のような顔をされて、納得いかない部分があるはずだ。
「前、陛下が体調を悪くされた時、ミアは大変だったのに私は何にも知らなくて、怒られちゃったでしょ?」
「そうだったわね」
「今も、ミアはこういうパーティに身内として呼ばれて、ちょっと気苦労があるんじゃないかなって思うの。だから今度は、近くにいようと思って、参加したのよ」
「そうなのね。ありがとう、キャサリン……!」
ミアが両手を広げる。学園時代ならそのまま、がばっと抱きついてきただろう。今日はお互いドレスアップしていて、衣装が崩れてしまうから、やたらと抱き合うわけにはいかない。ミアは大人しく手を下げ、代わりに「嬉しいわ」と言った。
「キャサリンは優しいわね」
「なんだか……以前より、表情が柔らかくなったな」
ミアと私のやりとりを見ていたオーウェンが、そう呟く。ゲームから解放されたことが、顔つきも変えているのだろうか。自覚していなかったけれど、多少柔和な表情になったのなら、その方が良い。悪役っぽい顔立ちが、緩和されるはずだ。
「言われてみれば、キャサリンは前より、伸びやかに笑っているかも」
「本当にそう思ってる?」
「どうして私の言うことは、疑うのよ!」
わざとからかう私と、怒ったふりをするミア。そのやりとりを見たオーウェンが笑い、私達も我慢できずに声を上げて笑う。
ああ、この感じ、懐かしい。こうして3人で過ごす空間は、居心地良く、幸せなものだった。
私は、エリーゼの主催するパーティに来ていた。主賓の王太子ーーオーウェンとミア、そして私は、ブランドン侯爵家のホールの、奥まったところへ集まっている。エリーゼが招いたのは同世代の者ばかりのようで、どこを見ても若い貴族の姿がある。
会場は立食形式で、それぞれのテーブルに、見慣れない料理が載っている。これがタマロ王国流の料理なのだろう。料理は見慣れないが、香りは良く、食欲をそそる。
「あら、美味しいわ、これ」
「珍しい味付けね。私、好きかも」
取り分けてもらった食事を口にし、互いに好意的な感想を述べる。タマロ王国の料理は、独特な香辛料を使っていて、何とも言えない香りが鼻を突き抜ける。癖があるが、好きな人はたまらないだろうな、という味だ。
「ふむ……たしかに、新鮮な味わいだな」
オーウェンの感想だけ遅いのは、彼は専用の毒見役が確認した後で、食べ物を口にするからだ。現在、彼の次期国王としての地位は揺るがないものである。それでも、というかだからこそ、王太子という立場は、気を抜けないらしい。
「タマロ王国は、薬に長けているのだと思っていたが。食事も、独特の文化があるのだな。……うむ、美味い」
フォークで持ち上げたひとくち分の食事を、その黒い目でまじまじと観察し、口に含む。じっくりと咀嚼する姿が、それだけで様になるのがオーウェンだ。オーウェンは黒髪黒目。紫の髪と目で王似のベイルに対し、王妃の血がその容姿に色濃く出ている。振る舞いにも、話し方にも品がある。どこに出しても恥ずかしくない、我が国の王太子だ。
残念ながら容姿に関してだけは、ベイルの方が優れていることは認めざるを得ない。どうやらオーウェンは攻略対象ではないようで、その容姿も現実的なものに留まっていた。無論、王家の血を引いているだけあって、整った容姿をしてはいる。現実離れした外見の、ベイルが段違いなのだ。
ただし、容姿を除いた全ての部分において、オーウェンの方が優れていると私は思う。幼い頃から次期国王としての自覚を持ち、よそ見をせずに勉学や鍛錬に励んできたオーウェンは、よそ見ばかりしていたベイルとは違う。ベイルは学園の勉強はできたけれど、恋愛にかまけ、オーウェンのように豊かな精神性を育むことはできなかった。
「ねえ、キャサリン、こんなところに来て大丈夫だったの?」
そう話しかけてくるミアと並ぶと、まさに美男美女。目の保養になる。私の表情を伺うように、上目遣いになるミア。そういう目つきをすると、睫毛の長さが強調され、男性がぐっとくる気持ちがよくわかる。
「大丈夫よ。お父様も言っていたの。オルコット家と、ベイル様とはもう無関係だから、気にしていないのよ」
父に言われたことを、そのまま伝える。きっと、自分の中で完全に腑に落ちていないからだろう。予め考えていた言い訳のように、淡々と喋ってしまった。自分でも今の言い方は感情がこもっていなくて、嘘臭かったな、と反省した。
「弟については、……済まなかったな、心労をかけて」
案の定その不本意さが伝わったようで、オーウェンに改めて謝られる。
「お気になさらず、あの一件に、殿下は何も関与していないではありませんか」
「そうだが……」
もし婚約が破棄されなければ、オルコットは、私の義兄になっていた人。現在も、親友のミアの素晴らしい婚約者である。彼を、恨もうとは思わない。
「でも、ベイル様やエリーゼを見ていると、嫌な気持ちになるでしょう? こんな場に、来なくても良かったのに」
こんな場、とは、これだけ美味しいタマロ王国の料理をたっぷり用意したエリーゼに向かって、あんまりな言い草だ。でも、ミアの言う通り。ベイルやエリーゼを見ていると、無かったものにされているヒロインのアレクシアが思い浮かんで、もやもやする。エリーゼの振る舞いも、鼻に付く。ミアが予想している理由とは違うが、嫌な気持ちになるのは確かだ。
ミアも同じかもしれない。婚約破棄された挙句、エリーゼに蔑ろにされている私を見るのは、もやもやするだろう。ミア自身も、エリーゼに既に義理の家族のような顔をされて、納得いかない部分があるはずだ。
「前、陛下が体調を悪くされた時、ミアは大変だったのに私は何にも知らなくて、怒られちゃったでしょ?」
「そうだったわね」
「今も、ミアはこういうパーティに身内として呼ばれて、ちょっと気苦労があるんじゃないかなって思うの。だから今度は、近くにいようと思って、参加したのよ」
「そうなのね。ありがとう、キャサリン……!」
ミアが両手を広げる。学園時代ならそのまま、がばっと抱きついてきただろう。今日はお互いドレスアップしていて、衣装が崩れてしまうから、やたらと抱き合うわけにはいかない。ミアは大人しく手を下げ、代わりに「嬉しいわ」と言った。
「キャサリンは優しいわね」
「なんだか……以前より、表情が柔らかくなったな」
ミアと私のやりとりを見ていたオーウェンが、そう呟く。ゲームから解放されたことが、顔つきも変えているのだろうか。自覚していなかったけれど、多少柔和な表情になったのなら、その方が良い。悪役っぽい顔立ちが、緩和されるはずだ。
「言われてみれば、キャサリンは前より、伸びやかに笑っているかも」
「本当にそう思ってる?」
「どうして私の言うことは、疑うのよ!」
わざとからかう私と、怒ったふりをするミア。そのやりとりを見たオーウェンが笑い、私達も我慢できずに声を上げて笑う。
ああ、この感じ、懐かしい。こうして3人で過ごす空間は、居心地良く、幸せなものだった。
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