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56.この国の未来
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「そんな真面目に真剣な質問されても、わかんないことけっこうあるんだけど……ゲームのメインは恋愛なんだからさあ」
アレクシアは困ったように眉尻を下げて笑う。長い髪の毛先を指で弄りながら、うーん、と考え込んだ。
「続編では何の説明もなしにベイルが国王になってて、王妃もなんか嫌な感じの人なのよ。あっ、描いた絵あるよ。私ベイルのファンだから、絵を愛でてるんだよね。見る?」
「見たいわ」
アレクシアが取り出した絵は、随分と写実的なものだった。ベイルは確かに大人びた顔をしていて、国王の服を着ている。その隣にいるのは、エリーゼだろう。
絵のうまさにも驚いたが、その内容も、驚くべきものだった。2人が着ている服の形は伝統的な国王夫妻のものだが、色合いが問題であった。今の国王夫妻は身につけないような、派手な原色の色合いに変わっている。この色合いを、私は見たことがある。
「タマロ王国の服に似ていますね」
「私もそう思ったわ」
私の考えと同じことを、エリックが呟く。この色合いは、タマロ王国のものである。ベイルの即位の裏には、タマロ王国の力が加わっているのだろうか。だとすればそれを手引きするのは、ブランドン侯爵家以外ありえない。
「で、まあ、シャルロットは、王家の血縁? みたいな感じでーー平民として暮らしていたのに、いきなり馬車で連れて行かれるの。なんでそうなったかはわかんない、説明されないから」
「そう……」
「ゲームのストーリーの話ならできるんだけどね。家を捨てて騎士になりたいカールとか、一匹狼のギルとか、イケオジのエリックとか、キャラクターみんな個性的でおもしろいから」
「……いえ、それはいいわ」
騎士になりたがっているカールに余計なアドバイスをした記憶があるし、ギルもリアン達と知り合ったから一匹狼にはもうならないだろう。知らず知らずのうちに、続編の設定にだいぶ介入してしまったのかもしれない。それに、エリックがシャルロットの攻略対象だなんて。
詳しく知らない方が、いいこともある。私は首を振り、アレクシアの申し出を断った。
「他に質問がないなら、私も聞きたいんだけど。ほんとに続編のこと知らないなら、どうして今こんな風になってるの? オルコット公爵家の没落を避けるのは、まあそうするだろうから、わかるんだけど。続編のこと知らないのに、続編の人ばっかり周りにいるんでしょ」
私は今までの顛末を、掻い摘んで話す。アレクシアは「世間が狭すぎる」と笑っていた。ゲームの知識を得たところから話しても、誰も信じてくれないと思っていたから、こんなところに理解者がいるなんて予想外だった。こうして遠慮なくアレクシアと話せるなんて、描いたことのない展開だ。
「……もしかして、セドリックとも揉めてたりする?」
「毎日贈り物を送ってくるけど、受け取ってはいないわ」
「必死すぎておかしいよ、あの人。気をつけた方がいいと思う」
アレクシアの警告に、私は頷く。言われなくても、セドリックとのストーリーを進めないという決意は、固めている。
「ものを貰わないように気をつけているから、大丈夫」
「私見てて思うけど、あの目は危ないから。私を見てる時のベイルと、同じ目をしてる。おかしいよ」
「あなたがベイル様のこと、そんな風に言うの?」
思わず声に棘が含まれてしまった。あれほどベイルに心酔されていたアレクシアが、ベイルを悪し様に言うなんて。その棘を感じ取ったのか、アレクシアは「ごめん」と謝る。
「結局私はゲームの効果で、ベイルに好かれていた訳でしょ? だからあの愛は本心からじゃないっていうか、取り憑かれたようなっていうか……なんか、目が据わっていて、怖かったよ。それでも私はベイルのファンだから、嬉しかったけど」
「ゲームの話は終わったのに、ベイルは今でも、あなたを追っているわ」
「そう。ストーリーが終わっても、気持ちは引き継がれるんだ。……それとも、あなたが泣かなかったから、話が終わってないのかな? ベイルのハッピーエンドには、キャサリンの破滅が必要だから」
アレクシアに見られ、私は肩を竦める。そんなこと言われても、ベイルの精神を戻すために、破滅する気などないもの。
「セドリックも、ストーリーを終わらせてあげるまで、あのままなんじゃない? 可哀想だよ、必死すぎて。あの必死さで追われたら、あなたも辛いと思うけど」
「……ありがとう。検討するわ」
以前のセドリックは、優秀な商人だった。彼の能力の何割が、ゲームの影響で、私に割かれてしまっているのだろうか。彼の将来を潰しているような罪悪感があって、プレゼントを断り続けるのも、辛いものがある。彼から解放されるのなら、されたい。
アレクシアの提案には、少し心惹かれるものがあった。
「キャサリン様は、どうお考えですか」
「もし、本当にベイル様が即位するような兆しがあるなら……それは、阻止したいわ。個人的な恨みじゃなくてね」
アレクシアを降ろし、帰りの馬車。微かな揺れに身を任せながら、私とエリックは静かに話し合っていた。
もし本当にベイルが国王になるのなら、まず、現王とオーウェンが亡くならなければならない。そんな陰謀があるのなら、それは絶対に、阻止しなければならないものだった。ミアはオーウェンに嫁ぐのだ。何かあっては困る。
私とアレクシアの話は、到底信じてもらえなさそうな内容だったものの、エリックは信じてくれた。続編の展開の危険性について語り合いながら、私はそのありがたさを、しみじみと噛み締めていた。
アレクシアは困ったように眉尻を下げて笑う。長い髪の毛先を指で弄りながら、うーん、と考え込んだ。
「続編では何の説明もなしにベイルが国王になってて、王妃もなんか嫌な感じの人なのよ。あっ、描いた絵あるよ。私ベイルのファンだから、絵を愛でてるんだよね。見る?」
「見たいわ」
アレクシアが取り出した絵は、随分と写実的なものだった。ベイルは確かに大人びた顔をしていて、国王の服を着ている。その隣にいるのは、エリーゼだろう。
絵のうまさにも驚いたが、その内容も、驚くべきものだった。2人が着ている服の形は伝統的な国王夫妻のものだが、色合いが問題であった。今の国王夫妻は身につけないような、派手な原色の色合いに変わっている。この色合いを、私は見たことがある。
「タマロ王国の服に似ていますね」
「私もそう思ったわ」
私の考えと同じことを、エリックが呟く。この色合いは、タマロ王国のものである。ベイルの即位の裏には、タマロ王国の力が加わっているのだろうか。だとすればそれを手引きするのは、ブランドン侯爵家以外ありえない。
「で、まあ、シャルロットは、王家の血縁? みたいな感じでーー平民として暮らしていたのに、いきなり馬車で連れて行かれるの。なんでそうなったかはわかんない、説明されないから」
「そう……」
「ゲームのストーリーの話ならできるんだけどね。家を捨てて騎士になりたいカールとか、一匹狼のギルとか、イケオジのエリックとか、キャラクターみんな個性的でおもしろいから」
「……いえ、それはいいわ」
騎士になりたがっているカールに余計なアドバイスをした記憶があるし、ギルもリアン達と知り合ったから一匹狼にはもうならないだろう。知らず知らずのうちに、続編の設定にだいぶ介入してしまったのかもしれない。それに、エリックがシャルロットの攻略対象だなんて。
詳しく知らない方が、いいこともある。私は首を振り、アレクシアの申し出を断った。
「他に質問がないなら、私も聞きたいんだけど。ほんとに続編のこと知らないなら、どうして今こんな風になってるの? オルコット公爵家の没落を避けるのは、まあそうするだろうから、わかるんだけど。続編のこと知らないのに、続編の人ばっかり周りにいるんでしょ」
私は今までの顛末を、掻い摘んで話す。アレクシアは「世間が狭すぎる」と笑っていた。ゲームの知識を得たところから話しても、誰も信じてくれないと思っていたから、こんなところに理解者がいるなんて予想外だった。こうして遠慮なくアレクシアと話せるなんて、描いたことのない展開だ。
「……もしかして、セドリックとも揉めてたりする?」
「毎日贈り物を送ってくるけど、受け取ってはいないわ」
「必死すぎておかしいよ、あの人。気をつけた方がいいと思う」
アレクシアの警告に、私は頷く。言われなくても、セドリックとのストーリーを進めないという決意は、固めている。
「ものを貰わないように気をつけているから、大丈夫」
「私見てて思うけど、あの目は危ないから。私を見てる時のベイルと、同じ目をしてる。おかしいよ」
「あなたがベイル様のこと、そんな風に言うの?」
思わず声に棘が含まれてしまった。あれほどベイルに心酔されていたアレクシアが、ベイルを悪し様に言うなんて。その棘を感じ取ったのか、アレクシアは「ごめん」と謝る。
「結局私はゲームの効果で、ベイルに好かれていた訳でしょ? だからあの愛は本心からじゃないっていうか、取り憑かれたようなっていうか……なんか、目が据わっていて、怖かったよ。それでも私はベイルのファンだから、嬉しかったけど」
「ゲームの話は終わったのに、ベイルは今でも、あなたを追っているわ」
「そう。ストーリーが終わっても、気持ちは引き継がれるんだ。……それとも、あなたが泣かなかったから、話が終わってないのかな? ベイルのハッピーエンドには、キャサリンの破滅が必要だから」
アレクシアに見られ、私は肩を竦める。そんなこと言われても、ベイルの精神を戻すために、破滅する気などないもの。
「セドリックも、ストーリーを終わらせてあげるまで、あのままなんじゃない? 可哀想だよ、必死すぎて。あの必死さで追われたら、あなたも辛いと思うけど」
「……ありがとう。検討するわ」
以前のセドリックは、優秀な商人だった。彼の能力の何割が、ゲームの影響で、私に割かれてしまっているのだろうか。彼の将来を潰しているような罪悪感があって、プレゼントを断り続けるのも、辛いものがある。彼から解放されるのなら、されたい。
アレクシアの提案には、少し心惹かれるものがあった。
「キャサリン様は、どうお考えですか」
「もし、本当にベイル様が即位するような兆しがあるなら……それは、阻止したいわ。個人的な恨みじゃなくてね」
アレクシアを降ろし、帰りの馬車。微かな揺れに身を任せながら、私とエリックは静かに話し合っていた。
もし本当にベイルが国王になるのなら、まず、現王とオーウェンが亡くならなければならない。そんな陰謀があるのなら、それは絶対に、阻止しなければならないものだった。ミアはオーウェンに嫁ぐのだ。何かあっては困る。
私とアレクシアの話は、到底信じてもらえなさそうな内容だったものの、エリックは信じてくれた。続編の展開の危険性について語り合いながら、私はそのありがたさを、しみじみと噛み締めていた。
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