公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ

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75.ミアの誤解を解く

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「なんだか今日は、気合が入っていらっしゃいますね」
「あら、そうかしら」
「そうですよ。今日のお茶会は、特別なのですか?」

 髪を結うリサは、的確な質問をしてくる。私は苦笑しながら、「まあね」と答えた。リサには、誤魔化しが効かない。
 今日のお茶会には、エリーゼが来る。

「ミアがね、ブランドン侯爵令嬢に付きまとわれて、ちょっと迷惑してるんですって。だから今日は、助けに行くのよ」
「ブランドン侯爵令嬢って、ベイル様の」
「そう。だからなんとなく、戦いに行く気分なのよ」

 ヘランがどの程度流通しているのか、知る手がかりを得ること。エリーゼの矛先をミアから外せないか、試みること。いずれも私にとっては重要な目的である。気負う部分が、どこかに出てしまったのだろう。
 春先にぴったりの淡い色のドレスを着て、私は屋敷を出た。

「ようこそ。お待ちしていましたわ」
「御機嫌よう」

 茶会の主人は、私とミアの共通の知人だ。彼女の主催するお茶会に出たことも、逆に彼女を招待したこともあるが、こんな風にミアとエリーゼと同席することは、今までなかった。知らないうちに、配慮されていたのである。

「皆さまお揃いいただき、ありがとうございます。楽しい時間をお過ごしくださいね」

 主人が注いでくれた紅茶は、春らしく、花の香りがした。テーブルにはハーバリウム。すっかりインテリアとして定着したようで、嬉しい限りだ。

「呼んでくださって、ありがとうございます」
「ブランドン侯爵令嬢と同席しても大丈夫だとお聞きしたので、お誘いしたのですが……」
「大丈夫。嬉しいです」

 彼女は、私とエリーゼを同時に招いたことを、まだ気にかけているようだった。身分だけ考えれば、エリーゼの呼ばれるお茶会に、私を呼ぼうとするのは自然な話だ。私が微笑んで見せると、安心したように表情を綻ばせた。

「ですから私は、ローレンス公爵家の皆さまに、ヘランをお勧めしたいのです」
「そうよね」
「はい。お義姉様も、用法に即してお使いになれば、その良さがわかると思うのです」

 エリーゼはミアの隣に陣取り、上体を傾けて、ヘランの話をずっとしている。周りが口を挟む隙もない。ミアが言っていたのは、このことだったのか。
 それにしても、ミアは社交的な笑みを浮かべており、ぱっと見では、嫌そうな感じは受けない。

「私もお話したいのに、隙がありませんわね」
「そうなのです。あの御二方は、仲がよろしいので」
「まあ、初めて聞きましたわ」

 知らないふりをして隣の令嬢に話しかけると、彼女はミアとエリーゼの関係が良好なものだ、と勘違いしている様子。

「お茶会には、おふたりでお招きしないと、申し訳ありませんわよね」
「そうですわ」

 ミアには聞こえないような小声で交わされる言葉は、私がイメージしていたものと違った。皆、エリーゼとミアは仲が良いと思っているではないか。
 今もミアは、笑顔を貼り付けてエリーゼの相手をしている。その外面の良さが、裏目に出ている。エリーゼの問題は大きいが、ミアにも問題がある。

「私、久しぶりにミア様とお話するのを、楽しみにしておりましたのに」

 わざとらしく声量を上げて言うと、ミアの視線が、ちらりとこちらを向いた。

「残念ですわ。ずっとブランドン侯爵令嬢と、お話をしているんですもの」
「仕方ありませんわ、キャサリン様」

 私の発言を聞いて、隣の令嬢は、まじめにフォローする。

「仕方なくありませんわ。お茶会は、皆で会話を楽しむためのものなのに、ふたりだけでずっと話しているなんて」
「お義姉様と話せないから、嫉妬しているのですか?」

 挑発的なエリーゼに、いらっとする。

「そういうことではありませんわ。どうしてあなた、ミア様とばかり、お話をしていらっしゃるの?」
「ローレンス公爵家の皆さまには、ヘランの良さを知っていただきたくて……」
「私の家も公爵家ですけれど、あなたは我が家は軽んじますのね。ブランドン侯爵家がそのようなお考えだなんて、存じ上げませんでしたわ」

 お茶会の場での関係は、そのまま家同士の関係に反映される場合もある。だからこそこの場では誰とでも親しくしなければならないのに、エリーゼはそんなことも、わかっていないのか。呆れてしまう。

「ここには、さまざまな家の方がいらっしゃいますのよ。本当に良いもので、勧めたいのであれば、全員にきちんと勧めたらいかが」
「皆様にも、お勧めしたことはありますわ!」

 ああでもないこうでもないと言い募ると、エリーゼは、強い口調で反論してくる。そうだったの? 周りを見ると、令嬢たちは、伏し目がちに頷いた。

「私の話を聞いてくれるのは、お義姉様だけなんですもの!」
「ヘランの話ばかりしているご自身の、自業自得ではなくて? 自領の利益になるような話ばかり、あからさまにしているから、煙たがられますのよ」
「ひ……酷いですわ、キャサリン様。だからベイル様に、あんな風に扱われますのよ。ねえ、お義姉様!」

 エリーゼが私に強気で言い返してくるのは、彼女にはそのカードがあるからだ。ベイルと婚約しているのは、今はエリーゼ。だから、勝った気になっているのだろう。別にそんなこと、もうどうだっていいのに。
 同意を求められたミアは、困ったように笑っている。

「ミア様も、ですわ。迷惑なら迷惑だとはっきり伝えないと、ここにいる皆さまも、あなたはブランドン侯爵令嬢がお好きなのだと、勘違いされていますわよ」
「えっ?」

 ミアは驚きの声をあげ、慌てて口元を指先で抑えた。エリーゼをいなすのに精いっぱいで、周りが見えていなかったのだろうか。

「ブランドン侯爵令嬢は、周りの方々に話を聞いていただけないから、ずっとミア様と話していらっしゃったのね?」
「……そうですわ」
「わかりました。今日は私が、話を聞いて差し上げます。ミア様、もし宜しければ、席を代わりませんか?」

 自分で話しながら落とし所を探る私は、ミアとの座席交換を提案する。他のご令嬢が目を丸くして私を見ている、この状況を脱するには、どう振る舞うのが適切だろうか。考えながら、そう提案した。

「お願いいたします」

 ミアが席を立ち、私と交代する。ミアはこれによって、自分がエリーゼと好んで話していたわけではないと、示すことができた。誤解を解くのは、あとはミア自身に任せよう。
 ミアがいた席に座った私に、全員の視線が刺さる。

「ごめんなさいね。ブランドン侯爵令嬢も、ミア様も、親しい間柄ですので……つい、遠慮のない言い方をしてしまいましたわ。お気になさらず、談笑に戻っていただけると嬉しいのですけれど」

 優雅な笑顔を浮かべて言ってみると、彼女達は戸惑いつつも、お互い視線を見合わせた。ミアは最近エリーゼにつきっきりで、ろくに話ができていなかったという。話せる距離にミアが来たこともあって、徐々に会話は、元の和やかな雰囲気に戻って行った。

「私とあなたは、親しい間柄ですのね」
「あら。同じ男性と婚約した、とびきり親しい仲じゃありませんか」

 私の隣には、エリーゼ。ミアをエリーゼと引き離す、という目的は達成した。あとはもうひとつ。
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