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74.ヘランの流通元
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アレクシアと話した翌日。私は、リサの淹れた紅茶を飲みながら、物思いに耽っていた。
現時点で、アレクシアの言葉を信じられるのは、私とエリックだけ。父に話しても、続編云々の話など、聞いてはもらえない。もしかしたら父もヘランの依存性を知っていて、対策を取っているかも。それなら安心だが、父はそのことを、私に話してはくれないだろう。
まずは、ヘランが貴族以外の人々に、流通していないことを確認したい。私は、この世界は続編に向かっていないという、確証を得たかった。
「お姉様! 会いたかった~!」
「あっ! おい、ぼくより先におねえさまに抱きつくなよ!」
「いいでしょ、何日会えなかったと思ってるの」
「ぼくだって会えなかったよ!」
ふたりの会話に、賑やかな声が割り込んできた。座っている私の背後から、飛びついてくる柔らかな感触が、ふたつ。
「おかえりなさい。早かったのね」
「早起きして来たからね!」
「あたしだって早起きして、急いで来たよ!」
「無理矢理ぼくの馬車に乗り込んで来たんじゃないか!」
私の体に腕を回しながら、両側から言い合うリアンとシャルロット。休日になり、寮からの帰宅を許された彼らは、飛んで帰ってきたようだ。ローレンス公爵家に仮住まいしているはずのシャルロットが、それより優先してこちらに来るのはいかがなものかと思うが。
「なんだか久しぶりね、この感じも」
「そうですね。リアン様たちの入学式以来、屋敷は静かでしたから」
「そうね。寂しかったわ」
離れていた時間はさほど長くもないのだけれど、実際こうして以前のような会話を聞くと、懐かしさすら感じる。
リアンとシャルロットのいない静かな日常は、なかなか寂しいものだった。
「あたしも寂しかった! お姉様も寂しかったなんて、嬉しい!」
「おねえさまはぼくに会えなかったから寂しかったんだよ! お前じゃない!」
「ふたりともよ。会いたかったわ」
むきになって張り合うふたりは、相変わらずで可愛らしい。頭を撫でてやると、揃って「えへへ」と同じトーンで笑った。喧嘩のようなやりとりも多いけれど、仲が良いのだ、ふたりは。
「学園生活はどう? お友達はできた?」
「できたよ! 新しい友達が、たくさん!」
「あたしの方が友達は多いわ!」
張り合えるほどそれぞれに友人ができたようで、安心する。
「リアン、シャルロット様はちゃんとやってる?」
「シャルは、なんか……王女様っぽくやってるよ! 嘘つきだよ、こいつ! ほんとはガサツな女なのに!」
「嘘じゃないもん! お母様が、そうしろって言うから!」
「頑張って、お上品に振舞っているのですね」
王女であるはずのシャルロットが、今のような調子で振舞っていたら、悪目立ちしてしまう。その会話から彼女が頑張ってそれなりの言動を見せていることがわかった。
「シャルロット様がそれらしく振る舞うのが、大変なのはわかるでしょ、リアン」
「まあ……頑張ってるとは思うよ」
「素直に褒められて、えらいわ」
渋々認めるリアンを褒めてやる。
私はリサに、先日アレクシアから購入した小箱を持って来させた。
「頑張っているシャルロット様に、プレゼントをご用意しましたの。どうぞ」
「いいの? 嬉しい!」
小箱を胸に抱き、ぎゅっと引き寄せる仕草が愛らしいシャルロット。この少女が、人前で王女らしく振舞っているなんて、それだけで賞賛に値する。たとえそれが、本当は当たり前のことだとしても。
「ぼくにはないの?」
「今日はね。お勉強を頑張ったら、リアンにもご褒美をあげるわ」
物欲しげなリアンにそう話すと、彼は瞳を輝かせて頷いた。
こんなに可愛いふたりは、これから学園生活を楽しみ、そして卒業していく。卒業した時、国がぼろぼろになり、タマロ王国に乗っ取られているようでは、やはりいけない。
私の求める日常のためには、続編通りの展開になってはいけないのだ。
シャルロットとリアンとひとしきり戯れたあと、私はシャルロットを馬車に乗せ、ローレンス公爵家に向かう。
彼女が本来帰るべきは、王城から避難したオーウェンと共に住んでいる、ローレンス公爵家だ。リアンの話では勝手に我が家の馬車に乗ってきたそうだし、向こうでは騒ぎになっているかもしれない。
というわけで、ミアの家に行くことを告げ、従者を連れて出かけてきた。
「あたしね、学園ではすごーくちゃんとしてるんだよ」
「リアンも言ってましたわね。シャルロット様は、ずいぶんと王女らしく振舞っているって」
「そうなの!」
意気揚々と胸を張るシャルロット。私の前では相変わらず粗野な振る舞いが目につく彼女だが、確実に、貴族としての態度を装えるようになっている。
ミアの家に行くと、使用人に迎え入れられる。シャルロットと共に案内された部屋には、既にお茶の用意がされていた。
「来ると思ってたわ」
「あら、わかっていたのね」
「もちろんよ」
花が咲いたように、表情を綻ばせるミア。結婚が大々的に決まってから、ミアはますます、柔らかな印象を与えるようになってきた。一緒にいて、こちらまで優しい気持ちになれる。
「シャルロット様を迎えに行った使用人が、目の前でオルコット公爵家の馬車に乗り込んだって、慌てて帰ってきたんだから」
迎えを無視して我が家の馬車に乗るシャルロットの姿が、ありありと想像できる。
「久しぶりだったから、キャサリンに会いたかったんだろうけどね。そうでしょう、シャルロット様?」
「うん! だって隣にリアンの馬車があったら、乗って行った方が早いもの!」
「次からはきちんと従者に伝えて行ってくださいね、驚きますから」
シャルロットを王家の腫れもの扱いしていた(事実そうだった)ミアとの会話も、王妃がシャルロットの教育に向き合うようになってからは、どんどん増えている。
そもそもミアは面倒見がいいし、オーウェンと結婚すれば、シャルロットは義理の妹になる。問題さえなければ、ミアは進んで、シャルロットと関わるような性格をしている。
「せっかくだから、お茶でも飲んでいかない?」
「そのために用意してくれたのよね。ありがとう」
ミアの申し出を、快く受ける。この部屋にお茶の用意があるのは、私が来ることを見越して、準備をしたからだ。これから何か用があるわけでもないし、断る理由はない。
淹れてもらった紅茶は、香り高く、ふわっと花の香りがする可憐なもの。ミアにぴったりの紅茶だ。
「美味しいわ」
「そうでしょう? 好きな紅茶なの。最近ではお茶会に行っても美味しい紅茶の話ができないから、嬉しいわ」
「そうなの?」
類は友を呼ぶという言葉通り、ミアの周りには、私やセシリーのように、ある程度の教養のある貴族の子女が集っていた。だから、紅茶の話もできないなんて、違和感がある。
驚く私に、ミアは「エリーゼがね」と答えた。
「彼女が、何か?」
ミアを「義姉」呼ばわりする、失礼極まりないエリーゼ。その上、続編ではタマロ王国風の衣装を着て、ベイル「国王」の隣に立つという彼女。
「とにかくいつも、私の近くに来るのよ。彼女がいると、お友達は寄ってこないから、楽しく話したいのに、それもできないの」
他の人と話もできないほど常に近くにいるとは、一体どれほどのものなのだろう。
ミアの深いため息から、エリーゼの絡みは普通ではないことが察せられる。
「困るわね。どうして、そんなに?」
「両親にヘランを勧めたいんですって。いいから一度商人に会ってみてくれって、凄いのよ」
「そう……」
ヘランといえば、言わずと知れた、例の危険な薬だ。今は国の中央に近い貴族達は、それを口にしてはいないようだが、もしローレンス公爵達がヘランの虜になれば、事態は更に困ったことになる。
「あまり良いものではないそうよね」
「ええ。陛下を見ていれば、飲もうとは思わないわ。でも、あんまりしつこいから、いっそ両親に紹介して、そっちでなんとかしてもらおうかと思ってしまうくらい」
ミアは、またため息をつく。よほどうんざりしているのか、俯いて額に手を当てた。
「知らなかったわ、彼女がそんな風にしているなんて」
「エリーゼのいるお茶会に、あなたは呼びにくいもの」
エリーゼは、私の元婚約者であるベイルの、現婚約者である。その確執を考えれば、呼ばれないのは当然だ。
「私がエリーゼの相手をするわ。今度そういう場があったら、私も呼ぶように言ってね」
「いいの? あの人、キャサリンには失礼じゃない」
「いいわよ。ミアが辛い方が、心配だもの」
それに、ヘランの流通範囲を知りたいのなら、エリーゼに当たるのが一番早い。何しろ彼女は、流通元なのだから。
私はミアと約束を交わし、ローレンス公爵家を後にした。
現時点で、アレクシアの言葉を信じられるのは、私とエリックだけ。父に話しても、続編云々の話など、聞いてはもらえない。もしかしたら父もヘランの依存性を知っていて、対策を取っているかも。それなら安心だが、父はそのことを、私に話してはくれないだろう。
まずは、ヘランが貴族以外の人々に、流通していないことを確認したい。私は、この世界は続編に向かっていないという、確証を得たかった。
「お姉様! 会いたかった~!」
「あっ! おい、ぼくより先におねえさまに抱きつくなよ!」
「いいでしょ、何日会えなかったと思ってるの」
「ぼくだって会えなかったよ!」
ふたりの会話に、賑やかな声が割り込んできた。座っている私の背後から、飛びついてくる柔らかな感触が、ふたつ。
「おかえりなさい。早かったのね」
「早起きして来たからね!」
「あたしだって早起きして、急いで来たよ!」
「無理矢理ぼくの馬車に乗り込んで来たんじゃないか!」
私の体に腕を回しながら、両側から言い合うリアンとシャルロット。休日になり、寮からの帰宅を許された彼らは、飛んで帰ってきたようだ。ローレンス公爵家に仮住まいしているはずのシャルロットが、それより優先してこちらに来るのはいかがなものかと思うが。
「なんだか久しぶりね、この感じも」
「そうですね。リアン様たちの入学式以来、屋敷は静かでしたから」
「そうね。寂しかったわ」
離れていた時間はさほど長くもないのだけれど、実際こうして以前のような会話を聞くと、懐かしさすら感じる。
リアンとシャルロットのいない静かな日常は、なかなか寂しいものだった。
「あたしも寂しかった! お姉様も寂しかったなんて、嬉しい!」
「おねえさまはぼくに会えなかったから寂しかったんだよ! お前じゃない!」
「ふたりともよ。会いたかったわ」
むきになって張り合うふたりは、相変わらずで可愛らしい。頭を撫でてやると、揃って「えへへ」と同じトーンで笑った。喧嘩のようなやりとりも多いけれど、仲が良いのだ、ふたりは。
「学園生活はどう? お友達はできた?」
「できたよ! 新しい友達が、たくさん!」
「あたしの方が友達は多いわ!」
張り合えるほどそれぞれに友人ができたようで、安心する。
「リアン、シャルロット様はちゃんとやってる?」
「シャルは、なんか……王女様っぽくやってるよ! 嘘つきだよ、こいつ! ほんとはガサツな女なのに!」
「嘘じゃないもん! お母様が、そうしろって言うから!」
「頑張って、お上品に振舞っているのですね」
王女であるはずのシャルロットが、今のような調子で振舞っていたら、悪目立ちしてしまう。その会話から彼女が頑張ってそれなりの言動を見せていることがわかった。
「シャルロット様がそれらしく振る舞うのが、大変なのはわかるでしょ、リアン」
「まあ……頑張ってるとは思うよ」
「素直に褒められて、えらいわ」
渋々認めるリアンを褒めてやる。
私はリサに、先日アレクシアから購入した小箱を持って来させた。
「頑張っているシャルロット様に、プレゼントをご用意しましたの。どうぞ」
「いいの? 嬉しい!」
小箱を胸に抱き、ぎゅっと引き寄せる仕草が愛らしいシャルロット。この少女が、人前で王女らしく振舞っているなんて、それだけで賞賛に値する。たとえそれが、本当は当たり前のことだとしても。
「ぼくにはないの?」
「今日はね。お勉強を頑張ったら、リアンにもご褒美をあげるわ」
物欲しげなリアンにそう話すと、彼は瞳を輝かせて頷いた。
こんなに可愛いふたりは、これから学園生活を楽しみ、そして卒業していく。卒業した時、国がぼろぼろになり、タマロ王国に乗っ取られているようでは、やはりいけない。
私の求める日常のためには、続編通りの展開になってはいけないのだ。
シャルロットとリアンとひとしきり戯れたあと、私はシャルロットを馬車に乗せ、ローレンス公爵家に向かう。
彼女が本来帰るべきは、王城から避難したオーウェンと共に住んでいる、ローレンス公爵家だ。リアンの話では勝手に我が家の馬車に乗ってきたそうだし、向こうでは騒ぎになっているかもしれない。
というわけで、ミアの家に行くことを告げ、従者を連れて出かけてきた。
「あたしね、学園ではすごーくちゃんとしてるんだよ」
「リアンも言ってましたわね。シャルロット様は、ずいぶんと王女らしく振舞っているって」
「そうなの!」
意気揚々と胸を張るシャルロット。私の前では相変わらず粗野な振る舞いが目につく彼女だが、確実に、貴族としての態度を装えるようになっている。
ミアの家に行くと、使用人に迎え入れられる。シャルロットと共に案内された部屋には、既にお茶の用意がされていた。
「来ると思ってたわ」
「あら、わかっていたのね」
「もちろんよ」
花が咲いたように、表情を綻ばせるミア。結婚が大々的に決まってから、ミアはますます、柔らかな印象を与えるようになってきた。一緒にいて、こちらまで優しい気持ちになれる。
「シャルロット様を迎えに行った使用人が、目の前でオルコット公爵家の馬車に乗り込んだって、慌てて帰ってきたんだから」
迎えを無視して我が家の馬車に乗るシャルロットの姿が、ありありと想像できる。
「久しぶりだったから、キャサリンに会いたかったんだろうけどね。そうでしょう、シャルロット様?」
「うん! だって隣にリアンの馬車があったら、乗って行った方が早いもの!」
「次からはきちんと従者に伝えて行ってくださいね、驚きますから」
シャルロットを王家の腫れもの扱いしていた(事実そうだった)ミアとの会話も、王妃がシャルロットの教育に向き合うようになってからは、どんどん増えている。
そもそもミアは面倒見がいいし、オーウェンと結婚すれば、シャルロットは義理の妹になる。問題さえなければ、ミアは進んで、シャルロットと関わるような性格をしている。
「せっかくだから、お茶でも飲んでいかない?」
「そのために用意してくれたのよね。ありがとう」
ミアの申し出を、快く受ける。この部屋にお茶の用意があるのは、私が来ることを見越して、準備をしたからだ。これから何か用があるわけでもないし、断る理由はない。
淹れてもらった紅茶は、香り高く、ふわっと花の香りがする可憐なもの。ミアにぴったりの紅茶だ。
「美味しいわ」
「そうでしょう? 好きな紅茶なの。最近ではお茶会に行っても美味しい紅茶の話ができないから、嬉しいわ」
「そうなの?」
類は友を呼ぶという言葉通り、ミアの周りには、私やセシリーのように、ある程度の教養のある貴族の子女が集っていた。だから、紅茶の話もできないなんて、違和感がある。
驚く私に、ミアは「エリーゼがね」と答えた。
「彼女が、何か?」
ミアを「義姉」呼ばわりする、失礼極まりないエリーゼ。その上、続編ではタマロ王国風の衣装を着て、ベイル「国王」の隣に立つという彼女。
「とにかくいつも、私の近くに来るのよ。彼女がいると、お友達は寄ってこないから、楽しく話したいのに、それもできないの」
他の人と話もできないほど常に近くにいるとは、一体どれほどのものなのだろう。
ミアの深いため息から、エリーゼの絡みは普通ではないことが察せられる。
「困るわね。どうして、そんなに?」
「両親にヘランを勧めたいんですって。いいから一度商人に会ってみてくれって、凄いのよ」
「そう……」
ヘランといえば、言わずと知れた、例の危険な薬だ。今は国の中央に近い貴族達は、それを口にしてはいないようだが、もしローレンス公爵達がヘランの虜になれば、事態は更に困ったことになる。
「あまり良いものではないそうよね」
「ええ。陛下を見ていれば、飲もうとは思わないわ。でも、あんまりしつこいから、いっそ両親に紹介して、そっちでなんとかしてもらおうかと思ってしまうくらい」
ミアは、またため息をつく。よほどうんざりしているのか、俯いて額に手を当てた。
「知らなかったわ、彼女がそんな風にしているなんて」
「エリーゼのいるお茶会に、あなたは呼びにくいもの」
エリーゼは、私の元婚約者であるベイルの、現婚約者である。その確執を考えれば、呼ばれないのは当然だ。
「私がエリーゼの相手をするわ。今度そういう場があったら、私も呼ぶように言ってね」
「いいの? あの人、キャサリンには失礼じゃない」
「いいわよ。ミアが辛い方が、心配だもの」
それに、ヘランの流通範囲を知りたいのなら、エリーゼに当たるのが一番早い。何しろ彼女は、流通元なのだから。
私はミアと約束を交わし、ローレンス公爵家を後にした。
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