忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

三十話 操り人形 (紅葉)

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 一方、紅葉と誠一は激しい戦闘を繰り広げていた。両者の拳がぶつかり合う度に地が抉れ、空気が張り裂けた。唸りを上げながら暴風が巻き起こり、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。拳がぶつかり合った衝撃は凄まじく、大地を揺らしていた。

 両者共に手を抜けない状況が続き、神経をすり減らしていた。今は兄妹で争っている場合ではない。一刻も早く叔父の啓二を捕らえなければならない。だが、紅葉の想像以上に厄介な局面に差し掛かっていた。

 「誠一兄様、正気に戻って下さいッ!!」

 「……」

 喉が張り裂けそうになるくらい大きな声で語り掛けたが、紅葉の悲痛の叫びも空しく響き渡るだけだった。誠一からの返事はなく、虚ろな瞳で一方的に紅葉に攻撃を仕掛けていた。拳の連打を繰り出しては紅葉の懐に潜り込もうと隙を窺っていた。

 紅葉自身も本気で相手をしなければ非常に危うい状況だった。両者の力は拮抗し、少しも油断はできなかった。風祭家の後継者争いをしている誠一と紅葉の実力は互角と言っても良い。誠一が具現化系なのに対して、紅葉は強化系である。

 接近戦では紅葉の方が優勢かに思われたが、やはり長男である誠一も引けを取ることはなかった。啓二に操られている状態でも誠一の本来の能力を存分に発揮していた。誠一が拳を連打する度に、紅葉も拳を連打せざるを得ない状況だった。

 一撃、一撃が非常に重く、筋肉がミシミシと嫌な音を立てているのが伝わってきた。紅葉と誠一の拳がぶつかり合う度に空間が歪み、地響きが反響するような現象が起こった。まるで災害が起こっているのではないかと錯覚しそうだった。

 強化系の氣を纏っていなければ両腕は使い物にならないほどのダメージを負っていたと容易に想像できた。本当に十歳にも満たない少年、少女なのか疑いたくなるような死闘を繰り広げ、些細なミスも許されない状況に陥っていた。

 少しでも選択肢を誤ればどちらか片方が死ぬことになる。自然と緊張感に溢れた死闘となった。誠一は紅葉の懐に一瞬で潜り込むと右腕を振り被り、勢いのままに拳を放った。誠一の拳は一撃でも当たれば致命傷になりかねない。

 空気を切り裂きながら紅葉の鳩尾に、拳が入るかと思われた。しかし、誠一が追い掛けていたのは既に残像と化した紅葉の姿だった。誠一の拳は空振りに終わり、僅かな隙が生まれる。追撃するには絶好の好機だが、紅葉は攻撃できなかった。

 さすがの紅葉も思い通りにはいかない戦闘だった。誠一が操られていることは見るまでもなく理解できた。何度も必死に呼び掛けても返事がない。誠一に意識がないことは明白。非常にやりにくい。打開策を模索するも、解決策は何も思い浮かばない。

 誠一は紅葉を認識できていないのか、明確な殺意を持って向かってくる。だが、紅葉は誠一の身体を傷つけないように、争いを終わらせることで必死だった。その心的要素が行動に制止を掛け、紅葉の本来の動きを制限させていた。

 通常の戦闘よりも気を使い、精神面だけではなく、体力面にも多大な負担を強いられていた。それでも誠一は構うことなく、全力で立ち向かってきた。残像を拳で一振りするだけで消滅させ、背後にいる紅葉に廻し蹴りを繰り出した。

 紅葉は身を屈めて誠一の蹴りを躱してから、地を蹴って跳躍する。空中で後転しながら誠一から距離を取るが、誠一は容赦なく接近してきた。僅かな躊躇いも許されない攻防が続き、紅葉に思考している余裕はなかった。

 「クッ…仕方がありません」

 完全に本気で戦わざるを得ない状況に追い込まれた。それほどまでに誠一の攻撃は一寸の隙がなかった。手加減をしながら戦える相手ではないと考えを改めさせられた。紅葉は戦いをできるだけ早く終わらせるために、強化系の氣を全力で解放した。

 無色の輝きが紅葉の身体を覆い尽くした。全身から力が漲るような感覚は一種の快楽に近いと紅葉は常々感じていた。気を張り詰めて意識しなければ力に呑み込まれてしまいそうになる。それぐらい紅葉にとっては危険な快楽であった。

 紅葉が快楽に抗っている一瞬の隙を見計らったように、誠一が素早く接近してきた。一瞬で紅葉の眼前に現れると、拳の連打を容赦なく放って来た。しかし、それは紅葉も想定内の攻撃であった。紅葉も誠一の拳に合わせて拳の連打を放った。

 両者の拳がぶつかり、地響きが起こる。力と力の衝突で行き場を失った圧力が辺りを襲い、木々を薙ぎ倒した。枯れ葉が暴風に晒されて踊るように舞い、湖の水面が激しく波打った。十歳前後の少年、少女の闘いとは思えない駆け引きの連続だった。

 少しでも選択肢を誤れば死に直面しかねない状況を何度も生み出し、自分達に有利な状況を作り出そうとしていた。一種の災害と錯覚するほどの凄まじい争いであった。瞬く間に地形が変わっていく。それでも二人は止まらなかった。

 誠一は操り人形のように何度も攻撃を繰り返した。右拳を放ち、左拳を放ち、隙を窺っては蹴りを放つ。連打の応酬に紅葉の額から冷や汗が流れた。相手を思いやっている場合ではない。紅葉も本気で攻撃せざるを得なかった。
 
 誠一の攻撃に合わせて、右拳を放ち、左拳を放ち、蹴りを放った。両者の攻撃がぶつかり合った衝撃は凄まじく、ものの数分で雑木林が荒れ果てた戦場と化した。樹木は薙ぎ倒され、クレーターが生じ、両者共に互角の闘いを繰り広げていた。

 空中での肉弾戦は紅葉にとって都合が良かった。しかし、接近戦を得意とする紅葉であっても浮かない表情は隠せなかった。戦っている相手が誠一であり、誠一ではないからだ。本来、誠一の系統は具現化系であり、接近戦を得意とする紅葉とは対極の戦い方を好む傾向にある。

 変幻自在に武器を具現化し、顕現させた武器に合わせた戦い方をしてくるのが誠一である。剣術、槍術、棒術など百種類以上もの武器を自在に操り、怒涛の勢いで敵を圧巻する。それが誠一だ。にも拘らず、誠一は肉弾戦を仕掛けてきていた。

 誠一の得意とする魔術や武器は一切使わずに、肉体を強化するだけの魔術を酷使している。何かがおかしい。紅葉は戦いながら思考を巡らせる。紅葉は誠一の系統、能力、闘い方を熟知していた。今の誠一は本来のポテンシャルを引き出せていない。

 身体能力の高い誠一の身体を使えば、ある程度の相手ならば問題はなく戦闘を終わらせることができる。だが、戦う相手が誠一と同格だった場合は魔術を使った方が効率が良い。いくら誠一が操られているとはいえ、氣も体力も有限の筈なのだ。

 できる限り戦闘を早く終わらせたいと考えるのが自然な流れだ。だが、誠一に戦闘を早く終わらせようとする意志は見られない。まるで時間稼ぎをしているようにしか思えなかった。時間を掛ければ掛けるほど、術者である啓二の負担になる筈なのだ。

 違和感と疑念を抱いたが、今の段階で啓二が何を企んでいるのか、全く理解できなかった。確実に言えることは啓二の操作系の能力には何らかの制限が存在するということだ。例えば、操っている対象者の本来の系統魔術は使えない可能性がある。

 誠一の戦い方から察するに肉体を強化して接近戦をするだけの人形と表現するべきか、これなら誰を操っても同じ戦い方をしそうな雰囲気だった。それに加え、制限は一つとは限らない。風祭家の子供は幼い頃から洗脳や催眠に抗う訓練もしている。

 誠一も紅葉も催眠や洗脳に抗う術を持っている。風祭家で生き残るためには必須の技能である。だが、現状で誠一は啓二の思うままに操られている。かなり強力な魔術を誠一に施していると考えるのが自然な流れだった。

 問題は啓二が行っている操作系魔術の効力が、いつまで持続するのか。つまり時間だ。啓二の氣や集中力にも限界がある筈だ。時間を掛ければ掛けるほど、術を対象者である誠一に破られやすくなる。だからこそ疑念を抱かずにはいられない。

 何故、戦闘を早く終わらせようとしないのか。何故、誠一を操ってまで時間稼ぎが必要なのか。負担を強いてまで時間を稼ぐ意味は何なのか。疑問だらけだった。今のところ、啓二の真意を汲み取ることはできない。理解不能と言っても良い。

 だが、今の紅葉には効果的な戦闘とも言える。先程までは敵に容赦のない戦い方をしていた紅葉だったが、実の兄には本気で殺し合いをすることはできないようだった。動きが鈍るまでとはいかないが、本気で戦闘に集中できていなかった。

 もし、啓二が紅葉との戦闘のために、敢えて狙って誠一を操っているのだとすれば策略家であることは間違いない。操る対象者の能力に制限があったとしても、誠一を操ることが紅葉にとって効果的な役割を果たしている。

 

 

 

 
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