忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

三十六話 不毛な争い (紅葉)

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 未だに暗い森の中を東南方面に南下している紅葉は、木々の枝を素早い身の熟しで移動しながら、稔と智則と言い争いを繰り広げていた。激しい口論となり、引くに引けない状況になっていた。本来であれば稔と智則に、啓二の追跡を任せるべきだ。

 しかし、強情で負けず嫌いの紅葉の辞書に、引き際という言葉は載っていない。プライドの高い紅葉は、自らの手で問題を解決しないと気が治まらなかったのだ。それでも智則と稔は紅葉の説得に応じることはなかった。

 このまま紅葉を危険な場所に送り込むことができる訳がない。だが、紅葉が他人の意見を全く聞かないどころか、他者の意見に従わない性格であることは智則も稔も理解していた。どうすれば紅葉を説得できるのか、二人は頭を悩ませた。

 無理にでも連れ帰ろうとすれば紅葉の機嫌を損ない、抵抗して暴れまわる可能性があった。紅葉が抵抗した場合、如何に智則と稔であれ骨が折れる作業となる。できれば紅葉の納得する形で説得したかった。

 しかし、現状は切羽詰まった状況で時間も限られていた。今は紅葉と誠一の安全が最優先である。稔と智則は頷き合い、互いの視線で意思の確認を取り合った。稔と智則は啓二の能力の危険性を理解していた。如何に紅葉の能力が優秀であっても、紅葉はまだ七歳の少女である。啓二の能力は未だ未知数、紅葉が敵う相手ではない。

 啓二の能力だけを見れば当主である信護と同等か、またはそれ以上の可能性もある。宗家に反旗を翻したことから、啓二が何らかの力を手に入れたか、もしくは啓二達一派をバックアップしている者がいる可能性も捨てきれない。

 「紅葉様、申し訳ありません。紅葉様の指示には従えません」

 「これは命令よ。あなた達の意見は求めていないわ」

 「それでも従えません。優先させるべきは紅葉様と誠一様の身の安全です」

 「そう……あなた達、私の指示に従えないのね。分かったわ」

 「ご理解頂き、ありがとうございます」
 
 「何か勘違いしているようだけど、私は理解などしていないわ。今ここであなた達を纏めて倒して見せましょう。私に意見していいのは私だけ。私の意に反する者は力で屈服させるだけよ。初めからあなた達の力を借りようとは思っていないわ」

 「紅葉様……」

 紅葉達は木々が覆っている森を抜けると、草原で立ち止まった。緊迫した空気が流れ、智則も稔も紅葉が本気だと理解した。このままでは本気で戦闘になってしまう。二人も覚悟せざるを得なかった。智則と稔にとって優先させるべきは紅葉と誠一の身の安全である。例え、強引なことになったとしても連れ戻さなくてはならない。

 それが二人の義務であり、役目でもあった。紅葉の説得には、かなりの時間が必要だ。そう思った矢先、一条の光線が三人に襲い掛かった。眩い光の奔流だった。一筋の光線は地を豪快に抉りながら突き進み、三人を飲み込もうとしていた。

 「これはっ……?」

 「くっ……誠一兄様……」

 三人は後方へ跳躍することで光線を躱した。光の濁流が収まると、すぐそこには誠一の姿があった。未だに誠一は生気を失ったような表情をしている。啓二の術中にあることは見るまでもなかった。啓二の追跡を続けたいのに、思い通りに進まない。次から次へと予定外なことばかりが起こり、さすがの紅葉も腹の虫が治まらなかった。
 
 「誠一様……これは一体……?」

 「あなた達も察しが悪いわね。叔父に操られているのよ」

 「なっ……」

 「いいわ。私が相手します。あなた達はそこで見ていなさい」

 山々に覆われた草原には草花が無造作に生い茂り、戦闘をするには見晴らしの良い場所だった。山々の合間からは光り輝く街並みを一望できた。辺りには花の香りが仄かに香り、生温い風が吹き荒んだ。視界は暗く、注意しなければ誠一の姿を見失ってしまう。苛立ちを隠そうともしない紅葉は氣を解放すると、素早く魔術を行使する。

 両手を天に掲げると、光の渦が現れた。まるで縮小した太陽を擬似化した光の渦だった。月が雲に覆われ、真っ暗な闇夜に光の渦が太陽のように草原を照らし、視界が見通せるようになった。紅葉の行った魔術は太陽を真似ただけの魔術だ。

 攻撃にも防御にも応用はできないが、視界はハッキリと見渡せるようになっていた。あまりの眩しさに誠一は顔を顰めるも、警戒は怠らなかった。暗闇に慣れていた目には網膜を刺激するような強烈な光に感じたのであろう。

 「あなた達は見ていなさい。私が誠一兄様を止めます」

 「いえ、我々も加勢致します」

 紅葉にだけ戦わせる訳にはいかなかった智則と稔は、同時に氣を解放した。緊迫した空気が漂い、誰もが緊張感に溢れていた。先手を仕掛けるべきか、それとも相手の出方を見守るべきか、紅葉が躊躇していると、誠一が凄まじい勢いで接近してきた。

 両手を紅葉達に向け、光線を放ちながら紅葉の懐に潜り込んだ。瞬きしている暇もない一瞬の出来事だが、誠一の動きは丸見えだった。まるで操り人形のように機械化した動きを見せていた。無駄な動きを省き、ピンポイントで急所を狙って来る。

 そのお蔭で誠一の狙いが読めることができた。誠一は予備動作を最小限に抑えた正拳突きを繰り出すが、紅葉には届かなかった。誠一の拳が届くより先に、紅葉の拳が誠一の頬に直撃していたのだ。誠一は地面に叩きつけられるように吹き飛ばされる。

 もはや、紅葉に手加減をしている余裕はなかった。強化系の紅葉と具現化系の誠一では差は歴然だった。二人が拳のみで肉弾戦をした場合、紅葉の方が僅かに優勢だった。それに今の誠一は具現化系の魔術を使えない。

 誠一にとって強化系の魔術と放出系の魔術は不適正魔術に該当する。どんなに鍛錬を積み重ねても不適正魔術を百パーセント使い熟すことは不可能である。それは紅葉とて例外ではない。何故、誠一が自身の適正魔術である具現化系の魔術を使わないのかは分からない。いや、使わないのではなく、使えない可能性のが高い。

 何かしらの絡繰りがある筈だが、現状で啓二の術を見破るには判断材料が少なかった。未だに啓二の精神干渉系の魔術の制限は分からないが、今の誠一が強化系と放出系の魔術しか使えないことは都合が良かった。

 もし、具現化系の魔術までもが使えたら戦況は大きく変わっていたであろう。吹き飛ばされた誠一が起き上がるが、突如として動かなくなった。良く目を凝らして見ると、糸が蜘蛛の巣のように広がっていた。紅葉はすぐに稔の能力だと悟った。

 氣の性質を変化させ、草原一帯に糸を張り巡らしたのであろう。紅葉の扱う糸は追跡のみにしか使用することができない。だが、稔の糸は捕縛や攻撃にも応用できるようになっていると容易に推測できた。

 誠一は必死になって手足を動かそうと抵抗するが、糸に絡め捕られて身動きが取れなかった。宝条家は医療に特化した能力を持つ一族である。治癒の魔術において宝条家の右に出る者はいないとまで言われている。

 糸の魔術も元々は医療に使うためのものを改良したに過ぎない。誠一は蜘蛛の巣のように広がる糸に捕縛され、宙に吊るされた。それでも誠一は掌から光線を放出させる。がむしゃらに攻撃を繰り返す誠一もまた必死だった。

 「智則、誠一様に掛かっている術を解除できるか?」

 「任せてくれ」

 稔が智則に問い掛ける。智則は氣を解放したまま、誠一に近寄った。誠一の額に触れると、誠一は激しく抵抗した。だが、今の誠一は手足を動かすことさえもできない。智則は誠一に氣を流し込み、どのような魔術が掛けられているのか調べた。

 「この程度の魔術ならば解除できそうだ。解ッ!!」

 次の瞬間、誠一は糸の切れた操り人形のように動かなくなった。稔は蜘蛛の巣のように広がる糸を解除させると、誠一の身体を抱き寄せ、地面に寝かせた。誠一の身体は傷だらけで、完治させるには時間が必要かに思われた。

 それでも稔は誠一の身体に治癒の魔術を施していた。みるみるうちに傷が塞がり、痣も綺麗に消え去った。さすがは宝条家の当主である。医療に特化した能力を持つ稔に、治せない傷は存在しない。しばらくすると誠一の意識が戻った。

 「ん……ここは……?」

 誠一の姿を確認すると、智則と稔は安堵の息を漏らした。誠一と紅葉の安全を確保できた二人は視線を合わせ、頷き合った。後は紅葉と誠一を説得して屋敷へと連れ戻すだけだ。啓二の追跡はそれからでも充分に間に合うと考えていた。

 「誠一様、気分はいかがです?」

 「身体が上手く動かせない……」

 「今は治癒を施したばかりなので、仕方がないです。詳しい話しは屋敷へと戻った後に聞かせて下さい。」

 「……そうだッ……香澄は?なんてことだ。くそッ……」

 誠一はハッとして顔を上げて、何かを思い出したようだった。誠一の取り乱しように智則も稔も怪訝そうな顔を浮かべる。何故、ここで香澄の話しに繋がるのか、誠一が慌てる理由が理解できなかったのだ。だが、誠一の焦った表情を見て、智則も稔も只事ではないことが伝わってきた。

 「落ち着いて下さい……どういう意味ですか?」

 「香澄を人質に取られたのです。くそッ……僕としたことが……」

 「なッ……それは事実ですか?」

 「ええ。叔父がいきなり召喚魔術を使い、香澄を召喚したのです。それで僕は叔父に対して手も足も出せませんでした。僕のせいだ。僕がもっとしっかりとしていれば……こんなことにはならなかったのに……」

 誠一は額に手を当て、後悔の念に苛まれる。何故、あの時に適切な行動が取れなかったのか。もっと他にやり様はあった筈だ。これほど自分を恨めしいと思ったことはなかった。誠一は何度も自身を責めた。智則と稔は誠一の話しを聞いて、思っている以上に事態が深刻だと悟った。

 「誠一様の責任ではありません。香澄様のことは我々に任せて下さい。智則は誠一様と紅葉様を連れて屋敷へ戻ってくれ。後は私に任せてくれ」

 「分かった。誠一様、紅葉様、屋敷へと戻りましょう」

 「待って下さい。僕も連れて行って下さい」

 「しかし、これから先は厳しい争いに発展する可能性がありますので……」

 「お願いします。香澄は僕達にとって大切な妹なんです」

 「しかし……」

 その時、稔は違和感を感じていた。やけに辺りが静かなのだ。あれだけ怒りを露わにしていた紅葉が大人しくしているのに不自然に思い、稔は辺りを見渡した。だが、気付いた時には遅かった。どこを見渡しても紅葉の姿が見当たらなかったのだ。稔は緊急を要する事態だと瞬時に理解した。

 「智則、大変だ。紅葉様の姿が見えない」

 智則が慌てて辺りを見渡すも草原には稔と智則と誠一の三人の姿しか見当たらなかった。紅葉の行動力に呆気にとられるも、智則は最悪の事態を想定した。二人は視線を合わせ、困惑した。思考すればするほど事態は芳しくない方向に進んでいった。

 「……まさか……」

 「そのまさかの可能性が高い……」

 「さすがに不味いな……」

 「仕方あるまい。誠一様も一緒に連れて行くしかない」

 「ああ、そうだな」

 智則と稔は無難な選択を迫られた。このまま誠一だけを屋敷へと連れ戻すのは得策ではないと判断を下したのだ。紅葉が先行して啓二を追っている以上、稔と智則も誠一を連れて、一緒に行動していた方が安全だと判断するしかなかった。

 「誠一様。条件付きになりますが、一緒に行動を共にすることにしましょう」

 「条件とは?」

 「啓二様と戦わないことです。無理な戦闘には参加しないと約束してくれますか?」

 「ええ、約束します」

 「ならば急ぎましょう」

 「分かりました」

 三人は急いで紅葉の後を追い掛けた。前方を見渡す限り、紅葉の影すらも見えない。智則と稔が誠一に気を取られている隙を見計らって抜け出したのであろう。智則と稔は嫌な予感を感じながらも東南の方角を南下していった。紅葉が無事であることを祈るしかなかった。

 「間に合ってくれ……」

 「クッ……」





 
 
 
 

 
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