忘却の彼方

ひろろみ

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五歳編

五十七話 話し合い (源十郎)

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 その頃、源十郎は啓二の自宅に到着したところだった。車を使わずに、走って啓二の自宅にまで来ていた。休む間もなく連戦を繰り返し、何十キロという距離を走ってきたのだ。さすがの源十郎も疲れが溜まっていたが、休んでいる暇はなかった。

 急いで庭を横切り、玄関を開けた。

 啓二の自宅には沢山の人で溢れていた。指紋や僅かな痕跡を調べている者がいたり、写真撮影をしている者がいたり、慌ただしくなっていた。まるで事件現場のようだ。何かあったのだろうか。不吉な予感を感じながらも靴を脱ぎ、廊下を進んだ。

 「すみません。通して下さい」

 急いで階段を上り、応接間に向かった。すると、雄介と政宗が対面式のソファーで話し合っていた。応接間は調べ終わったのか、数人の部下がいるだけだった。拓郎と誠だ。源十郎も面識があったので、すぐに誰だか分かった。

 「おお、源十郎さんか。わざわざこちらまで足を運んでくれたのか。ありがたい」

 「ええ、信護様の指示でこちらに来ました。状況はどうなっているのでしょうか?」

 「それがな……少々、厄介なことになってな……」

 「と言いますと?」

 応接間に入ると政宗が源十郎の存在に気付き、声を掛けてきた。なにやら深刻な表情を浮かべ、言葉を発するのも躊躇うような雰囲気に包まれていた。何かがあったと理解しながらも、源十郎は問い掛けずにはいられなった。

 「すみません。通して下さい」

 その時、背後から声が聞こえた。背後を振り向くと、隠し扉から二人組の男性が出てきた。悲痛な面持ちで担架を運んでいた。担架には人が乗せられていた。顔から足まで布が被せてあり、誰を運んでいるのか分からなかった。

 だが、顔に布が被せてあることで遺体だと悟った。戦闘でもあったのだろうか。それとも罠が仕掛けられていて、誰かが犠牲になったのか。分からないことが多過ぎた。源十郎は尋ねずにはいられなかった。

 「あの……誰が亡くなったのです?」

 「啓二様だよ。啓二様の遺体が見付かったんだ……」

 「……どういう意味です?啓二様の姿は宗家の屋敷で拝見しましたが……」

 源十郎は担架に被せられている布を捲り、遺体の顔を確認した。担架に乗せられているのはミイラのように痩せ細った啓二だった。眼球は抉られ、片腕と片足を失っていた。身体中に血がこびり付き、見るも無残な姿だった。

 「これは……」

 「……遺体が本物の啓二様のようなんだ」

 あまりにも悲惨な姿に言葉を失った。政宗も何と説明すれば良いのか、頭を悩ませていた。現実を受け入れることができずに、困惑した表情を浮かべていた。源十郎は目の前の光景が信じられず、思わず立ち眩みがした。

 「私が屋敷でお見掛けした啓二様は偽物だったということですね?」

 「ああ。それは間違いないようだ。先程、信護様から連絡があった」

 「そうですか。死後、どれくらいの期間が経過しているのでしょうか?」

 「検視の結果、死後二年は経過しているようだ。だが、遺体の腐食が激しくてな。ここでは詳しいことは調べられん。詳しくは病院に運ばないと、何とも言えない」

 「死因も病院に行かないと分からないということですか?」

 「ああ。だが、恐らくは拷問による失血死か、心臓に刺さっているナイフのどちらかが原因だろう……今、言えることはそれぐらいだ」

 「分かりました。少なくとも我々は二年も啓二様が入れ替わっていることに気付かなかった訳ですね。信護様は他に何を仰っていましたか?詳しく知りたいです」

 「ああ。立ち話しもなんだから座って話そう。」

 「ええ。では、そうさせて頂きます。失礼致します」
 
 源十郎は確認を取ってからソファーに腰を落とした。時刻は既に深夜を回っていたが、今夜は眠れそうにない。緊急事態と言っても良い。完全に目が冴えてしまい、アドレナリンが分泌していた。拓郎と誠はソワソワとしていて落ち着きがなかった。

 「源十郎さんは今までどこに?」

 「響様を連れ戻しに行ってました。響様が啓二様の追跡をしていると気付きまして、慌てて追い掛けたのです。その途中で何人かの敵と戦闘になってしまい、ここに来るのが遅くなりました。敵が予想以上に強く、捕縛することはできませんでした」

 「ん?響様だと?響様は今、誠一様と紅葉様と共に自宅に向かっていると報告があったのだが……伸彦が自宅まで送り届けているはずだ」

 「え?それはあり得ません。途中までは私が響様を送り届けましたから。今頃、薫子さんと自宅にいるはずです。情報が錯綜しているみたいですね。恐らく、何らかの行き違いでしょう」
 
 「いや、私の情報は信護様から伺ったものだ。先程、聞いたばかりだから信頼できる情報だ。響様は敵の一味に捕まっていたのだよ。伸彦が救出したが、未だに意識が戻らないと聞いている。なんでも怪我が酷く、治癒の魔術でも効果がないらしい」

 「それはおかしいですね。私は確かに薫子さんに響様を預けました。一体、何が……」

 「……?」

 何が起っているのか理解できなかった源十郎は訝しんだ。僅かの間、沈黙が訪れる。源十郎は険しい表情で思考を巡らせていたが、ハッとなって顔を上げた。スーツの内ポケットから携帯電話を取り出し、画面を操作し始めた。

 「お話しの最中に申し訳ありません。ですが、確認したいことがありますので、電話の使用を許して下さい。まさか……考えたくはないのですが……」

 「……?」

 源十郎は慌てながらも電話を掛けた。しかし、薫子の携帯電話は留守番電話に設定されていて繋がらなかった。考えられるパターンは二つだけだ。一つ目の可能性は薫子が響を送り届けている時に敵に襲われ、響を拉致されたと考えるパターンだ。

 二つ目の可能性は薫子が裏切った場合だ。前者の場合、薫子は既に殺されている可能性がある。連絡が取れないのも自然な成り行きだ。だが、後者の場合は意図して連絡が取れない可能性がある。現状で前者か後者か判断することはできなかった。

 しかし、薫子が裏切るとは考えづらい状況でもあった。薫子が第一秘書を目指し、一生懸命に仕事に取り組んでいることを源十郎は知っていた。勉強だけではなく、人脈を増やし、魔術の鍛錬も怠らない。真面目で信頼のできる秘書だ。

 「信護様から薫子さんに関する情報を伺っていませんか?」

 「いや、薫子の話しは聞いていないな。薫子がどうかしたのか?」

 「いえ、今はまだ確証がないので言い難いです……確証が持てたら説明いたします。ちなみに響様を捕らえていた敵は既に死んでいると考えて良いのですか?」

 「ああ。まだ敵の記憶は覗いていないみたいだが、じきに始めるだろう。信護様から情報を得るまで、休憩したらどうだ?顔色が悪いぞ。長丁場になる可能性が高いのだ。休める時に休んでおきなさい」

 「ええ。そうさせて頂きます」

 その時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。すぐに信護からの電話だと悟った政宗はスーツの内ポケットから携帯電話を取り出し、設定をスピーカーフォンにしてから通話を始めた。

 「政宗です。状況はいかがです?」

 “儂だ。どうやら状況は悪い方向に進んでいるようだ。啓二に成り済ましていた者は雇われの殺し屋であり、記憶を覗く前に自害された。だが、響を捕らえていた敵の一味の記憶は覗くことに成功した。どうやら背後に十二支家が絡んでいるようだ”

 「十二支家ですか……家名は分かりましたか?」

 “ああ。本堂院家だ。奴らが裏で糸を引いているようだ”

 「なるほど……我々は本堂院家について調べてみます」

 “ああ、宜しく頼む”

 「ええ、分かりました」

 「会話の途中に申し訳ありません。源十郎です。いくつかお聞きしたいことがあるのですが……」

 “聞きたいこととは何だ?儂に答えられることなら良いが……”

 「薫子さんのことです。彼女は今、何を……?」

 “敵の記憶によると、薫子は裏切ったようだ。大金と引き換えに響の身柄を渡したようだ。源十郎、薫子を追え。明日のフライトで海外に逃げ果せるつもりらしい。何としても捕まえ、敵の情報を得てくれ。どんな手段を講じても構わん”

 「そうでしたか……残念です。薫子さんの件、私にお任せ下さい」

 “ああ。また新たな情報が入り次第、連絡する”



 
 

 

 

 

 
 

 

 
 
 
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