ケモホモ短編

@Y

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怪しいセミナーの話

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「やあやあ、いらっしゃい。外は暑かったでしょう?」
 寂れた市営住宅の一室。インターホンを押してから二十五秒。開けられたドアから現れたのは壮年というよりは中年というほうがシックリとくる、ずんぐりむっくりな小太りのオオカミの男性。
「ささ、遠慮せずあがって」
 親戚のおじさんのような人懐っこい笑顔。まあ、人間のぼくにはオオカミの親戚はいないけれどね。
 案内されたクッションに腰を下ろしてからぐるりと部屋の中を見渡してみる。思ったよりは普通の部屋だ。麦茶をコップに注ぐオオカミを尻目に、いざという時のための脱出経路を頭の中でシミュレーションをする。ぼくとオオカミ以外の気配はない。万が一もみ合いになったとしても、これぐらいの体格の相手であれば非力な自分でもなんとかなりそうだ。
「じゃあ、さっそくはじめようか」
 きっかけは、駅前の掲示板に貼られていたビラだった。英会話教室や求人の案内などが雑多に掲示されているなかで、ひときわ異彩を放っていた「神秘の宇宙パワーを感じる瞑想セミナー」の文字。どう考えてもヤバいでしょ。変なツボとか謎のグッズを売りつけられるヤツに決まっている。
 普段であれば一笑に付して通り過ぎていただろう。けれども、仕事のストレスと夏の暑さでムシャクシャして、なにか面白いことでもないかと思っていたぼくにとっては、このあからさまな怪しさがかえって魅力的に感じたのだ。なにも本気で宇宙のパワーだかが得られるとは微塵も思っていない。せいぜい飲み会での話のネタにでもできればと考えたのだ。気分は秘密結社に潜入した新聞記者ってところかな。

「目を閉じて、この音楽に合わせて深呼吸……吸って……吐いて……」
 座禅を組み向かい合って、百均で売っていそうな安っぽいヒーリングミュージックに合わせて深呼吸を繰り返す。
「それでは宇宙とのチャンネルを開きますよ……そのまま深呼吸を続けて……」
 芝居がかった、いやインチキくさい台詞を口にしながらぼくの手をくすぐったさが包み込む。ええと、宇宙のパワーとやらがこのオオカミの手を伝ってぼくの身体に流れ込んでくるらしい。いやなにも感じないけど。今日の晩御飯はなににしようかな。
「感じますか? 意識がすうっと広がっていきます……」
 眠気で意識が飛びそうだよ。これはハズレだな。もうちょっと怪しい儀式とかを期待していたんだけど、これじゃあ笑い話にするにしても中途半端すぎる。
「あー、はい。なんかあつくなってきましたね」
 もっふもふの手で握られているのと、オンボロのエアコンのせいだと思うけど。
「いいですよ……宇宙と一体に…………上昇……次元を…………」
 途切れ途切れになる声。ひとりだけ別の次元へと旅立っているのだろう、ぼくを置き去りにして。しまいにはすっかり黙りこくって、手に込められていた力もゆるりと弛緩してしまう。
 これ、何分ぐらいで終わるんだろ。さすがに一時間とかかからないよな。ぶっちゃけもう帰りたいけど、下手に調子を合わせてしまった手前「やっぱりなにも感じないです」とは言い出しづらい。
 しばらくの間は目を閉じたまま、最近読んだニュースを思い返したり、味噌ラーメンと醤油ラーメンどっちが好きかを脳内で議論したりしてみた。しかし暇だ。薄っすら目を開けてオオカミの顔を覗き見る。呼吸が止まっているのかと思うくらいに微動だにせず瞑想を続けている。
「あ、あの」
 恐る恐る声をかけてみるも返事はない。
「すみません、あの、ちょっと」
 今度は少しだけボリュームを上げて、腕のあたりをポンポンと叩いてみる。しかし石像のように動かない。
「あの!」
 さらに大きな声。夜中だったら隣近所から苦情が来るレベル。けれどもピンと立ったその耳はピクリとも動かない。まさか本当に呼吸が止まったりはしていないよな。手首をそっと握るように指をあててみると、わずかながらには脈拍を感じとることができた。
 へえ。宇宙のなんちゃらってのはよくわからないが、深い瞑想状態に入っていることは確からしい。
「ちょっとお手洗いお借りしますね」
 全くと言っていいほど反応はなかったが、それでも念のためことわってからトイレに立つ。夏の日差しで乾いた喉を潤そうと、出された麦茶を一気に飲んだのが原因だ。
 そしてトイレから戻ってきても、当然のように、期待どおり、オオカミは座禅を組んだままプラモデルのようにそこにとどまったままだった。

「あー、暑いなあ」
 わざとらしい言い訳。どうせ聞こえちゃいないさ。
 オオカミの前に仁王立ちになると、ちょうど股間と顔とが相対する。ムクムクと鎌首をもたげる邪な感情。いいよな。バレないよな。それでも金属音が響かないように慎重にベルトを外していく。
「ちょっと蒸れちゃったみたいで、脱ぎますね」
 最後通告。拒否しないということは、沈黙を貫いたままということは、合意とみなしてもいいよなぁ。
 爆発しそうな心臓を押さえ込み、パンツごと一気にずり下ろす。開放感と羞恥心。すでに半勃ちになったちんぽがオオカミの眼前にさらけ出された。先ほどの小便の匂いが鼻先に届いたのか一瞬鼻息が大きくなって肝を冷やしたものの、反応はそれっきりだった。意識を完全に飛ばしている状態であっても呼吸はできているのだから、睡眠時と同じような状態ということかもしれない。本人の意識外の反射的なものなのだろう。
 ちんぽを鼻面に向かって差し出してみる。また少しだけ鼻がヒクヒクと動いた。時間停止モノのAVを思わせる異様な光景に興奮はますます高まっていくばかりだ。
「おっと、すみません」
 うっかり腰を突き出してしまい、亀頭と鼻先がキスをしてしまった。湿った鼻先が亀頭の熱を奪っていくものの、それに負けじと腫れたちんぽが熱を増していく。
 もしいまこのオオカミが意識を取り戻したらどんな顔をするだろうか。恐怖か驚愕か怒りか。どんな言い訳もたたないこの状況が背徳という名の興奮を加速させていく。こうしているだけでも我慢汁が出始めて、僅かに接地面が動くだけでニチャニチャと水音がなり、亀頭に甘い痺れをもたらしている。
「おくち、あけましょうね」
 なんでもいいなりの道具を前にして、遠慮や我慢なんてものは存在しない。
 射精に至らしめるだけの刺激が必要なのだ。それは、この迫り出した長い口吻、マズルによってもたらされるもの。ちんぽを収納するのにおあつらえ向きの造形物がココにあるのだから、使わない手はないだろう。
 上下の顎を掴んで軽く引っ張ってみる。唇がめくれて垣間見えた鋭い牙に背筋が凍った。穏やかに目を閉じたまま、口元だけが静かに唸りを上げているようだ。気を取り直してもう一度開こうと力を入れてみるも、浜辺の二枚貝のようにピッタリと閉じられて、また唇がめくれ上がるだけだった。たしか、オオカミの咬合力は硬い骨だってバリバリ噛み砕けるほどにはあるんだったな。もし運良く口を開かせることに成功したとしても、何かの拍子にガブッとされたらソーセージみたいに千切れてしまうかもしれない。
 当てが外れたことへの苛立ちと焦燥。ここまで来てお預けなんてのは無理な話だ。すでに頭の中のシミュレーションではオオカミの口の中でこれでもかというくらいに射精してやろうと目論んでいたんだ。
「じゃあ、こっちから飲んでもらいますね」
 口内の温もりや感触を味わえないのは残念極まりないが、せめて腹の中へと精液を送り届けたい。作戦変更。プランB。どんなに口が固く閉じられていたとしても、呼吸をしないわけには生きてはいけない。そう、先ほどから浅く呼吸を繰り返すこの鼻の穴は塞ぎようがないのだ。
 片方の穴に照準を定め、尿道口がぴったりと重なるように押し当てる。鼻詰まりを起こして甲高い隙間風が鳴った。どことなく子犬が餌をねだるときの声を思い起こさせる。
 ちゅこちゅこぴちゃくちゅっ
 十代半ばで覚えてから、何百回何千回と繰り返してきた日課。手慣れた右手の刺激。物理的な刺激だけでいえばこれまでとさして代わり映えのしないものではあるが、視覚から飛び込んでくるこの光景はどんなエロ画像よりも遥かに昂りをもたらした。
「ああ、やば、もういきそう」
 聞こえるはずもない言葉に呼応して少しだけ鼻息が荒くなった気がした。あるいは鋭敏な鼻先の神経が本能的に射精の予兆を捉えたのだろうか。
「いくっ、だしますよ! 射精しちゃいます!」
 右手でちんぽを扱きあげる一方で左手でマズルを引き寄せて、亀頭が圧迫されて変形するくらいに腰を突き出す。
 びゅっ! びゅるるっ! びゅーっ、びゅ
 オオカミの広い鼻腔内が精液で満たされていく。正常な呼吸に支障をきたしはじめたのか、はたまた敏感な嗅細胞が許容量を超える刺激に悲鳴をあげたのか、それまでされるがままに無表情だった眉間に皺がよっていく。
「ガフッ! ゴホッ……ズビ……ゲホッ!」
 激しくむせ返り咳き込むと、圧縮された空気が唯一開放されている穴から鼻水と精液の混合物を伴って激しく吹き出した。ゴボゴボと濁った音をたてながら白い鼻ちょうちんが膨らんではまた吸い込まれていく。
 このままではさすがに苦しいだろうし、呼吸困難に陥って万が一のことがあったらブタ箱に放り込まれることになってしまう。強制わいせつで捕まるならまだしも、殺人罪なんてことになるのは勘弁だ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶですよ」
 オオカミの背中をさすり軽く叩きながら、マズルを掴んでゆっくりと頭を上に向かせていく。喉を垂直にして遠吠えするように。
 ごくっ……こく……
 鼻腔内にとどまっていた多量の白濁が重力にしたがい胃の中へと滑り落ちていく。嚥下のうねりを繰り返す喉元に耳を押し当てていると、射精した直後だというのに狂おしい興奮が全身を包み込んだ。

「……さて、おつかれさ……マ゛ッ!? オエッ! ゲホッ、ゲッ!」
 長い長い瞑想が終わり、ようやく宇宙の彼方から戻った意識が肉体に連結されたとき、自らの鼻の中にこびりついた精液の匂いにオオカミはパニックに陥る。
「だいじょうぶですか?」
 ぼくはいまだに萎えることをしらないちんぽをオオカミの眼前に差し出しながら、こともなげに問いかけてみせた。
「あ、ハッ、えっ!? なっ、なんっ!? あ、ああっ! お゛っ!?」
 びゅっ、びゅぶ、びゅーっ、ぴゅっぴゅっ
 なにが起こったのかこれっぽっちも理解できないまま、オオカミは白目をむいて小便を漏らすようにズボンを濡らす。人間の十万倍とも一億倍ともいわれる嗅覚によって、理性も思考も人格も雄の匂いで上書きされて、ただただ歓喜の雄叫びをあげるのだった。
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