ケモホモ短編

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七夕の話

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「はあ……ただいま」
 コンビニ袋を片手にそう呟くと、いっそう自身の惨めったらしさに嫌気が差す。
 三十代半ばで一人暮らし。仕事のやりがいも、楽しめる趣味も、友達も、そしてもちろん恋人もなし。
 一体全体、自分はなんのために生きているのだろうとおもってしまう。むかしは、むかしといっても十代や二十代の頃ではあるが、その当時には将来の夢なんていう洒落たものだって持っていた。それなのに。まったく、どこに落としてきてしまったんだろうな。
「さーさーのーはーさーらさらー」
 ビールを片手にコンビニ弁当をつつきながら無意識のうちに動いた口に、遅れて意識がついてくる。ああそうだった。今日は七夕だったな。ネットニュースで見かけた記事に書いてあった。
 短冊を笹に飾り付けて、歌いながら夜空を見上げた記憶。この部屋には笹も短冊もないし、おまけに警報が出るほどの大雨。やってらんないったらありゃしない。まあ、晴れていたところでこの辺りじゃ星なんてマトモに見れないんだけど。
 そもそも正月や盆ならともかくとして、七夕だからなんだってんだ。織姫と彦星が年に一度だけ出会えて、それでナニ? って話だ。見ず知らずのカップルの熱い夜なんてどうでもいい。オマケに今日はあいにくの空模様だから天の川だって氾濫しているだろうしな。
『彼氏ができますように』
 ちぎり取られたメモ帳の切れっ端にボールペンで殴りがかれた文字。笑っちゃうよな。
 本気で願い事が叶うなんてこれっぽっちも信じちゃいないけど、これぐらい馬鹿げたことをしなきゃあ心の平静を保てそうになかった。即席の短冊を洗濯バサミで蛍光灯のスイッチ紐にくっ付けてやると、どちらかというと風鈴の趣。どちらも夏のモノだから大きく外れてはいないだろう。

「……きろ、おい! なあ……」
 いつの間にか寝てしまっていたらしい。アルコールがもたらす浮遊感。まだそんなに時間が経っていなさそうだ。酒を飲むと急激に襲ってくる眠気でノックダウンするものの、しばらくすると逆に目が冴えてきて変な時間に起きがちだ。明日も残念ながら平日。エアコンの風に揺られる短冊を五円玉に見立てて自らに催眠術をかけて目を閉じる。
「寝るなって! 起きろ!」
 緩慢に瞼を開くと飛び込んできたのは大きな人影だった。自分で思ったよりも飲みすぎていたらしい。日頃の疲れが溜まっいるのだろうか。
「だから、お・き・ろ!」
 布団が吹っ飛んだ。え、いやゴメン。ナニコレ。
「い、いぬ? しゃべってる……」
「オ・オ・カ・ミ、だっ!」
 そのオオカミ頭は酷く憤慨した様子でヒゲをピクピクと動かした。喋るオオカミ。首から下は人間のような身体つきだが、全身にみっしりと毛が生えている。オオカミ男的なヤツだろうか。漫画やゲームの中では名前こそ様々だがこういったキャラクターは見たことがある。いわゆる獣人。それがいまぼくの目の前に居て、しゃべっている。
 いまだにうっすらと麻酔がかかったように痺れる身体の神経を隅々までセルフチェックして、脳みその中で情報を整理する。にわかには信じられないが、これは夢でも幻覚でもなく現実そのものだ。ぼくは幽霊や宇宙人の類は信じていない。怖いから信じていないというものあるけれど。ただ、いくら現実離れしていようとも現に目の前でこうして存在している以上は認めざるを得なかった。オオカミ男はイヌ扱いされたことがよっぽど気に食わなかったのか、全身の毛を逆立ててプリプリと苛立ちを空気中に発散し続けている。あれ、ていうか、これって。
「えっと、露出狂の、オオカミ男?」
 四本足で歩く動物であれば服を着ているほうが不自然なのだが、目の前のソレはどちらかというと体型的には人間に近い。これだけ毛が生えていれば服で隠す必要はないのかもしれないが、なんせ人語を解すほどの知能を持ち合わせているのだからいっぱしの羞恥心だって持ち合わせているはずだろう。もちろん同じ人間でも生きている時代や地方、また思想によっては裸でいることが自然であるということもあるのだが。
「違うわっ! オレはオマエの、かっ、彼氏、だから」
 肝心の問いかけはあっさりとスルーされたが、それよりも衝撃の言葉が飛び出した。
「あの、なんていうか、ちょっと怖い……です」
 いや誰だってそう思うでしょ。オオカミだってのは一万歩くらい譲るにしても、初対面でいきなり彼氏とか言われても。心を病んでいるとかそれ系だろうか。下手に刺激して逆上されないように慎重に言葉を選ぶ。この外見じゃ年下か年上かも判別つかないし、ましてや初対面なのだから敬語を添えて。
「じぶんで呼んだクセに……」
 明らかにぼくがドン引きしているのが伝わったのか、シュンと耳を伏せて天井の蛍光灯の辺りを指差すオオカミ。音のない風鈴。クルクルと踊る紙切れ。そこに踊る文字。いや容姿や種族までは指定しなかったけどさ、そこはなんつうか、空気読んで察してよ。

「あー、えー……ぼくの、か、彼氏、さん?」
「おうっ!」
 満面の笑みに加えてパタパタと振られる尻尾。こいつホントにオオカミか? 一匹オオカミなんて言葉があるくらいだからクールなイメージがあったけど。いや、たしかオオカミは群れで暮らす動物で……っていまはそんなことはどうでもいい。
 タナボタならぬタナバタの贈り物としてやってきたこのオオカミの彼氏。イヌっぽい顔の男は好きだけど、まんまイヌ、いや失礼オオカミだった。これが言葉もわからずガウガウ言うだけのモンスターみたいなヤツだったら恐ろしさのあまり逃げ出してしまっていたのだろうが、彼とは意思疎通もできるし妙に人間くさいところもある。
「そうだ。あのですね」
「いいぞ、そっ、その、彼氏だし、な」
 両手を広げて目をつぶり、どんと来いといったポーズ。彼氏さんとかオオカミさんと呼ぶのもなんだかおかしいから名前を聞こうとしただけなんだけど。
 ぼくが戸惑ったままでいると緊張からかせわしなく動く耳。据え膳食わぬは男の恥ってやつだ。名前は後からでも聞き出せるしな。
「んっ、ふうっ、ん」
 大人になってからこうして誰かを抱きしめるなんて初めてだ。互いの背中に手を回して力を込めると、どちらのものともつかない吐息が肺から押し出された。ゲームセンターの景品のデッカいクマのぬいぐるみ。あるいは電気毛布。空調が効いていても茹だってしまいそうな体温が染み込んでくる。
 新雪のように柔らかい背中を撫でまわし、手のひらを埋もれさせたまま持ち上げていくと静電気の弾ける音。かまわず後頭部まで突き進み、耳の裏をワシワシと掻いてやる。むかし飼っていたイヌもこうされるのが好きだった。
 甲高い甘え声と共に擦り寄せられる頬。ハケで撫でられたくすぐったさと動物園の匂い。たいして嫌悪感はないし、アレルギー体質でもないから平気ではあるものの、さすがに洗濯なしでは明日もこのパジャマを着ようとは思わないだろう。ふいごのように生温かい風を耳元へと送り続ける長い口吻に思い切って噛み付いてみる。口の中に多少の毛は入ったものの、それが一層お互いの情欲を掻き立てる。
 初めは遠慮気味に、悪戯をする仔犬を諫めるように噛みつきあっていたのだが、そこに粘着質な湿度が混じり始め、やがてお互いの唾液を貪るように啜りあう。長い舌が歯列をなぞり、グチュグチュと音を立てて口内をかき混ぜられると生臭さがツンと鼻についた。

「食べても、いいか?」
 声帯から発せられた振動が胸に響く。地鳴りのように低いその声も、骨伝導イヤホンを通したように減衰することなく明瞭に届いた。
 なにを、なんて聞き返すまでもない。いつの間にかパンツの中へと差し込まれていた手が物欲しげにぼくのちんぽを撫で回している。内腿からむず痒さが駆け上がり、思わず腰をくねらせるとそれに乗じて一気に邪魔な布切れがずり下ろされた。
 足元にしゃがみ込んだオオカミの眼前で、いまかいまかと期待を膨らませる己のちんぽ。上目遣いに見上げる動物の頭とのギャップで、獣姦を思わせる背徳感。
「恥ずかしいからあんまり見ないでよ」
 半分は本音。何度も想像をしては右手で誤魔化してきた行為。口淫。フェラチオ。相手がオオカミだというのは想定外ではあるが、むしろそれは興奮の促進剤となっている。さきほど味わったこの口内に、今度は性器が飲み込まれてしまうのだと考えると気が狂ってしまいそうだ。
「かっ、かかっ、彼氏の、ちんぽ」
 ぼくの言葉も願望もまるで伝わっちゃいない。先走りをふるい落とすようにピクピクと脈動するちんぽを目で追いながらうわごとのように呟いている。
「はぁっ、すごっ……雄、ちんぽ……におい」
 言語野の活動が鈍っているのか、ただ並べたてられる単語。鼻息を荒くして雄のフェロモンを堪能しているようだ。「まて」を命じられたイヌのごとくヨダレを垂らしながらも手は、いや口は出さない。こんなの焦らされる身としてはたまったもんじゃない。
「たっ、食べて、ちんぽ食べて……」
 ぱくっ
 ようやく届いた願いごと。空中に放り投げられたドッグフードをキャッチする勢いで口が閉じられたものだから反射的に腰が引けてしまうが、オオカミは狙った獲物は逃さない。捕らえたちんぽをあっという間に根本までずるりと飲み込んでしまった。
 くぷぷっ、ぶぷっ
「うあっ、ああっ……やっば……」
 オナニーなんかとは比べ物にならない。低温やけどの危険すら孕んだ肉壁がちんぽ全体に張り付いた。頭を動かしてすらいないのに口内にはゆるやかな蠕動運動の波が発生して、奥へ奥へと飲み込まれていく。舌の上に我慢汁が垂れ落ちると機械的に喉が動き、舌の絨毛が裏筋を刺激する。
 パタ、パタ、と雫の垂れる音。不規則な二重奏。それはオオカミの口元から溢れた液体と、その股間にそそり立つ肉槍、内臓がそのままニョキッと飛び出してきたようなグロテスクなちんぽから滴ったものだ。
「ちんぽおいしい?」
 おいしいはずがない。食べ物じゃないんだから。それでもこの表情を見てそう問いかけざるを得なかった。少し爪を立てて眉間から鼻先に向かって擦ると、甘えた鳴き声が返ってくる。
 じゅぶっ、ぬじゅっ、ぐぽ
 ただ口内に含まれているだけでも徐々に昂って達してしまいそうだというのに、いよいよ本格的な抽送。母乳をねだる仔牛の吸い付き。
 ちゅこ、にゅ、ぬっこぬぽっ
「ああ、あっ、ま、まって!」
 受容可能なしきい値を超えた電気信号に感情が焼かれてしまう。亀頭がとろけてマズルと一体化した広がりをもちながらも鈍ることのない鋭敏さ。すぼめられたトンネルの壁面がカリ首を圧迫する。
 ぐぶ、ぐぶ、ぐっぽじゅぽっ
「だめ! でちゃう! はなして、いっちゃうから!」
 射精させるための性行為なのだから至極当然ではあるし、このまま果てたところで誰にも咎められるものではないだろう。現にこのオオカミだって何が起こるかを知った上でいっそう激しくちんぽを口内で擦り上げている。けれども、主には食事と会話と呼吸をするための部位であるわけだし、ここに吐精した場合、急いで吐き出したとしても多少なりともは精液を飲み込むことになる。ある意味ではオーガニックなものであるから過度な心配はいらないのかもしれないが、嘘か誠か飲精で腹を下すという話もあるし、このオオカミがどういう生き物なのかは謎が多いものの、名目上はぼくの彼氏であるわけだ。突然目の前に現れたのだからぼくたちの間には思い出もなにもないし、性的な欲求を原動力とする感情はあっても本当の意味での愛情があるのかは疑わしい。出会っていきなりエッチして、それってただのゆきずりの相手だし、そもそも名前すら知らないし、だから、だから――
「ホントにちんぽいっちゃうからあっ! あっ、あっ……」
 冷静さを少しでも取り戻そうと頭のなかでアレコレと考えてみたものの。
 にゅぽっ、ぐっぷ、ちゅこじゅこっ
「ちんぽ食べられていっちゃう、おくち、口内射精しちゃう!」
 びゅぶっ、びゅるるっ、びゅーっびゅ
 脳への酸素供給が追いつかない。目眩を起こしてふらついた足元を支えようとオオカミの頭を掴んでギュッと抱きしめた。苦しくないだろうか、不味くないだろうか。そんな懸念も精液を飲み下す喉の音でかき消されていった。

「…………やばっ! 会社!!」
 カーテンの隙間から差し込んだ日光に血の気が引いた。
 あの後交代をして、お互いに三発も飲み合った。空も白みはじめてきたころにようやく横になり、エアコンの温度を目一杯下げても熱帯夜の暑苦しさ。
 その熱は嘘のように消え去っていて、天井では馬鹿げた紙切れがくるくると回っていた。あれは夢だったのだろうか。いや、いまだに鼻腔を刺激するこのワイルドな匂いは現実のものだ。となれば、考えられるのは彼はもといた場所――それがどこか知るよしはないが――そこに帰ったのだろう。織姫と彦星だって年に一度しか会えないし、この手の願い事というのは一夜限りのものというのがセオリーだからな。せめて名前くらいは聞いておくんだった。また来年も会えるだろうか。
「なあ! なんか食いもんねえのかよ!?」
 ちょっとおセンチになっていたところに響く不満げな声。
 部屋の奥に目をやると、ミネラルウォーターしか入っていない冷蔵庫の前で尻尾をたらすオオカミ。まあ普段はコンビニ弁当ばっかりで料理もしないから、マトモな食べ物が入っていることなんて滅多にない。
 って。いや、いやいやいや。
「あの、なんていうか。帰ったりしないの?」
 彼氏と同棲生活なんてのも憧れはあるけどね、もちろん。来年まで会えないと思っていたから嬉しいサプライズではあった。だけど、だけどね。このオオカミ面を匿って生活しろってコト!? 短冊吊るして出てきた経緯を考えると、何かしらのファンタジー要素たっぷりな魔法を使えたりして、人間に化けるなんてのもお茶の子さいさいかもしれないけど。
「……? 帰るって、ココが家だろ?」
 ごめん、ぼくがバカだった。とりあえず会社には今日は体調不良で休むと連絡しておこう。なんせこのご時世だから、ちょっと風邪気味とかいえばなんとでもなるだろうし。あとはテレワークの申請も出しておかないと。ああその前に食べ物買ってこなきゃ、いやそれよりも名前を聞く方が先だろうか。
「腹減った!」
 前言撤回。まずは買い出しだな。


「はあ……ただいま」
 スーパーの袋で両手が塞がったところにオオカミの熱烈なタックル。尻餅をついたぼくは笑いがとまらなかった。
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