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君の笑顔が見たいから

オオカミと缶ビール

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「ひ、昼間は御馳走様でした。」
 意外にもご近所さんだという尾上さんの自宅に招かれるべく、コンビニで買い込んだ酒とつまみを手に提げて夜道を歩く。
「い、いえいえ、別に僕のお金じゃないですし。」
 互いにどこかよそよそしく会話を紡ぐ。アダルトショップを出た後、二人して妙なテンションで最近の発泡酒は意外と美味しいだとか、この駄菓子が子供の頃から好きだとか言って盛り上がったものの、尾上さんの家に近づくにつれて冷静になってきたのか口数が少なくなる。
「ど、どうぞ」
「おじゃまします……」
 この春に入社して引っ越して来たばかりだという部屋は、荷物もまだ少なくワンルームの割には広く見える。買ってきた総菜を尾上さんが温める間、僕は座布団の上で今更ながらにどうしてこうなったんだと考えていた。あの場所であんなパッケージを見て、一緒にどうですか?なんて誘いに応じたのだから、決して勘違いの類では無いだろう。それであれば、尾上さんもゲイなのだろうか。大人しそうに見えて実は男を喰い漁るような人なのだろうか。でもその割には手慣れた感じはしなかったし、もしこれが演技だとしたら主演男優賞が獲得できるくらいだろう。そうこう考えているうちに、すっかり準備が整ったようだ。
「あ、あの、か、乾杯……」
「はい、乾杯……」
 気まずい雰囲気でビールを啜りながら、沈黙の中で互いに牽制する。尾上さんは目を泳がせながら何かを切り出そうとして口を開きかけてはまた閉じる。ここは僕から誘った手前、こちらから切り出さないと失礼に当たるだろうか。
「あの、尾上さん」
「あっ、呼び捨てで大丈夫ですよ!僕の方がずいぶん年下ですし……」
 ずいぶん、とは言ってくれる。そりゃあ尾上さんは20代で、僕は30代半ばだから間違いではないのだけれど。
「えと、お、尾上……くん?」
「は、はいっ、西田さん」
 ぎこちなく呼びかける。いくら年下でも今日会ったばかりで呼び捨てするのは気が引けるし、尾上くんという響きがどことなくオオカミくんに聞こえて、その方が尾上さん、いや尾上くんのオオカミらしからぬ犬みたいな雰囲気に合っていそうだった。
「さっきのDVD……見てみる?」
 思い切ってその話題を切り出してみる。
「そ、そうですね、見てみますか、はは……」
 本来ならこういう場面ではアクション映画やコメディ映画でも見ながら楽しむのだろうが、今から見るのはエロDVDだ。しかもゲイ向けで、オオカミが主人公の。DVDをセットして再生をして、タイトル画面に写る淫靡なオオカミと僕の横に座る尾上くんとを見比べると、どこか現実離れした感覚に襲われた。尾上くんの真意はまだ計りかねる。
「こんな奴居ないって、ねえ?」
「ホントですよね、あり得ないですよね」
 緊張を誤魔化すように、目の前で繰り広げられるご都合展開を笑い飛ばす。まあそういうコトをするのが目的なんだから、日常パートに物語性なんて求める方がおかしいのだけれど。そうしている間にも、画面に映るオオカミは彼の後輩という設定の人間をオフィスのトイレに誘い込んでフェラチオを始める。
「せっ、先輩っ!」
「あぁ、俺のクチにたっぷり出してくれよ……」
 固唾を飲む音が尾上くんに聞こえてしまいそうな程、互いに黙りこくったままだ。沈黙が支配する空間に、スピーカーからじゅぽじゅぽという水音が響く。目の前では痴態が繰り広げられているというのに妙な緊張感に包まれて、やましい気持ちもなりを潜めていた。
 ふいに、床に置いていた左手の小指の辺りに、こそばゆい感触がする。尾上くんの指先が触れたようだ。手の位置を少しずらす。互いに沈黙を守ったまま画面を凝視している。しばらくして、また僕の手を獣毛がくすぐる。確信しきれない不安の中、僕も手を近づける。ふわりとした感触と、人間よりも幾分か高いオオカミの体温が伝わってきた。フローリングの上を尻尾が死にかけた蛇のようにのたうち回って音を立てる。尾上くんを見ると、紅潮した顔で上目遣いに僕を見つめていた。テレビから流れる音は、もう雑音にしか聞こえなかった。
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