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娘を思う気持ち

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 創業者の娘であった相談役の博子は、創業者である自分の父親の背中を見て育ってきた。

創業時と言うものは非常につらいものである。数回、不渡り手形もつかまされた。
そんな事への父の対応を、間近で博子は見て育った。

その博子は、創業者の父親が亡くなる時に会社とは別に、個人として、創業者が所有していた国債、上場株式、定期預金などを、かなりの額、相続していた。

瀬良は言った
「相談役が会長の良子を、事件勃発の一か月前に自宅に呼んで言ったらしいんだよ」
「なにを?どんなふうに」
「今回の件で、きっと何かがいきなり起きるだろう。そして、現金が必ずいる事になるだろう。いよいよの時は私の持っているものを使いなさい、とね」
「まあ…」

「そして、相談役の予想通りに・・・ことは起きたってわけだ」 続けて
「国債等を売り払った結果、その代金は、相談役が個人で取引をしている福富銀行の口座に、証券会社から、事前に振り込まれていたんだよ」
「あ、そうだったんだ・・・昔の経営者の勘と、そして娘を思うお母様としてのお気持ちからだったのね・・」
佳奈子はお酒を飲んだせいでタメ口で言った。そんなことは気にせず瀬良は言った、
「そうなんだよな・・・俺もそう思う」

「社長さんと、経理部長さんにまかせっきりだったら大変なことになってたわけね」
「全くだよ・・・」

しばらくして、勘定を終えた彰司が店から出てきた。
「お待たせ・・さ、帰ろうか」

この彰司が戻ってくる少しの間に、佳奈子は瀬良からもう二つのことを聞いていたのだった。
「え、何ですか、教えて」
「降格人事さ、純一さん達の」
続けた
「純一社長は経営陣から離されて、総務課長に・・・名前だけのさ。で、松田部長は嘱託に降格となったらしい。そして会長命令として二人とも、不渡りになった例の四千数百万円の手形を縮小コピーして机の中に入れて『今後、毎日、朝一番にそれを見たあとに仕事を始めなさい!』と言い含められたようだよ」
「じゃあ、社長はどなたが引き継いだの?」
「会長の良子さんが兼務となった」
「そう」

「そして・・二つ目が」
「二つ目・・?」
「相談役がウチへの追加担保の提供を承諾してくれたのさ」
「あら・・まあ。・・・モノはなにを」
「相談役個人名義の、広いタイムパーキングの駐車場を持っていらっしゃって、それを、と言うことだったらしい」
「別の人からの抵当権なんかは付いて無かったの?担保として大丈夫な物件だった?土地の謄本の上ではどうでした・・・?」佳奈子には珍しく、細かいところまで聞いてきた。
「それが・・へんな権利関係など付いていない、きれいな土地だったって・・・先の副島次長からあとでそう聞いたよ」

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