王国の彼是

紗華

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剣術大会

200:剣術大会2日前〜腹黒 エレノア

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「庭園を囲むポプラが並木道になってるなんて知らなかったわ」

お役御免となった日傘を閉じながら振り返ると、眉間に皺を寄せたカイン様が口を開いた。

「長期休暇に入ったからといって、剣術大会は明後日だろう?代表の仕事はいいのか?剣舞の仕上がりは?」

数年前までは、長期休暇を社交シーズンに合わせていた学園だが、煌びやかな夜会が毎夜開かれる春から夏は、地方から来る貴族家も王都に集まる為、領地に戻っても直ぐに王都へ来る事になる。
無駄な労力と時間をかけて領地に戻るより、家族が王都へ来るのを待つ方が効率的と、学園の寮に留まる生徒が多い事から、長期休暇の時期がずらされたけれど、秋と言っても昼間は日陰を求める程にまだまだ残暑は厳しい。

そして、カインお母様の指摘も厳しい…

「ご心配頂かなくても、代表の仕事はちゃんと務め終えたし、剣舞の仕上がりも順調ですっ!」

「…そうか」

ぷくりと膨らませた頬を突かれ、子供扱いするなと言うように視線を向けると、フッと柔らかく笑われた。

「好き」

「…その思ったままを口にするのはやめろ」

小さく溜め息を吐いたカイン様に手を引かれて静かな緑道を歩く。

風にそよぐ濡羽色の髪から覗く耳が赤くなっているのを認めて、顔が緩む。
私の言動に照れた様な反応を示す様になったのはいつからかは覚えてないけれど、少しは大人の女性として意識してもらえる様にはなったかしら?

「ねえ、カインーー」

「好きだよ」

「………え?」

思わぬ不意打ちに足も思考も止まる。
仰ぎ見た榛の瞳に映る自分の顔は真っ赤に染まり、ハクハクと空気を噛む様に口が動いている。

「フッ……いい反応だ。サロンに行くか?話があって来たんだろう?」

一瞬でも優位に立てたと思った自分が馬鹿だった。

「~~っ反則!」

勝ち誇った笑みで見下ろしてくるカイン様に抱き着いて、胸に頭をグリグリと擦り着けると、髪が乱れるぞという言葉と共に、頭頂に口付けを落とされた。


ーーー


「剣舞の衣装を変更する?」

「変更したのよ」

インクの匂いに包まれたサロンの彼方此方から、小難しい話し声が聞こえてくる。
文字や数字が並ぶ書類が広げられる卓を横目にしながら、この場にそぐわないドレスのデザイン画を広げると、隣に座るカイン様が組んだ長い脚を解いてデザイン画を手に取った。

「随分と保守的なデザインに変更したな…」

「どう?殿下にも合格点をもらえるかしら?」

紺青のロングコートにも見えるドレスは、セイラーカラーのダブルブレスト。
ヨランダ達の山の舞のデザインを丸っと真似した衣装は、海軍の紺青と陸軍の深緑の違いしかない。

「これならフランも安心だろう。こっちは…普通のドレスの様だが?」

「オレリアの衣装で、デュバルの女傑よ。今度の剣舞は大陸の領土戦をテーマに、騎士科と魔術科の生徒達にも手伝ってもらう事にしたの」

「……壮大だな」

「海のデュバル、山のセイド、中央のカイエンとスナイデル。私達の代に中央の公爵家がいないじゃない?ノイン侯爵とダチェラ侯爵、ウィール伯爵にドルマン伯爵、ここら辺が徒党を組んで絡んでくるのよ」

「当主方は叔父上の返り討ちに合ったが、令嬢方は違うのか…」

「狸同士の戦いは既に終えていたのね…」

「………不敬だぞ」

呆れた視線を寄越すカイン様に、肩を窄めて反省の態度を示す。形だけでも取らないと小言が続いてしまうから。
それにしても、彼女達は親が返り討ちに合った事は知っているのかしら…いや、知らないからこその強気な態度なのだろう。

彼女達が殿下を好いているのかどうかは知らないが、王太子妃という地位に拘っているのは確か。ナシェル様が王太子だった頃から、デュバルは妃に相応しくないと言っていたから。

「フッ…完璧な剣舞で、女狐共に身の程を知らせてやるわ…って、ファヒンひゃま?!」

「言葉を慎め」

険しい顔のカイン様が、両の手で顔を挟んで低い声で注意してくる。

「こういう時は、口を慎めではなく、口を塞ぐぞ、でしょ?」

顔を挟むカイン様の手を剥して掴み、身を乗り出して抗議すると、手首を返して私の手を掴み顔を近付けてきた。

「どんな風に塞がれたい…?」

耳元で甘く囁かれ、背筋からゾクゾクと震えが走る。
いつもなら、何を馬鹿な事を言いたげに溜め息を吐かれて終わるのに、さっきの緑道での反応といい、今日のカイン様は一々甘い。

って言うより、常に小言を言われて保護者面されてきたから、こんな反応をされるとどうしてもいいのか分からない。

「カ、カイン様…やめ…ここ、サロン…」

「周りの目が気になると?その心配はいらない。此処は死角だからな、俺が無防備にお前を晒す筈がないだろう?」

「…し、死角…?」

「そうだ。エレノアが静かにしていれば、誰にも気付かれない…俺達が、何をしてもな」

小声で話すカイン様の髪が首筋に当たって擽ったい。身を捩ると、逃がさないとばかりに腰を引き寄せられ、顎を長い指で捕らえられた。

「カイン様…?」

声が震える…婚約してから6年。これまで、男の人だと感じさせられる様な事は一度もなかった。
大人っぽいドレスを纏っても、化粧を変えても、身の丈に合った言動をと注意されて終わり。好きと伝えても溜め息を吐かれて終わり。
有り体に言ってしまうとキスだってした事がない。

突然突きつけられた男の部分に、恐怖と、抗えない色気に酔いそうになる。

「…エレノア…」

「?!っ…」

どうすればいいのっ!

あんなに恋愛小説を読んでいるのに、なんなら官能小説だって読んだのに、友人達と話だってしてるのに、培ってきた知識が全部飛んでいって、固く目を閉じる事しか出来ない…

「…今日の感想文は、何枚書けそうだ?」

「………へ?」


『不問とはいえ、反省文は免れないわね…本日のネイト様の感想文なら、100枚でも書けますのに…』

『たったの100枚?ヨランダのネイト様への思いも大した事ないわね…それとも、ユーリ様なら、もっと書けるのかしら?』

『勿論…と言いたいことろだけれど。残念ながら、ネイト様の後光が強過ぎて…殿下と共に霞んでましたわね…そう仰るエレノアこそ、本日はお見えになられなかったカイン様の事は?』

『愚痴なら幾らでも……それでも、10枚が限界ね…』


何時ぞやのヨランダとの会話が頭を過り、背中に汗が伝う。

「カイン様…?まさかーー」

温かい感触は一瞬…ぼやけた視界が鮮明になった先には、勝ち誇った笑みを浮かべるカイン様。

「次は、目を閉じる様に」

気を付けて帰れよと言ってサロンを後にしたカイン様が飲んでいたのは…

「…苦い、大人の味…」

唇をなぞりながら目を向けた先には、カイン様の真っ黒な腹と同じ、ブラックのコーヒーがカップに半分程残っていた。




























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