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シーズンⅠ-10 服従願望

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 君子は、故郷から出て三年を過ごした地で、一人の女性と知り合った。

 その地で住み始めた翌年の四月初旬、涼子が幼稚園に入園した。

 三月までの一年間の間に三歳を迎えている子供が一斉に入園式に臨み、休みを取った耕三さんはカメラマンを気取っている。

 耕三三十一歳、君子二十四歳だったが、出席してみると周りは君子より年上のお母さんばかりなのには少し驚いた。

「君子が一番、若いんじゃない?」

「そうね、たぶん」

 君子は、上下黒系統のジャケットとスカートを違った素材で合わせ、インナーとカバンは白系統にしネックレスを少し華やかにしたコーデで臨んでいる。

 他の場所でもフォーマルな場で使えるだろうし、長く使えそう、私に似合ってるしでこれに決めたのだ。

 耕三さんを見ると、周りを何気なく見渡しながらお互い観察を絶えずおこなっている父兄たちとまったく同じ行動をしている。

 少し笑えた。

「三十五人いるとすごいね」

 そう伝えてきた耕三さんの顔を見るとすでに入園式モードに入っている、撮影とカメラ撮りを忘れないで欲しい。

 君子たちが今いる場所は、駅の目の前に国立大学のキャンパスが広がっていて、そのすぐ裏手に二つある公立の幼稚園の一つだった。

 みつつ証券の支店からは駅で東京方面に一つ目の駅。

 君子の故郷から出て耕三さんが赴任したその地は、住むには最適な環境と言える。

 普段の耕三さんと君子は土日の休みもこの辺りのエリアで過ごすことが多い。

 電車で四十分でディズニーランドがある舞浜に降り立つこともできる。

 この街に初めて降り立った時、舞浜が同一県内って何となく不思議な感じがしたのを君子は鮮明に覚えている。

「年長と年中合わせるとちょうど百人だって言ってたわ」

 君子も、一通りの観察をおこないながら答えた。

 入園式は、園長先生の挨拶と来賓の祝辞が終わり職員の紹介まで進んでいる。

 先生方のほうに君子より若い感じの人もいて、すこしほっとする。

 入園式の最大の見せ場は、新たに入園する児童を歓迎するための在園者の年長組と年中組による歌とお遊戯の披露だった。

 少し長いと思ったけど、楽しめた。

 周りの観察を再開した君子は、自分に注がれている視線がどこからか来ているような気がした。

 ほんとにそうなのか、気のせいなのか。

 なんとか不自然にならないよう確かめたい。

 たしか斜め右側の方だったはず。

 でも君子が睨んだと思われるのは避けたい。

「あなた、涼子ったら緊張が少しほどけたみたいだわ」

 君子は、耕三さんに話し掛けながら指先を涼子のいる方へ伸ばす動きの中で目をそこに向けて上げた。

 そこには、目をそらす気配を捨て去ってじっと君子を観察しているかなり年上の感じの女性がいた。

 その女性は、上下グレーの生地でスカートのスーツスタイル。

 ネット検索したとき、確か今年の入園式で一押しだったはず。

 容姿はごく普通に思える。

 背丈は百六十センチの君子よりありそうだが、どこにいても目立つことはまずなさそう。

 この人はずっと私を見ていたんだと君子の直観が告げていた。

 今までも見られることには慣れていたし、ナルシストが入っている自分は見られることにあまり抵抗を覚えない。

 でも、この年上の女性の視線は君子の今までの人生では無縁の何かなのだと確信めいたものを感じる。

 それが何かは分からないと思ったとき、君子の妄想が覚醒してしまった。

 瞬間で目をつぶった。

 口元は見る人が見れば僅かながら、だらしなく開いていたかも知れない。

 ゆっくり目を開き、もう一度その女性の視線を浴びた。

 その視線が『わたしを味わう視線かも知れない』と感じたとき君子の躰は身震いに襲われた。

 そのあとで君子のとった行動をどう説明したらよいものか。

 気が付いたら、その視線に向かって極々わずかな会釈をしていたのだ。

 その視線の持ち主も軽い会釈で返してくれた。

 だが、笑顔は返ってこない。

 ふいに視線を緩めたと思ったらそのあとは、まるで今日の仕事は終わったかのような素振りで、一度も君子にあの視線を送ってよこすことはなかった。

 それが、出会いだった。
 

****


 登園は八時半から九時までの間に、降園は十四時と決まっている。

 送り迎えは、君子は送迎を使わず自分ですると決めている。

 あの女性を目にしたが最初の日は話し掛けることができなく背中を見続けるだけ。

 私を見つめてくれた女性。

 私の人生で無縁だった視線を送ってきた女性。

 私を味わう視線。

 それを確かめたい誘惑に駆られている自分がいる。

 次に降園で見つけた時、君子は挨拶に出向いた。

 入園式で会釈をすでに交わしていたし、年下の君子が挨拶に伺うのは常識的に大丈夫だと思えたからだ。

 その理屈が君子の背中を押し、自分に言い聞かせ続けて一歩を踏み出す。

 親元を離れて一年。

 入園式を迎えるまでは地元にいた時となんら変わらないありふれた日常が続いていた、一歩を踏み出さないと何も変わらない。

 あの身震いの意味を知りたい。


****


 視線の送り主は山下文香《やましたふみか》と名乗った。

 挨拶を交わす仲になるところまで距離が縮んだので普段の自分を考えると君子にしては上出来だと言える。

 年齢は聞いていない。

 三十歳を過ぎてから子供が出来たと言っていたので、たぶん三十歳代の後半、もしかして四十歳かも知れない。

 挨拶を交わし少しの立ち話をする中で形成された山下文香像は、落ち着いていて決して自分の雰囲気を崩さない人だということ。

 君子にない大人の雰囲気の女性。

 登園で会うこともあった。

 もっとゆっくりと話をしてみたいが自分からは言い出せない。

 三ヵ月が経ち、見透かされたように切り出された。

 その日、登園時に一緒になり挨拶を交わした後でお茶に誘われた。

 君子は自転車だが文香さんは軽自動車だったので、君子のマンションまで先導し、少し待ってもらって着替えてから文香さんの車に乗る。

 文香さんの家は戸建てでまだ新しく君子のマンションから歩いても十分足らずだと分かり君子の中で一気に距離が近くなった。

 ご近所だと分かり嬉しいのは君子だけなんだろうか。

 文香さんはどうなんだろうと思ったが、取り立てて反応もなく読み取れない。

 家は二階建てで、リビングに入ると高級そうなL字のソファと食卓兼用の横長のテーブルがあり、お洒落な感じの空間で羨ましい。

 横長のテーブル席の椅子に腰かけてコーヒータイムを始め、お互いの出身地や家族構成、夫の職業など一連の情報交換がおわり一段落したところで話題が途切れた。

「入園式の時。私の視線によく気が付いてくれたわね。ありがとう」

 急にあの日の出来事に話題を振られた。

「あっ、いえ、どうも」

 言葉が出ない、なんと答えればいいの・・・用意していないし。

「あなたを気に入ったの。それで私を見せたつもりだった。そういう視線だったけど。理解してくれてたわよね」

 文香さんの声は、抑揚のないトーンだけどちょっとハスキーな感じで聞き取りやすい。

 私の答えを待っている、今度は発さないと。

「理解って、よく分からないです。気に入って頂けたのは嬉しいです」

「そう、よく分からないのね」

 文香さんは椅子から立ち上がって、ゆっくりとソファに向かいL字の短い方に腰掛けて君子に向き合ってきた、脚を組んでいる。

「こちらへ」

 君子は立ち上がってソファに向かい、L字の長いほうに腰掛けようとした。

「そこじゃなく。こちらへ」

 文香さんの指は床を指している。

「テーブルとソファの間に座ってみて」

 君子はさすがに躊躇した。

 どうしよう、動けない。

「よく分からないみたいだから。座れば分かるから。どうぞ」

 座るといっても間は狭い、正座ぐらいしかできそうもない。

 ジーンズからスカートに着替えているし。

「こうですか」

 君子は正座して上を向いて文香さんと向き合う。

「ありがとう。それでいいわ。眼をそらさないでいてね」

 あの視線が襲ってきた。

 あの日が蘇ってくる。

 ・・・どのくらい経ったんだろう。

 急に、空気が揺らいだ。

 文香さんが動いたのだ。

 文香さんの指先が伸びてきて君子の顎《あご》を上に持ち上げてくる。

 文香さんの口元が下りてきた、どうしよう。

 君子は思わず目を閉じてしまった。

 浅い時間が終わり、一度離れた口元が再び下りてきた、今度は深く。

 そのままで文香さんは、君子の真横に移動してくる。

 文香さんの左足が君子の背中側にくっついて下ろされる、右足が君子の正座している太腿の上に置かれる、左腕で

君子は躰を支えられ、右手が君子の左頬に当てられている。

 文香さんがソファに腰を下ろし両足の付け根にあたる中心部を君子の右腕に当ててくる、熱くなった体温が君子の

右腕に伝わる。

 左右が狭いうえに、前後も捕らわれた君子が完成した。

 君子はもう何も考えられなくなり、頭の中は真っ白になっていた。

 君子は身じろぎもせず両の腕も下ろしたまま。

 深い時間が終わり口元が遠ざかっていった・・・はずだった。

 不意に耳元で「まだよ」と囁かれ、震えた。

 何度目かの深い時間の後に、太股に置かれた足の裏の感触が急に圧を増して押さえつけが強くなり、その痛みで頭

の中に色が戻ってきた。

 君子は耐えた。

 そうすべきだと躰が言っている。

 そして解放された。

 立つことは不可能に思える。

「そのまま後ろに下がって、足を伸ばしていて。動けるようになるまで」

 
****
 

 玄関フロアで短い挨拶を交わして文香さんの家を出た。

 君子は別れ際に耳元で言われた言葉を反芻し、一言一句忘れずにしまい込んだ。

「食べるかどうかは私が決める。いますぐ食べたい。あした来てくれたら、一つ残さずに食べてあげる」

 戻り道を歩きながら、あしたどうすべきか、考えが頭をめぐり悩まされる。

 翌日、君子は八時半に涼子を登園させ、文香さんを待った。

 今朝は絶対に、文香さんに会わないといけないと思ったからだ。

 文香さんがやってきた。

 朝の挨拶を交わし、今日お伺いしてもよろしいでしょうか? と聞いてみた。

 応えは、お待ちしています、と普通。

 こういうとき表情の変わらない人でよかったとなぜか思う。

 家に着くと、短い丈のTシャツ姿の文香さんが待っていた。

 膝丈より少し短いスカートで素足。

 ストッキングを履いていない文香さんを始めて目にした。

「来るとしても黙って訪ねてくるのだと思ってたけど、まさかお伺いをしてくれるとは思っていなかっ

た。私の言葉を受け止めた上で、ちゃんとご挨拶ができる人だったのね。あなたは」

 玄関フロアで文香さんにそう言われ、そのまま二階に連れていかれた。

 それから四時間。

 回数を言わされ、十三回目を言い終えて意識が飛んだ。

 君子はその度に文香さんに許可を求めたが、文香さんに言われたわけではない。

 それが君子だった。

 許可を出したあと文香さんの動きが早くなる、一瞬だけの空白がやってくる。

 回数は言えた。

 十三回と言ったあとの記憶はない。

 気が付くと、無表情な文香さんが見下ろしていてまた恥ずかしさが戻ってきた。

「一週間後に、来て」と言われ、降園に行くために家を後にし、幼稚園に着いたのは十四時少し前、ぎりぎり。

 そこで、ついさっき分かれたばかりの文香さんと、午後の挨拶を交わす。

 君子は二十四歳にして初めてその深さを知った。

 感覚的には感動。

 この感動を再び味わうために、気持ちを一週間後に合わせて準備をする。

 一週間後。

 登園は八時半。

 朝の挨拶をして、お伺いを立て訪問の許可を受けた。

 感動と準備が、落胆と自責の念に変わるとは思ってもみなかった。

 その日。

 なにもなかった。

 コーヒータイムをただ過ごしただけ。

 君子は、決めるのは文香さんであって自分に権利はなかったことに今更ながら気づかされる。

「あなた。あした九時半にこれるかしら」

「はい。伺えます」

「よかった。これからは約束の日は時間も言います。登園八時半だったんでしょう、私を待つために。お疲れ様」

「・・・・・・」

「あなたは新鮮な人。どんな食べ方をしても、次に会った時はまた一から新鮮な気持ちになれる。そういう人はいない。誰もがみんな気がつかない中で馴れた態度になってしまうけど、あなたにはそれがない。登園八時半は嬉しかった。これは私の本音よ」

 平凡な顔立ちの一回りぐらい歳が離れているこの女性に、抑揚のないちょっとハスキーな声の持ち主に、自分の雰囲気を決して崩さない女性がいま、嬉しかった、と口に出したのを聞いた。

 この言葉を聞いて、あのとき君子は信頼できると感じたから正座したのだと悟った。


****


 君子は翌日、九時半ちょうどに文香さんのお宅のチャイムを鳴らした。

 今日はすぐに二階に行くものとばかり思っていたが、昨日と同じく居間に通される。

 横長のテーブルの上にはモーニングコーヒーがセットしてある。

 君子は勧められたコーヒーを口にはしたものの、二階へ通じる階段ばかりが頭の中を占領する。

 早く階段を上がりたい自分が少し情けない。

 文香さんを見ると落ち着いている。

 二階に上がる気配はまったく感じられないとさえ思えた。

「あなたは、私を信頼してくれているのね」

 文香さんの言葉は、君子の中であの日の正座を思い出させる。

 瞬間で蘇ってくる。

 文香さんを信頼したから正座できた。

「はい。信頼しています」

 君子は文香さんをまっすぐ見て、そして素直な気持ちで答えた。

「ありがとう。見せたいものがあるんだけどいいかしら。少し刺激が強いかも知れないけど、どうしても見てもらいたいの」

 文香さんから、見る前にその内容を教えられた。

 君子は思考が一瞬停止してしまった。

 どうしようか返事に困る。

「あの、それって私にってことですよね」

「そう。あなたにしたいんだけど、ムリにとは言わない」

 文香さんから見せられたのは映像だった。

 二人とも顔が映っていなかったが、声で一人は文香さんだとわかった。

 もう一人は背中側だけが映っている、映像では頭が向こう側にあって四つん這いだ。

 文香さんはオスになるためのものを装着し、その女性と繋がっていた。

「あなた、気づいた?」

「・・・・・・」

「よおく見てみて」

 この映像を見る前に内容は聞かされていたが、いま見ている光景が信じられなくて声が出てこない。

 映像から目が離せない。

 顔が引きつっているのが自分でも分かった。

「わかったみたいね。これは、そこに映っている女性に頼まれて私が撮ったものなのよ」

「・・・・・・」

「その女性は、あの場所だと自分がわかんなくなるみたいなの。だからどんな自分なのか知りたいってことで撮って欲しいと頼まれたの。リスクが高いので顔は二人とも映してないんだけど」

 やっと、声が出た。

「大丈夫なんでしょうか」

「初めからっていうのはムリ。体質もある。少しずつってことになるんだけど」

「そうですよね」

 君子は言葉を発し会話をしているが思考はほとんどさっきから停止している。

 経験どころか、その場所は自分で触ったこともなかった。

 文香さんを信じて任せてみようと思いはしたが、お願いしますとの言葉がそこまで出かかっているのにあんな場所でと思うと躊躇が先立って言えない。

 その日、何回か回数を言わされた後で文香さんから少し触ってみようかと投げかけられ君子は小さく頷いた。

 軽く触れられただけで不思議な感覚が襲ってくる。

 ローションを使い充分にほぐした後で少しだけ文香さんの指を中に頂いた時に君子は強烈な刺激を味わっていた。

 どのくらいの時間が経ったんだろう。

「第二関節まで入ったわよ。大丈夫みたいね。痛くない?」

 ぼぉっとした頭に入ってきたのは文香さんが指の関節の話をしているということだった、それが意味することをコンマ何秒かズレて脳が理解した。

「大丈夫です」

 たかが指の関節の話なのに、埋め込まれている深さを現していると思うだけでさらに興奮している自分がいる。

 痛みはなかった。

 この刺激にきっと自分は虜にされると躰が言っていた。

「あなた・・・もしかして」

「・・・・・・」

「隠さなくてもいいのよ」

「どうしよう」

「感じているのね」

「あぁ、お姉様っ」

「そう呼びたいの?」

「はい、呼んでもいいですか」

「いいわよ、お姉様にどうされたいのか言ってみて」

「そんなぁ」

「恥ずかしがることはないわ。いま思っていることをそのまま言ってみて」

「わたし、お姉様に服従したいです」

 その言葉しか思いつかなかった。

 君子の人生で一度も口にしたことのない言葉。

 中心部のすぐ後ろにある場所に指を頂きながら懇願している自分を君子は呪った。 

 お姉様に服従したい。

 同性に服従したい。

 そう思うだけでどうしようもなく興奮する。

 ナルシストで自分が自慢の君子が同性に服従するという倒錯的な行為を思うだけで酔ってしまう。

 この日からそれは君子の願望になった。

 ・・・いや、ずっと前からそうだった。

 看護学生だった頃に本屋さんでレディスコミック『タブーなあなた』に出会った時からだ。

 SM的な内容と投稿された実話のすべてが君子に衝撃を与え、次の発売日まで一ヵ月間あったが擦り切れるんじゃないかと思うほど何度も繰り返し読んだ。

 君子が本に登場する受け側の女性と同化するのに時間は掛からなかった。

 その中でも、スタイルも良くボーイッシュで活動的な女性が見た目と違い受け側でその女性を攻める側も同じ同性だという組み合わせを目にした時に脳が痺れた。

 これだったんだと脳が言っている。

 中学高校を通して同性から告白され嬉しかったはずなのに付き合うことが出来なかった、ただ面倒くさい生き物として自分と向き合っただけで終わっていた。

 もう、他の作品や投稿を見ても今までのようには興奮しない。

 年間を通してもめったにない組み合わせなのが分かってきた時には相当落ち込んだ。

 なんで書いてくれないの、なんで投稿してくれないの、なんで男女物ばっかりなの、あの時ほど恨んだことはない。

 そんな数少ない作品の中に、服も脱いでいないのに躰が痙攣しイカされているのが掲載された号が出た。

 それは、同じ職場の可愛くも無い太目の後輩から告白された主人公が見せる曖昧な態度にその後輩が次第に苛立ちを募らせていくストーリーだった。

 仕事が出来て職場の男性にも引けを取らない先輩としてのイメージが崩れていく過程で被虐性の強さが見抜かれていってしまう。
 言葉でなじられた時についに性的嗜好を告白した主人公が後輩の足元にひれ伏してしまう。
 ショックを受けた後輩が先輩にこっちを見るよう言い放ったあとで顔を上げた先輩にビンタを食らわす、そして先輩を四つん這いにさせ髪を鷲掴みしたままでスパンキングを開始し言葉責めをしていく。
 うめき声が喘ぎ声に変わっていく中で容赦のない言葉が投げつけられ主人公に痙攣が起きる、とどめは「ほらっ!イクんだよ、このメスブタ」と放ったあと後輩が主人公の中心部に振り下ろした一撃だった。
 
 君子は言葉と痛みでイケることを『タブーなあなた』で知った。

 そこから抜け出せない。

 それなのに、文香さんは優しすぎる。

 もっともっと軽蔑の言葉を投げかけられたい。

 足元に跪《ひざまず》きたい。

 許されるのなら跪いた目の前にあるつま先から太腿の付け根までをすべて抱きしめて頭上から言葉を頂きながら果てたい。

 普段の君子を知っている人が見たら卒倒するんじゃないかと思うぐらいにめちゃくちゃにして欲しい。

 そんなふうに扱ってもらいたかった。

 だがその願望は一度も叶えられないままでやがてそれは渇きに変わった。

 君子は自分からお願いすることは絶対にない、出来ない。
 
 文香さんには感謝している。

 感謝はしているが、君子が持つ欲望の深さを知られることのないままだったのが最後まで寂しかった。

 耕三さんが転勤になりこの街を離れることになった。

 一度、躾のことで耕三さんが、他の親御さんはどうしているんだろう君子が知り合った人がいれば話を聞いてみたい、と言い出したことがある。

 文香さんにそのことを話したとき、そういうことって確かにあるかも知れないとその時は言っていたが後日、バーベキューをうちでしましょう、主人もとても楽しみにしていると家族で招待を受けることに。

 パートナーとして尊重してくれている姿がそこにはあった。

 庭先で過ごした際の会話のすべてが、いつもの「あなた」ではなく「君子さん」だったことだけが少し不思議な感じがしたのだが。

 転勤の挨拶に伺った。

「そうなの。転勤族だからしかたないわね」

 文香さんが続けた。

「聞いてもよろしいかしら」

「・・・・・・」

「ご主人とのときも、毎回、一からの反応なのかとても気になっていて」

「それは」

「ごめんなさい。立ち入ったこと聞いてしまったわね」

「いいえ。私には分かりませんが。主人は・・・新鮮だと」

「私もそう思っていた。あなたは稀有な人よ」

 文香さんは大きく頷くと笑顔を見せた。

「いままで、ありがとう。ご主人にもあのバーベキューは楽しかったと伝えてね」
 
 これが文香さんとのお別れだった。

 この街を離れ、耕三さんが転勤した先で朝美が生まれた。

 文香さんと別れてからの君子にはパートナーは一人もいない。

 そのくせ開発された場所への執着を忘れることができない。

 その場所を使って自分ですることを覚え、最初は文香さんを思い浮かべた。

 それでダメだと分かると次々とタイプの違う女性を思い浮かべた。

 一番しっくりきたのは知的な社会人、普通に事務とか営業をやってそうな人だった。

 可愛くなくてもいい、太っていても構わない。

 服従している自分を思い浮かべながら開発された場所を自分で慰める。

 屈辱と敗北感を与えられ絶望に陥ったあとにやってくる期待に震える。

 渇きを満たしてくれる女性に出会うのを待ちわびながら果てる癖がついてしまった。

 
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