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シーズンⅠ-11 二回目のデート
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「あなたとなら成長した自分に出会えると一目見て思った。どのくらいかかってもいい、普通に始めてみたい」
君子は、有佳が発した一字一句を暗記した。
たとえ口から出まかせだとしても君子はこの言葉を盾に取るつもりでいた。
「どのくらいかかってもいい」と「普通に始めてみたい」は君子と有佳にとって絶対視されるべきものと君子は結論づけた。
もし言った本人が覚えていないなら思い出させるまでのこと。
もう着ていく服装でも悩まない、好きなものを着ていく。
有佳に合わせようとか気に入られようとか考えた時点で、自分を見失うのが関の山だ。
次の約束は同じ場所で同じくランチにしていた。
ここのお店のランチは大きめの重箱を大きさの違う四つに仕切った日替わりお弁当で七百七十円、食後のコーヒーも付いている。
気に入ってはいるがそう何度も二人で来るのはどうか、変なところで気を遣っている、次までしばらく間を空けるつもり。
注文して食べ始めるまで、なぜか前と同じく二人とも無言だった。
でも今度は君子から話し掛けることができた。
「この前の別れ際に、私に言ったこと。繰り返して欲しいんだけど」
なんと有佳は一字一句そのまま繰り返してくれた。
有佳は茶化さなかった。
でも騙されない。
演技者が台詞を覚えているだけなんだろう。
「ありがとう。わたしもうすぐお勤めに出るの。有佳さんの卒業までは、私に合わせて欲しい。卒業した後は二人で相談しながらということでいいかしら」
君子は勤め先が決まったことを伝えた。
「・・・・・・」
てっきり言い返してくるか何らかの反応はあると思ってたけど違っていた、言い返さないなんて、この調子でいけば一方的に君子が不愉快になることもない。
お付き合いを始めるにあたり、どうしても言っておかなければならないと君子が考えていることを続けて口に出してみた。
「それから。二人の間での呼び方なんだけど。いまのままを変えないことでいきますね」
「君子はそれでいいの」
「ええ。かまいません」
「それが普通だって思っていいんだよね」
「それはちがいます。普通とはかけ離れています。でも、これからお付き合いする中で、私に甘えたりしたくなる時があるかもしれない」
「ふぅーん甘えるって。なんでかな」
「仮の話です。もし、そうなった時に『君子さん』とか『お姉さま』とかって絶対に呼ばせない。そのために取り決めておこうということです。理解しましたか」
「じゃあ。私のこと呼んでみて」
なんで?
返しが早すぎでしょ。
お姉さまとかって呼んでみたいなくらい言ってもバチは当たらないでしょ、お付き合い始めるんだから。
たとえ十六歳離れていても少しぐらいは関心を持ってもらいたい。
だから、有佳が呼び捨てにするのを君子は受け入れる。
その想いが伝われば恋愛のスタートとしては上々だと思っていたが違っていた。
このままだとまた有佳のペースになってしまう。
私に関心がないくせに扱いがうますぎる。
「有佳、さん」
「君子。もういっかい」
嫌だっ。
小声になってしまう。
「・・・有佳さん」
「これで、どこで、いつ、私が君子に甘える日がくると思ってるわけ?」
思っていません。
思ってはいないけどこの先は長い。
だって、どのくらいかかってもいいなんだから。
ここは勇気を出すところ。
「まずは、ご飯をちゃんと食べましょう」
「君子」
「はい」
「言っておくけど、はぐらかされるの嫌いだから」
「・・・・・・」
「もう一つ。反応が鈍いのはもっと嫌い。覚えたかな」
「はい。できるかどうか自信はない、です」
「今の君子じゃ無理。そこは待ってる」
優しい。
命令口調にちょっとした優さを加えて来る有佳はずるい。
有佳が続けてきた。
「これから言う話。ちゃんと聞けるよね」
「聞けます」
自分が素直になっていくのが分かる。
有佳に素直にさせられていく。
君子はまた有佳の奥を思い出していた。
「君子。さっき、呼び方の話してたよね」
急に嫌な予感がした。
「『有佳さん』が『有佳様』になったあとで、はぐらかしたり、反応鈍かったりしたら。縁はそこでおしまい」
「・・・・・・」
優しい顔つきのままで、残酷な宣言をしてきた。
このあとは来た時と同じく無言に戻るしか手立てがなく、黙って食事を済ませ、コーヒーも飲んだ。
有佳も話し掛けてこないが、特に気まずいという感じはない。
有佳の発した言葉が持つ意味はどこかの時点で二人はそういう関係になり、その時の有佳と君子の関係は主従関係だと宣言されているようなものだ。
君子が話題にした『呼び方』を逆手に取られた。
その上で二人の関係を宣言してきている。
有佳は私とのお付き合いに少しぐらいは『成長』を望んでいると思っていたが、それは嘘だったのだろう。
親公認のお付き合いの相手に主従関係を要求してくる時点で有佳の本性が見える。
確かに、会話の中では初めからそういう関係だったかも知れない。
君子も命令されることに喜びがあるのは否定できない。
でも二回目のデートで宣言してくるなんて。
主従関係に近かった文香さんが君子の中の歪《いびつ》な性癖を見抜くことはなかった、有佳は優しくないくせに君子の本質に真っ直ぐ向かってくる。
相手に様付けで呼ばせた経験があるに違いない。
扱い方が手慣れている。
工藤先生が君子を見つけ出すまで誰にも手を出さなかったはずがない、先生が気付いていないだけだ。
有佳は危ない人なのかも知れないとまた思ってしまった。
・・・考えてみれば君子の役目は『踏み台』だった。
工藤先生が見つけた君子と付き合えば、あとの有佳は自由の身だ。
今までだって有佳は好き勝手をやっていたはずだし、形だけの成長の踏み台役が君子なのだと悟った。
やっと、言えた。
「有佳さん。それでいいです。わたし踏み台だったのを忘れてました。ごめんなさい」
「それでいいの?」
「いいとかじゃなく。務《つと》めは果たします。でも『有佳さん』を『有佳様』と呼ぶ日はこない。これだけははっきりさせておきます」
瞬時に・・・ざわっとした。
気まずくなかったはずの空気が君子の言葉で一変したのを感じた。
有佳を見ると表情がなくなっている。
有佳の特徴的な大きな瞳がほぼ閉じられて薄眼になっている。
優しい顔を持つ有佳から柔らかみが消えている。
瞬時にこんなにも冷たい顔になれることに怖さを感じた。
「なに気取ってんのよ、おばさん。あの時、物欲しそうだったくせに。あの時の顔がおばさんの正体だって自分でもわかってるんでしょ。私を様付けで呼べる日がくることをずっと考えてたんじゃないの?」
「・・・・・・」
なにも言い返せなかった。
有佳の顔は支配者そのものに見える。
完全に目がイッてる。
君子を見ていない。
目の前にいる蔑《さげす》むべき相手としての君子だけを見ている。
そう思った瞬間、怖くなった。
怖さばかりが襲ってくる。
「飢えてるんでしょ。あのときテカってた私のあそこがずっと忘れられないんでしょ。もう逃げれないのよ、お・ば・さ・ん」
このあと有佳の顔に柔らかみが戻ることはなかった。
次回以降は、君子の勤務日程が決まってからということになり毎日送っているメールも「もういらない。やり取りが必要な時だけ」と言われた。
恐怖と有佳の異常さだけを思い知らされて二回目のデートは終わった。
****
その夜。
有佳はパソコンの電源を落とし部屋のライトを薄暗くしたあとで一件のメールを送った。
あとはベットに横になり電話を待っていた。
バイブ音が鳴り画面が光った。
有佳「用意してもらいたいものがあるんだけど。うんっ何って、M字開脚用のベルトだけど。できるよね」
電話の相手「取り寄せます。はじめは私でお願いできますか」
有佳「わかった。いつもの温泉で・・・そう泊まりで」
君子は、有佳が発した一字一句を暗記した。
たとえ口から出まかせだとしても君子はこの言葉を盾に取るつもりでいた。
「どのくらいかかってもいい」と「普通に始めてみたい」は君子と有佳にとって絶対視されるべきものと君子は結論づけた。
もし言った本人が覚えていないなら思い出させるまでのこと。
もう着ていく服装でも悩まない、好きなものを着ていく。
有佳に合わせようとか気に入られようとか考えた時点で、自分を見失うのが関の山だ。
次の約束は同じ場所で同じくランチにしていた。
ここのお店のランチは大きめの重箱を大きさの違う四つに仕切った日替わりお弁当で七百七十円、食後のコーヒーも付いている。
気に入ってはいるがそう何度も二人で来るのはどうか、変なところで気を遣っている、次までしばらく間を空けるつもり。
注文して食べ始めるまで、なぜか前と同じく二人とも無言だった。
でも今度は君子から話し掛けることができた。
「この前の別れ際に、私に言ったこと。繰り返して欲しいんだけど」
なんと有佳は一字一句そのまま繰り返してくれた。
有佳は茶化さなかった。
でも騙されない。
演技者が台詞を覚えているだけなんだろう。
「ありがとう。わたしもうすぐお勤めに出るの。有佳さんの卒業までは、私に合わせて欲しい。卒業した後は二人で相談しながらということでいいかしら」
君子は勤め先が決まったことを伝えた。
「・・・・・・」
てっきり言い返してくるか何らかの反応はあると思ってたけど違っていた、言い返さないなんて、この調子でいけば一方的に君子が不愉快になることもない。
お付き合いを始めるにあたり、どうしても言っておかなければならないと君子が考えていることを続けて口に出してみた。
「それから。二人の間での呼び方なんだけど。いまのままを変えないことでいきますね」
「君子はそれでいいの」
「ええ。かまいません」
「それが普通だって思っていいんだよね」
「それはちがいます。普通とはかけ離れています。でも、これからお付き合いする中で、私に甘えたりしたくなる時があるかもしれない」
「ふぅーん甘えるって。なんでかな」
「仮の話です。もし、そうなった時に『君子さん』とか『お姉さま』とかって絶対に呼ばせない。そのために取り決めておこうということです。理解しましたか」
「じゃあ。私のこと呼んでみて」
なんで?
返しが早すぎでしょ。
お姉さまとかって呼んでみたいなくらい言ってもバチは当たらないでしょ、お付き合い始めるんだから。
たとえ十六歳離れていても少しぐらいは関心を持ってもらいたい。
だから、有佳が呼び捨てにするのを君子は受け入れる。
その想いが伝われば恋愛のスタートとしては上々だと思っていたが違っていた。
このままだとまた有佳のペースになってしまう。
私に関心がないくせに扱いがうますぎる。
「有佳、さん」
「君子。もういっかい」
嫌だっ。
小声になってしまう。
「・・・有佳さん」
「これで、どこで、いつ、私が君子に甘える日がくると思ってるわけ?」
思っていません。
思ってはいないけどこの先は長い。
だって、どのくらいかかってもいいなんだから。
ここは勇気を出すところ。
「まずは、ご飯をちゃんと食べましょう」
「君子」
「はい」
「言っておくけど、はぐらかされるの嫌いだから」
「・・・・・・」
「もう一つ。反応が鈍いのはもっと嫌い。覚えたかな」
「はい。できるかどうか自信はない、です」
「今の君子じゃ無理。そこは待ってる」
優しい。
命令口調にちょっとした優さを加えて来る有佳はずるい。
有佳が続けてきた。
「これから言う話。ちゃんと聞けるよね」
「聞けます」
自分が素直になっていくのが分かる。
有佳に素直にさせられていく。
君子はまた有佳の奥を思い出していた。
「君子。さっき、呼び方の話してたよね」
急に嫌な予感がした。
「『有佳さん』が『有佳様』になったあとで、はぐらかしたり、反応鈍かったりしたら。縁はそこでおしまい」
「・・・・・・」
優しい顔つきのままで、残酷な宣言をしてきた。
このあとは来た時と同じく無言に戻るしか手立てがなく、黙って食事を済ませ、コーヒーも飲んだ。
有佳も話し掛けてこないが、特に気まずいという感じはない。
有佳の発した言葉が持つ意味はどこかの時点で二人はそういう関係になり、その時の有佳と君子の関係は主従関係だと宣言されているようなものだ。
君子が話題にした『呼び方』を逆手に取られた。
その上で二人の関係を宣言してきている。
有佳は私とのお付き合いに少しぐらいは『成長』を望んでいると思っていたが、それは嘘だったのだろう。
親公認のお付き合いの相手に主従関係を要求してくる時点で有佳の本性が見える。
確かに、会話の中では初めからそういう関係だったかも知れない。
君子も命令されることに喜びがあるのは否定できない。
でも二回目のデートで宣言してくるなんて。
主従関係に近かった文香さんが君子の中の歪《いびつ》な性癖を見抜くことはなかった、有佳は優しくないくせに君子の本質に真っ直ぐ向かってくる。
相手に様付けで呼ばせた経験があるに違いない。
扱い方が手慣れている。
工藤先生が君子を見つけ出すまで誰にも手を出さなかったはずがない、先生が気付いていないだけだ。
有佳は危ない人なのかも知れないとまた思ってしまった。
・・・考えてみれば君子の役目は『踏み台』だった。
工藤先生が見つけた君子と付き合えば、あとの有佳は自由の身だ。
今までだって有佳は好き勝手をやっていたはずだし、形だけの成長の踏み台役が君子なのだと悟った。
やっと、言えた。
「有佳さん。それでいいです。わたし踏み台だったのを忘れてました。ごめんなさい」
「それでいいの?」
「いいとかじゃなく。務《つと》めは果たします。でも『有佳さん』を『有佳様』と呼ぶ日はこない。これだけははっきりさせておきます」
瞬時に・・・ざわっとした。
気まずくなかったはずの空気が君子の言葉で一変したのを感じた。
有佳を見ると表情がなくなっている。
有佳の特徴的な大きな瞳がほぼ閉じられて薄眼になっている。
優しい顔を持つ有佳から柔らかみが消えている。
瞬時にこんなにも冷たい顔になれることに怖さを感じた。
「なに気取ってんのよ、おばさん。あの時、物欲しそうだったくせに。あの時の顔がおばさんの正体だって自分でもわかってるんでしょ。私を様付けで呼べる日がくることをずっと考えてたんじゃないの?」
「・・・・・・」
なにも言い返せなかった。
有佳の顔は支配者そのものに見える。
完全に目がイッてる。
君子を見ていない。
目の前にいる蔑《さげす》むべき相手としての君子だけを見ている。
そう思った瞬間、怖くなった。
怖さばかりが襲ってくる。
「飢えてるんでしょ。あのときテカってた私のあそこがずっと忘れられないんでしょ。もう逃げれないのよ、お・ば・さ・ん」
このあと有佳の顔に柔らかみが戻ることはなかった。
次回以降は、君子の勤務日程が決まってからということになり毎日送っているメールも「もういらない。やり取りが必要な時だけ」と言われた。
恐怖と有佳の異常さだけを思い知らされて二回目のデートは終わった。
****
その夜。
有佳はパソコンの電源を落とし部屋のライトを薄暗くしたあとで一件のメールを送った。
あとはベットに横になり電話を待っていた。
バイブ音が鳴り画面が光った。
有佳「用意してもらいたいものがあるんだけど。うんっ何って、M字開脚用のベルトだけど。できるよね」
電話の相手「取り寄せます。はじめは私でお願いできますか」
有佳「わかった。いつもの温泉で・・・そう泊まりで」
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