小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第5話:フィンレー

第1章

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 青い花が一面に咲き乱れる花壇の間を、小柄な少年が歩いていく。
 明るいブラウンの髪をふわふわと躍らせながら、彼を慕うように飛び交う蝶達をおどけた様子でかわす姿は、見守る者すべての心を、優しく解きほぐしていくかのようだ。
 吹き抜ける風につられるようにして振り返った先、庭園の中に建てられた豪奢な東屋あずまやの中から、自分を見詰める眼差しに気付いて、少年――ルカ・フェアリーベルは反射的に手を振った。大きな動作には照れ隠しの意味もあったが、屈託のない挙動が、より一層周囲の気持ちを和ませる。
 応えるように手を振り返してくれたのは、ルカとよく似た明るい茶色の髪と、オレンジ色の瞳を持つ妙齢の美女、祖母のベリンダだ。16歳の孫を持つ女性にはとても見えない若々しい外見は、彼女の持つ強大な魔力の故である。本人が望んで若い頃の姿でいるのではなく、細胞の隅々にまで力が浸透しきっているため、結果として老いとは無縁の状態であるらしい。強大な魔力と良き行いを讃えて、人々は彼女を「黄金のベリンダ」と尊称そんしょうする。
 そして、溺愛する孫に向かって白魚のような手を振るベリンダとルカとを交互に見詰め、幸福そうに微笑んでいるのは、この屋敷の先代主人である、クリストファー・ボールドウィン卿だ。
 ルカは今日、親友のフィンレーに会うために、領主館りょうしゅやかたを訪れていた。フィンレーは現領主ヘクター・ボールドウィン卿の一人息子であり、現在は父の補佐を務めながら、政務を学んでいる。そのヘクター卿が不在の今、全権を委任され執務が立て込んでいるフィンレーに変わって、彼の祖父であるクリストファー卿が、ルカとベリンダのもてなしを買って出てくれているという訳だ。
 季節の花々が爛漫と咲き誇る庭園の東屋で、美味しいお茶と、フィンレーのために持参したアップルパイを一緒にいただいてから、ルカは「お庭を見て来てもいいですか」と席を立った。見掛けは天使か妖精かと誉めそやされるルカも、中身は普通の少年であって、それほど草花に興味はない。20年以上前に妻を亡くしたクリストファー卿が、祖母に気のある風なのを気遣ってのことである。若くて美しいベリンダに興味があるというなら孫としては不快なだけだが、彼は力の大半を失い、歳相応の姿をしていた頃のベリンダに対しても、同じように紳士的に接していた。そのためか、祖母には少なくとも悪感情はない様子だ。ルカとしては、何となく男としてクリストファー卿の味方をしたいような気持ちにさせられても、おかしくはないだろう。
 そして、花に興味はなかったとしても、領主館はルカが行き来したのどちらにおいても、一番豪華で絢爛な場所であることに間違いはない。庭木も含め、色や種類で分けて植えられた植物は、見ているだけで楽しい気分になってくるから不思議だ。自然と戯れるなど、ではなかったことだが、では折に触れ、季節の変化を感じることが多い。
 ふと、足元に敷き詰められた青い花に懐かしいものを感じて、ルカは足を止めた。祖母に連れられて、初めてこの領主館へ来た時も、咲いていたような気がする。そう、名前は確か――
「――!」
 不意に強い風が吹き抜けて、ルカは思わず目を閉じた。同時に背後で靴音が聞こえて、ハッと振り返る。
「――出逢った頃のことを思い出すな」
 青い花弁が舞い踊る中、現れたのは、執務を切り上げたらしいフィンレーだった。騎士の家系である彼は、普段から好んで軍服風の衣装を身に纏っているが、舞い散る花びらを背景に、銀色の髪を風になびかせ、紫色の瞳で優しく微笑む姿は、まるで物語に登場する王子様のようだ。それはきっと、彼が群を抜いた二枚目イケメンであるためなのだろうが、一緒に育ってきたルカとしては、何となくソワソワさせられるものがある。
 ――昔は、身長も同じくらいだったのに。
 今では見上げなければ視線も合わせられないフィンレーが、それでも自分と同じ記憶を辿っていたということが嬉しくて、ルカは「そうだね」と微笑み返した。
「お茶は? パン屋のおばさんとこのアップルパイ持ってきたよ」
 首を傾げると、フィンレーはルカの頭の上から背後の東屋を見遣り、「いや」とかぶりを振る。
「それは魅力的な提案だが――今はやめとく。邪魔になるだろ」
 意味深なウィンクに、ルカは小さく肩を揺らした。生まれる前に祖母を亡くしている彼もまた、ルカと同じように、祖父の新しい恋を見守っている。積極的に協力をするほどではないが、多少なりとも気を遣う自分達のことを、以前フィンレーは「俺達っていい孫だよなぁ」と称したことがあった。その時のノリを思い出し、二人でひとしきり忍び笑う。好物のアップルパイは、後でゆっくり食べて貰えばいい。
「――今日はどうした?」
 東屋とは逆方向へルカを促しながら、フィンレーが改めて聞いてきた。見識が広く、中央政界にも顔が利くベリンダの意見を重用する領主の側から彼女を呼び出すことはあっても、ベリンダが自分の意思でルカを連れて館へ遊びに来ることなど、まず有り得ない。ルカとフィンレーの間で遊ぶ約束でもあれば別だが、今日はそのどちらでもないのだ。
 ここ数日の計画を、ようやく実行に移せる。
「――あのね」
 意を決して、ルカは足を止め、フィンレーに向き直った。

 ルカは元々、こちらの世界の生まれではない。
 正確に言うなら、こちらに生まれ落ちるはずだったものが、生まれる前に受けた予言のために魔王の怒りを買い、極限状況の中を祖母の魔法で、別な次元へと落ち延びていたのだ。あちらの世界の母の胎内に辿り着いたルカは、数年後にベリンダによって発見され、以来夢を媒介に、あちらとこちらの世界を行き来しながら成長してきた。しかし、本来属するべきでない世界の空気はルカにとっては毒気と同じであり、徐々に身体は衰弱。16年の生涯を終える間際に、祖母の一世一代の大魔術によって、新たにこちらの世界へと転生を果たしたのである。
 そして、世界はルカに、予言の履行りこうを願った。「黄金のベリンダの血脈こそが、魔王を打ち倒す能力を持つ者である」――大賢者ホルストの今際いまわの言葉は国を動かし、大規模な魔王討伐隊が結成される。
 しかし、ルカの身を案じたベリンダによって、この計画は保留にされ、代わりに魔王軍の動向を探る目的で、斥候隊せっこうたいの派遣が可決された。これはベリンダの詭弁きべんであり、彼女はすべての片を自分ひとりで付けるつもりであったのだが、同じように祖母の身を案じるルカの説得により、形通り斥候隊は組織されることとなる。
 隊員の選抜を一任されているベリンダは、異世界育ちのルカを加入させるにあたって、1つの条件を出した。
『闘う力のないあなたを守ってくれる人を、私以外にあと3人連れて来ること』
 これに従い、ルカは既に、幼馴染みのジェイクと、正エドゥアルト教会の司祭ネイトの勧誘に成功している。恥ずかしながら二人とも、ルカを最優先で守ってくれることに掛けては、疑いの余地はないという頼もしい存在だ。だが、しかし、ルカは当初から、親友のフィンレー以上に斥候隊加入を熱望している存在はいないと考えていた。
 ――フィンレー・アクセル・ボールドウィン。「救国の大剣士」とうたわれる、グリテンバルド州の領主ヘクター・ボールドウィンを父に持つ彼は、常日頃から父の名に恥じない功績を残したいと望んでいた。その為の研鑽けんさんも怠らず、責任感の強さと真っ直ぐな気性は、同世代の友人であるルカであっても、尊敬の対象であるほどだ。魔王討伐隊の結成は、彼にとって千載一遇のチャンスでもあったのだが、他ならぬ父の偉大さのゆえに、この計画は頓挫とんざした。ヘクター卿は国王アデルバート2世直々に隊長職を授かり、そのため優秀な跡取りは政務の全権を委任され、領地に留め置かれることになったのである。
 フィンレーがどれほど悔しがっていたか、親友であるルカは誰よりもよく知っていた。
 ベリンダによって討伐隊の結成が保留になった今、斥候隊が戻るまで、ヘクター卿が戦場へ出ることはない。フィンレーが活躍の場を求めるならば、それは小規模編成の斥候隊以外にないのではないか。
 ――きっと彼は、この提案を喜んでくれるはず。

「一緒に行こうよ、フィンレー!」
 敢えて祖母に課された条件は持ち出さず、ルカはフィンレーに加入を勧めた。親友の立場で守ってもらうなどとおこがましい、というより、恥ずかしい。そうではなく、フィンレー自身が参加を望むはずだと信じていたからである。
 しかしフィンレーは、驚いた様子でスミレ色の瞳を瞬かせた。
「……そうか……」
 そう呟いたきり、何か考え込む風である。
 ――アレ?
 想像していたのとは真逆の反応に、ルカもまた小さく瞳を見開いた。何か心境の変化でもあったのだろうか。だが、子供の頃からの信念が、こんな短期間で揺らぐとは思えない。
「……フィン?」
 首を傾げたルカに対して、フィンレーは我に返った様子で詫びた。
「――ああ、悪い。実はさ……」
 そうしてフィンレーの語ったところによると、実は先日、領内で隣のコノール州の商団が魔王軍に襲われるという事態が起こったらしい。事件自体は単純なものだったが、当の商団が証言をひるがえし、なぜかグリテンバルド州の別の商団が罪を着せられてトラブルが大きくなった。ヘクター卿が王宮から戻るにはまだ数日かかるらしく、フィンレーがその名代みょうだいとして対応しなければならないのだという。立て込んでいる執務というのも、主にはこれが原因なのだそうだ。
「まずはこっちを解決させてくれないか。こんなことも出来ないようじゃ、斥候隊に入っても足手まといになりかねないからな」
 爽やかな笑顔で言い切られて、ルカは困惑した。普段のフィンレーであれば、斥候隊加入を承諾した上で、事態の解決に向けても尽力じんりょくすると、前向きな宣言をしそうなものだ。斥候隊への加入自体を断られた訳ではないが、彼らしからぬ煮え切らない物言いに、違和感が募る。
「……わかった」
 迷った末、ルカはひとまず頷いた。
 頑張ってねと微笑んだのは、言いようのない不安が押し寄せて来るのを振り払うためだった。
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