小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第1部・第7話:5番目のレフ

第1章

 大きな広間を、冷たい空気が満たしている。
 高い天井からは、暗い色の布が幾重いくえにも垂れ下がっており、果ては見えない。窓のない室内を照らす光源といえば、燭台に灯る濃い紫色の炎ばかり。常人ならば不安感を煽られるだけの、居心地の悪い空間だ。
 不吉な灯りが照らすのは、周囲よりも数段高い場所にしつらえられた、黒曜石の玉座だった。右の肘掛けには金色の目をしたからすが一羽、静かに羽を休めている。
「――『予言の子供』の元に、兵士が集まり始めたか」
 玉座にわだかまる黒い影が、面白くもなさそうに呟いた。
 と同時に、室内の空気がざわりと揺らめく。暗い空間には、漆黒の長い髪に全身を黒衣で覆った、玉座の主以外に人の姿はない。にも関わらず、多くの気配がうごめいているというのが、何とも不気味だ。
斥候隊せっこうたいなどと、生意気な」
 黒衣の人影の口調には、嘲笑が含まれている。強者が弱者の足掻きを蔑むような声色だったが、室内を満たす気配は一様におののいた。ほんのわずかでも、黒衣の人物の機嫌を損ねてはならぬという、圧倒的な上下関係が垣間見える。
 下々の反応など意に介した風もなく、黒衣の人影は、膝に乗せた黒い猫の背を撫でた。こちらの世界でも敬遠されがちな毛色だが、猫に何の違いがあろう。人間とはかくも愚かしい生き物かと、冷たい笑みが口の端に浮かぶ。
 それに引き換え、と配下の者からの報告に思いを馳せた黒衣の人物は、運命の皮肉をわらった。
 ――何の気負いもなくこれを可愛がるとは、異世界育ちは違うということか。
 見込みはある。しかし、己の邪魔をさせるわけにはいかない。災いの目は、早いうちに摘んでしまうに限るのだ。
「――探し出して殺せ」
 表情を消し、命を下すと、姿の見えない配下達が一斉にこうべを垂れた。ザッと空気が揺れたかと思うと、次の瞬間には気配ごと消えている。
 心を動かされた風もなく、黒衣の人物――魔王は静かに瞳を閉じた。

            ○     ●     ○

「――これでいいかな?」
 誰が作ってもそれなりの出来映えになるペーパーフラワーを手に、ルカはにっこりと微笑んだ。重ねた薄い紙を蛇腹じゃばらに折り畳み、中央で止めた物を開いていくだけという、の子供ならどこかで一度は作った経験のありそうな簡単な飾り物だが、ルカの周囲に集まった子供達は、「キレイ!」「ルカ兄ちゃんすごい!」と一様に目を輝かせている。
 何だか照れくさい。

 ラインベルク王国の北の魔境を根城にする魔王、これを倒す予言を受けて生まれたルカ・フェアリーベルは、自身を守護する戦士を4人選出し、祖母である大魔法使い・黄金のベリンダの承認を得た。国王アデルバート2世から正式に斥候隊の任命を受けるべく、今は王都ヴェスティアへ向かうための準備に追われているところである。
 斥候隊の発起人であり、経歴と年齢から必然的に隊長格となる黄金のベリンダは、魔王とも因縁浅からぬ自分が旅立った後のことをハーフェルの名士達と話し合い、町の周囲に魔物を通さぬ結界を張ることとなった。魔力を込めた石を土中に埋めて町全体を囲うという術式を施すために、弟子のユージーンと共に、連日力をふるっている。
 薬屋の跡取りであるジェイクは、近所に住む画家が空いた時間で配達業務を手伝ってくれることになったため、顧客の住所確認も含めた引き継ぎ業務を、領主の息子であるフィンレーは、これまで不在にしていた父への各種報告や、側近達への執務の割り当て等の事務作業に追われて、それぞれ忙しくしているらしい。
 中でも最も多忙を極めているのが、後任の司祭への教会と孤児院、二つの施設での引き継ぎに加えて、月末に迫った聖エドゥアルト祭の準備に奔走するネイトだった。
 彼の斥候隊加入に関しては、ルカやベリンダの想定ではなく、あくまでネイト自らが志願したことであるため、弱音を吐くようなことはない。生来器用な性質であり、ネイトも涼しい顔をしてはいるが、大変な忙しさであることは明らかだった。
 ――そんな訳で、斥候隊加入メンバーの中で、唯一何の準備も必要なく、今すぐ旅立っても問題ない程度には暇を持て余しているルカは、積極的に祭りの準備に参加している。教会では毎年、孤児院と町の子供達が集まって、エドゥアルトの功績を讃える劇を上演することになっているので、そのお手伝いという訳だ。

 教会の敷地内に隣接する住居棟の談話室で、会場装飾用のペーパーフラワーの作り方を子供達に教えるルカの手元を、シェリルが覗き込んだ。
「――ふぅん、キレイなものねぇ」
 ジェイクの妹でもある黒髪蒼眼の可愛い系美人は、今年成人に達しているので、参加の義務はない。しかし、衣装作成だなんだと、折に触れて顔を出してくれている。それはもしかしたら、斥候隊に参加する兄と友人ルカが、一度に一緒に居なくなってしまうのが寂しくて、ネイトのことで同じ気持ちになっているであろう孤児院の子供達に、彼女なりに思いを寄せてくれているからなのかもしれない。
「シェリルも一緒に作る?」
 長い髪を押さえながら、物珍しそうに眺めているシェリルを、子供達共々輪に加える。
 即席の講師を務めながら、ルカは、メンバーを集め終えたことを報告した時の、祖母の言葉を思い返していた。
『神父様が不安だったから3人にしたけど、しっかりクリア出来たわね』
 魔王及びその軍勢の動向を探る旅には、どうしても危険が伴う。ルカに対するベリンダからの「自分を守ってくれる人を3人連れてくること」という条件はそのまま、「己の命と同じように、ルカの身の安全を優先出来る人間以外は信用できない」ということと同義だったようだ。
 条件を上回る4人の同意を得られた、ベリンダはこれを、ルカの人徳だと評価してくれたらしい。
 ルカとしても、我ながら頼もしい仲間を集められたものだという自負があった。
 見習いとはいえ、大魔法使い・黄金のベリンダの歴代の弟子の中でも、最も優秀との誉れ高い、ユージーン。
 各種武器の取り扱いに加えて、優れた体術を併せ持つ、ジェイク。
 高い治癒能力と、それを攻撃に応用することも可能な、ネイト。
 「救国の大剣士」の剣才を、余すところなく引き継いだ、フィンレー。
 ちょっとチームワークに難はあるかもしれないけれど、ルカにとっては、みんなそれぞれに大事な存在だ。彼ら全員と、大好きな祖母との旅路となれば、否応なく心は弾む。
 怒られそうだから言わないけれど、今のルカには、危機感よりも期待の方が大きかった。
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