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第3話 剣士、王都へ到着する
しおりを挟む「ここが……王都サイファル、か」
丸く囲まれた巨大な壁を見て、アルムは一言そう漏らした。
シュージリア山からの下山は割と楽なものであった。こと、前世での経験から山での行動は慣れていたので、特に苦労することもなく、下山できたのは非常に幸運である。
かなりの頻度で動物が仕掛けて来たが、あっさりと返り討ちに出来たのは我ながら上手くいった方である。貰った四本の剣が文句なしの質であったことも大きい。
ようやく整備された街道に出ると、馬車や旅人が列を作って歩いていた。見る限り人の流れが激しい、とても賑やかな場所であるようだ。
さりげなくその列に加わり、アルムも正門を目指す。歩いている最中、隣にいたぼろ布を纏っている見るからに放浪者然とした男が声を掛けて来た。
「よう、あんたも冒険者志望か?」
「そんなものだ。金が無い」
「ははは! 随分正直だな! 俺の知っている奴らは皆、名声だー地位だーって言ってるのによ」
「……冒険者っていうのは英雄志望者のなる職業なのか?」
アルムが問うと、男はおもむろに無精ひげをなぞる。
「あれだろ、そういう奴らは『暁の四英雄』様に憧れてって感じじゃないのか?」
「『暁の四英雄』……」
ネイムも言っていたその単語を思い出すアルム。詳しく聞いてみたかったのだが、この世界では超有名集団であろうことは明白だったので、迂闊に聞いて変な勘繰りを入れられるのも面倒だったので、特段踏み込んだ質問は飲み込んだ。
話している内に正門が近くなってきた。男の順番になった所で軽く手を振って別れた。
男が門番の兵士と話しているのを見ながら、アルムは一瞬思考の速度が早まったのを感じた。
(そういえば、俺本当に金が無いぞ)
自分の世界ではこういった所を通過するには、渡さなければならないものがある。そこまで過ぎって、アルムは考えるのを止めた。
まさか、そんなことはないだろうと。ここは自分のいた世界ではない。だから当然、そんな事が起きる訳が……。
「はーい通行料ねー」
そう言って、男が門番にお金を渡したのを見て、アルムの心の中から大きな壁に激突した音が鳴り響いてきた。
「次」
短い門番の呼びかけに一歩踏み出すアルム。どう誤魔化せば良いだろうか、と思案するも解決策が全く出てこない。ネイムの所から出発する時、多少でもお金をもらっておけば良かったと反省する。
(そもそも、ネイムさん俺がお金無いのを知っていたはずだぞ……!)
無言で立っているのを見かねた門番が一言。
「旅の者ですか? この王都サイファルに入るには通行料とし500エルドを支払ってもらう決まりとなっております」
「……すまん、金が無い。旅をしている最中、財布を落としてしまった」
やはりそう来た。そもそもこの世界のお金の単位が『エルド』ということもたった今知ったぐらいだ。
アルムの言葉に、なるほど、と門番は特に動じた様子もなかった。自分のような一文無しは他にも沢山いるのだろう。すぐに代替案を提示してくれた。
「では何か売れる物品はありますか? こちらで換金して通行料に充てます」
「そういう手段もあるのか、それはありがたい」
それならばアルムにもアテがあった。
すぐに背嚢からシュージリア山を下りる際に襲い掛かって来た動物達から採取した角や毛皮を取り出し、門番に見せた。途端、彼の表情が固まる。
「これを……どこで?」
「シュージリア山にいた動物達を適当に狩って剥いだものだ。……まさか、全くの価値無しか?」
「いえ、これは逆ですね。おい、ちょっとこれ冒険者ギルドに行って換金してこい」
隣にいたもう一人の門番に角や毛皮を渡した後、門番はアルムへと向き直る。
「さっきのはシュージリア山の頂上近くにいるとされる『ホーンボア』と『アンガーグリズリー』ですね?」
「名前は知らないが、猪と熊だったから多分そうなんだろうな」
「捩じりが入った角に、波打った固い毛皮。シュージリア山に出る魔物の中でも非常に危険な部類に入る魔物の特徴ですので、間違いようがないです。……まさかこれを一人で?」
「ああ。特に苦労する相手じゃなかったからな」
「なんと……私はとてもそんな事は言えないですね」
会話が途切れた所で、換金に行っていた門番が戻って来た。金貨袋を受け取ったアルムは手にずっしりとした感覚を覚えた。相当中身が入っていそうだ。
「通行料を差し引いた分のお金です。お受け取りください、そしてようこそ王都サイファルへ」
「手間を掛けさせてしまってすまなかった」
仕事なので、と少しだけ口元が緩んだ門番は軽く会釈し、次の通行人の対応へと移っていた。後続に押されるように王都サイファルの地を踏みしめたアルムはほぅ、とため息を漏らす。
「王都サイファル、広いな」
石畳の大通りの左右には家や多種多様な店、宿などがずらりと並んでいた。行き交う人々たちの生気溢れる表情を見ていると、この王都がどれだけ栄えているかは一目瞭然。
歩いていると色々な所から食欲を刺激する香りが流れてくる。この世界に来て、まだ何も口に入れていないアルムが寄り道を選ぶのは致し方のないことであった。
となれば、何を食すか。それが問題である。
腹に手を当て、今の気分を自身に問いかける。肉、魚、野菜、米……いいや、もう決まっていた。一番腹の虫を刺激する匂いの元へと歩いていく。
「ドロウ・イーグルの串焼き一つ貰えるか?」
「お、見かけない顔だな兄ちゃん。はいよー10エルドね」
威勢の良さそうな店主が丁度焼きあがった串焼きを一本渡してきた。だいぶ空腹を訴える音が鳴っているので銅貨を渡し、すぐに頬張った。
味付けは塩だけ。だがこの肉厚かつ淡白な肉の味にはむしろこれだけが良い。
あっという間に一本平らげてしまったアルムは気づけば、もう一本追加していた。
「良い食べっぷりだな兄ちゃん」
「これが、また、中々、旨い」
「そう言ってもらえると冥利に尽きるねぇ! 兄ちゃんはここへは何しにこの王都へ来たんだ?」
「冒険者志望だ。金は何とか工面出来たが、あとは何も無くてな」
「冒険者か! ならこれからギルドか?」
「ああ、そのつもりなんだが、場所が分からん。どこへ行けばいい?」
すると、店主は大通りの突き当りを指さした。
「あそこ行ってから右へ曲がりゃ、お目当ての冒険者ギルドだ。酒樽がデザインの看板な。精々頑張んな、っとほれ」
「三本目は注文してないぞ」
「先行投資って奴さ。あんたがもし名の売れた冒険者になったらここの店を贔屓にしてくれよな?」
「ああ……約束しよう」
有名になるのが先か、魔王を倒すのが先か、はっきりと答えられはしなかったが、それでも受けた恩は絶対に忘れないのがアルムである。ありがたく三本目を頂き、別れを告げてから、冒険者ギルドを再び目指す。
◆ ◆ ◆
「デカいな……」
その辺の建物より一回り大きな石造りの建物。赤い大きな屋根。そして酒樽がデザインの看板。
冒険者ギルドはここで間違いないだろう。ようやく第一歩を踏み出せることに安堵しながら、アルムは扉を開け放つ。
いくつもあるテーブルに乗せられた酒と飯、そして思い思いの装備をしたこれからの同業者達。荒くれ者達の中にいるのは何もこれが初めてではなかった。むしろこの良い意味でピリピリとした空気は懐かしさすら覚えるくらいだ。
奥にカウンターが見えたので、そこを目指すアルムは全方位からの明らかな品定めの視線を感じていた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。初めての方ですか?」
「ああ。冒険者になりたい」
「冒険者志望ですね。それではまずは手数料として1,500エルド頂きます」
換金をしておいて良かったと心の底から思いながら、言われた額を受付の女性に支払うと、カウンターの上に紙が一枚置かれた。
「ではここに名前と年齢と出身地、それと以前何かの職業に就いていたならそれも併せて記載してください」
「ああ、名前と年齢としゅっし……」
異世界出身です、なんて言ったらまずは頭の心配をされるのが目に見えている。かと言って、適当に出身地を書いたら後からボロが出て、厄介なことになってしまうだろう。
となれば、もはや選択肢は一つしかない。
「俺は物心つかない内から両親を失い、各地を転々としてきたんだ。最後に長く居た場所を出身地ということにして良いだろうか」
「そういう事情を持つ人も珍しくはないですからね、いいですよ」
「ありがたい」
名前と年齢、出身地。職業は特に書くことも無いので、未記入とした。全部書き終えた所で、受付嬢に確認をお願いした。
上から下まで指差し確認をしていた彼女の指が、ある一点で止まった。
「あの、アルム・ルーベンさん? ここの出身地なのですが……これは本当でしょうか?」
「本当と言うと?」
「この、シュージリア山頂付近という所です。ここは中堅、いやそれ以上の冒険者でも限られた者しか登れない場所なんですよ」
「……そういう所だったか? あそこは確かにそこそこ強い魔物の気配はしていたが、それだけだろ。きっちり倒せるし。ほら、これがそこにいた魔物の一部」
あの時換金してもらったのが全てでは無かった。背嚢から石で出来た巨人から奪った角を取り出して見せた。
瞬間、受付嬢が立ち上がった。
「それは『ストーンジャイアント』の一本角!?」
ギルド内に響き渡るような声に、一瞬室内がシンとなった。視線が集中されたことを背中で感じながら、アルムは今しがた名前があがった巨人に思いを馳せる。
「ああ、『ストーンジャイアント』って言うのかあのデカブツ。何度叩いても死ななかったから苦労したな」
「……まさか一人で?」
「仲間でもいればもっと楽に殺せたんだけどな」
そこまで言った所で、受付嬢が困り顔になってしまった。
「えっと……その、正直に申し上げますと、アルムさんの話には信ぴょう性が、その……」
どうやらシュージリア山の魔物は自分が思った以上に強力な部類と言われるらしい。だったら、一人で倒したなどと宣っても完全に信じさせることはかなり難しいだろう。
だったらどうするか。そんなことは決まっている。昔からのモットーだ。口で言うより、技術で示す。
「百聞は一見に如かず、だ。早い所試験官を呼んでくれ」
「おいおい、君?」
後ろから声がした。振り向くと身なりの良い金髪の男とガタイの良い男二人が立っていた。
「さっきから聞いていたが、中々に大言壮語が過ぎるんじゃないか、君?」
嘲笑。明らかに見下されているな、と分かるぐらい金髪の男はヘラヘラとした表情を浮かべていた。
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