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第4話 剣士、絡まれる

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「君は少々、自分の力を過大評価しすぎではないのかい? まあ僕くらいになるとそうなるのは分からないでもないけど、ね」

 そう金髪の男が笑うと、脇を固めていたガタイの良い男二人が笑い声をあげる。馬鹿にされていることだけは分かる。
 当然、良い気はしない。しかし、その身なりから察するにそこそこの家の者と考えるのが自然。となれば、下手すれば厄介な事に巻き込まれかねないのは明白だ。
 その証拠に、冒険者達が少しだけ気分悪そうにこちらの様子を眺めていた。
 となれば、選択肢はごくシンプルなものとなる。

「そうだな。俺は自惚れていた。申し訳なかった。だからもう勘弁してくれ」

 そうあしらい、冒険者登録を進めようとしたら、金髪の男に肩を掴まれた。

「おい。何だその態度は? 僕が誰だか分かっていないのか? キール・バームサス、彼のバームサス家跡継ぎの名前を知らない者はこの王都サイファルではいないはずなんだけどねえ?」

 受付嬢をちらりと見る。苦笑で返された。彼女もそうだが、他の冒険者たちの敬意が微塵も感じられないそのリアクションはどう見ても、鼻つまみ者としてカテゴライズされている何よりの証左。

「知らん。生憎、俺は生まれで人を見る目をどこかに無くしてしまったんだ。悪いな」
「なぁっ!?」

 顔を真っ赤にして肩を震わせる彼は腰の剣を引き抜いた。明確な敵対行動。だが、脅威は感じない。まだ脇を固めている男二人の方が強いのは間違いないだろう。

「おい受付嬢! こいつの冒険者試験の相手は僕がやってやる」
「え、ですが……」
「僕の実力では不足だっていうことかい?」
「そういう、訳ではないですが……」

 なし崩し的に決まった冒険者試験。この類の相手との着地点は分かり切っている。

「じゃあ良いだろう! おいお前、名前は!?」
「アルム・ルーベンだ」
「はっ! パッとしない名前だな! 勝負は簡単だ、どちらかが負けを認めたらそこで終了。分かりやすいだろ?」
「分かりやすくて嬉しさを隠し切れないな。で、どこでやるんだ?」

 言いながらも、両腰と背中の武器を確認するアルム。既にキール含め三人が囲むような位置取りをしていた。キールは剣を、右側の男は短剣、左側は手斧を握り締めながら。
 いつその言葉を発するのかと、アルムは待ちながら呼吸を整える。

「それは、今ここでさ!!」

 全く予想通りの言葉に溜息さえ出なかった。こんな公衆の面前で殺傷事案なんか起こさないだろう、と希望的観測を抱きつつ、アルムは何も言わず両腰の短剣を引き抜いた。
 小ぶりながらも取り回しが良い武器なので、どんな場所でも相手でも一定以上に渡り合える武器というのがアルムの使用理由である。

「行けお前ら! ちょっと血でも出させたら泣いて許しを請うに決まってる!」

 有無も言わせず襲い掛かってきたキール達。ここでアルムはどうしようか一瞬悩んだ。殺すのはきっと容易い。だが、それでは後々大きな事件に巻き込まれる事なんて目に見えている。
 ではどうするか。それは先程彼らが示してくれている。

「キールさんの命令だ。悪く思うなよ!」
「ああ、その言葉返しておく」

 最初に仕掛けて来たのは左側の男。振り下ろされた手斧の勢いは申し分なし。目線は自分の腕、喧嘩慣れしているようで、恐れはない。
 だからこそ、短剣で素早く持っていた武器を巻き上げることが出来た。

「なっ!?」
「悪い。さっさと拾ってくれ」

 言っている間にも、背後から短剣を持った男が迫ってきているのを肌で感じていた。
 突き出される武器に対し、アルムはもう片方の短剣でそれを打ち落とし、がら空きの腹へ膝を入れた。
 まずは一人目。
 崩れ落ちる男を見て、早々に退場願えたことを確認し、手斧を拾おうとした男の右手へ短剣を投擲する。慣れた手つきで放たれたそれは一切勢いを失うことなく手の甲へと突き刺さる。怯んだところを蹴り倒してやったところで、二人目。
 一呼吸の内に倒された男たちを見て、ようやくキールは表情を凍らせた。

「手加減されてたのか? 全く動きにキレが無かったぞ」
「な、なな……!」
「最後はお前だな。もしかして戦ったことが無い訳じゃないよな?」
「馬鹿にするなよ貴様! この僕を誰だと思ってる!? 望み通り思い知らせてやるよ!」

 キールの手のひらから小さな魔法陣が発生する。中央から豆粒のような火の玉が灯り、徐々に大きく膨れ上がっていく。急速成長を遂げた火球の大きさはいつしか頭ほどになっていた。
 攻撃魔法、と理解するのは一瞬だった。そうでなければ周りの冒険者達や受付嬢が緊張する訳がないのだから。
 投擲した短剣を拾ってから両方納刀したアルムは青い剣に手をやる。

(この世界の攻撃魔法相手に試すのは初めてだな)

 抜いた剣の、青い刀身を改めて見るが、どうしても力を感じない。気配は間違いなくあるのに。
 だが、今のこの状況としては力があろうがなかろうがどちらでもいい。ただ自分の使い慣れた長さの剣がある。それだけで十分。

「燃えろ! 炎の魔法『ファイアーボール』!」

 言霊と同時に放たれた火球。狙いは言うまでもなく自分。これが威嚇目的の狙いでも、威力でもないことは感じ取った。

(――前みたいにやれるか?)

 アルムの腕を通し、青い剣へ魔力が流れていく。薄く、強く。空気を燃やし、目の前に迫る火球を切り裂くために。

「馬鹿かお前! 防御魔法も張らずに向かう気かよ!」
「防御魔法はとりあえずいらん」

 既に魔力を帯びた剣の切っ先が火球の真ん中を捉えていた。即座に振るうこと三度。魔法が細切れになり、霧となって消えていった。
 攻撃魔法を魔力の籠もった刃で切り裂く。この世界に来て初の試みであったが、上手くいったことにアルムは胸を撫でおろす。

「僕の『ファイアーボール』が!? って言うか今のそれ魔法じゃないか!」
「魔法? 使ってないぞ。というかまだやるのか? 来るなら来いよ」

 今までのお返しを込め、左手を軽く動かしてやったら彼は憤怒の表情を浮かべる。

「ふざけるなぁ!!」

 恐らく今のが切札だったのだろう。容易く挑発に乗ったキールは剣を握り、突っ込んできた。
 何の策も無く突撃してくる彼の腕前はお世辞にも……、そこで思考を区切り、アルムは青い剣を戻し、受付嬢から万年筆を借りた。慢心でも何でもなく、もはやこれで十分なのだ。

 ――そこからのアルムとキールの攻防には、もはや勝負と言う概念は無く、子供が大人相手に懸命に立ち向かうという微笑ましい構図と成り果てていた。

 袈裟斬りをいなし、突きをかち上げてから一度からかうとキールが再びキレた。彼の大振りを避け、足を引っかけ転ばせてもまた立ち上がり向かってくるが、ただ粛々とひっくり返してやるだけ。
 遊んでやること数十分。ようやく彼の足取りがふらふらとしてきた。

「くっそ……ぉ。万年筆で僕の剣を……!」
「根性だけはあるな」
「あたり……前だ……! 僕は……」
「バームサス家だったか? だったら後はその世の中舐めた性格だけどうにかしろ。見ていられん」

 返事の代わりに、キールが両手を掲げる。大技の匂いにアルムは万年筆をカウンターへ放り投げた。

「あまり使いたくなかったが、僕の本当の奥の手を見せてやる……!」

 両手の魔法陣から炎の塊が出現し、それが一つに溶け合っていく。その魔法に、冒険者達が各々席を立った。本気の対処をせざるを得ないと判断した眼だ。となれば、先ほど感じた大技の予感は的中。
 さっさと気絶させる――とアルムが両手に短剣を持ち、走り出そうとした。


「全ての自由に拘束を、『シーリング・バインド』」


 一歩を踏み出していた彼を止めたのは女性の一声、いや魔法の詠唱であった。
 キールの足元から魔力で編まれた鎖が無数に飛び出し、四肢を拘束していく。あっという間に雁字搦めになった後、残りの取り巻き二人も同様に拘束された。

「馬鹿者共がまたいつものように小競り合いをしていたのは知っていた」

 声の主は腰まである長い翡翠色の髪を揺らしながら、ツカツカと靴音を立て、キールとアルムの間までやってきた。

「だが、『フレイムランス』のような高火力魔法を私のギルド内でぶっ放そうとしているなら話は別だよ」

 口調と態度からして相当な傑物と見たアルムは無言を決め込み、事の成り行きを見守る事にした。
 そのはずなのだが、真っ先に彼女は自分へ視線を向ける――いや、正確にはもっと違うを見ている。

「……ほぅ」

 手だけで受付嬢に合図し、書類を持ってこさせるなり、彼女はそれを読み始める。
 その数秒の沈黙の最中、アルムは周りの声に聞き耳を立てていた。“ギルドマスターだ……”、“あれが《不死身のアルテシア》”など、どうにも聞き捨てならない単語しか飛び込んでこない。ならばこの、張りつめた空気にも納得が出来る。
 天井を仰いでいた女性――アルテシアの考え事が終わったようで上げていた顔を戻した。

「沙汰を言い渡す」

 自分が絶対的立場と信じて止まない、そんな不遜な表情を浮かべている彼女が指さしたのはまずアルムであった。

「今この瞬間から君は冒険者だ。この後にも細かい試験があるが私の権限で全て免除とする。おめでとう」

 そして、次は君達だとキール達へと顔を向ける。

「冒険者資格を一か月剥奪および痛んでしまったギルド内の床の修繕だ。請求書は追って送付する」
「はぁっ!? そんなこと許され――」
「――許される。私を誰だと思ってそんな事を言っている? 言ってみろ、私が誰だかを」
「…………冒険者ギルド東方面本部長にして、『暁の四英雄』の一人、アルテシア・カノンハートさん……です」

 『暁の四英雄』の一人、というアルテシアにアルムは改めて目を向けた。魔王を倒したとされる伝説の四人組。道理で、纏うモノが違うはずである。

「よろしい。バームサス家の当主殿には世話になっている。この罰の経緯に関しては後で、私の方からきっちりと説明させていただこう。それでもまだ不服のようならば――」

 一区切り置き、彼女はトドメを刺す。

「錯乱し、ギルド内で破壊活動に及んでいたとサイファル王国の治安維持部隊に突き出すのもやぶさかでない」
「ぐぅっ……! っう、寛、大な、処置……ありがと、う、ございま、す……!!」

 既にキールの事は見ていなかったアルテシアは最後に一部始終を眺めていた冒険者達へ顔を向ける。

「騒がしくさせたな。私の監督不行き届きだ、謝罪する。それぞれ飲み物と肴を一品ずつ好きなものを頼め、私から君達への迷惑料だ」

 その言葉に声を上げ、杯を掲げる冒険者達。現金といえば現金だが、何よりも鎮静剤であることは確かなようだ。
 周りを見て、事態の収拾を確認した彼女はアルムに近寄ってこう言った。

「書類は読ませてもらった。改めておめでとう新米冒険者アルム・ルーベン君。そして色々と話を聞きたいので付いて来てくれるかな?」

 そこには有無を言わさぬ迫力が含まれていた。
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