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第5話 剣士、ギルドマスターと話をする

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 普通お偉い人の執務室は一番高い所にあると、相場が決まっているのではないのか。そう思っても口に出すことはしなかったアルムはアルテシアに連れられ、冒険者ギルドの地下に来ていた。
 魔道具なのだろうか、歩くたびに左右のランタンが灯っていくのが何とも面白い。

「ここだ、入りたまえ」

 促されるまま入ると、そこには何とも彼女の人柄が読み取れそうな内装であった。壁紙は無地の白、配置されているのも執務机、筆記用具、書類棚、応接用の椅子とテーブル。本当にただ仕事を淡々とこなすためだけの部屋。
 何だかいるだけで仕事をしていた気分になるそんな妙な雰囲気を醸し出していた。

「掛けてくれ。なぁに座っても槍が飛び出すわけではない」
「……それを聞いて安心したよ」

 ペースに乗せられてはいけない、とアルムは己に言い聞かせる。何故このような状況になっているか分からないが、なったものはなったものなので、妙な勘繰りを入れられないよう立ち回るだけ。

「さて、良いかな? っと、待ってくれ茶を出していなかったな、失礼した」
「いや、俺は別に――」
「メイ、客に茶だ。私の分はいらん」

 彼女がそういった直後、何か気配がしたと思ったら、なんとテーブルに紅茶が置かれていた。

「……いつの間に」

 それどころか、アルテシアの隣に執事服を着た男装の少女が控えていたので、アルムは驚きを漏らさずにはいられなかった。

「紹介しよう、私の秘書であるメイだ。色々と細かい事で動いてもらっている」
「メイです。よろしくお願いします」

 そう言って彼女は一礼した後、言葉を発しなくなり、黙してアルテシアの背後にただ立っていた。

「さて、単刀直入に言うが……」
「その前に」
「うん?」
「さっきの事、冒険者の試験を免除してくれたのは非常にありがたい。礼を言う。だけど何故俺にそんな事を?」

 アルテシアに紅茶を促されたので、言われるがままアルムはカップに口を付けた。あまり紅茶を飲むことがなかったので、この苦みは何だか妙に舌に響いて仕方がない。マズい訳ではない、だがこうやって出されたとき以外は飲むことは無いだろう、と彼はぼんやり思った。

「その首元のネックレス、どこで手に入れた?」

 すぐ答えるには些か躊躇した。安易に人物名を出してもいいものなのか、それにより何らかの不都合が起きるのではないか、そういった類の迷いである。
 だが、その迷いをアルテシアは感じていたようだ、大きく溜息をついた。

「安心しろ。別に私はあいつ……ネイム・フローラインと険悪な仲ではない」
「知ってるんじゃないか。聞く必要あったか?」

 ぴくり、とメイは眉を潜め、後ろ手に投擲用のナイフを忍ばせる。いつでもアルム・ルーベンとやらの眉間にぶち込めるように。
 だが、アルテシアが片手を挙げてそれを制した。動作を見せたつもりはない、それはまだまだ気配を隠し切れないことの証。彼女はもう少し様子を見るため、ひとまずナイフを袖口に戻す。

「ああ、あるさ。何せそのネックレスは彼女が相当気に入った相手にしか渡さない物だからね」
「ネイムさんの事、詳しいんだな」
「詳しいも何も――」

 彼女は四本指を立てた。


「ネイムは私達『暁の四英雄』の、そうだな……良くも悪くもリーダーだ。知らない訳があるまい?」


 胸にストンと落ちた。道理で手加減されてあの強さだった訳だ、とアルムは改めて背筋が凍る。

「あまり驚いてくれないようだな? その辺の奴に言ってみろ? 泣いて悔しがるだろうさ」
「……待ってくれ。悔しがるような人、だったかと思い出したい」
「ふふ、それは正解だ。何せ悔しがるような奴らは上っ面しか見ていないからな」

 あの奇天烈なテンションはどう見ても、伝説的英雄のソレではなかった。とはいえ、実力は本物。

(……英雄も人間ってことか)

 話を戻して良いか、と区切られたので、アルムは頷くついでにまた紅茶に口を付けた。……やはり、苦みが舌に絡みつく。

「彼女とはどこで会った? シュージリア山か?」
「ああ、頂上付近に小屋作って住んでたぞ」
「そうか……今度はそこに移り住んだか。毎度毎度、危険地帯が好きな奴だな」
「……どこだろうがにへらーと笑って危険を掻い潜っているイメージが浮かんだんだが、どこかおかしい所あったか?」
「《魔王》――ヴァイフリングの時もそうだったな。へらへら笑ってたよ」

 他のメンバーの事も聞いてみたい気はしたが、異世界に来たばかりの自分にはまだまだやるべきことが盛沢山だ。
 その旨伝え、席を立とうとしたアルムをアルテシアは片手で制す。すると、彼女はテーブルの上に鍵を差し出した。詳細を聞くと、この冒険者ギルドの二階にある宿場の鍵とのこと。

「君の為に部屋を確保している。受け取りたまえ」

 頼む前に部屋を用意されているのは何とも手間が省けて良いのだが、何とも準備が良すぎる。

(まあ、ありがたく頂くとするか)

 礼を言い、鍵を受け取ろうとしたらアルテシアはそれを取り上げた。

「……これからの展開が分かるが、何で鍵を取り上げた?」
「この世にタダほど怖いものはない、という言葉を知っているかな?」

 ニヤリと笑う彼女に、頭の中で警鐘しか鳴らない。

「……だったらその辺の宿屋でも取ることにする。世話になった――」
「その場合、もしかしたらどこかの団体様がこの辺りの宿屋を占領する可能性が高くなるが、それでも良いのか?」
「じゃあ、野宿に――」
「メイ、サイファル王国の治安維持部隊に連絡だ。『王都周辺に凶悪な不審者が野宿をする予定』、とな」
「待て待て! 選択肢はないのか!?」

 本気で行こうとしているメイを何とか引き止め、改めてアルテシアとの交渉に頭を切り替えることにした。
 そこで、アルムはアルテシアの顔を見た。ああ、と彼は今目の前に座っているのが前の世界でも苦手なタイプの、舌戦では絶対に勝てない相手ということを再認識させられた。
 一度大きく深呼吸。そして、彼女へ話の続きを求めると、更にあくどい顔を浮かべる。

「いや、残念だったな。時期が悪いせいか、君のプランが潰れていってしまっていることには何ともはや、同情せざるを得ない」
「おいメイ。あんたの雇い主はいつもこんな悪辣なのか――っと」

 返答の代わりに飛んできたのは投擲用のナイフ。“起こり”が見えない自然な攻撃に、一瞬短剣を抜くのが遅れてしまった。
 弾かれ、くるくると手元に戻って来たナイフを忌々し気に見つめながら、メイは言う。

「今度アルテシア様の悪口を私の前で言ってみろ。翌日にはナイフのむしろという名の、町の噴水に代わる新たな観光資源にしてやるぞ」
「それは丁度いい。だったら今ここで洗いざらいぶちまけてやる」

 無言、そして視線の鍔迫り合い。アルムとメイの間からは見えない火花が飛び散っていた。
 あと一言でも発すれば殺し合い待ったなし。
 そんな緊張した空気をアルテシアは両手を叩くことで収拾とした。

「だいぶ話が逸れてしまったな。話を戻すが、私はギルドマスターではなく、アルテシア個人の裁量内で君の援助をしたいと考えている」
「そこだ。何故俺なんだよ? 今日冒険者になったばかりだぞ」

 簡単な話だ、と彼女はアルムのネックレスを指さした。

「君はネイムに気に入られた。それだけで個人的に興味が湧いてしまったんだ」

 その言葉に嘘は無かった。
 変人のネイム・フローラインが真に気に入る人間とはごく限られている。『暁の四英雄』メンバー以外に親愛の証であるネックレスを渡される者がいた、というのは今でも少し疑問を抱いてしまうが。
 それでも人となりを見て、少しばかり友人ネイムの気に入った理由が分かったような気がする。

「まあただ受け取るのも嫌だろうと、代わりに頼み事をしたいだけなんだよ、私は」
「まさかあの件をこの男にも?」

 アルテシアとメイのやり取りを見て、再び逃げ出したくなってしまったアルム。この手のやり取りに巻き込まれて平和な目に遭った試しがないのだ。
 気づけば、メイが折れていたようで、紙を一枚アルムへ放り投げて来た。

「……秘書ってのは一々物を投げないとやっていけない職業だったんだな、勉強になったよ」
「おっと私としたことが手元がブレていたのか。本当は眼球を狙っていたのだが」

 今すぐにも立ち上がり、刃を交えかねない二人の空気をまたぱんぱんと手を叩くことで無理やり沈静化させ、アルテシアは話を続ける。

「さて、平和なこの東方面も実はちょっとばかし水面下で見逃せないことが起こっている」
「見逃せないこと……?」

 紙を見ることを促されたので、言われるがまま書かれている内容を読んでいく――なるほど、確かに見逃せないことだった

「どうにも私達が苦労して倒した魔王ヴァイフリングを復活させようという阿呆共がいるらしい。しかも魔族ではなく、人間がな」
「動機は国家転覆とか壊滅とかそんな所か」
「ああ、そんな所だ。……この大陸は東と西で二分できる。その片方、東を統一しているサイファル王国を崩そうとあってはそりゃあさん達がいるのも分かるだろ?」
「……まさか」
「アルム・ルーベン君。初依頼だ、君には魔王を復活させようとしている馬鹿の首魁を止めてもらいたい。期間は無期限、対象の生死は問わん。報酬は君の言い値。その間、他に受けたい依頼があれば自由に受けても良い。どうだ?」

 逡巡することなく、アルムは答えた。

「やろう」

 即答ぶりに、流石のアルテシアももう一度意思確認をする。

「良く考えたか? これを受けるという事は魔王を復活させる者達と一戦交えることを意味するんだぞ」
「やると言った。もしかしたら目的の公爵デューク級とも顔を合わせられるかもしれないしな」
「聞く者が者なら君の事を“頭がおかしい”と言うだろうな」

 ――魔族と接触する。
 それが、この世界のどこかで復活の準備をしている魔王ガルガディアを探す最短の手段だろう、とアルムは信じていた。
 闇雲に探しても見つかる訳がない。蛇の道は蛇だ、魔族それも最上級を捕まえて手っ取り早く締め上げる。それが今のアルムの第一目標。

「頭のおかしいのは、もう何人も見ている」

 だろうな、とアルテシアは薄く笑った。
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