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第9話 剣士、食い逃げ犯を追いかける
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「こんな白昼堂々、食い逃げなんかやる馬鹿がいるとはな……!」
「アルムさん、あの人めちゃくちゃ足早いです! ……でも、あれ? あの赤い髪、それに青いジャケット……どこかで……?」
人が沢山行き交っているというのに、赤髪の男はすいすいと掻い潜って走っていく。
集団戦闘の経験が少なくない訳ではないアルムは特に問題なく走れるが、後ろのイーリスが少しまごついている。
“先に行ってください”、と彼女は視線だけで訴えてきたので、頷いたアルムは速度を上げる。
赤髪の男がちらりとこちらを見て来た。追われている、と確信した男も更に走る。
(仕方ないな。一発勝負だ)
もう少し走れば広場に辿り着く。短剣を一本握り、そこで勝負の仕掛け時を見定める。
「今ッ!」
研ぎ澄まされた集中力から投擲された短剣は、男の頬を掠っていった。流石に怯んでしまった男はその場で一瞬だけ足が止まる。
ようやく、間合いに辿り着いた。もちろん投げた短剣はしっかり回収をして。
「げぇ……何なんだよお前。逃げ足に自信のある俺がまさか追い付かれるだなんてな」
「さっさと店戻って土下座するか、治安維持部隊に捕まるか、選んでくれ」
「ふふ、良い事を教えてやろう」
赤髪の男は腰に装備していた剣を引き抜いた。その剣はやや大振り。両手剣と片手剣の中間のような長さの、不思議な
「俺はなぁ! 最近財布をスられちまって金が無い! そして治安維持部隊にだけは死んでも引き渡される気はない!!」
「クソ野郎だな」
アルムは赤髪の男を注視する。具体的には青いジャケットの左腕側に縫い付けられている紋章に。
盾と鷹のマーク。わざわざ人間がお洒落か何かでそんな紋章が縫われた上着を着ている訳が無い。
これはそう、どこかの組織の一員であることを示している。
「まあ、良い。きっちり痛い目を見て、しっかり果たすもん果たしてもらうぞ」
「はっ! 軽くノして逃げさせてもらうぞ!」
そう言いながら、赤髪の男は剣を逆手に持ち、構える。変わった戦闘スタイルに注意しつつ、アルムは青い剣を抜いた。
周りの一般人は、勃発する戦闘に巻き込まれまいと、次々に距離を離していく。
「おお、強そうだなあんた」
「そう思っているんなら早く捕まってくれ」
男が笑い――仕掛けて来た。
まずは初撃。男が下段から振り上げてくる。重さと速さが伴った一撃。アルムが選択したのは迎撃。
切っ先を避け、刀身を跳ね上げる。鳩尾に一発入れてやろうかと思ったら、男が左拳を振り上げていた。
「っ……!」
ぎりぎり剣での防御が間に合った。男の拳はアルムの顔ではなく、青い剣の刀身を殴っていた。防御の感触から伝わってくる拳の威力に、アルムは思わず顔をしかめる。
距離を離す前に男の頭突きが飛んでくるが、ぎりぎり避け、ようやく距離を離すことが出来た。
呼吸を整えようとしたが、再び男が走り寄る。
「生憎、息だけは長いんだよ俺はな!」
「みたいだな」
再び逆手に握っていた剣を振り回してくる男。それを迎撃するアルム。
二度三度、数十度打ち合う。その度に赤髪の男の表情が曇っていく。
「待て! 何でそんな俺と打ちあえるんだ!? こんな奴今まで知らなかったぞ!?」
「光栄で何よりだ」
高速の攻防の中、アルムは感心していた。
殺すだけだったらどうとでも出来る。だが、それを差し引いても、こうして食らいついてくる男の技量は素直に認めていた。
だからこそ長期戦になれば逃げの一手を打たれる可能性が大きい。
相手は今、間違いなく“逃走”を考えている。経験から来る見積もりを考えればあと――四、五手打ち合えばもう煙に巻かれてしまう。
――次で、ケリをつける。
「ちょっと本気を出してやる」
「こっちもようやく暖まって来たところだ。受けて立ってやるよ。何を見せてくれるんだ?」
「一発芸を見せてやる」
今持っている青い剣、そして背中と両腰の武器を確認し、アルムは――挑む。
「一」
青い剣で上段から何度も振るう。時たま中段にフェイントを入れつつ、苛烈に攻める。
防戦に徹していた男の表情に劣勢の色が見える。
そして、何度目かのアルムの攻撃――は男に防がれることは無かった。
「何だと!?」
「二」
男に振るわれるはずの剣は地面に突き刺さっている。代わりに両腰の短剣が閃いていた。
本来は攻撃と防御に分けられる左右の短剣は、男の防御速度を上回る手数で振るわれる。
堪ったものではない男は初めて距離を取った。それだけの危険を感じたから。
だが、それも全てアルムの見込み通りである。
「三!」
男が下がったのとほぼ同時、アルムは二つの短剣を投擲していた。自分の武器を軽い気持ちで投げてくるアルムに、流石の男も意表を突かれ、後の展開に繋げられない防御行動に移るしかなかった。
避けず、足を止めて防いだ時点で、アルムの勝ちは確定した。
「最後!!」
大剣を握っていたアルムが必殺の距離へと踏み込む。刀身の、刃の付いていない部分で男をフルスイングする。防御ごと吹っ飛ばされる男。うめき声と共に、ごろごろと地面を転がっていく。
もちろん、今のが刃の部分だったら殺していた。だが、今回は殺傷が目的ではないのだ。
「ぐ……ぉぉぉ。何だよあの曲芸……イカれてやがる……」
「さて、反省の言葉でも考えておけよ」
「アルムさん! 大丈夫ですか!」
後ろを向くと、イーリスがようやく追いついてきた。アルムの傍で立ち止まると、息が切れたのか、呼吸を整え始める。
「ああ。食い逃げ犯は何とか倒した。後はこいつをどうするか……」
「そうですね。この人を…………ん?」
男の顔を見た瞬間、まじまじと見始めるイーリスに、アルムは思わず声を掛けた。
「どうしたイーリス」
「……この、青いジャケット、盾と鷹の紋章、え、だったらこの赤い髪の人は…………え、えええええ!?」
「知り合いか?」
ようやく確信できた、と彼女の顔はどんどん青ざめていく。
「こ、ここここの人は、ですね。その、このサイファル王国の――」
「――ふむ、サイハ・ウィードナー。貴様はまた騒ぎを起こしたのか」
彼女の言葉を奪うように現れたのは、今しがた“サイハ”と呼ばれた男が着ているものと同じ色の、青いコートを羽織った黒髪の女性であった。
「……誰だ」
「こ、この人は……」
「サイファル王国治安維持部隊隊長、シアン・リーズファだ。ふむ、申し訳ないがそこの二人、状況を説明してもらえないだろうか」
「こいつが食い逃げした、以上」
アルムは注意深く、女性へ視線を向ける。
サイファル王国治安維持部隊隊長、と女性――シアンは確かに言った。そんな大物がふらっと現れることは珍しいのか否か。
だが、今それについて深く追求するつもりはない。
「こいつとどういう関係なんだ? 見たところ、関係者と見るのが素直な見方なんだが」
「ふむ、こいつか。こいつはサイハ・ウィードナー。サイファル王国治安維持部隊副隊長だ」
「副……!? こいつが!?」
倒れているサイハの首根っこを掴みなら、シアンは言う。
「言いたいことは分かる。私としても即刻どうにかしてやりたい気しかしないのだが、治安維持部隊の性質を考えると、な……」
「ああ……なるほど、な。そういう事か」
直に剣を合わせて、それは分かっていた。
このサイハ・ウィードナーという男は、軽薄そうだが、強い。自分に一発芸を使わせる程には。
これでお互いに本気だったのなら、一体自分はどうしていたのだろうか。
「ふむ、中々政治が分かるようだな。こいつは軽薄ながら仕事だけはちゃんとする。だからこそ、償いだけはさせるんだよ。ほら来いサイハ、食い逃げならば店主に土下座しろ。きっちり払う物と誠意を見せろ」
「あんたに引き継いで、良いんだな?」
一瞬何を言われたか分からなかった、とばかりにシアンは目を丸くし、やがて大きく笑った。
「ははは! 見上げた奴だ! 私はこれでも、結構怖がられているという自負があるんだがな?」
「生憎、もっと怖い奴を知ってしまっているだけの話だ。悪いな」
「ふむ、覚えておこう。今後とも、何かと世話になるかと思うが、よろしく頼むよ」
ずるずると音を立て、シアンとそして引きずられたサイハが人込みの中へと姿を消していった。
「……なあ、イーリス」
「……はい」
「結局、あいつは何だったんだ?」
「えと、その……サイハさんって、かなり有名なんですよ。“サイファル王国で上から数えた方が早いくらい腕は良いけど、ちゃらんぽらんな奴”だって」
守るべき人にそんな評価をされていることに対して、疑問しか浮かばないが、それでも今こうしているということは、きっとそういう事なのだろう。
それに、軽薄そうなのは間違いないが、アルムの印象としては――。
「でも、何だか気持ちが良い奴だったな」
「あはは。私も何だか悪人とはとても思えませんでしたね!」
サイハ・ウィードナー、シアン・リーズファ。強烈な二人だった。
だが、アルムはまだ知らない。後々、この二人とは切っても切れない腐れ縁になる事を――。
◆ ◆ ◆
「起きているんだろうサイハ。起きろ」
「ぐぇっ」
食い逃げをした店への道中、おもむろにサイハの首根っこを掴む力を強くする。
「貴様、いい加減に食い逃げなどというつまらん真似は辞めろ」
「だってなぁ~隊長、聞いてくださいよ。財布をスられちまってよぉ~」
「そうかスられてしまったのか」
「そうそう! もう大変で~!」
「……それとは決して関係ないのだろうが、最近孤児院に対して莫大な寄付があったらしい。サイハ貴様、そんな殊勝な奴について、何か知らんか?」
途端に、サイハの表情が固まった。
「……そんな聖人様がいらっしゃるならぜひともお目に掛かりたいっすね」
「そうだな。私も今日はそんな聖人殿にあやかり、共に謝罪に伺ってやる。たっぷり地面に頭を擦り付けろ」
「……うぃっす」
意識が戻ってもなお、引きずられるサイハは何を言ったら良いのか分からないので、とりあえず黙っていた。すると、シアンが小さく言った。
「貴様が負かされるとはな」
「俺、この辺の奴にはまず負ける訳無いって自負してたんすけどね。――だけど強かった。あの四本剣、頭おかしいくらい強かった。また戦いてぇと思うくらいにはアツイ奴でしたね」
内心、シアンは驚いていた。
サイハ・ウィードナーとは、治安維持部隊の切札なのだ。その彼に、ここまで言わせたあの四本剣。
「……腐らせるには勿体ないな」
「ん? なんか言いました?」
「気のせいだ。良いから貴様は謝罪の言葉を考えろ」
もう店の目の前である。
店の中に放り込む時、シアンはあの四本剣の名前を聞いておけば良かったと少しばかり後悔した。
「アルムさん、あの人めちゃくちゃ足早いです! ……でも、あれ? あの赤い髪、それに青いジャケット……どこかで……?」
人が沢山行き交っているというのに、赤髪の男はすいすいと掻い潜って走っていく。
集団戦闘の経験が少なくない訳ではないアルムは特に問題なく走れるが、後ろのイーリスが少しまごついている。
“先に行ってください”、と彼女は視線だけで訴えてきたので、頷いたアルムは速度を上げる。
赤髪の男がちらりとこちらを見て来た。追われている、と確信した男も更に走る。
(仕方ないな。一発勝負だ)
もう少し走れば広場に辿り着く。短剣を一本握り、そこで勝負の仕掛け時を見定める。
「今ッ!」
研ぎ澄まされた集中力から投擲された短剣は、男の頬を掠っていった。流石に怯んでしまった男はその場で一瞬だけ足が止まる。
ようやく、間合いに辿り着いた。もちろん投げた短剣はしっかり回収をして。
「げぇ……何なんだよお前。逃げ足に自信のある俺がまさか追い付かれるだなんてな」
「さっさと店戻って土下座するか、治安維持部隊に捕まるか、選んでくれ」
「ふふ、良い事を教えてやろう」
赤髪の男は腰に装備していた剣を引き抜いた。その剣はやや大振り。両手剣と片手剣の中間のような長さの、不思議な
「俺はなぁ! 最近財布をスられちまって金が無い! そして治安維持部隊にだけは死んでも引き渡される気はない!!」
「クソ野郎だな」
アルムは赤髪の男を注視する。具体的には青いジャケットの左腕側に縫い付けられている紋章に。
盾と鷹のマーク。わざわざ人間がお洒落か何かでそんな紋章が縫われた上着を着ている訳が無い。
これはそう、どこかの組織の一員であることを示している。
「まあ、良い。きっちり痛い目を見て、しっかり果たすもん果たしてもらうぞ」
「はっ! 軽くノして逃げさせてもらうぞ!」
そう言いながら、赤髪の男は剣を逆手に持ち、構える。変わった戦闘スタイルに注意しつつ、アルムは青い剣を抜いた。
周りの一般人は、勃発する戦闘に巻き込まれまいと、次々に距離を離していく。
「おお、強そうだなあんた」
「そう思っているんなら早く捕まってくれ」
男が笑い――仕掛けて来た。
まずは初撃。男が下段から振り上げてくる。重さと速さが伴った一撃。アルムが選択したのは迎撃。
切っ先を避け、刀身を跳ね上げる。鳩尾に一発入れてやろうかと思ったら、男が左拳を振り上げていた。
「っ……!」
ぎりぎり剣での防御が間に合った。男の拳はアルムの顔ではなく、青い剣の刀身を殴っていた。防御の感触から伝わってくる拳の威力に、アルムは思わず顔をしかめる。
距離を離す前に男の頭突きが飛んでくるが、ぎりぎり避け、ようやく距離を離すことが出来た。
呼吸を整えようとしたが、再び男が走り寄る。
「生憎、息だけは長いんだよ俺はな!」
「みたいだな」
再び逆手に握っていた剣を振り回してくる男。それを迎撃するアルム。
二度三度、数十度打ち合う。その度に赤髪の男の表情が曇っていく。
「待て! 何でそんな俺と打ちあえるんだ!? こんな奴今まで知らなかったぞ!?」
「光栄で何よりだ」
高速の攻防の中、アルムは感心していた。
殺すだけだったらどうとでも出来る。だが、それを差し引いても、こうして食らいついてくる男の技量は素直に認めていた。
だからこそ長期戦になれば逃げの一手を打たれる可能性が大きい。
相手は今、間違いなく“逃走”を考えている。経験から来る見積もりを考えればあと――四、五手打ち合えばもう煙に巻かれてしまう。
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「ちょっと本気を出してやる」
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「一発芸を見せてやる」
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「一」
青い剣で上段から何度も振るう。時たま中段にフェイントを入れつつ、苛烈に攻める。
防戦に徹していた男の表情に劣勢の色が見える。
そして、何度目かのアルムの攻撃――は男に防がれることは無かった。
「何だと!?」
「二」
男に振るわれるはずの剣は地面に突き刺さっている。代わりに両腰の短剣が閃いていた。
本来は攻撃と防御に分けられる左右の短剣は、男の防御速度を上回る手数で振るわれる。
堪ったものではない男は初めて距離を取った。それだけの危険を感じたから。
だが、それも全てアルムの見込み通りである。
「三!」
男が下がったのとほぼ同時、アルムは二つの短剣を投擲していた。自分の武器を軽い気持ちで投げてくるアルムに、流石の男も意表を突かれ、後の展開に繋げられない防御行動に移るしかなかった。
避けず、足を止めて防いだ時点で、アルムの勝ちは確定した。
「最後!!」
大剣を握っていたアルムが必殺の距離へと踏み込む。刀身の、刃の付いていない部分で男をフルスイングする。防御ごと吹っ飛ばされる男。うめき声と共に、ごろごろと地面を転がっていく。
もちろん、今のが刃の部分だったら殺していた。だが、今回は殺傷が目的ではないのだ。
「ぐ……ぉぉぉ。何だよあの曲芸……イカれてやがる……」
「さて、反省の言葉でも考えておけよ」
「アルムさん! 大丈夫ですか!」
後ろを向くと、イーリスがようやく追いついてきた。アルムの傍で立ち止まると、息が切れたのか、呼吸を整え始める。
「ああ。食い逃げ犯は何とか倒した。後はこいつをどうするか……」
「そうですね。この人を…………ん?」
男の顔を見た瞬間、まじまじと見始めるイーリスに、アルムは思わず声を掛けた。
「どうしたイーリス」
「……この、青いジャケット、盾と鷹の紋章、え、だったらこの赤い髪の人は…………え、えええええ!?」
「知り合いか?」
ようやく確信できた、と彼女の顔はどんどん青ざめていく。
「こ、ここここの人は、ですね。その、このサイファル王国の――」
「――ふむ、サイハ・ウィードナー。貴様はまた騒ぎを起こしたのか」
彼女の言葉を奪うように現れたのは、今しがた“サイハ”と呼ばれた男が着ているものと同じ色の、青いコートを羽織った黒髪の女性であった。
「……誰だ」
「こ、この人は……」
「サイファル王国治安維持部隊隊長、シアン・リーズファだ。ふむ、申し訳ないがそこの二人、状況を説明してもらえないだろうか」
「こいつが食い逃げした、以上」
アルムは注意深く、女性へ視線を向ける。
サイファル王国治安維持部隊隊長、と女性――シアンは確かに言った。そんな大物がふらっと現れることは珍しいのか否か。
だが、今それについて深く追求するつもりはない。
「こいつとどういう関係なんだ? 見たところ、関係者と見るのが素直な見方なんだが」
「ふむ、こいつか。こいつはサイハ・ウィードナー。サイファル王国治安維持部隊副隊長だ」
「副……!? こいつが!?」
倒れているサイハの首根っこを掴みなら、シアンは言う。
「言いたいことは分かる。私としても即刻どうにかしてやりたい気しかしないのだが、治安維持部隊の性質を考えると、な……」
「ああ……なるほど、な。そういう事か」
直に剣を合わせて、それは分かっていた。
このサイハ・ウィードナーという男は、軽薄そうだが、強い。自分に一発芸を使わせる程には。
これでお互いに本気だったのなら、一体自分はどうしていたのだろうか。
「ふむ、中々政治が分かるようだな。こいつは軽薄ながら仕事だけはちゃんとする。だからこそ、償いだけはさせるんだよ。ほら来いサイハ、食い逃げならば店主に土下座しろ。きっちり払う物と誠意を見せろ」
「あんたに引き継いで、良いんだな?」
一瞬何を言われたか分からなかった、とばかりにシアンは目を丸くし、やがて大きく笑った。
「ははは! 見上げた奴だ! 私はこれでも、結構怖がられているという自負があるんだがな?」
「生憎、もっと怖い奴を知ってしまっているだけの話だ。悪いな」
「ふむ、覚えておこう。今後とも、何かと世話になるかと思うが、よろしく頼むよ」
ずるずると音を立て、シアンとそして引きずられたサイハが人込みの中へと姿を消していった。
「……なあ、イーリス」
「……はい」
「結局、あいつは何だったんだ?」
「えと、その……サイハさんって、かなり有名なんですよ。“サイファル王国で上から数えた方が早いくらい腕は良いけど、ちゃらんぽらんな奴”だって」
守るべき人にそんな評価をされていることに対して、疑問しか浮かばないが、それでも今こうしているということは、きっとそういう事なのだろう。
それに、軽薄そうなのは間違いないが、アルムの印象としては――。
「でも、何だか気持ちが良い奴だったな」
「あはは。私も何だか悪人とはとても思えませんでしたね!」
サイハ・ウィードナー、シアン・リーズファ。強烈な二人だった。
だが、アルムはまだ知らない。後々、この二人とは切っても切れない腐れ縁になる事を――。
◆ ◆ ◆
「起きているんだろうサイハ。起きろ」
「ぐぇっ」
食い逃げをした店への道中、おもむろにサイハの首根っこを掴む力を強くする。
「貴様、いい加減に食い逃げなどというつまらん真似は辞めろ」
「だってなぁ~隊長、聞いてくださいよ。財布をスられちまってよぉ~」
「そうかスられてしまったのか」
「そうそう! もう大変で~!」
「……それとは決して関係ないのだろうが、最近孤児院に対して莫大な寄付があったらしい。サイハ貴様、そんな殊勝な奴について、何か知らんか?」
途端に、サイハの表情が固まった。
「……そんな聖人様がいらっしゃるならぜひともお目に掛かりたいっすね」
「そうだな。私も今日はそんな聖人殿にあやかり、共に謝罪に伺ってやる。たっぷり地面に頭を擦り付けろ」
「……うぃっす」
意識が戻ってもなお、引きずられるサイハは何を言ったら良いのか分からないので、とりあえず黙っていた。すると、シアンが小さく言った。
「貴様が負かされるとはな」
「俺、この辺の奴にはまず負ける訳無いって自負してたんすけどね。――だけど強かった。あの四本剣、頭おかしいくらい強かった。また戦いてぇと思うくらいにはアツイ奴でしたね」
内心、シアンは驚いていた。
サイハ・ウィードナーとは、治安維持部隊の切札なのだ。その彼に、ここまで言わせたあの四本剣。
「……腐らせるには勿体ないな」
「ん? なんか言いました?」
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