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第16話 魔剣娘、赴く

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 魔剣士ウィスナ・ハーディスは三日前を思い返す。
 あの妙な四本剣の剣士が言っていた通り、最愛の父親と再会できた。それはもう、涙が出るほどに嬉しかった。
 自分が下手を打てば、とっくの昔に二度と会えなかった存在だけに。その感動はひとしおである。
 ロックウェルが倒され、サイファルの治安維持部隊に引き渡された時の、あの肩の荷が降りた感覚は二度と忘れない。
 一つだけ、意外な事がある。てっきり治安維持部隊に捕まるかと思って、覚悟していたら、全く視界にも入れられなかった、ということだ。
 忌々しいことに、あの四本剣の剣士が手を回してくれたのだろう、と勝手に納得する。
 だからこそ、これからはもっと強くなり、父親を護らなければならない。

「…………」

 そう総括したウィスナは現在、王都サイファルの冒険者ギルドの前に来ていた。
 目的は、特にない。ないはず、なのだ。

「……」

 だが、チラつくあの四本剣の剣士の顔。
 思い返すと、イライラする。今は亡き母親から受け継いだ魔剣、『燃える月フラム・ムーン』と『凍える太陽グラッシア・サン』。
 あれは切札中の切札であった。
 普段なら数打ち――封印魔法『シーリング・コート』で魔剣の能力を隠したままでもそこら辺の雑魚は圧倒できたのに。
 それが、あの時はどうだ。

「……全く、相手にならなかった」

 『シーリング・コート』を掛けたままではまず勝てなかった。そして、魔剣の能力を解禁してもなお、子ども扱いされた。そればかりか――二刀を巻き上げられ、一時的に戦闘不能になるという体たらく。
 悔しかった。ただ、悔しかった。
 少なからず、研鑽を積み重ねて来ただけに、あそこまで実力に開きがあるのかと思った。
 それだけ、あの四本剣の剣士は異常なほどの腕前だったのだ。

(……せめて、もう一度会えれば)

 あの時の四本剣の剣士と槍を持った綺麗な人は、依頼で来ていたのだろう。
 だから、近場の最大手である、ここにウィスナはやってきた。

(……別に、会えるとは思ってない、けど)

 誰に言い訳しているのかも分かっていないまま、ウィスナは冒険者ギルドの扉を開け放つ。


「……ん? あの時の奴か?」
「あ、ウィスナさん! お久しぶりです!」


 無意識に斬り掛かってしまっていたのは、仕方の無い事だろう。
 それはともかく、あっさりと剣を止められてしまったことが非常に腹立たしい。

「……お久しぶり。それと、早く斬られて」
「無茶言うな。というかいきなり斬り掛かってくるな」
「……これは反射的、だから勘弁」

 一触即発の空気。そんなアルムとウィスナの間に立つのは、イーリスであった。

「とりあえず、ご飯食べましょうよ! ウィスナさん、お腹空きません?」

 言われて、お腹に手をやるウィスナ。そういえば、今日はまだ何も食べていなかった。
 それを認識した途端、くぅとなるお腹。
 しっかりとその音が聞こえていたイーリスの、そこからの勢いは凄まじかった。

「……何故、私が」

 あっという間に空いている席に連れていかれ、あっという間に料理が注文されて、あっという間に逃げられない状況になっていた。流石のウィスナも何が起こったのかを理解するまでに時間がかかってしまった。

「まあまあ! 早速食べましょうよウィスナさん!」
「わ、私は……その」
「って、ああ! そうでしたよね! まだ名前を言ってませんでしたよね! 私はイーリス・シルバートンです!」
「……イーリス」

 何とも明るい人だな、というのが第一印象。そして――山盛りの食事をパクパクと食べるあたり、良く食べる人だなというのが第二印象である。

「そして、こちらの方がアルム・ルーベンさんです!」
「……アルム」
「もう会う事も無いと思っていたら、割と早く再開出来たな」

 悔しいけど腕は確かな人、というのが第一印象。そして、とにかくムカつくのが第二印象。
 それはさておこう。ウィスナは手近なステーキ肉にナイフを走らせ、フォークで口に運びながら、気持ちを切り替える。

「……その、あの時は本当に、ありがとう。父の分も含めて、ウィスナ・ハーディスが感謝を、示す」

 ようやく言えた、感謝の言葉。少しだけホッとするウィスナ。何も言えなかっただけに、ずっと後悔していたのだ。

「ああ、あの時か。あれは運が良かっただけだ。気にするな」
「ウィスナさんのお父さんを助けることが出来て、良かったですよ!」
「……この恩は、必ず返す」

 ――と、ここまで言えた所で、ウィスナは目を細める。

「……それはともかく、アルム」
「何だ? ……何でいきなり剣に手をやっている?」
「……本気で、戦って」
「断る」
「ッ……! 何故……!?」

 ウィスナが立ち上がり、睨みつける。あの時もそうだった。本気の一端が見られたのは、最後の一瞬だけ。自分が視認できない速度で、あっという間に双剣を巻き上げたあの屈辱は今でも濃厚に覚えている。
 一方、アルムはそもそもウィスナがここに来た目的を悟り、げんなりとする。前の世界でも似たような剣士が何人もいたが、この類の人間は自分がいくら言っても聞く耳持ってくれないのは既に経験していた。

「お前がまだ、俺とやり合うレベルには届いていないからだ。最低でもあの魔剣をもっと使いこなせるようになってから、出直してこい」

 これはアルムの本音であった。ウィスナが持つ二振り、能力は驚異的である。
 だが、それは十二分に使いこなせてこその話。

「……だったら、今ここでその証明を、する……!」

 ウィスナは後ろ腰から数打ちの剣を引き抜いた。冒険者ギルド内での荒事はマズいとも思ったが、ここまで言われては剣士の矜持にも関わる。
 四本剣の剣士、アルム・ルーベンを戦いの意識に変えるため、ウィスナは封印魔法『シーリング・コート』を解除する――、


「ウィスナさん? アルムさん? そういうの、ご飯食べてからにしましょう?」


 寸前。ウィスナはピクリとも動くことが出来なかった。声の主はイーリス。ニコニコとした笑顔であったが、その声のはとてもコメント出来るレベルではなく。
 アルムをちらりと見てみると、彼も顔を引きつらせていた。
 ここで、ウィスナは本能的に理解した。

「…………はい」

 彼女イーリスがいる食事の場で、荒れるようなことはしていけないと。
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